第十七話 勇者、焦る(ミシャ視点)
前回のあらすじ:
マグナス、サブクエやりまくってレベルアップを計画する。
あたし――女〈戦士〉ミシャは、〈勇者〉ユージン率いるパーティーメンバーと一緒に、王都ラクスティアへ帰還した。
近郊にあるブナビア洞窟に潜って、レベルアップのためにモンスターを狩ったり、まだ手つかずの宝箱がないか探索したり、いつものように地味な作業をしてきたのだ。
女〈僧侶〉ヒルデも女〈武道家〉ニャーコも、皆ヘトヘトだった。
真っ先に宿屋へ帰りたいところだったが、でもその前に一か所、立ち寄るところがあった。
王都が誇る〈学者〉ナルサイのお屋敷だった。
「おう、ナルサイ。久しぶりに会いに来てやったぞ。おまえ、偉大な勇者たるこのオレ様に、ブナビア洞窟の調査を依頼してたな?」
ユージンはお屋敷に上がり込むと、主人であるナルサイより大柄に威張り腐った。
ナルサイは明らかに「招かざる客」を見る目だったが、仮にも勇者様が会いに来たのだから、追い返すわけにもいかない、渋々客間に通すしかない、そんな様子。
「ええ、確かに依頼いたしましたな。あなた様を他でもない勇者と見込んで。丁重に。しかしそれは一か月も前の話ですが?」
「たかが一か月待たされたくらいでガタガタ抜かすな! 勇者のオレは忙しいんだ! そんなオレがおまえのためにわざわざ、ブナビア洞窟の奥地のみで咲く、珍しい花をとってきてやったぞ? 感謝しろよ?」
ユージンはソファにふんぞり返って、乱暴に摘んできたツートンカラーの珍しい花を、乱雑にローテーブルの上へ投げ出した。
恩着せがましく言っているが、その実、ナルサイのためにわざわざ採ってきたものではなく、洞窟探索中にたまたま見つけてきた花でしかない。ユージンは依頼のことなんかすっかり忘れていたし、ヒルデが花を見かけた途端に思い出して、せっかくだから持ち帰って、報酬をいただきましょうと進言したのだ。
あたしはそのことをよく知っている。
でもユージンはあくまで恩着せがましい態度のまま、ナルサイが平身低頭、ありがたがって頂戴するのを待った。
しかし、ナルサイはローテーブルに投げ出された花を、手に取りもしなかった。
ユージンに向かって、小馬鹿にした態度で告げる。
「これは大変にお手数おかけしましたな。――しかし、そんなものはもう必要ございません」
「なんだと!? どういうことだ!?」
「親切な御方が拙宅を訪ねてくださり、あっという間にブナビア洞窟から持ち帰ってくださったからですよ。おかげでその花の研究もとっくに完了いたしました」
「ハァ!? 誰だ!? どこのどいつがオレの邪魔しやがった!?」
ユージンはたちまち色めき立って、顔面真っ赤で怒鳴り散らした。
ナルサイはますますバカにし腐った態度で、ユージンに告げる。
「偉大なる魔法使い、マグナス殿ですよ」
その名が出てきた時の衝撃は、あたしにとっても筆舌に尽くしがたかった。
ましてユージンやヒルデなど、開いた口も塞がらない様子だった。
かと思えばいきり立って、ナルサイに詰め寄る。
「マグナスだと!? どうしてあんな戦力外の役立たずが!?」
詰め寄られてもナルサイは、余裕の態度でせせら笑った。
「おやおや、これは奇妙に聞こえますなあ、ユージン殿。どこかの名ばかりの、勇者? とかいう役立たずよりも、マグナス殿は遥かに優秀で仕事も早いですぞ?」
「ふざけんなよ! 〈勇者〉より優れた〈魔法使い〉なんているわけがねえ!!」
「ですが、事実としてユージン殿はマグナス殿に後れを取ってしまっておりますが? そのご弁明はなんといたしますか?」
「黙れ!! 黙れ黙れ黙れ! 勇者は弁明なんかしねえんだよ! 要らねえんだよお!!」
