第二十話 これは遊戯ではなきがゆえに
前回のあらすじ:
エリス・バーラックと共闘(?)し、強力な魔獣使いの魔女を撃破!
俺――〈魔法使い〉マグナスは、シャロンらゴーレム軍とともに魔獣の森から凱旋した。
シャロン軍を迎えるレクイザム市民の熱烈ぶりは、それはもう凄まじいものがあった。
まあ、黒魔女陣営でも特に有力な“異界の門を叩く者”に続いて、“魔獣狂い”まで征伐したとなれば、いよいよ名将として彼女の評価が鰻登りになるのも、当然の話だ。
目抜き通りを行進する鋼鉄のゴーレムたちや、その肩に乗るシャロンと直弟子たちの勇姿を、一目見ようという市民でごった返していた。
老若男女がシャロンの威名を讃え、歓呼した。
だんだん崇拝じみてきた、度をすぎた歓迎ぶりに当の本人はいささか窮屈なのか、笑顔も強張っていたがな。
ともあれ、その熱狂ぶりを俺と直轄魔道火力支援部隊は、遠巻きにして眺めていた。
当事者は当事者に――魔女の国ヴィヴァラハラの民の信奉は、ヴィヴェラハラの将軍であるシャロンが受けるべきである。
そうしてこそ、この国は内戦から立ち直ることができる。
俺たち雇われは、あくまで影の存在でよい。
「それに部下たちも、さっさと解散して酒場で大騒ぎしたいですしね」
パウリが小粋にウインクし、俺がシャロンからボーナスをもぎとってくることを約束すると、隊員たちもワッと歓声を上げた。
そう、俺たちは別に民の称賛が欲しくて、戦っているわけではないのだ。
◇◆◇◆◇
隊員たちを酒場へ送り返した後、俺はあてがわれた屋敷へと戻った。
戦闘メイドのショコラはもちろん、一緒に帰宅。
加えてパウリまでが、酒が飲めない俺につき合うと言って、ついてきた。
今は談話室で、盤上遊戯を交代交代に楽しんでいる。
屋敷付のメイド頭であるミレイに茶と菓子を出してもらい、皆でつまみながら、なかなか盛り上がった。
というか、ショコラが勝負事ですぐに熱くなるし、パウリが負かすたびにからかうので、盛り上がらないわけがなかった。
「僕はこの手のゲームで負けたことはないんで、なんならハンデをつけましょうか?」
とパウリが最初に断った通り、鬼のように強かった。
俺はこの手のゲームをあまり嗜んだことがないのもあって、ハンデ付きでなおコテンパンにやられた。
しかし、こうも腕前に差があると、逆に腹は立たない。むしろパウリの妙手の一つ一つに感嘆させられ、小気味の良さすら覚える。
一方、ショコラはオトナゲなくて、しまいには半泣きになって逃げだした。
近くの部屋でフテ寝でもするのだろう。
俺はパウリとまた一局指しながら、現実の戦争の話をする。
「今後しばらくは、戦局は停滞するだろう」
「その心は? 軍師殿」
「シャロンが、そろそろ兵站が心もとないと嘆いていた。なので、しばらくこちらは補給に専念する。そして、黒魔女陣営も当分は攻めてこないだろう」
「なるほど、あちらさんも軍師殿の智謀には、恐れおののいているだろうしねえ。まともに戦えば、軍師殿の策で裏をかかれる。かといってあちらさんも策を用いれば、軍師殿はその裏の裏をかく。これじゃあ気軽には手を出せない。いやはやさすがは軍師殿だ! カジウでこの僕が手玉にとられるはずだ!」
歯が浮くようなパウリの称賛を聞き流し、
「そういうわけで、しばらくは調略に勤しもうと思う」
「水面下で、黒魔女どもの寝返りを画策する、と」
「黒魔女陣営は名目上、“死者の女王”を盟主に戴いてはいるが、別に忠義や御恩で結びついているわけではない。悪い意味で独立独歩の気風を持つ黒魔女は、数え切れずいるだろう」
「どこの世界にもいる、日和見主義者ってやつですね!」
「そいつらを一人一人切り崩していく。兵を使わずとも敵の戦力は減り、こちらは増える」
「なるほど! で、軍師殿? 僕は実家からいくら金を引っ張ってくればいいんで?」
カジウに悪名を轟かせた海賊商会の元番頭が、ワルい顔になってほくそ笑んだ。
「ほう。魔女の心が金で買えると思うのか?」
俺は試しかけるようにパウリに問う。
果たして彼は即答した。
「心は金で買えんでしょう。しかし、魔女にだって欲はあり、関心を示す物はある。それを金で購うことはできるはずです。何より、『土産を持参する』という形式が大事なんですよ。形勢が不利になったから寝返るのではなく、僕たちが求めたから協力してやる――そういう、プライドの置きどころを用意してやるんですよ。そうしたら簡単にコロッといきます」
