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「攻略本」を駆使する最強の魔法使い ~〈命令させろ〉とは言わせない俺流魔王討伐最善ルート~  作者: 福山松江
第六章  これは〈命令ではないよ〉とおためごかしばかり言う賢者編
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第二話  カーマイナー教室

前回のあらすじ:


記憶を失った謎の人物、ひろわれた賢者の学苑にて仲間を得、究極魔法を求めて〈叡智の塔〉を攻略することに!?

 賢者の学苑は、広大な敷地面積を誇っている。

 実に王都ジニアスの約一割ほどが相当するといえば、感覚として理解してもらえるだろうか。

 また敷地内には授業のための講堂や校舎、寮などの生活空間、あるいは図書館等の施設が、たくさん立ち並んでいる。

 中でも特徴的なのは教師一人一人が、敷地内に邸宅を構えていること。

 学苑で「●●教室」と呼ぶ時は、その●●殿を担当教師として仰ぐ生徒たちのグループという意味の他に、その教師の邸宅自体を指すこともある。


 そして俺はヒイロ、モモ、リンゴの後をついて、恩師カーマイナー先生の邸宅――「カーマイナー教室」へ向かっていた。

 学苑敷地の中でも割と端っこの方の、人気のない場所にある。

 カーマイナー先生がわざわざそんな場所に、教室を構えた理由は二つ。

 一つは学苑の中枢部は様々な校舎や施設がひしめき、大きな住居を立てるのが不可能なこと。

 もう一つは、カーマイナー教室には子供たちが――引き取った孤児たちが大勢いて、彼らが元気いっぱいにはしゃぎ回るため、騒音等で周囲に迷惑をかけないようにという配慮だった。


 そう、カーマイナー先生は篤志家である。

 記憶と意識を失い、学苑前に転がっていた俺を、ひろってくれたのも先生だからこそだ。

 同様にカーマイナー先生は、孤児を引き取ってたくさん育てているのである。


 親が無責任に作った子供を捨てる。

 金に困ったか育児に疲れたか、理由は様々だろうが。

 まったく甚だ由々しき話で、しかしこれが世界中で見られる問題である。

 そして王都ジニアスではその昔から、賢者の学苑の前に赤子や幼児を捨てていく親が、後を絶たないのだという。

 立派な賢者に育って、どうか幸せになって頂戴、とな!


 だから、実はヒイロたちも孤児なのだと聞いた。

 ヒイロは赤ん坊の時に正門の前に捨てられていて、モモは二歳、リンゴが四歳の時に親に手を引かれて学苑を訪ね、そのまま一緒に置き去りにされたのだと。


 なんとも惨い話だ。

 でもだからこそカーマイナー教室の学生たちは、師をまるで実父の如く慕っている。

 学生同士の団結も強い。


「ただいま、先生!」


 ヒイロが大声で挨拶をしながら、玄関を開ける。

 俺も含めてこの四人は現在、学生寮住まいである。

 しかし入寮可能年齢である十二歳までは、このカーマイナー教室で暮らしたのだという。

 だからヒイロたちは今でも「ただいま」という習慣があるのだ。


「先生、どちらにいらっしゃいますか?」

「先生ー?」


 いつもはすぐある返事が、今日はなぜかない。

 モモとリンゴが怪訝そうにしながら、家の中を探し回る。



 すると倒れている白髪の老人を発見した。



「先生エエエエエエエエエエエエエ!?」

「しっかりしろよ、先生!」

「いったい何があったんですか、先生!?」


 ヒイロたちが慌てて駆け寄り、俺も続いた。

 上体を助け起こすとまだ息があり、「うう……っ」とうめき声を漏らす。

 この齢七十一の老賢者が、カーマイナー先生だ。


「どこか痛めたんですか、先生!?」

「まさかヤバい病気じゃないでしょうね!?」

「つ――」

「「「つ?」」」」

「――疲れた」


 疲労困憊、息も絶え絶えに答えたカーマイナー先生に、ヒイロたちが安堵したような、驚かせるなと文句をつけたいような、曰く言い難い微妙な表情になった。


    ◇◆◇◆◇


 リンゴが五人分のコーヒーを淹れてくれて、俺たちは食堂でいただく。

 と同時にカーマイナー先生から事情を聞く。

 先生はまさしく好々爺然とした、温厚な笑みを浮かべて、


「前に言っていただろう? 宮殿の一般公開日でね。レドたちは社会見学に行ってるんだ」

「ああ、今日がその日だったのかー」

「レドたちはそれはもう楽しみな様子で、昨日から大はしゃぎでね。おかげでつき合うこっちは疲れるなんてもんじゃなかった。だから引率を頼んだムンゾ君がみんなを連れて行った後、私は気が抜けて倒れてしまったというわけさ」


