第四話 叡智の塔
前回のあらすじ:
トウシタに着いたナナシは、伝説の冒険者を名乗る三つ子たちと、世界一の吟遊詩人を名乗るキナ臭い男と出会う。
〈叡智の塔〉の入り口は一応、王国兵によって警備されていた。
これは主にイタズラ等を防ぐためらしく、さほど厳重な空気はない。
賢者の学苑の生徒ならば、証であるメダルを見せればすぐに入れる。
中は広間になっているが、塔の巨大さに比べるとかなり狭く感じた。
真ん中に祭壇がある以外はがらんどう。
塔の試練に挑戦するためには、まずこの祭壇にアクセスしないといけないらしい。
だがタイミングが悪く、早朝から他の教室の学苑生たちで行列ができていた。
ケンキドゥが学苑長になり、塔の攻略を大いに奨励してからというもの、以前より賑わっているのは事実だそうだが。
ともあれ。
俺たちは列に並んで順番を待つことに。
ヒイロとモモが談笑(というか毎度の口喧嘩)を始め、リンゴが俺に話しかけてくる。
「初めての挑戦で緊張してますか、ナナシ君?」
「してないと言えば嘘になるな」
リンゴに気遣われ、俺は素直に白状した。
なにしろ塔に対する事前知識がほとんどない。
これでは何も準備や心構えができず、不安で仕方ない――というのが俺の性分らしい。
図書館で予習してこようとは思ったのだが、なんと〈叡智の塔〉にまつわる書物が全く存在しなかったのである。
「本にしちゃダメって法律だかんなー」
とヒイロの言う通り。
もし塔を攻略し、晴れて〈賢者〉となった誰かが、その攻略法を書物に認めるなどして、広く世間に流布してしまうと、試練が試練でなくなってしまう。塔の意味がなくなってしまう。
だから初代賢者にして初代国王のジニアスが、これを法律で禁じたという次第だ。
あくまで己らの力で挑みなさいということだ。
ただし人の口に戸は立てられないし、攻略について大勢で議論するのはジニアスも奨励したそうで、口頭で伝える分には問題ない。
だからエリート教室の中には、先輩から後輩へと独自の攻略法を連綿と受け継ぐ教室や、あるいは教師の中には自ら高階層に到達し、そのノウハウを生徒に教える者もいるらしいと聞く。
なので俺はヒイロたちに、三人が知っていることだけでも聞かせて欲しいと道中、頼んでいたのだが、
「メンドイ」
「実際に行って、挑戦してみた方が早いってば」
「必要な時はその都度、改めて話すわねー」
と身も蓋もない返事をいただいた始末である。
俺が不安になっても、臆病と謗られるいわれはないだろう?
なので「おまえたちにも責任はあるんだぞ」と、半眼になってヒイロたちをにらんでいると、
「もっとリラックスしろって。オレたちだってナナシはちゃんと戦力になるって踏んだから、連れてきてんだし」
「そ、そ、アタシたちには及ばないにしてもね! いないよりはいてくれた方が絶対いいってワケ」
「〈ファイア〉を覚えたばかりの俺がか……?」
「その〈ファイア〉を一週間で習得できた、ナナシ君の底知れないポテンシャルに期待しているんです。普通は魔力をコントロールする皮膚感覚がつかめなくて、一年以上はかかるんですよ?」
「天才って呼ばれてるヒイロでさえ、丸一月かかったもんね!」
「あ、あのころのオレは十歳とかのガキだったし!」
「とにかくナナシ君のその驚異的なもの覚えのよさがあったら、塔に挑戦している間にメキメキ実力を上げてくれるんじゃないかって、わたしたちもカーマイナー先生も見込んでるんです」
「しかも図書館に引き篭ってるから物知りだし、しゃべってることもいちいち賢げ~だからなあ」
「ヒイロは魔法は得意だけど、オツムのデキはイマイチだもんね。ナナシがフォローしてやってよね」
