第三話 「生還者の笑顔」亭
前回のあらすじ:
ヒイロたちと〈叡智の塔〉に挑む想いを確認し、トウシタの町までやってきたナナシは、そこで謎の視線を感じ取り……?
気配を殺し、俺たちを見ていた視線の主が、あちらの方から近づいてきた。
およそ只者とは思えない三人の青年が――
「もしかして今夜の宿をお探しですか?」
「だったらウチはどうよ!」
「オープンキャンペーン中で、お安くしときますぜ」
――と、裏を感じさせない笑顔を浮かべて。
ちなみに全員、同じ顔だった。
「三つ子とか珍し!」
「こら、モモちゃん。不躾ですよ」
とリンゴが妹を窘めているのが聞こえる。
「僕の名前はテッド。生まれも育ちもこの町の者で――」
「俺の名前はラッド。去年まではアラバーナって国で冒険者をやってて――」
「あっしの名前はマッド。今は故郷に錦を飾り、宿屋を始めたところなんでさ」
と三つ子たちが、代わる代わる自己紹介をする。
「アラバーナは北の大陸にある、八大国の一つですよね?」
「知ってる! 砂漠と古代遺跡ばっかのオワコン国でしょ?」
「つーか冒険者ってなんだ?」
「その古代遺跡を漁るのが専門の、能力的には〈盗賊〉に似た職業だ。聞こえが悪いので冒険者と名乗っていると、本で読んだ」
ヒイロの疑問に俺が答える。
なるほど気配を殺すのが上手いのも、この三つ子が〈遺跡漁り〉だったからか。
人が好さそうな連中だが――故郷に錦を飾ったというくらいだ――冒険者として成功したのだろうし、こう見えて〈レベル〉も高いのかもしれないな。
もっとも、俺たちをじっと見ていた理由も、わざわざセールしてきた理由もまだわからないし、油断できないが。
その三つ子たちに「せめて事情だけでも聞いていってもらえませんか」と拝み倒され、俺たちも「まあそれくらいなら」という空気になる。
ヒイロだけが「安くしてくれるんなら、もう決めてよくね?」とか言っていたが。
おまえは人を疑うということを覚えるべきだな……。
◇◆◇◆◇
三つ子が新たにオープンしたという宿屋は、ちょっと立派すぎる代物だった。
例えば王都ジニアスでも一等地に軒を連ね、富裕層相手に商売するような。
しかもこの「生還者の笑顔」亭は見てくれだけのハリボテではなく、中も広いし内装調度も一級品。
俺たちは食堂に通され、三つ子の指示で従業員が淹れてくれた茶をいただいた。
夕食にはやや早い時間なので、まだここの営業はしていない。
おかげで貸し切り状態だ。
そして、大きな丸テーブルを俺たちと三つ子の七人で囲んで、三つ子の事情を聞く。
「正直に言えば、僕たちにはもうお金は必要ないんです」
「伝説の冒険者になって稼ぎ終えた勝ち組でスマンな!」
「そうは言っても決してあっしらの実力じゃなくて、恩人たちのおかげなんでさ」
「だから僕たちは考えたんです。今度は僕たちが誰かのために、何か手助けできないかなって」
「その点、このトウシタには〈叡智の塔〉があんだろ?」
「“魔霊将軍”を討ち、魔王と戦うために〈究極魔法〉を求めて、皆サンみたいな学生サンたちがいっぱい塔に挑戦なさってるって、頭の下がる話じゃございやせんか」
「だったら学生の皆さんに、いい宿に格安で泊まってもらおうって僕たちは考えたんです」
「そんで英気を養えば、塔をバリバリ登ったらあって漲ってくるもんじゃんか」
「ところがいざ宿をオープンしたら、学生サンたちが全く寄り付いてくれなくて、あっしら困り果ててるんでさ」
「そこへ皆さんのような、ステキな学生さんカップル二組をお見かけして、お客さんのモデルケースになっていただけたら、他の学生さんの憧れの宿になってくれないかな、と……」