 レドというのは現在、この教室で暮らしている子供たちの中では最年長の男の子。

 ムンゾというのはこの教室出身で、既に賢者の学院を卒業した二十歳の青年。


「先生が怪我や病気じゃなくてよかったですけれど……」

「あんま紛らわしい真似しないでくれよ! オレらめっちゃ心配したじゃん」

「先生ももうイイ歳なんだからね!」


 ヒイロたちがブツクサ抗議すると、カーマイナー先生は「すまん、すまん」と謝罪する。

 どこかうれしそうなのは、未だ変わらぬヒイロたちの愛情を感じたからだろう。


「それで、リンゴたちは今日はなんの用事かね?」

「わたしたち、〈叡智の塔〉にまた挑戦しに行くことになったのです」

「そんでしばらく留守にするからさ、先生には一言伝えとこうと思ってさ」

「ま、アタシたちの実力があれば、先生が心配するようなことは何もないんですケド!」

「ほうほう、それはまた急だねえ」


 カーマイナー先生が「何か事情があるのかい?」という顔つきになる。

 しかしヒイロたちはケンキドゥ学苑長に脅迫されたことを、打ち明けなかった。

 カーマイナー教室が解散を命じられるかもしれないとか、先生に心配をかけたくないからだ。


 一方、先生も敢えてだろう、根掘り葉掘りは聞いてこなかった。

 思慮深いお人なのだ。

 俺のこの「ナナシ」という呼び名をつけてくれたのも、先生。

 リンゴは「もっと人間らしい名前の方が……」と言い添えてくれたのだが、カーマイナー先生にはお考えがあった。


「あまり自然な名前を付けて、それに私たちが慣れてしまったら、ナナシ君の記憶が戻った時に、呼び方に戸惑ってしまうだろう?」


 と俺たちのその後の関係にまで配慮し、


「それにナナシ君と呼んでいたら、何事かと周りがつい興味を持ってくれると思わないか? その中にナナシ君を知っている人がいるかもしれないし、手掛かりにつながる情報を持っている人がいるかもしれない」


 と心算を明かしてくれたのだ。

 これまさに深謀遠慮。


 そんなカーマイナー先生が、今は敢えて何も気づかないふりをして、代わりにヒイロに訊ねる。


「他の子たちも連れて行くのかい?」

「や、今回は本気で登塔したいから、この四人だけで行く」


 カーマイナー教室に所属する学生はもう幾人かいるが、皆まだ幼く魔法の腕前も心許ない。

 逆にリンゴより年長者も何人かいるが、全員がムンゾのように既に卒業している。

 卒業といえば聞こえはいいが――この学苑においては――〈賢者〉になることをさっさと諦め、別の仕事に生きる道を求めたということである。

 だから俺たちはここにいるたった四人で、〈塔〉に挑戦するしかない。

 しかも〈ファイア〉を覚えたばかりの俺などは、そもそも戦力に数えていいのか怪しいくらいだしな。

 

 カーマイナー先生は、若き日はこの学苑の名物教師だったらしい。

 極めて優秀で、それはもうたくさんの学生を抱えていたのだとか。

 しかし三十歳を節目に職を変え、政治の世界に身を置いた。

 そこで二十年、ガクレキアンキのために精力的な執政を続け――そして、身も心も疲れ果てた。

 だから五十歳を節目に、再び学苑に戻って教鞭を執った。

 でも若き日のころとは違い、選りすぐりの学生たちに最先端の講義をするような、そんな教師ではなくなった。

 むしろ学苑に捨てられていく孤児たちを引き取り、育て、簡単な勉強から教えることに生き甲斐を見出したのだという。


 そんな状態だから、先生に育てられた孤児以外で、カーマイナー教室に入ろうという学生など今やいない。

 また己の知力、学力、魔力に自信を持って学苑の門を叩く一般の生徒と違い、この教室出身の孤児は別に〈魔法使い〉や〈僧侶〉、あるいは〈学者〉に向いているとは限らない。

 いや――はっきり言えば、適正がないのが普通だろう。

 だから一人前のモモやリンゴが例外、魔法の天才と謳われるヒイロが超例外で、今やカーマイナー教室は「こども教室」と周囲に揶揄されるくらい、学生グループとしては機能していないというわけだ。


