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第二十八話  バカ弟子たちの決断(イザベッラ&ズッチ視点)

前回のあらすじ:


マグナスはただ勝つのではなくヴィヴェラハラの未来を憂い、四弟子たちに協力を要請する。

 わたくし――〈魔女〉見習いイザベッラは、妹弟子たちと会議室に残りました。

 お師様もあの軍師を名乗る胡散臭い男もいなくなったところで、本音の女子トークと洒落込みますの。


「今回一度だけくらい~、アンリさんの言う通りにしたっていいと思うの~」


 口火を開いたのはケイトです。

 あの引っ込み思案が、よくもまあここまで主張するようになったものですわン。


「考えてもみてよ、みんな~。もし黒魔女連合軍に勝てたら~、わたしたち本物の英雄だよ~。歴史に名前が残っちゃうよ~」


 などとまあ、甘言を弄することまで覚えるとは……。

 これも以前のケイトなら信じられません。

 成長といえば聞こえはいいでしょうが、恋愛感情はここまで人を狂わせるという、悪い見本ですわねン。


 ケイトの双子の姉であるズッチが「え、英雄……っ。歴史に名前……っ」と誑かされそうになっているので、わたくしは一喝いたします。


「おだまりなさい、ケイト! あなたはアンリに恋心を抱いているから、正常な判断ができていないだけなのです。あんな胡散臭い男の指揮の下で戦ったりなどしたら、勝てるものも勝てませんわン」

「そ、そうだぞ、お姉ちゃんだってそう思ってたんだぞっ」

「英雄とは己が実力でなるもの。そして、わたくしたちにはそれだけの実力が備わっておりますわン。アンリ・マグナッソーなど、むしろ邪魔でしかありませんわ」

「イザベッラに同意」


 わたくしの理路整然とした反論に、ズッチとティナも大いに賛同します。

 哀れ、ケイトは三対一で追い詰められた格好に。


「そんなことないもの~。今まで連戦連勝できたのだって~、アンリさんが来てくれてからだもの~。それがアンリさんの実力を証明しているもの~」


 と再反論できるようになった(これも以前ならあり得ませんでした)、妹弟子(ケイト)の成長と気概だけは認めましょう。

 ですが、


「そんなのはたまたまでしかなく、勝利は全て前線指揮官であるわたくしたちの実力に帰結する――それが真実ですわン!」

「イザベッラこそたまたまなんて~、脳死ワードを議論で使うのはやめてよ~」

「だまらっしゃい! 脳死というのはケイト、『恋は盲目』状態になっているあなたの方ですわン!」


 まったくなんてバッドステータスでしょうか。

 このわたくしを相手に「脳死」だなどと侮辱を使うだなんて、許せませんわン。

 ですからわたくしはこの際、妹弟子(ケイト)にバシッと言ってあげます。


「いい加減に目を覚ましなさい、ケイト。やたらとアンリ・マグナッソーに色目を使っているようですが――客観的に見て――あなたの恋心が成就するとは思えません。はっきり、あの男に相手にされておりませんわン」


 これを指摘すればケイトは泣くでしょうが、わたくしは姉弟子として心を鬼にいたしました。

 すると――


「イザベッラに言われなくても、そんなのはわたしが一番知ってるから~!」

「ぬぁんですって!?」

「グラディウスさんに聞いたもの~。アンリさんには既に将来を誓い合った~、ステキな恋人さんがいるって~」

「ではケイトは敵わぬ恋だと承知で、あの男に懸想し続けていると言うのですかン!?」


 なんという負け犬根性!

 今日一番、信じられない話を聞きましたわン。


「ぜ、絶対敵わなくはないと思うの~。だって恋心はいつか冷めるっていうし~、アンリさんだってその恋人さんと別れる可能性はあるでしょ~?」


 などとケイトは賢しらなことを申します。

 確かにわたしたちは魔女で、長生きで、いつまでも若い。

 あまりに消極的ですが、それも魔女らしい作戦といえば作戦ですわン。


「だから、そういう打算もないって言ったら、ウソになるわ~。でもわたしはもし一生アンリさんに振り向いてもらえないんだとしても~、アンリさんのためになんでもしてあげたいの~。アンリさんに喜んでもらうのが~、わたしにとってもこれ以上なくうれしいの~」

