表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
152/183

第二十話  これは遊戯ではなきがゆえに

前回のあらすじ:


エリス・バーラックと共闘(?)し、強力な魔獣使いの魔女を撃破!

 俺――〈魔法使い〉マグナスは、シャロンらゴーレム軍とともに魔獣の森から凱旋した。

 シャロン軍を迎えるレクイザム市民の熱烈ぶりは、それはもう凄まじいものがあった。

 まあ、黒魔女陣営でも特に有力な“異界の門を叩く者(ケイオスノッカー)”に続いて、“魔獣狂い(ビーストマニア)”まで征伐したとなれば、いよいよ名将として彼女の評価が鰻登りになるのも、当然の話だ。

 目抜き通りを行進する鋼鉄のゴーレムたちや、その肩に乗るシャロンと直弟子たちの勇姿を、一目見ようという市民でごった返していた。

 老若男女がシャロンの威名を讃え、歓呼した。

 だんだん崇拝じみてきた、度をすぎた歓迎ぶりに当の本人はいささか窮屈なのか、笑顔も強張っていたがな。


 ともあれ、その熱狂ぶりを俺と直轄魔道火力支援部隊は、遠巻きにして眺めていた。

 当事者は当事者に――魔女の国ヴィヴァラハラの民の信奉は、ヴィヴェラハラの将軍であるシャロンが受けるべきである。

 そうしてこそ、この国は内戦から立ち直ることができる。

 俺たち雇われは、あくまで影の存在でよい。


「それに部下たちも、さっさと解散して酒場で大騒ぎしたいですしね」


 パウリが小粋にウインクし、俺がシャロンからボーナスをもぎとってくることを約束すると、隊員たちもワッと歓声を上げた。

 そう、俺たちは別に民の称賛が欲しくて、戦っているわけではないのだ。


    ◇◆◇◆◇


 隊員たちを酒場へ送り返した後、俺はあてがわれた屋敷へと戻った。

 戦闘メイドのショコラはもちろん、一緒に帰宅。

 加えてパウリまでが、酒が飲めない俺につき合うと言って、ついてきた。


 今は談話室(サロン)で、盤上遊戯を交代交代に楽しんでいる。

 屋敷付のメイド頭であるミレイに茶と菓子を出してもらい、皆でつまみながら、なかなか盛り上がった。

 というか、ショコラが勝負事ですぐに熱くなるし、パウリが負かすたびにからかうので、盛り上がらないわけがなかった。


「僕はこの手のゲームで負けたことはないんで、なんならハンデをつけましょうか?」


 とパウリが最初に断った通り、鬼のように強かった。

 俺はこの手のゲームをあまり嗜んだことがないのもあって、ハンデ付きでなおコテンパンにやられた。

 しかし、こうも腕前に差があると、逆に腹は立たない。むしろパウリの妙手の一つ一つに感嘆させられ、小気味の良さすら覚える。

 一方、ショコラはオトナゲなくて、しまいには半泣きになって逃げだした。

 近くの部屋でフテ寝でもするのだろう。

 俺はパウリとまた一局指しながら、現実の戦争の話をする。


「今後しばらくは、戦局は停滞するだろう」

「その心は? 軍師殿」

「シャロンが、そろそろ兵站が心もとないと嘆いていた。なので、しばらくこちらは補給に専念する。そして、黒魔女陣営も当分は攻めてこないだろう」

「なるほど、あちらさんも軍師殿の智謀には、恐れおののいているだろうしねえ。まともに戦えば、軍師殿の策で裏をかかれる。かといってあちらさんも策を用いれば、軍師殿はその裏の裏をかく。これじゃあ気軽には手を出せない。いやはやさすがは軍師殿だ! カジウでこの僕が手玉にとられるはずだ!」


 歯が浮くようなパウリの称賛を聞き流し、


「そういうわけで、しばらくは調略に勤しもうと思う」

「水面下で、黒魔女どもの寝返りを画策する、と」

「黒魔女陣営は名目上、“死者の女王(ブラッククイーン)”を盟主に戴いてはいるが、別に忠義や御恩で結びついているわけではない。悪い意味で独立独歩の気風を持つ黒魔女は、数え切れずいるだろう」

「どこの世界にもいる、日和見主義者ってやつですね!」

「そいつらを一人一人切り崩していく。兵を使わずとも敵の戦力は減り、こちらは増える」

「なるほど! で、軍師殿? 僕は実家からいくら金を引っ張ってくればいいんで?」


 カジウに悪名を轟かせた海賊商会の元番頭が、ワルい顔になってほくそ笑んだ。


「ほう。魔女の心が金で買えると思うのか?」


 俺は試しかけるようにパウリに問う。

 果たして彼は即答した。


「心は金で買えんでしょう。しかし、魔女にだって欲はあり、関心を示す物はある。それを金で購うことはできるはずです。何より、『土産を持参する』という形式が大事なんですよ。形勢が不利になったから寝返るのではなく、僕たちが求めたから協力してやる――そういう、プライドの置きどころを用意してやるんですよ。そうしたら簡単にコロッといきます」