「うっせえモモだって!」
ヒイロたちに代わる代わる言われて、俺はその気になる――ほどお調子者ではないが、でき得る限りのことをするという、当初の気持ちは変わらない。
◇◆◇◆◇
そんな話をしている間に、俺たちの順番が来た。
四人で祭壇に上がり、台座に鎮座した大きな宝玉に、ヒイロが触れる。
すると虚空に、白い法衣をまとった老人の幻像が出現する。
如何にも物静かそうな佇まいでいながら、しっかり威厳もある。
「こいつが初代賢者の似姿だ」
「もうっ、ヒイロ君ったら。仮にもジニアス様に向かって『こいつ』呼ばわりはダメよ?」
「別にいいじゃん! 本物じゃなくて、ただ似せただけの案内役なんだし」
とヒイロがリンゴに叱られている間にも、ジニアスアバターは穏やかに語り出す。
『よくぞ参った、未来の賢者たちよ。塔の挑戦を再開するかね?」
「ああ、二十一階にアタックさせてくれ!」
『よかろう、汝らの資格を確認した。では、汝らの叡智が行く道を照らさんことを――』
代表して答えたヒイロに、ジニアスアバターがそう告げるなり、視界が一転した。
広間の祭壇にいたはずの俺たちが、一瞬で見渡す限りの草原に立っていたのだ。
ご丁寧に青空と太陽らしきものも。
俺は驚きを隠せず皆に確認する。
「今の一瞬で二十一階に移動したのか? ここが本当に塔の中なのか?」
「確認しようがないけど、そういうことなんだと思うわ」
「細かいことなんていいじゃないのよ、ナナシ!」
「そうだな、細かいことをいちいち論じるのがバカらしくなるほど、凄まじいものだな」
この〈叡智の塔〉は知恵の神霊の力を使って建てたというが、神霊の力というものはもはや奇跡の領域にあると言って過言ではないな。
「ただ……俺はどうしても細かいことが気になる性格みたいでな。さっきジニアスアバターは『汝らの資格を確認した』と言っていたが、果たして俺にもあったのか?」
ヒイロたち三人は過去に二十階まで攻略したという話だから、なるほど二十一階に挑戦できる理屈はわかる。
しかし俺はそもそも〈叡智の塔〉に来たのがこれが初めて――のはず――だ。
資格を問うという仕組みなら、俺は一階から挑戦しなくてはズルなのではないか?
「パーティーの中で一番高いところまで行った奴に合わせて、みんなで挑戦できるんだよ」
「それは何人でもか? 制限なしでか?」
「ないっぽいわよ。大手の教室には初挑戦者を十人以上連れて、経験者が一気に中階層へ挑戦させるってやり方が主流だし」
「そのやり方で――例えば俺が今から二十一階の試練を突破できたら、次から俺は一人で塔に来たとしても、いきなり二十二階の挑戦から再開できるのか?」
「ええ、そういう仕組みになってるわ。だから大手の教室はどんどん新参者を即戦力にできるし、わたしたちもナナシ君にそれを期待しているの」
「いやはや……ルールに穴があるどころの次元の話ではないな」
「なーガバガバだよなー」
とヒイロたちは笑う。
俺は「塔にまつわる情報を文字にするのは、禁じるほどの徹底ぶりなのにか?」とむしろ考えさせられたが……とにかく疑問は尽きない。
「塔には〈魔法使い〉か〈僧侶〉でなければ挑戦できないという話だったが、それは外の警備兵に追い返されるということか? それともこの塔自体の仕組みか?」
「塔自体の仕組みだな。普通の人はジニアスアバターが、さっきみたいに転移させてくれないみたいだぜ」
「たとえヒイロと一緒でも、資格がないと見做されるわけだな?」
「そ、そ。パーティー組んでても、そいつらだけ取り残されるってハナシー」
