第二十七話 叶うならば綺麗な勝利を
前回のあらすじ:
迫る最強黒魔女軍団!
マグナスはその対応策として、始まりの地であるアラキル荒野での決戦を提言する。
今のシャロンたちならば勝てると!
しかし軍議はのっけから紛糾した。
俺がテーブルに新たな地図を広げ、想定する仮想戦場を図示し、布陣について説明した途端である。
「お師様を前線に立たせるつもりですかン!?」
「将軍は後ろでどでんと立って、私たちに指示を出すのが仕事なんだぞっ」
「ズッチに同意」
と――ケイトを除いた弟子三人が猛反発した。
彼女らのリーダー格であるイザベッラは、パウリが篭絡した……もとい説き伏せてくれたおかげで、最近はずいぶんと大人しいものだったが。
こればかりは聞き捨てならないとばかりの態度で、眦を吊り上げていた。
「口を慎みなさい、バカ弟子ども! アンリの作戦が図に当たるのは、何度も見てきたでしょう!? いい加減、子どもじみた真似からは卒業なさい!」
とシャロンが叱っても、三人は一向に納得しない。
なので俺は根気強く説明する。
「“死者の女王”らは四人。当然、部隊も四つにわけてくるだろう。だからこちらも四つの部隊で、連中それぞれの正面を受け持つ必要がある」
「でしたらお師様が前線に出る必要はございませんわン!」
「イザベッラに同意」
「こっちは優秀な弟子が四人いるんだぞっ。数は足りてるんだぞっ」
「話は最後まで聞いてくれ。四対四の構図を作った上で、こちらだけ第五の部隊を作り、遊撃隊として運用すれば、有利に事を運べるとは思わないか?」
俺はそう説明しつつテーブルの上の仮想戦場に、新たな駒を並べる。
「説明を続けるぞ? 俺は“死者の女王”の向こう正面は、シャロンが受け持たなければキツいと考えている。加えてだ、今までの戦場を振り返ってみても、ズッチは腰を据えて部隊を指揮するのに向いていない。だけど遊撃隊を率いるのは、性に合っていると思うだが――どうだ?」
「アンリさんの仰る通りです~。好機と見たらすぐガーッと行っちゃう姉さんにぴったりです~」
ズッチが答えるより先に、ケイトが俺への賛同半分、双子の姉への揶揄半分で拍手した。
一方、当のズッチは珍しく勢いのない口調で、
「そ、それは確かに……私向きな気がするんだぞ……」
「こんな作戦に同意すると言うのですのン、ズッチ!?」
「軽蔑」
「で、でもイザベッラたちだって、私のこと『我慢ができない女』ってどうせ思ってるんだぞっ」
「…………」
「ズッチに同意」
思っていても一応は口をつぐんだイザベッラと、いつも通りズケズケと肯定するケイト。
そんな妹弟子を嗜めるように咳払いした後、イザベッラが俺に言った。
「百歩譲ってズッチが遊撃隊を率い、お師様には最強黒魔女“死者の女王”を相手どっていただくとしましょう。ですがその場合、いったい誰が後方からわたくしたちに指示を出すと仰いますのン?」
「僭越ながら軍師たる俺が直接、諸君らに指示を出す」
頭ごなしに命令するのは正直、好みではないが……。
戦争となれば致し方ない。
一糸乱れぬ統率力を発揮できなければ、勝てるものも勝てない。
「君たちが勝つためには、それが必要なんだ」
「ハァ!?」
俺が率直に答えると、イザベッラが目を剥いた。
「魔女でもない者が、しかも男が、見習いとはいえ魔女たるわたくしたちに、頭ごなしに命令すると言うんですのン!?」
「師匠の判断を一度も通ってないあんたの直命令なんて、全く信用できないんだぞっ」
「拒否」
ズッチ、ティナと一緒になって批難してくる。
「あ、アンリさんのご判断は、いつだって正しかったじゃないですか~」
とケイト一人が擁護してくれるが、他の三人は聞く耳を持たない。
まあ、こうなることは火を見るよりも明らかだったが……。
「重ねてお願いする。今回だけでいいんだ。俺に指揮権を預けてはくれまいか」
しかし俺はこのことに関して、ただお願いすることしかできない。
だから真摯に頭を下げる。
なぜこんな誠意頼みの、芸もないことをしているのか?