 ヒイロたちにとってこの「カーマイナー教室」は、皆で切磋琢磨し合い、また協力して目的を達成するための組織ではなく――

 本当にただただ、「家族の居場所」や「家族みんなの帰るところ」でしかないのだ。


 でもだからこそヒイロたちは、利害のあるなしで教室を見限ったりはしない。

 そして、どんなに不利益を被ろうとも、苦労を抱え込もうとも、絶対に守ろうとする。


「じゃあ行ってくるぜ、先生!」

「アタシの土産話、期待しててね、先生!」

「お疲れの時はちゃんとベッドで休んでくださいね、先生」


 ヒイロたちは笑顔でカーマイナー教室を発った後――真剣な顔つきになる。

 改めて決意を確認し合う。


「三十五階まで登塔した教室があるなら、オレたちは四十階! って言いたいところだけど……」

「現実問題として、いきなりそれは不可能だと思うわ」

「でもアタシたちの実力なら、本気を出せば三十階を目指せるはずよ!」

「そうだな、いきなり十階も登塔できれば、ケンキドゥも『こいつらやるな』って見直すだろう」

「カーマイナー教室を解散させるなんてお考えも、改めてくださるはずよね」

「てか絶対アイツに吠え面かかせる!」


 おっとりとしたリンゴでさえ気炎を吐き、最後にヒイロが拳をにぎって宣言する。


「先生なんて、どうせ老い先短いんだ。教師をやってられるのもせいぜい五年か十年だろ。その五年か十年を――オレたちで守ってやろうぜ」


 照れ隠しだろうか憎まれ口の含まれた、だが真摯で熱のこもったその台詞に、モモとリンゴもまた重々しくうなずいた。


 俺はそんな三人を、一歩引いたところで見つめる。

 別にニヒルとか、傍観者を気取っているわけではない。

 むしろカーマイナー教室で一緒に育った、血よりも濃い絆で結ばれた、ヒイロたちの関係に羨望を覚える。そう、所詮は余所者でしかない俺が、無遠慮に割って入りがたいほどに。

 だけど俺もカーマイナー先生に恩を返したい。

 この気持ちの良い三人の力になりたい。

 教室を守りたい。


 でも自分が誰かもわからなければ、魔法使い成り立てでしかない俺に、いったい何ができるのだろうか……。


    ◇◆◇◆◇


〈叡智の塔〉は隣町に当たる、トウシタの中心にそびえ立っているという。

 塔建造以降、多くの者たちが頂上を目指して挑戦した。

 決して一日で攻略できる塔ではないから、彼らは何日も何週間も塔の周りで野営をすることになった。

 不便を強いられることになった。

 ゆえにそんな彼らを目当てに商売をする者が現れ、宿屋を営む者が増え、またその宿へ仕入れをする業者が生まれ……といった具合に、次第に塔の周りに町が出来上がったのだという。

 