「ではジニアスアバターは何を根拠に資格を判断しているんだ? 〈人物鑑定〉スキルのようなものを有していて、〈レベル〉が1でもあるかどうかを参照しているのか?」
「それは……考えたことも、聞いたこともないけど……」
「では『〈魔法使い〉か〈僧侶〉でなければ挑戦できない』というのはただの俗説でしかなく、真実は全く別の条件の可能性もあるわけだな?」
「そりゃそうだけど……」
「もうっ、ナナシはいちいち細かスギ!」
「うふふっ、でもわたしがナナシ君に期待しているのは、そういうとこかも」
俺は他にもまだまだ確認したかったが、そういうわけにもいかなかった。
青空に巨大なジニアスアバターが、バストアップで映し出されたからだ。
「試練の内容が発表されますから、聞き逃さないように注意ですよ、ナナシ君」
「つまり試練は固定ではなくコロコロ変わるのか?」
「そんなコロコロは変わんなくてー、誰かが挑戦してクリアしたら、その階のお題は変わるってワケ」
「では誰もクリアできなければ、いつまでも変わらないと?」
「ああ、何十年でも一緒らしいぜ」
「それはなんとも意地悪だな」
仮に誰もクリアできない難問であれば、塔はいつまでも挑戦者に立ちはだかる。
逆に誰かがクリアできてしまった試練はもう現れず、その攻略法を他者に伝えても意味がなくなる。
まあ、ある程度は類似性や傾向のようなものがあるのだろうがな。
果たしてジニアスアバターは課題を告げた。
『私が百を数える間に、魔物を三百斃せ』
同時に、黒い人型の靄のモンスター〈リビングシェイド〉が出現する。
それも俺たちを取り囲むように、雲霞の如く。
ジニアスアバターも『一……二……』と時間カウントを始める。
「行くぜ、みんな!」
ヒイロたちはすぐさま反応し、俺を守るように三方へ散会してフォーメーションを組んだ。
間髪入れず呪文を唱えた。
「ア・レン・ムウラ・オン・レン……」
「神は仰せになった。『汝に祝福あれ』と……」
「神は仰せになった。『汝を脅かすものは全て、我が威を畏れ、汝を避けて通る』と……」
ヒイロが〈防御力〉を高める〈マジックアーマー〉、モモが〈状態異常耐性〉を高める〈ブレス〉、リンゴが〈回避力〉を高める〈ディバインシールド〉と、全員に強化魔法をかける。
さすが幼馴染同士の呼吸で、今さら打ち合わせなどせずとも分担が決まっている。
対して俺は、俺に使えるたった一つの魔法を行使する。
「フラン・イ・レン・エル!」
右掌の先から〈ファイア〉を撃ち放ち、手近にいた〈リビングシェイド〉の一体を焼き尽くすことに成功する。
俺が記憶を失って以降、これが初めての実戦。
初めての撃破だ。
俺の魔法が通用した――とその手応えに一度、武者震いしてしまう。
だがもちろん、モモやリンゴは〈魔法使い〉として俺より遥かに先達なわけで、
「デル・レン・ア・フラン・ティルト!」
「ティルト・ハー・ウン・デル・エ・レン……!」
モモが〈ウインドⅡ〉を、リンゴが〈サンダーⅡ〉を撃ち放つ。
さすがⅡ系攻撃魔法は、俺が使ったⅠ系攻撃魔法より遥かに強力で、それぞれが〈リビングシェイド〉をまとめて数体吹き飛ばした。
そしてさらにはヒイロが真打の如く――
「フラン・イ・レン・エル!!」
俺と同じ火炎魔法でも、遥かに次元違いの〈ファイアⅢ〉を撃ち放つ。
まとめて十体以上の魔物を焼き払う。
「アンタ、いつの間にⅢ系魔法なんてモン習得できたワケェ!?」
「わはは、実戦初投入大成功だぜ!」
学苑で魔法の天才と謳われる十七歳は、調子に乗って呵々大笑する。
その気持ちは大いにわかる――が、これは的を撃つゲームではなく、歴とした魔物退治だ。
〈リビングシェイド〉が反撃のために、わらわらと群がってくる。