「愚かな。それはもはや恋愛感情ではなく、ただの奴隷根性ですわン」

「お姉ちゃん、ケイトがバカになって哀しいぞっ」

「ズッチに同意」


 再びズッチ、ティナがわたくしと一緒になって、ケイトに包囲攻撃を浴びせます。

 ですがケイトは一歩も引かず、


「わ、悪い~? だってそれでもアンリさんのことが好きなんだから、しょうがないじゃない~。自分の気持ちにウソはつけないんだから~」

「なんて情けないことを! わたくしが同じ立場だったら、あり得ませン。わたくし以外に恋心を抱いている男など、絶対に願い下げですわン」


 わたくしはキリッとした顔で、プライドのなんたるかを妹弟子に説教してやりました。

 ところが、


「いつかイザベッラにもわかるよ、わたしの気持ち~」


 ケイトはまるでわたくしの方こそ子供だと言わんばかりの、妙に大人びた顔つきで逆に諭してきたのです。

 い、妹弟子の分際で生意気な……っ。


「わたくし、気分を害しましたわン! ここで失礼いたしますわン!」


 わたくしは肩を怒らせて、会議室を後にいたしました。

 あんな無礼者相手に、これ以上言葉を尽くしたいとは思いません。


 そして、わたくしが市長公館を退出しようとした矢先のことです。

 廊下の窓辺に立つ、パウリの姿を発見いたしました。

 べ、別にだからといってどういうことはございませんがっ、知人を見つけて無視するような無作法は、礼儀を重んずるわたくしのポリシーに反しますのでっ。


 わたくしは髪型を整え、香水を振りまき直し、一声かけて差し上げようとしました。

 ところが――

 窓辺から外をじっと見つめるパウリの、その横顔を見てしまった途端、ドキッとして廊下の柱の陰に隠れてしまったのです。


 まったく咄嗟のことというか、体が勝手に動いてしまいました。

 常に堂々と振る舞うのが信条の、わたくしのこととは思えませんわン。


 でも……。

 南の空をいつまでも見つめ続ける、パウリの憂い顔を見ていますと……。

 不思議とわたくしの方まで、きゅーんと胸が締め付けられます……。


 もしかしたらこの胸の感情を、切なさというのでしょうか?

 魔女の――いいえ、女の直感でわかってしまいました。

 パウリには片想いの相手がいて、今まさにその方のことを想って、黄昏れているのだと……。


「ごきげんようですわン、パウリ」


 わたくしは柱の陰から出ますと、素知らぬ顔で話しかけました。


「これはこれは、イザベッラ。今日も君は美しいね! 軍議が長引いているそうだけど、もう終わったのかい?」


 パウリはこちらに気づくと、もう笑顔になってわたくしに微笑みかけます。

 わたくしを勘違いさせた……もとい、乙女の如く舞い上がらせた……もとい、そこらの小娘だったら虜にしてしまうでしょう、いつもの極上のスマイルですわン。

 しかし、わたくしは決して心を乱さず、毅然と応対します。


「パウリはカジウのご出身でしたわね。この戦争を終結させて、きっと一日も早く帰郷したいのでしょうねン」

「そんなことはないよ。僕はこのヴィヴェラハラのことがすこぶる気に入ったからね。何よりイザベッラのような美人と毎日、会えるし」


 パウリはそんなうれしいことを言ってくれましたが、これが方便だということにわたくしは気づいてしまいました。

 ()()()()()()()()

 心に想い人を抱いていても、だからといってわたくしのようなレディを粗雑に扱うことはできないということですわン。

 そんな紳士的ウソをつく彼に、わたくしは言いました。


「次の最終決戦では、アンリ・マグナッソーの指揮下で戦って差し上げますわン」

「へえ。きっとイザベッラならプライドが許さないと思ってたけど……意外だね?」

「戦争を一日も早く終結させたいのは、わたくしも一緒ですからン」


 わたくしはそう気丈に言って、パウリの前を優雅に辞します。


 ………………………………………………ハァ。

 悔しいですが、どうやらケイトが正しかったですわねン。

 わたくしはオトナの階段をまた一歩、上ってしまったようです。


 今夜はヤケ食いですわン!

 失恋……もとい、最終決戦前の景気づけですわン!!