 王都からトウシタまでは、延々と徒歩で移動するか、馬車の定期便を使うのが普通。

 なので俺たちはまず、王都の西端にある馬車駅を目指した。


「〈浮遊する絨毯(ホバリングカーペット)〉でもあれば楽なのになあ。国宝級のマジックアイテムだけど」

「《タウンゲート》が使えれば一瞬なのに。遺失魔法(ロストマジック)だけど」

「うふっ。ヒイロ君もモモちゃんも、ないものねだりが好きなんだから。子供みたい」


 ヒイロたちがいつもにぎやかなおかげで、俺も道中退屈せずに助かる。


 また王都の通りを行き交う人々の顔も、明るく穏やかだ。

 この賢者の国の民は、知恵の神霊ナルサリュー信仰が篤いことから、理性的で善良だといわれている(無論これは一般論で、中には無責任に子供を捨てるようなクズもいる)。

 またガクレキアンキは現在、“魔霊将軍”の侵略を受けているはずなのだが、その影響は王都には届いていない。

 町の空気は平和そのもの。

“十三賢者”の一人で“兵法百識”の異名を持つ将軍が、遥か南の戦線において、()く兵を用いて敢闘しているおかげだと伝え聞く。

 少なくともこの王都周辺の物流に混乱はないし、街道の治安は保たれている。


 だから俺たちの馬車旅も、なんの不安もなく順調そのもの。

 横並びの座席で揺られ、王都で買ったサンドイッチ弁当をつまみながら、のんびり移動する。


「アタシのベーコンサンドとヒイロのキュウリサンド、交換してよ」

「いいのか!? そんな等価交換、許されるのか!? 宇宙の法則が乱れないのか!?」

「ヒイロって昔からキュウリが食べられないもんねー。はーオコサマ、オコサマ」

「うおおおサンキュ、モモ! このベーコンサンドからはおまえの愛の味がするぜっ」

「な……っ。バ、バッッッッッカじゃないの、ヒイロ! 何が愛の味よダッサ! カッコイイとか思ってんの? 自分に酔ってんの? はぁキンモー、まじキンモー」


 モモが独特の言語感覚で「気持ち悪い(キンモー)」と連呼し、ヒイロを責め立てる。

 そんな二人を、駅馬車に乗り合わせた対面座席のお客たちが、微笑ましげに眺めている。

 でも一番、微笑ましげにしているのは、二人の隣に座るリンゴで、


「ヒイロ君とモモちゃんてば、ちっちゃなころからずっとこの調子なんですよ」


 と、逆隣にいる俺へ小声で耳打ちしてくる。


「そうか。幼少時からずっとケンカばかりか」

「うふっ、そうなんです。おかしいでしょう?」

「ああ」


 俺はてっきりモモはヒイロに、恋愛感情を抱いていると思っていたのだがな。

 ()()()()()()()()()()()()()

 人はわからないものだな。


「ちなみにリンゴはヒイロのことを、どう思っているんだ?」

「いつまでもヤンチャで手がかかる弟……かな」


 俺も小声になって訊ねると、リンゴはすぐに答えてくれた。


「そうか。それはリンゴも苦労するな」

「ね。でもだから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そう思っているの」

「なるほどな」


 俺はてっきりリンゴもヒイロに、恋愛感情を抱いていると思っていたのだがな。

 ただの篤志の精神だったらしい。

 きっとカーマイナー先生の影響だろうな。


 いや、やっぱり一月程度一緒にいたところで、人間関係の本質など見えてこないものだな。

 わかった気になっていた自分が恥ずかしい。


「ナナシ君てさ――」

「うん、俺が?」

「――女心とか疎そうだよね。誰か好きな人ができた時は、気をつけた方がいいよ」


 そう言ってリンゴは、ミステリアスに微笑んだ。


 でもリンゴが妖艶な一面を垣間見せたのは一瞬のこと。

 すぐにいつものお姉さんぶった態度に戻って、


「それかナナシ君が全然気を遣わなくてもフォローしまくってくれるような、天使みたいな女の子を見つけることだね」


 と忠告してくれた。


 俺も特に反論はない。

 というか、俺に好きな女性ができる日が来るのだろうか?

 恋愛事に興味がないというか、図書館で本を読んでいたり、魔法の修業に打ち込むのが、無限に楽しくてならないのだが……。

 ちょっと想像がつかないな。



    ◇◆◇◆◇


 駅馬車はつつがなく、その日のうちにトウシタへ到着した。

 町のどこからでも見ることができるだろう、〈叡智の塔〉を俺が物珍しく眺めていると、


「今日はもう遅いから登塔は明日にして、宿をとろうぜ!」


 とヒイロが音頭をとった。

 モモが例によって「またアンタが仕切って!」と噛みついていたが、誰も異論はなく宿を探すことにする。


「前にも泊ったところにすっか!」

「でも今回は本腰を入れて長逗留するつもりでしょう? あそこは予算的にちょっと厳しいかしら」

「うっ。そっか」

「だからアンタが仕切るんじゃなくて、リンゴ姉に任せとけばいいのよバーカ」


 皆でワイワイ言いながら、表通りを歩いて今夜の宿を物色する。

 

 その時だ――

 俺が背中に違和感を覚えたのは。

 反射的に足を止めて振り返る。


「どした、ナナシ?」

「誰か知ってる人でもいた?」

「え!? 記憶が戻ったってコト!?」


 とヒイロたちが訊ねてくるが、俺は首を左右にする。



「誰かの視線を感じる」



 今もずっと、じっと見られている。

 息をひそめ、気配を殺して。

 それも一人ではなく複数の。


「え、気のせいじゃね?」

「やめてよ、ナナシまでヒイロみたいな自意識過剰なこと言い出すの!」


 ヒイロとモモが呑気なことを言っているが、仕方がない。

 それだけこの視線の主らが、巧妙に気配を隠しているからだ。


 すなわち、かなりの手練れだ――

次回もお楽しみに!!

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