俺たちは全員が後衛職で、敵を斃す火力は有しているが、攻撃をかわす技術は持ち合わせていない。
〈リビングシェイド〉の鉤爪で、ヒイロたちが切り刻まれる。
もし防御用の強化魔法がかかっていなかったら、もっと悲惨なことになっていただろう。
そしてその傷も、
「神は仰せになった。『汝に大いなる癒しを授けん』と……」
とリンゴが回復魔法を唱え、みるみる癒していく。
彼女がかかりきりになる分、攻め手が一人減ってしまうが、しかしこれで戦線は維持できた。
「リンゴの分までオレたちで気張るぞ、モモ!」
「アンタに言われなくたって!」
そうは言っても傷つけば痛い――激痛なんてものではないだろうに、ヒイロとモモが気丈に叫ぶ。
ますます意気盛んに攻撃魔法を叩きつける。
二人の意地っ張りな性格がよい方に出ている。
また三人のうち、ヒイロは〈魔法使い〉の魔法が天才的に得意で、〈僧侶〉の魔法はイマイチ。
逆にリンゴは僧侶の魔法に秀で、魔法使いの魔法は苦手。
そしてモモがバランス型といったところ。
なのでリンゴが防御と回復を一手に引き受け、残り二人が攻めに専念するというのは良い連携だった。
もちろん俺も微力ながら、〈ファイア〉で一体でも多くの魔物を屠る。
そして――
『……九十五……九十六……九十七……九十八……九十九……百』
上空のジニアスアバターによる時間カウントが終了した。
無限湧きしていた〈リビングシェイド〉どもも全てスーッと消滅した。
試練はクリアか、否か。
俺たちは肩で息をしながら判定を待った。
『――汝らの討伐数は二百二十七。試練突破ナラズだ』
聞いてヒイロが「くっそおおおおおおおおおおおお!」と叫び、モモはもちろん、おっとりした性格のリンゴさえ悔しげな顔になった。
『再挑戦するか、未来の賢者たちよ?』
「当っっったり前だろ!!」
ヒイロが即答するや、再び〈リビングシェイド〉どもが雲霞の如く出現する。
ジニアスアバターがカウントを開始する。
「今度こそクリアだ! 気合入れっぞ!」
とヒイロが号令する。
俺たちも全力で戦う。
しかし――結果は突破ナラズ。
討伐数は二百十二と一度目より悪い結果になった。
当然かもしれない。一度目より疲れ、どうしても集中力を欠いてしまうからだ。
ヒイロがムキになって三度目の挑戦を申し込んだが、今度は焦りまで加わって、さらに悪い結果となった。特に主力のヒイロが、習得したての〈ファイアⅢ〉をミス連発したのが響き、俺たちは二百体も討伐できなかった。
「何か抜本的にやり方を見直さなければ、この試練は突破できない」
ヒイロが四度目の挑戦を申し込む前に、俺はきっぱりと制止した。
「やっぱ人数が多い方が有利な課題が多いのよね……」
とモモも悔しげにした。
カーマイナー先生の話では高階層は違うそうだが、現実問題として俺たちが今、突破しなければならないのは中階層だ。
そしてヒイロが言い出した。
「リンゴも回復魔法に専念するんじゃなくて、攻撃に回るべきだ」
「「「…………」」」
俺たちはにわかに返事ができない。
確かにリンゴも火力枠に勘定できれば、討伐数は目に見えて増えるだろう。
だが回復魔法を疎かにすれば、百カウントの間に誰かが倒れかねないリスクも激増する。
最悪、死に至る。
「それは絶対ダメだ」
「でもよ、ナナシ! オレたちがクリアするには他に手段がないだろ!?」
「テッドたちの金言を――『生還者の笑顔』亭での話を思い出せ。最重要はクリアすることではない。全員で生きて帰ることだ」
「うっ……」
俺がぴしゃりと言うと、ヒイロが口ごもる。
頭では理解できたが、心で承服できないという様子のヒイロに、俺は畳み掛ける。