「あんたらも学苑に帰った時、口コミで広げてくれたら助かる!」
「本当に人助けと思って、いっそタダでもいいんで泊っていってはくださいやせんか?」
――というのが三つ子たちの事情だった。
聞き終えたヒイロたちが、三者三様の反応をする。
「オレたちカップルってわけじゃないんだが……」
「そうよ! べべべべべべ別にこいつのことなんて、なんとも思ってないし!」
「ふふっ。わたしとヒイロ君がカップルに見えた可能性も、あると思うんだけどなあ」
一方で俺も、この三つ子たちが怪しい連中ではないともう判断を下し、
「あなた方の志は素晴らしいと思うが、やはり宿自体が立派すぎる。学苑生には敷居が高すぎる。実際は安いと聞いても、話が旨すぎて何か裏があると思ってしまう。事実、俺がそうだった」
と率直な意見を述べる。
学苑生でも優秀なエリートたちには、富裕層の出身が多い。
やはり幼少期からの教育の賜物、それを享受できる資産が実家にあるということだ。
しかし学苑生の多くは、目の前の衣食住や将来の安定した職を求めて学園の門を叩いた、苦学生が多いという印象だ。
そして富裕層出身の連中は、〈叡智の塔〉が課す試練が得てして命懸けになるというので、積極的ではない印象。
つまりはこの宿に平気で泊まれるような学苑生は、トウシタにまでわざわざ来ないということ。
「なるほど、返す言葉もないです……」
「オレたちの考えが浅かったかあ!」
「良かれと思って始めたこととはいえ、世の中難しいもんでさあ」
と落ち込んでいる三つ子たちに、
「学苑の運営に申し出て、提携を結んでは如何か? 学苑側にとっても願ったり叶ったりの話だし、教員たちが宿泊を勧めてくれれば、学苑生たちも安心して利用できるだろう」
「な、なるほどっ」
「その発想はなかったぜ!」
「いや名案ってのは、答えを聞いてしまえばシンプルなものでござんすなあ」
希望が見えた! とばかりに瞳を輝かせる三つ子たち。
そして話が一段落ついたところで、今度はヒイロが質問する。
「なんで遠い国まで旅して、冒険者になったんスか!」
と興味津々の様子で。
学苑では魔法の天才と謳われているヒイロだが、性格的には研究室や図書館にこもっていられないタイプ。
賢者に向いているかどうかと言われると、果たしてどうか。
もしカーマイナー教室で育っていなかったら、きっと別の道を選んだろうことが、想像に難くない奴だ。
「やっぱり僕たちは毎日〈叡智の塔〉を見上げて育ったんで、古代遺跡というものに興味と憧れがあったんですよ」
「でも〈叡智の塔〉は、〈魔法使い〉か〈僧侶〉じゃなきゃ中に入れもしないんだろ?」
「あっしらにはその才能がございやせんでした」
「でも遠くアラバーナでは、無数の古代遺跡が砂の下に眠っていて、冒険者と名乗る人たちが日夜発掘してるって話を聞いてね」
「それならオレたちでもできる! むしろ絶対向いてるって思ったんだよ!」
「ハハハ、そこまで自信家なのはラッド兄さんだけでやしたが、でも三人で挑戦しようって決意したんでさあ」
と三つ子たちの話を聞いて、ヒイロから「いいなあ」という声が自然に漏れる。
やっぱりこいつは「カーマイナー先生に恩返しをしたい」という意識が強いだけで、「賢者になりたい」とか「国家の重鎮になりたい」とかは、大して願望がないのだろうな。
一方、根が真面目なリンゴもここぞとばかりに質問し、
「古代遺跡に挑戦や攻略するための、何か秘訣のようなものをご教授いただけないでしょうか? 同じ古代遺跡でも、アラバーナのそれと〈叡智の塔〉では勝手が違うと思いますが、参考までに是非」
アラバーナの古代遺跡群は、大昔に栄えた超魔法文明を持つ帝国が、一夜にして滅びた跡に遺ったものだ。
