第三十四話 果たし状という名の恋文
前回のあらすじ:
エリスが“魔炎将軍”を倒し、その魔力を得る。
俺――〈魔法使い〉マグナスは、首都郊外にある古城にまで来ていた。
かつて偉大な魔女が私邸代わりにしていたという、今は朽ち果てた廃城だ。
時刻は深夜。
グラディウスMk-Ⅱを伴っている。
そして、エリス・バーラックと対峙していた。
胸元から背中にかけて大胆に開いたドレスをまとい、妖艶に微笑む彼女。
俺は懐から一枚の便箋を取り出すと、そんなエリスに向けて肩を竦める。
「果たし状とは古風な真似をしてくれるじゃないか」
「あら? あたしは恋文のつもりだったのだけれど?」
「これのどこがだ」
ふざけたことを言うエリスに、俺は便箋の中身を広げてみせる。
今夜この場所に来いと指定し、雌雄を決しようと、簡潔ながら達筆で書かれている。
まあ、月明かりが頼りでは見えないだろうが。
「それだってあたしの愛情表現なのに、鈍い男ね!」
「ずいぶんと歪んだ恋愛観だな。理解できなくてけっこうだ」
「ふふっ、ツレない男。でもじゃあ、おふざけはやめましょうか」
エリスが言うやドレスの開いた背中から、コウモリめいた羽が生える。
またその優美な全身から、闘気の如く炎が立ち昇る。
後者は無論、“魔海将軍”の力ではない。
エリス・バーラック――否、もうエリス・バーラック・メヘスレスと呼ぶべきか。
奴は“魔炎将軍”を討ち、その魔力をそっくり取り込んだのだ。
その事実を〈攻略本〉で知った時は、さしもの俺も目を剥いた。
この女は本当に、稀代のトラブルメイカーだ。
あまりに行動が無軌道で、突拍子もなく――その予測のつかなさに、俺は何度も驚かされる。
「マグナス! 以前にあなたが言った通り、軍師ごっこじゃ全く敵わないってわかったから、もっと直接的に戦いに来たの!」
ただならぬ自信を漂わせながら、エリスはそう嘯いた。
まあ、過信とはいえまい。
〈攻略本〉情報によれば、“魔炎将軍”の力をも強奪した彼女の〈レベル〉は今や44。
俺がこれまで対峙した魔物の中でも――魔王の魔力を取り込んだ後のヘイダル・ジャムイタンを除けば――最も高い!
「さあ、マグナス! あたしと踊りましょ?」
「悪いが俺は魔法使いだ。一対一の作法など知らん」
戦う時は、あらゆる手段を使って勝ちに行く。
グラディウスを連れてきたのも、もちろんともに戦うため。
レベルが四つも上の正真の怪物を相手に、何を遠慮があるものか。
「ええ、構わないわ! どんな手段でも使って? そして、あたしを楽しませて? 何をするかわからないマグナスこそ、一番面白いあなただもの!」
エリスは心底楽しげにしながら、懐から取り出した二つの石を両手に載せた。
俺が“八魔将”を討つ、最大の理由。
魔王打倒の要となる、至高のレリック。
〈天界の宝石:細波〉、及び〈:陽炎〉だ。
“魔海将軍”と“魔炎将軍”、その両方の魔力を継承したエリスは、同時に奴らが守っていた宝玉をも手に入れたのだ。
俺が求めるそれを、二つも!
「もしあなたが勝ったら、二つとも進呈するわ?」
以前はよこせと言っても持ち逃げされたが、今度はエリスの方からそう提案してくる。
「もし貴様が勝ったら?」
「あなたが持つ〈魔弾将軍の腕輪〉をあたしに頂戴」
「貴様が持ってもさして有用だとは思えないが?」
「ええ、そうね。だけど、強力な抗探知能力のあるそれをマグナスが持っている限り、あたしはいつまでもあなたの冒険を覗き見できないの。退屈しちゃうの」
「……なるほどな」
根っからの快楽主義者、そして愉快犯のこいつらしい発想だ。
だが、いいだろう!