「別に攻略を諦めようと言っているわけではない。生きてさえいれば、再挑戦はいつでもできる。一旦塔を降りて、この課題をクリアするための用意を改めてするべきだ」
「でもその間に他の誰かがクリアしちまったら、どうするんだよ! 出直す意味がなくなっちまうだろ!?」
「ヒイロの言う通りよ! たまたまアタシたちが用意し直してる間に、たまたま誰かが二十一階に挑戦して、たまたまクリアしちゃう可能性なんてそりゃ高くないでしょうケド! でもゼロじゃあないわ!」
モモまでヒイロと一緒になって言い募ってくる。
俺は首を左右にして答える。
「俺たちがクリアできない課題なんだ、誰かがクリアしてくれて内容が変わるのなら、それはそれで助かるだけの話だろう?」
「「あっ……」」
ヒイロとモモが「そりゃそうか」とばかりにポカンとなった。
「二人とも少し頭を冷やせ。こんな単純なことも気づかないくらい、血が上っている証拠だ」
「うふっ。やっぱりナナシ君に来てもらって正解だったみたいね。お姉ちゃんもナナシ君の意見にさ~んせい」
赤面しつつも素直に反省する様子を見せたヒイロとモモに、リンゴが微笑みかけた。
「わかったよ、出直そう。ただよ、ナナシ。なんか用意をすれば、クリアできるようなもんかコレ?」
「俺に考えが――いや、試してみたいことがある」
◇◆◇◆◇
「す、凄い! これが〈叡智の塔〉の中なのか……っ」
「空に! 太陽まで!!」
「ひえええ、こいつぁアラバーナの古代遺跡よりスゲエでやすなあ」
と――びっくり仰天しているのはテッド、ラッド、マッドの三つ子たちである。
俺たちは塔を降りて「生還者の笑顔」亭に帰った後、三人に攻略を手伝ってもらえないかと頼んだのだ。
冒険心旺盛で、幼少から〈叡智の塔〉に強い興味を持っていた三つ子たちは、二つ返事で了承してくれた。
「ただ……僕たちは魔法使いでも僧侶でもないので……」
「協力しようにも、そもそも塔の中に入れないはずだぜ?」
「ナナシさんには何か名案がございやすんで?」
「ああ、聞いてくれ――」
というわけで、三つ子たちに用意し、装備してもらったのが、〈魔力強化の指輪〉だ。
図書館で学んだ知識だが――これはその名の通り、魔力の〈ステータス〉を微増させるランクEのマジックアイテムだ。
アラバーナの古代遺跡群でマジックアイテムを大漁ゲットしたテッドたちなら、持っているのではないかと踏んだのだが、やはり余るほど持っていた。
魔法を使えない〈遺跡漁り〉の三つ子たちには、本来は無用の長物だ。
しかし、本来は魔力のステータス値がゼロの彼らが、これでわずかとはいえ魔力を有することになった。
その上でヒイロがジニアスアバターに挑戦を申し込めば、二十一階までパーティー七人で転移できるのではないかと試したのだが――ビンゴ。
やはり〈叡智の塔〉に挑戦する資格は、「魔法使いか僧侶であること」などというどこかふわっとした条件ではなかったのだ。それはただの俗説だったのだ。
真実は「魔力のステータス値を持っている(ゼロではない)こと」だったのだ。
「よし、ラッド。マッド。観光気分はここまでだ。ナナシさんたちのお手伝いを頑張るよ」
「おう! 俺たちが伝説の冒険者だってところ、見せてやろうぜ!」
「合点でさあ」
と三つ子たちも頼もしいことを言ってくれて、再挑戦が始まる。
課題は変わっていなかった。
ジニアスアバターのカウント百以内に、〈リビングシェイド〉三百体を討伐する。
三つ子たちはそれぞれ得意の得物を抜いた。
〈フレイムナイフ〉に〈アイスグラディウス〉、〈サンダーダガー〉という、どれもランクAに分類される強力な魔剣の類だ。