    ◇◆◇◆◇


 私――魔女見習いズッチは、腹を立てているんだぞっ。


 ケイトにキレたイザベッラがさっさと会議室を出ていって、私とティナも後を追った。

 残っていると、すっかり恋愛脳になってしまった妹のケイトが、まだ私たちを説得してこようとするのがウザかったんだぞっ。


 でもおかげで私とティナは聞いてしまったんだぞっ。

 あの気位の高いイザベッラが、あの軍師と同じくらい胡散臭いパウリって男の前で、気持ち悪いくらいしおらしい態度で、


「次の最終決戦では、アンリ・マグナッソーの指揮下で戦って差し上げますわン」


 なーんて言ってんのをっ。

 イザベッラがどういうつもりか知らないけど、これは重大な裏切りなんだぞっ。


「ティナ、あっちで作戦会議なんだぞっ」


 そのつもりはなかったけど立ち聞きしてしまった私たちは、イザベッラに見つからないうちに廊下を引き返した。

 軍議で使った部屋よりもっとちっちゃな会議室にこもって、ティナと相談した。


「ケイトに続いてイザベッラまであの軍師につくみたいだけど、私たちは断固拒否なんだぞっ」

「…………」


 私の主張に、ティナはむっつりと口をつぐんだ。

 この妹弟子は主体性のない奴で、いつも他人の意見に乗っかるばかり。だから、てっきり「ズッチに同意」と賛同してくれると思ったのに、なぜか何も答えなかった。

 いつも以上にミステリアスな目をして、私のことをじっと窺ってたんだぞっ。

 そして、


「英雄になって歴史に名前を残したいんだったら、そろそろズッチも聞き分けよくなったら?」


 なーんてナマイキな口を叩いてきたんだぞっ。


「ど、どうしたんだぞティナっ!?」


 この妹弟子とは思えない意見が出てきて、私は目を白黒させた。

 一方、ティナは見たこともないほどエラソーな態度で言った。


「ティナはズッチのことも嫌いじゃないから、アドバイスしてあげただけだけど?」


 ティ、ティナにこんな長いセリフが言えたなんて、びっくりなんだぞっ。


「あ、アドバイスって、妹弟子のくせに上から目線なんだぞっ」

「ごめんごめん。ティナはズッチのバカなところが可愛いと思うけど、さすがに一生後悔しちゃ可哀想だから、つい差し出口をしちゃったの。ごめんね?」


 私に噛みつかれても平気な顔で、滅多に笑わないティナがくすりとした。


「い、一生後悔ってどういう意味なんだぞっ」

「もしズッチ一人でもあの軍師の言うことを聞かずに足並みを乱したら、ティナたちは“死者の女王(ブラッククイーン)”たちに絶対勝てないよ? 愚かな敗者として歴史に汚名を残しちゃうよ?」

「なっ……なっ……なっ……」


 いきなりそんなことを言われて、私はますます困惑したんだぞっ。

 

 そんな私の様子にティナは苦笑しつつ、


「ティナは正直、勝っても負けてもどうでもいい」

「……は?」

「ティナは最初から、この戦争自体に興味ないの。ずっと魔女修業だけしてたいの。白魔女だろうが黒魔女だろうが、勝った方につけばいいと思ってたの。政治なんて誰がやっても関心ないの」

「は? は? は?」

「だからズッチもイザベッラもケイトもバカでガキだから師匠の足を引っ張ってたんだろうけど、ティナは確信犯でやる気出さなかったの。あんまり活躍して目立ったら、いざ黒魔女陣営に寝返ろうとした時に、恨みを買ってるかもしれないからね」

「……ずっと……そんな風に……考えて……」

「黙っててごめんね? ズッチたちはバカだけど善人だから――まあだからこそ可愛いんだけど――ティナの本音を知ったら、友情が壊れちゃうかもしれないしさ」

「もう崩壊寸前だぞっ」


 私は半泣きになって怒鳴った。

 なのにティナはやっぱり平気な顔で、


「だからズッチ、そろそろ決めてくれる? あとあなただけなのよ」

「き、決めるってなんの話なんだぞっ」

「ズッチだけはいつまでもガキのままで、あくまで軍師に従うのが嫌ってことなら、別にそれでもいい。最終決戦はもう負けだから、ティナはテキトーに戦いつつ、あっちに寝返るタイミングだけ見計らうことにする。ベストは師匠の不意を衝いて、首を獲って持っていくことね」

「っ…………」


 恐ろしいことをなんでもないことのように言うティナに、私はもう絶句させられたんだぞっ。


「でももしズッチも軍師の命令に従うなら、最終決戦はこっちの勝ち。だからティナも全力で戦って、英雄になって、一生勝ち組魔女として修業に打ち込むわ。まあ、これこそベストの中のベストね」


 ティナは最後まで平然と言い切った。

 まるで他人事みたいだった。

 それこそ観客がお芝居の道化を観賞するような目で、私のことをじっと見てたんだぞっ。


 自分の意見が全然ない、一番バカな妹弟子だと思っていたのに……。

 どっちがバカか、思い知らされたんだぞ……っ。


「ね、決めて。ズッチ?」


 そのティナが初めて熱のこもった目で、私を見つめた。


「ティナもここまで本音を話したんだから。ね、今ここで決めて? あなたも覚悟、見せて?」


 見つめただけじゃなくて、顔をグイグイ寄せてきた。恐い……。


「で、どうするの?」

「……………………軍師の命令に従う」


 追い詰められ、私はそう答えた。

 ティナの言う通り、こうなったら覚悟を決めるしかなかったんだぞっ。


 するとティナもパーッと優しい笑顔になって言った。


「決断してくれてありがとう、ズッチ! ティナたち一生友達(ズットモ)だねっ」


 この裏表がすごい女、本当に恐い……。

来週もお楽しみに!

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