ユージンはツバを飛ばしてわめき散らした。
かと思うと、怒りで顔面をドス黒く染めて言い出す。
「とにかくオレは、おまえの依頼通りに花を摘んできたんだ。ちゃんと言葉にして感謝しろよ。そして約束通りの報酬をよこせ」
「お断りします。必要のないものに払う報酬などございません」
「テメエ……〈勇者〉のオレに逆らって、どうなるかわかってるんだろうな……?」
ユージンはドスの利いた声で脅しをかけた。
マグナスがパーティーからいなくなって以降、最近ではもうすっかり、暴力をチラつかせて、脅迫で他人を思い通りにすることに慣れてしまった。
ユージンは恐い顔をして威圧しながら、ナルサイが泣きわめいて許しを乞うのを待った。
しかし、ナルサイは背筋を伸ばしたまま答えた。
「ユージン殿こそ、ラクスタ王家に七代仕えた〈学者〉の私にそんな態度をとって、どうなるかわかっていらっしゃいますか? この脅迫、国王陛下に報告させていただきますよ?」
「うっ……」
きっぱりと言い返されて、ユージンは面白いほどに怯んだ。
顔中を脂汗まみれにして、自分が吐いたツバをどうやって飲み込もうかと狼狽する。
その愚かな失言に助け舟を出したのは、やはりヒルデだった。
「まあ、勇者様は本当に冗談がお下手ですね。ナルサイ様が真に受けてらっしゃいますよ」
「そ、そう。今のは冗談なんだ! 忘れてくれ、ナルサイさん!」
ユージンはへこへこ、平身低頭の態度で言った。
卑しい諂い顔をナルサイに向けていた。
「くくく、冗談ですか。わかりました、そういうことにしておいて差し上げましょう。ははは……。くくははは……。はーーーはっはっはっはっは!」
「あ、ありがとうございます、ナルサイさん。はははは……」
乾いた諂い笑いをしながら、額の汗を拭うユージン。
所詮は強い暴力も、もっと強い権力には敵わないということだ。
あたしはいい気味だと思った。
ユージンもこれに少しは懲りて、更生すればいいと思った。
思っていたのだ。
◇◆◇◆◇
「ナルサイの野郎! マグナスの野郎! 絶対に許さねえ! ああ、絶対にだ!」
お屋敷からの帰り道、ユージンはずっと周囲に当り散らしていた。
よほど腹に据えかねたらしい。
君子危うきに近寄らず、ヒルデもニャーコも距離をとっている。
――と、そこへ、通りで鬼ごっこをしていた運の悪い子どもが、誤ってユージンに正面からぶつかった。
「おらガキてめえ、ぶっ殺されてえのか!?」
ユージンはたちまち怒り狂い、まだ道理も知らない子どもに八つ当たりをした。情け容赦なく蹴り飛ばした。
いや、もちろん手加減はあったのだろうが、高レベルの〈勇者〉のキックだ。哀れな子どもは遠くまで吹き飛ばされて、ぐったりと動かなくなった。
「ユージン! やりすぎだよ!!」
あたしは慌てて駆け寄ると、子どもの容体を見る。
気絶しているようだが、幸い命に別状まではなかった。
ヒルデにすぐに〈ヒーリング〉を頼もうとした。
しかし――
「おい、見たか、今の?」
「聞いたか、今の?」
「ユージン様といやあ、世界を救うために旅する勇者じゃなかったのかね?」
「でもよう、おれっちの知り合いの武器屋がよう、ユージン様が鎧を買いに来たのはいいが、なんのかんのと因縁をつけられて、ほとんどタダで奪われたって愚痴ってたよう」
「それのどこが勇者様なんだ。強盗の間違いじゃないのか」
「あたしの従姉がレストランをやってるんだけど、勇者様一行がしょっちゅう高いものを食べに来て、でももう一か月以上もツケが溜まってるって嘆いてたわ。さすがに従姉も抗議したけど、勇者様は『オレが世界を救ってやるんだから、これくらいの小さなツケでガタガタ抜かすな』って居直ってるらしいわ」