彼らは俺たちの想像を絶するほど優れた魔法使いたちだったろうが、それでも人間の手によって作られた、ただの「かつての町」にすぎない。
一方、〈叡智の塔〉は人の手ではなく、知恵の神霊ナルサリューによって作られたもの。
同じ現代の常識からかけ離れた遺跡でも、次元が違う。
且つ〈叡智の塔〉は「〈究極魔法〉を得るに相応しいか、試練を課す」という明確な目的の元に作られている。
リンゴの言う通り、攻略のための勝手は大きく異なるだろう。
それでも三つ子たちは、自信を持ってアドバイスをくれた。
「僕たちはアラバーナで、恩人とお世話になった人と冒険者の師匠という立派な方々に出会えたんです」
「まさに運命的っつーか、人生の転機ってやつな!」
「その『冒険者の師匠』が、あっしらに教えてくれやした」
「遺跡を攻略するコツは、一も二もなく『生還すること』だと」
「何を当たり前の話をって思うだろ? でもこれが真理なんだよなあ」
「生きて帰りさえすれば、また何度でも挑戦できやす。挑戦を繰り返せば、攻略の糸口だって見えてきやす。でも死んだらそこで一巻の終わりでさあ」
と語る三つ子たちの顔には、本物の修羅場をくぐり抜けてきた者だけが可能な、凄味のような何かが備わっていた。
ヒイロが、モモが、リンゴが、その迫力に当てられて生ツバを呑み込んでいた。
「なるほど真理だ。さぞ偉大な冒険者であられるのだろうな」
と俺が嘆息すれば、
「ねえねえ、あとの二人はどうなの?」
と今度はモモが好奇心を覗かせる。
「『お世話になった人』の方は、それはもう気風がよくて、徳の高い僧侶のおばあさんでして」
「今はアラバーナの女帝に仕える、最高神官をやってるはずだぜ!」
「ああ……クリムさんの説教、久々に聞きてえでやすなあ」
と三つ子がしみじみと語る。
「じゃあ最後の『恩人』って人は? 今何してんの?」
「ふふふ、さあどうでしょうね」
「今ごろ何してんのかサッパリわかんねえなあ!」
「でもきっといつか、あっしらの故郷を訪ねてくれるに違いありやせんぜ。約束しやしたからね」
と三つ子が心から楽しげに笑った。
なぜか三人とも、俺の顔を見つめながら。
気にはなったが、そこでちょうどディナータイムになった。
一組だけ宿泊していた客(といいつつ、出入りの業者らしい)が食堂に下りてきて、また宿屋が雇った吟遊詩人も顔を出して弦楽器を奏で始める。
そして俺たちのテーブルにも、頼んでいない料理が運ばれてくる。
「サービスです」と言って給仕してくれた三人の女性は、どうやら従業員ではなくて、
「テッドの妻で、ターナと申しますわ」
「ラッドの奥さんで、ニーナだよ!」
「マッドの妻で、レーナでありんす」
と自己紹介してくれた。
「奥さんたちも三つ子なワケ!?」
「ステキです!」
とモモとリンゴが驚きつつも、新婚夫婦だという三組を羨望の眼差しで見つめていた。
◇◆◇◆◇
夕食は大変美味だった。
トウシタの傍の川で獲れた魚や、近場の森で獲れたジビエや果実がふんだんに使われていた。
ただ小食な俺には少し……いやかなり量が多かった。
ヒイロたちは大喜びで平らげていたが。
「……みんな若いな」
「ふふっ。でもナナシ君だってきっと、わたしたちと歳は変わらないでしょうに」
「こいつは気持ちがジジイなんだよ、ジジイ!」
「ワカるー。ウケるー」
俺が漏らした独白を、皆が聞き逃さず、散々に弄られた。
夕食の後は、寝室に案内してもらった。
三つ子の奥さんたちが妙に気を回して、カップル用にと二人部屋を二組用意してくれたが、もちろん俺たちはカップルではないので男女で別れて泊まる。