「よくもまあ、そんな悪辣な返事がすらすらと出てくるものだな」
「そっちこそ頭の中じゃ考えてるくせに、無垢な善人ぶらないでくださいよ!」
俺はパウリと一緒になって呵々大笑した。
いやはや、やはり大した男だ。
敵にすると恐ろしいが、味方にすると頼もしい。
◇◆◇◆◇
パウリが帰っていった後も、俺はサロンで一人、紅茶を喫していた。
メイド頭のミレイが、菓子と一緒にお代わりを淹れてきて、給仕する。
ミレイは妙齢の美女だ。
「一緒に飲まないか?」
俺は盤上遊戯が置きっ放しにされたテーブルの、対面の席を勧める。
「御戯れを仰らないでください、ご主人様」
「まあ、そうつれないことを言うな。それに、おまえだって俺に訊きたいことがあるだろう?」
「……と、仰いますと?」
「なぜ火計を用意していたはずの俺が、まるでテラルバルトで豪雨が降ることを知っていたかのように、対応策を用意できたか――知りたいのではないか?」
俺が揶揄口調で訊ねると、ミレイはハッと血相を変えた。
「な、何をいきなり、ご、ごしゅ――」
「とぼける必要はないぞ? 俺は最初からおまえの正体を知っているんだ」
ますます蒼褪めるミレイに、俺は彼女の本当の名を突きつけた。
「軍師ごっこは楽しいか、エリス・バーラック?」
――と。
そう、ミレイの正体はエリスである。
魔海将軍から継承した、肉体を自由に変身させることのできる力で、メイド頭に化けていたのだ。
勤勉に給仕するふりをして、俺がパウリに話す戦略に、聞き耳を立てていたのだ。
俺は〈攻略本〉のおかげで、そのことを最初から知っていた。
だから、逆手にとることにした。
作戦をベラベラしゃべるふりをして、その実、虚報をミレイ=エリスに吹き込んだ。
次は火計で攻める――と嘘をつけば当然、エリスはその対策を打つだろう。
得意顔で、俺の裏をかいた気になるだろう。
そこで思考は停止してしまうだろう。
だから俺は、その裏の裏をかいてやればよかった。
身も蓋もないほどに簡単な話だ。
「ハイハイ、投了。あたしの負けよ、今回は」
エリスはあっさりと白状した。
「とゆーか脱帽。まさかバレてたとはねー。いろいろ得心がいったわ」
変身を解くと、元の姿に戻る。
メイド服姿のままなので、新鮮というか違和感はあったが。
「でも、次は負けないわよ、マグナス?」
「何度やっても同じことだと思うが?」
「それはどうかしらね! 確かにあんたは恐ろしいほど頭がキレる男だけど、あたしだって負けていないつもりよ?」
「そんな論点で考えている時点で、的外れなのだがな」
俺は嘆息させられる。
「どういう意味よっ」
「おまえがゲーム感覚で挑んでくる限り、俺には勝てんよ」
俺は駒の一つを戯れに手に取り、盤面にそっと置く。
初期配置に並べ直す。
そう、これがこんなゲームならば、競技ならば――俺は対等な状況下での、正々堂々たる真剣勝負を、優雅に楽しむだろう。
勝った負けたを平気な顔でくり返し、笑い飛ばし、翌日にはけろりと忘れていることだろう。
しかし、俺が今やっているのは、世界の命運がかかった旅だ。
俺は魔王を倒すためなら、手段を選ばん。
エリスがヴィヴァラハラの内戦を利用して、俺との知恵比べをしてきても、無意味なのだ。
俺はそんな勝負に取り合う気はないし、この〈攻略本〉を駆使して、身も蓋もなくエリスの策謀を粉砕するだけなのだから。
ゲーム気取りの輩とは、土台が違うのだから。
「勝負なら、これにしておけ。それならつき合ってやる」
「お断りだわ! そんなお遊び、飽き飽きだもの!」
盤上遊戯を指し示した俺の申し出を、エリスは目を吊り上げて一蹴した。
「覚えておきなさいよ、マグナス! 必ず吠え面をかかせてあげるんだから!」
エリスは捨て台詞を吐くと、メイド服を脱ぎ捨て、背中から翼を生やして逃亡した。
性懲りもなく、また他の魔女をけしかけて、俺に勝負を挑んでくるつもりだろう。
俺はもう一度、嘆息させられた。
これはやはりゲームなどではないな。
遊戯だったら、何もかも俺の思い通りだなどと、これほどつまらないものもないだろう。
今年最後の更新です。
それでは皆様、よいお年を!