「おいらの友人は、通りすがりの勇者様に『ブサイクなツラが気に食わねえ』っていきなり因縁つけられて、殴られたって。しかも勇者様も御付の女僧侶と武道家も、ゲラゲラ笑ってたって」
「ひでえ……本当に勇者なのかよ……」
「世界を救う運命を背負っていたら、何をしたっていいっていうの?」
――と、通りを行き交う人々が口々にささやき合っているのが聞こえてくる。
いや、聞こえてくるのはユージンへの陰口だけではなかった。
「その点、〈魔法使い〉マグナス様は素晴らしいよな」
「ああ、オレの家内が〈エクスポーション〉がないと治らない大怪我をしていたんだが、マグナス様がご用立てしてくださったんだ」
「わたしの故郷の村に、ヴァンパイアが出没して困ってたんだけど、それもマグナス様が退治してくださったそうよ。実家のお母さん、喜んでたわ」
「知っているかね? あの悪名高いメゴラウスの大坑道を、凶悪な竜を斃し、数百年ぶりに解放したのも、そのマグナス様という話だぞ」
「聞いた、聞いた! しかもそのことに王様がたいそうお喜びになって、貴族様に取り立てようって仰せだったそうなのに、マグナス様は断ったんだとか!」
「へえ!? 貴族様になれるチャンスを棒に!? そりゃなんでまた!?」
「魔王を倒すための旅の途中だから、どこか一国に仕えるわけにゃなんねえって、王様に向かって毅然とお断りになったそうだよ」
「あんれま、マグナス様と仰るのは、偉いお人だねえ」
「ユージン様とは大違いだねえ」
「これじゃどっちが勇者様だかわからんな」
「ほんにほんに」
――と、あちこちからマグナスを絶賛する声が聞こえてくるではないか!
マグナス……。
あんた、パーティーを追い出されても、しっかりやってるんだね……。
ううん……むしろパーティーにいたころより、がんばってるんだね……。
やっぱり、あんたはできる奴だったんだ。
ユージンに頭を押さえつけられてたせいで、真価を発揮できなかっただけなんだ。
そう――
マグナスがパーティーにいたころ、ユージンが短慮を犯そうとするたびに、あんたはちゃんと苦言を呈していたよね。
でも結局最後は、〈命令させろ〉ってうるさい勇者の、顔を立てていたよね。
いくらなんでも大人すぎる! マグナスはもっとワガママになっていい! ――って、あたしはずっと歯痒かったけど……。
パーティーを追い出されたことで、あんたが自由になったことで、こんなにも伸び伸びとあんたが活躍して、大勢の人を助けているんだったら……。
あんたにとっては、パーティーを抜けて、かえって清々したってことだよね。
そりゃ、あたしは寂しいけどさ……。
あんたが今、充実してるんなら、それでいい。
――なんて。
あたしはそんな風に、思わず感激していたほどだった。
逆に収まらないのはユージンだ。
「〈勇者〉より優れた〈魔法使い〉なんているわけがねえ……」
ナルサイのお屋敷でも言っていた台詞を、もう一度呟いていた。
「ユージン……あんた、何を考えてるの?」
「決まってらあ。マグナスよりスゲエことを成し遂げて、本当に優れてるのはどっちか、ラクスタ中に知らしめてやるぜ……」
「…………」
あたしはそれ以上、何も言わなかった。
動機の不純さはともかく、それでユージンがやる気を出してくれて、勇者らしく世のため人のためになることをしてくれるなら、それでもいいと思ったのだ。
――そう。
これがきっかけで、ユージンが無茶なことをしでかし、あたしたちのパーティーがどん底に叩き込まれてしまうのは、もう少し先の話だった。
マグナスの行動が裏でユージンに影響を与え、次回はユージンの愚挙がマグナスに影響を!?
というわけで、読んでくださってありがとうございます!
毎晩更新がんばります!!