「ウヒョー、ベッドがデケえ!」
とヒイロが喜び勇んで、窓側のベッドにダイブしていた。
「テッドさんたちの冒険譚、マジ面白かったな!」
「ああ、含蓄に富んでいた」
俺はもう片方のベッドに腰を下ろし、ヒイロに同意する。
夕食の間、三つ子たちがアラバーナでの体験談をしてくれたのだ。
それも成功する前の話――駆け出しのころの失敗談ばかりを。
俺たちの笑いを誘って楽しませてくれつつ、恥を忍んで反面教師になってくれるという気配りだった。
まさしく成功者の器量、あるいは余裕というものだな。
ヒイロはしばらくの間、どこそこが面白かったとまくし立てていたが、やがて魔力が切れるようにいきなり寝落ちした。
慣れない馬車に何時間も揺られて、疲れたのだろう。
俺はといえばピンピンしていて、もしかしたら記憶を失う前は、旅慣れていたのかもしれないが……。
ともあれ。
俺はそっと部屋を抜け出すと、もう一度食堂に向かった。
雇われの吟遊詩人が、一人残っていた。
もう客はいないのにリュートを奏で、謡っていた。
魔王を討つために立ち上がり、八大国を旅する――〈勇者〉でも〈光の戦士〉でも〈賢者〉でもない、一人の〈魔法使い〉の物語だ。
多分この吟遊詩人の創作なのだろう、図書館で読んだ記憶がない。
俺はテーブルに着くと、吟遊詩人が謡い終わるのを待った。
この吟遊詩人がヘタクソなのか、不思議と物語が頭に入ってこなかった。
そして一曲終わったのを見計らい、吟遊詩人の元へ向かう。
昼間、気配を殺して俺たちを見ていたのは、三つ子たちだけではなかったからだ。
この吟遊詩人もそうだったからだ。
「俺たちに何か用があったのか?」
「用というほどの用じゃない。ただキミから目を離せなくてね。職分を忘れてしまうほどに」
と吟遊詩人は答えた。
嘘か本音か全く悟らせない、底知れなさがこいつにはあった。
物語を現実の如く語り聞かせるのは吟遊詩人のスキルのうちだが、それだけでは説明できないものを感じた。
「ボクのことは『世界一の吟遊詩人』とでも呼んでくれたまへ」
とこいつは、ぬけぬけと自己紹介する。
「どうして俺なんかに、そこまでの興味が?」
普通、通りすがっただけの人間に、そこまでの興味は抱かない。
もしかしたら記憶をなくす前の俺のことを知っているのではないかと思って、確認せずにいられなかった。
しかし吟遊詩人は、はぐらかすように答えた。
「ボクは職分柄、なんでも知っているんだけどね。自分で考えるオツムはないんだ。だから、ボクの兄みたいな賢いひとが大好きなんだ」
これでもかと口角を吊り上げた、人間とは思えない形相で続けた。
「そしてそれと同じくらい、賢いひとが破滅する様が大好きなんだ。『策士、策に溺れる』ってね。果たしてキミはどうなるのか、ああ目が離せないなあ」
好き放題に言ってくれると、吟遊詩人は気が済んだように去っていく。
「じゃあ〈塔〉の攻略、頑張ってねえ」
と言い残して。
「ずいぶんと大きなお世話だな」
吟遊詩人の意味深な台詞の数々に辟易して、俺は眉をひそめる。
言われずともわかっている。
明日から俺の、初めての〈塔〉攻略が始まる。
カーマイナー教室を守るため、ヒイロたちと全力を尽くす――
次回もお楽しみに!
そして久しぶりに新作も書きました。
王都を追放された貴族の少年が、なんと同じく追放された者ばかりいる村の領主となって、彼らを一人また一人と配下にし、一国を超える力を得ようと発展させていく物語です。
URLはこちら
https://ncode.syosetu.com/n4444jk/
ぜひ一話でもご覧になってみてください。
よろしくお願いいたします!