三つ子たちはそれを手に、群がる〈リビングシェイド〉どもを斬り払う。
その動きにはとにかく無駄がなく、且つ精密で、凄まじい速度で魔物を殲滅していく。
「て、テッドさんたちスゲエ……」
「伝説の冒険者って、吹聴でも伊達でもないってワケェ……」
「わたしたちはとにかく支援に徹しましょう!」
脱帽していたヒイロとモモが、リンゴの提案で我に返ると、三つ子たちに強化魔法をかけていく。
戦いは前衛職のテッドたちに任せ、後衛職のエキスパートとして支援と回復に専念する(まあ、俺は〈ファイア〉で攻撃するしかできないのだが……)。
その連携、その相乗効果は素晴らしい結果を生み出した。
『――汝らの討伐数は五百五十二。試練突破と認める』
ジニアスアバターの布告を聞いて、ヒイロたちと三つ子たちが爆発的な歓声を上げる。
俺とて作戦が図に当たり、ただ突破できた以上の喜びと手応えを覚える。
「いやはや、こんなルールの穴があったとはなあ」
「ホンットこの塔ってガバガバよねー」
ヒイロとモモが大笑いする。
「でも恐らくこれが、この塔を設計した賢者ジニアスの想定通りなんだ」
「どういうことだ、ナナシ?」
「この塔は〈叡智の塔〉なんだ。知恵を絞って抜け道を――攻略法を考えなさいと、ジニアスは後に続く者たちを試しているんだよ」
「理屈はわかったケド、でもそれが『一番高くまで上った人と一緒なら途中階を跳ばせる』トカ『魔力を1でも持ってたら魔法使いや僧侶じゃなくても中に入れる』トカ、ちょっと単純すぎない?」
「単純だからすぐに発見できる。発見できるから、他にもないかと考える者が出てくる。考えるからもっと複雑なルールの抜け道を思いつく――ジニアスはそうなるよう、筋道を用意しているんだよ」
「「あっ……」」
「これがもし、ちょっとやそっとでは気づかない抜け道しか用意されていなかったら、『もしかして抜け道があるのでは?』という発想がそもそも出てこない。気づかなければ誰も考えようとはしないし、力技の攻略しかしない。それではジニアスは不本意だったんだ」
「なるほど……」
「確かにナナシの言う通りだわ……」
俺の唱えた説にヒイロとモモも納得する。
「やっぱりナナシ君に来てもらってよかったあ。〈レベル〉とか使える魔法だけが、人の優秀さじゃないって、この塔はいい先生ね」
とリンゴが俺を褒めれば、
「そうですよ、ナナシさんは頼りになるんです!」
「スゲエ人と巡り合えて、あんたらもラッキーだったな!」
「それにリンゴさんたちは人を見る目がありまさあ」
と三つ子たちが激しく同意する。
まるで俺と旧知の間柄のような言い方に聞こえたが……。
怪訝に思っていると、テッドたちは誤魔化すように曖昧な笑みを浮かべる。
だが実際、〈ファイア〉しか使えない俺が、皆の役に立てると判明したのはよいことだ。
俺だってカーマイナー教室には続いて欲しいからな。
それに〈叡智の塔〉には様々な攻略法があるのではないかとわかると、俄然挑戦が面白くなってくる。
「だけど今日の挑戦はここまでだぜ、ナナシ」
「どんな大教室でも、アタックするのは一日一階が定石なワケー」
「わたしたち学苑生は〈MP〉が尽きちゃったら何もできないから、挑戦は余裕を持ってしないとね」
というヒイロたちの言葉に、俺も大いにうなずいた。
ジニアスアバターに頼んで、一階のエントランスホールへ転送してもらう。
トウシタの中心に建つ〈叡智の塔〉から程近い、俺たちの宿に帰る。
二十一階の攻略に見事、成功したその帰路だ。
皆、一様に明るかった。
そして、俺は着いた宿の看板を見上げ、改めて思った。
うん、「生還者の笑顔」亭か。
良い名前じゃないか。
次回もお楽しみに!