「よくもまあ、そんな悪辣な返事がすらすらと出てくるものだな」

「そっちこそ頭の中じゃ考えてるくせに、無垢な善人ぶらないでくださいよ!」


 俺はパウリと一緒になって呵々大笑した。

 いやはや、やはり大した男だ。

 敵にすると恐ろしいが、味方にすると頼もしい。


    ◇◆◇◆◇


 パウリが帰っていった後も、俺はサロンで一人、紅茶を喫していた。

 メイド頭のミレイが、菓子と一緒にお代わりを淹れてきて、給仕する。

 ミレイは妙齢の美女だ。


「一緒に飲まないか?」


 俺は盤上遊戯が置きっ放しにされたテーブルの、対面の席を勧める。


「御戯れを仰らないでください、ご主人様」

「まあ、そうつれないことを言うな。それに、おまえだって俺に訊きたいことがあるだろう?」

「……と、仰いますと?」

「なぜ火計を用意していたはずの俺が、まるでテラルバルトで豪雨が降ることを知っていたかのように、対応策を用意できたか――知りたいのではないか?」


 俺が揶揄口調で訊ねると、ミレイはハッと血相を変えた。


「な、何をいきなり、ご、ごしゅ――」

「とぼける必要はないぞ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ますます蒼褪めるミレイに、俺は彼女の本当の名を突きつけた。


「軍師ごっこは楽しいか、エリス・バーラック?」


 ――と。


 そう、ミレイの正体はエリスである。

 魔海将軍から継承した、肉体を自由に変身させることのできる力で、メイド頭に化けていたのだ。

 勤勉に給仕するふりをして、俺がパウリに話す戦略に、聞き耳を立てていたのだ。


 俺は〈攻略本〉のおかげで、そのことを最初から知っていた。

 だから、逆手にとることにした。

 作戦をベラベラしゃべるふりをして、その実、虚報をミレイ=エリスに吹き込んだ。


 次は火計で攻める――と嘘をつけば当然、エリスはその対策を打つだろう。

 得意顔で、俺の裏をかいた気になるだろう。

 そこで思考は停止してしまうだろう。

 だから俺は、その裏の裏をかいてやればよかった。

 身も蓋もないほどに簡単な話だ。


「ハイハイ、投了。あたしの負けよ、今回は」


 エリスはあっさりと白状した。


「とゆーか脱帽。まさかバレてたとはねー。いろいろ得心がいったわ」


 変身を解くと、元の姿に戻る。

 メイド服姿のままなので、新鮮というか違和感はあったが。


「でも、次は負けないわよ、マグナス?」

「何度やっても同じことだと思うが?」

「それはどうかしらね! 確かにあんたは恐ろしいほど頭がキレる男だけど、あたしだって負けていないつもりよ?」

「そんな論点で考えている時点で、的外れなのだがな」


 俺は嘆息させられる。


「どういう意味よっ」

「おまえがゲーム感覚で挑んでくる限り、俺には勝てんよ」


 俺は駒の一つを戯れに手に取り、盤面にそっと置く。

 初期配置に並べ直す。

 そう、これがこんなゲームならば、競技ならば――俺は対等な状況下での、正々堂々たる真剣勝負を、優雅に楽しむだろう。

 勝った負けたを平気な顔でくり返し、笑い飛ばし、翌日にはけろりと忘れていることだろう。


 しかし、俺が今やっているのは、世界の命運がかかった旅だ。

 俺は魔王を倒すためなら、手段を選ばん。

 エリスがヴィヴァラハラの内戦を利用して、俺との知恵比べをしてきても、無意味なのだ。

 俺はそんな勝負に取り合う気はないし、この〈攻略本〉を駆使して、身も蓋もなくエリスの策謀を粉砕するだけなのだから。

 ゲーム気取りの輩とは、土台が違うのだから。


「勝負なら、これにしておけ。それならつき合ってやる」

「お断りだわ! そんなお遊び、飽き飽きだもの!」


 盤上遊戯を指し示した俺の申し出を、エリスは目を吊り上げて一蹴した。

 

「覚えておきなさいよ、マグナス! 必ず吠え面をかかせてあげるんだから!」


 エリスは捨て台詞を吐くと、メイド服を脱ぎ捨て、背中から翼を生やして逃亡した。

 性懲りもなく、また他の魔女をけしかけて、俺に勝負を挑んでくるつもりだろう。


 俺はもう一度、嘆息させられた。

 これはやはりゲームなどではないな。

 遊戯だったら、何もかも俺の思い通りだなどと、これほどつまらないものもないだろう。

今年最後の更新です。

それでは皆様、よいお年を!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拙著「追放村」領主の超開拓、のコミカライズ連載が始まりました!
こちらピッコマさんのページのリンクです
ぜひご一読&応援してくださるとうれしいです!
― 新着の感想 ―
[良い点] お土産を用意して負けさせてあげる。 パウリさん有能で強かでかっこいいです 味方で本当に良かったです
[一言] 一気に見てしまった エリスみたいな敵がいないと攻略本が強すぎて単調な話になっちゃうとはいえ、さっさと倒しちゃえといじらしく思ってしまうジレンマ これからも更新頑張ってください!
[一言] さっさと倒しちゃえばいいのに。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