それは究極、イザベッラたちが承服しなくても構わないからだ。
彼女らを納得させるそのこと自体に、俺がいつものようにあらゆる手段を尽くす必要がない、本末転倒にしかならないからだ。
畢竟、俺はこの最終決戦で必ず勝てる策を持っているからだ。
そう――これまでずっと温存していた〈メテオストライク〉を落とせばいい。
合体魔法を使えば、戦争なんて必ず勝てる。
ただ合体魔法に頼りきって連発すると、いずれは対策される。
具体的には、俺の〈MP〉がごそっと失われた隙を衝きに、“魔炎将軍”が戦場に現れることを恐れていたわけだ。
だから俺は敢えて合体魔法を使わず、難しい戦争を己に課してきたのだ。
しかし次の戦いがもう最終決戦であるならば、その縛りプレイを解いてもいい。
切り札を見せるのは一度だけ、その一撃でこの戦争を終結まで持っていけるからだ。
だからイザベッラたちが俺の提案を「生理的に受け付けない」と拒否するならば、それでも構わない。
その時は俺は躊躇なく合体魔法を使う。
では逆に、何を俺は彼女らに遠慮しているのか?
さっさと〈メテオストライク〉で勝とうとしないのか?
それは今度は俺の感情的な問題になる。
俺は既に魔道火力支援部隊を以って、一廉の魔女にはなれない〈魔法使い〉でも、充分に役に立つことを実証した。
この国に大勢いる、落ちこぼれの烙印を捺された魔女たちの、誇りを守った。
そしてゆくゆくは彼女らの、社会進出につながっていくだろう。
既得権益者である魔女たちには恨まれるかもしれないが、胸を張って「良いことをした」と言える。
旧来の権力基盤や体制が揺らぎ、今後しばらく社会問題になってしまうだろうが、それが多くの人々の地位や立場の見直しにつながるのなら この国に必要な禊だろう。
その話を踏まえた上で、だ――
もし“死者の女王”を含む最強黒魔女連合軍を、俺の〈メテオストライク〉一発で片づけてしまったら、どうなるだろうか?
戦争は魔女がやるもの、責任を負うもの、という常識がこびりついたこの国で、魔女ならぬ男の俺があっさりと戦を終わらせてしまったら、世間にどんな印象を植え付けてしまうだろうか?
最悪、「魔女なんて普段威張ってるだけで、蓋を開けたら別に大したことないんじゃないか?」という世論を生み出してしまう恐れがある。
いや、極論だと承知の上で言い出す奴が絶対出てくる。
ひとにぎりの魔女に権力が集中するこの国の在り方を、面白く思っていない者、地位を得られずにくすぶっている者、そうした者たちが嘘でも主張し、大合唱を始めるに違いない。
〈メテオストライク〉の一発には、それほどのインパクトがある。
そして俺にとり、「実は魔女でない魔法使いも役に立つ」と人々が気づいてくれるのは「良い」ことだが、「実は魔女は大して役に立たない」と人々が誤解するのは「まずい」ことだ。
同じ社会問題でも、ただただこの国を混乱させるだけ。無益。
それを俺は危惧している。
だから、可能ならば合体魔法を使わず、綺麗に勝ちたい。
しかし、それしか勝ち筋がなくなれば、俺は容赦なく隕石を落とす。
頼むから俺に〈メテオストライク〉を使わせないでくれ。
あくまで効率ではなく俺の正義感に基づいた――つまりは感情論だ。
「この通りだ、お願いする」
俺は頭を下げたまま、重ねて頼んだ。
事情はゴチャゴチャ説明しない。
誠意が伝わるか、伝わらないか、これはそれだけの話でいい。
「頭を上げて、アンリ」
果たして最初に応えたのはシャロンだった。
「このバカ弟子どもも、急に言われても困ってしまうでしょう? 一晩、考えせてやって頂戴。なにしろプライドだけはいっちょ前の子たちだからね!」
重くなった空気を和ますために最後、冗談めかせる気配り。
一方、イザベッラたちは沈黙を保っていた。
「いくら考えても、嫌なものは嫌ですわン!」みたいにギャーギャー騒ぐかと思ったが、そうしなかった。
弟子四人で互いに顔を見合わせ、まごまごしている。
顔に「四人で話し合いたい」「時間が欲しい」と書いてある。
その分だけでも、俺の誠意は伝わったということだ。
そして軍議は明日、改めてやり直すことになった。
来週もお楽しみに!