「その勝負、乗った」
〈天界の宝石〉を二つも有するこの女は、魔王討伐に至るまでの俺の計画表において、今や最大の障害に成り果てた。
またのらりくらりと逃げられては敵わん。
ずっと直接対決を避けていた、こいつの方から戦いを挑んでくれるなどと、むしろ好都合というものだ。
「行くわよ?」
「来い」
◇◆◇◆◇
「まずはダンスと洒落込みましょうか!」
エリスがおどけて言うや否や、背中の羽で大気を一打ちし、翔けるように突撃してくる。
白兵戦をご所望ということだ。
「だ、そうだぞ、グラディウス? 胸を貸してもらえ」
俺がそう命じるまでもなく、寡黙にして忠実なバトルゴーレムは、エリスの眼前に立ちはだかった。
今や〈武道家〉としてもレベル35まで成長した俺だが、白兵戦はあくまで緊急手段であって、趣味ではない。
干戈を交えながらでは、魔法使いとしての力も大きく制限されるしな。
グラディウスが前に出て敵を阻み、俺が後方から魔法で攻撃する――やはりこれが俺たちの黄金パターンだ。
「こんな武骨なダンスのお相手は、さすがに初めてかしら!」
エリスが刃物の如く鋭く伸ばした両手の爪を振るい、グラディウスがミスリルの体で受け弾く。
またエリスの爪には炎の魔力が付与されていたが、強力な抗魔力を持つミスリル銀製のゴーレムには通用しない。
両者の間には実に十五以上のレベル差があるが――白兵戦素人のエリスが己のレベルを使いこなせていないのもあり――グラディウスはよく凌いでくれていた。
もちろん俺も来る直前に、ありったけの強化魔法をかけておいたが、それを差し引いても、さすがは重厚な守りに定評のある金属製ゴーレム。そして、名工バゼルフ謹製の傑作品といえよう。
「いいぞ、グラディウス。なかなか情熱的なダンスじゃないか」
「あたしは足を踏まれそうで恐いけれどね!」
エリスと軽口を応酬しつつ、俺は次の手を打つ。
懐に忍ばせていた、〈天界の宝石:雷閃〉を取り出す。
これはアラバーナで、ヘイダル・ジャムイタンから入手した戦利品だだ。
“魔海将軍”に対し、雷属性の弱点付与をするという特効を持つ。
またその魔力を受け継いだ、エリス・バーラックにも当然、効く!
「ティルト・ハー・ウン・デル・エ・レン!」
さらに〈魔弾将軍の腕輪〉の力によりヘヴィカスタマイズ――と同等以上の効果を得た――〈サンダーⅣ〉を、エリスへ向けて撃ち放つ。
「恐い、恐い! でも当たらなければ平気ってね」
エリスはおどけ、ほくそ笑み、“魔海将軍”から継承した魔力で〈サンダーⅣ〉の軌道を逸らす。
もちろん、俺にとっても予測済みだ。
だがこの遠隔攻撃逸らしには、少なくない〈MP〉を消費する。
絶大な効果には、相応の代償が必要だという話だ。
だから俺は、何度逸らされても構わず〈サンダーⅣ〉を撃ち続ける。
こちらも当然、〈MP〉を使うが、レベル40の魔法使いたる俺だ。
その総量はエリス・バーラック・メヘスレスを凌駕している。
〈賦魔の石〉という補助アイテムも、アラバーナの古代遺跡で発掘した。
先に尽きるのはあちらの方で、その時がエリスの顔から笑みが消える時だ。
「ティルト・ハー・ウン・デル・エ・レン!」
「遠距離戦はあなただけのお家芸じゃないのよ、マグナス!」
エリスは魔力で〈サンダーⅣ〉をいなしつつ、自身も跳び退ってグラディウスと距離をとった。
そして今度は、“魔炎将軍”から継承した力を使った。
両手を合わせて構えたその掌から、激烈な炎を撃ち放ったのだ。
しかも炎の奔流は、意思持つ生き物の如く複雑な軌道を描いて、うねる。
蛇――いや、炎龍と例うべきか!
天へと翔け上がったかと思うと、グラディウスの遥か頭上を越え、その後ろにいる俺へと目がけて急降下してきた。
近づいただけで俺の周囲の大気が炙られ、肌がひりつく。どれほどの火力を秘めているか、自然と伝わる。
恐らくはヘヴィカスタマイズした〈ファイアⅣ〉に匹敵、あるいは凌駕しよう。
いくら俺が〈守護天使の指輪〉を着けていようと、こんな代物を食らいたくはない。
ゆえに対処させてもらう!
俺は懐から〈魔神の壺〉を取り出した。
これもアラバーナの古代遺跡から発掘した貴重な〈マジックアイテム〉で、普段はグラディウスをこの中に入れて持ち運びしている。
だが今は護衛してもらうため、外に出している。
代わりに、別のゴーレムを中に入れていたのだ。
シャロンに頼んで、アスファルトゴーレムらと同時期に、作ってもらった一体だ。
アスファルトゴーレムら軍用の大量生産品と違い、“人形遣い”謹製の傑作品だ。
「出でよ、フランベルジュ!」
俺がその銘を呼ぶと、壺の中から激しい炎が一斉に噴き出した。
そして俺の眼前で、「炎の魔人」ともいうべき猛々しい姿をとった。
エリスの放った炎龍の牙を真っ向から受け止め――吸収した!
来週もお楽しみに!