第十八話 女の戦い(エリス視点)
前回のあらすじ:
火計封じのため雨を降らせてきたキマイラ軍に対し、マグナスたちは用意していた雷属性の魔法触媒を駆使し、雨天の戦いを制す。
あたし――エリス・バーラックは愕然となっていた。
“魔獣狂い”の城の、最上階のベランダから戦場を一望し、マグナス率いる魔法使い部隊の〈サンダー〉によって、キマイラ軍団が蹂躙されていく様を凝視しながら、ソファにへたり込んでしまっていた。
「あっ……あははっ……また……やられた……っ。あの男に! マグナスに! あはっ……」
乾いた笑いが止まらなかった。
でも、決して不快な気持ちじゃない。
ううん、むしろ震えている。興奮している。
「どうして? なんで? 火計の準備をしてたんじゃなかったの? こっちが雨を降らせるって読んでたの?」
もうわけがわからない。
神算鬼謀とは、まさにマグナスのためにある言葉かもしれない。
ここまでキレーに裏の裏を衝かれちゃうと、いっそ愉快な気持ちがこみ上げてくる。
だって、あたしにとっては「面白いこと」こそが、何よりも大切だから!
「はーあ、負けちゃったかあ」
軍師対決一戦目は、あたしの負け。
でも、こういう面白い負け方なら大歓迎。
マグナスはどんな思考の果てに、この勝ち方を脳裏に描いたのだろうかと、あたしも想像しながら戦場を眺め見る。
せめてこの高みからなら、少しは彼と同じものが俯瞰できないかと、ワクワクと試みる。
と――
「何がおかしい、小娘!」
いきなり“魔獣狂い”が襲いかかってきて、あたしは咄嗟に飛び退いた。
上着が破れるのも構わず、背中からコウモリの羽根を生やして、空中へと退避。
間一髪、魔女の一撃があたしの座っていたソファを木端微塵にした。
魔法を使ったのではない。
いや、これも魔法なのか?
とにかく彼女は、右腕を熊のそれに変化させて、凄まじい腕力を以ってソファを粉砕したのだ。
「許さん……許さんぞぉ、エリス・バーラック!!」
“魔獣狂い”が烈火の如く怒っていた。
もともと彼女は、妙齢の美女の肢体に、首から上が雌ライオンという異形をしていた。
でも今はさらに、両腕が剛毛の生えた熊のそれで、両脚が蹄を備えた山羊という姿に変貌してしまっている。
「ちょっと待って、“魔獣狂い”。 負けて悔しいのはあたしも一緒だわ? だからって八つ当たりなんて、やめて欲しいものね」
「黙れ、裏切り者が!」
“魔獣狂い”になじられ、あたしは目をパチクリさせた。
「裏切り者? どういうこと? あたしが何を裏切ったっていうの? あなたの期待?」
「ほざけ! このような顛末、貴様とシャロンが内通していたとしか思えんわ!」
「待って待って! この結果じゃ無能軍師の烙印を捺されても文句は言わないけど、その言いがかりは侮辱だわ! よりにもよって、あたしがあいつらと結託していたっていうの? ない! それだけはない! 面白くない!」
「ならば、この顛末をどう説明づける? きゃつらはどうやってこちらの策を見抜き、備えていたというのだ!? きゃつらが使ってみせた魔法触媒はな、そう易々と用意できるものではない! ずいぶんと以前から、入念に拵えていたものだ!」
「それがわからないから今、あたしも考えてるんだけど? 楽しんでるんだけど? というかあなたこそ、あたしがあいつらに肩入れして、あなたを滅ぼすことになんのメリットがあるのか、説明してみて頂戴」
「知るか、そんなもの!」
“魔獣狂い”はとうとう居直った。
怒り狂い、あたしを殺さなきゃ気がすまないという様子だった。
しかも、“雨雲を倶して参る者”まで、空中にいるあたしを、“魔獣狂い”と前後から挟撃できるポジションに、すーっと移動した。
二対一ってわけね?
いいわよ。
面白いじゃない。
「フラン・イ・レン・エル!!」
「……フラン・レン・エス・ズィー・エル」
前から“魔獣狂い”が〈ファイアⅢ〉を、後ろから“雨雲を倶して参る者”が〈フリーズⅡ〉を放ってくる。
しかし、あたしは腕の一振りでそれらを退けた。
前後から迫る猛火と凍気が、突如として方向を変え、あらぬ方へと飛んでいったのだ。
もちろん、あたしのやったことだけど。
“魔海将軍”の魔力をそっくりそのまま受け継いだ今のあたしは、迫る魔法や弓矢の指向性、方向性――要するに流れを変えて、逸らすことができるのだ。
「あたしには飛び道具は効かないわよ?」
「ならば八つ裂きにしてくれるわ!」
“魔獣狂い”が恐るべき脚力で、中空のあたしのところまで跳躍する。
あたしは背中の羽根を操って、なんなく回避。
翼を持たないあなたじゃ、空中戦で勝負にならないと思うけど?
“魔獣狂い”は勢い余って跳んでいくと、そのまま放物線を描いて、“雨雲を倶して参る者”のすぐ傍に着地。
そして、思いもよらない行動に出た。
雌ライオンの大きな口をあんぐりと開けると、そのまま“雨雲を倶して参る者”の頭をかじり、噛み切り、丸のみにしてしまったのだ。
憐れ、食餌とされてしまった“雨雲を倶して参る者”!
一方、おかげで“魔獣狂い”は、その魔力を急激に増幅させていく。
面白い!
「あはっ。その特殊能力で“死者の女王”や他の魔女たちを食べまくってたら、今ごろあなたがヴィヴェラハラ随一の魔女になってたんじゃないの?」
「口惜しいが……この強化能力は、腹の物を消化しきるまでの一時的なものにすぎぬ」
「ああ、なるほど。それじゃ無理ね」
「じゃが、貴様を殺すには充分な時間ぞ、エリス・バーラック!」
“魔獣狂い”が吠えた。
同時に、彼女の背中からも大鷲の翼が生える。
そして、空中戦を挑んでくる!
刃物めいた爪を備えた熊の剛腕で、あたしを引き裂かんとする獣の魔女。
対して、あたしも両手の爪を十本剣のように長く、太く、鋭くして応戦する。
自分の肉体を、自在に変化できるようになったのも、“魔海将軍”から継承した特殊能力のおかげ。
“魔獣狂い”はあたしほど自在というわけではなさそうだけど、似た者同士の能力かもしれない。
まるで剣劇のように、あたしと“魔獣狂い”は互いの爪で切り結ぶ。
“魔獣狂い”はまさに狂った獣の如く、獰猛に。
対してあたしはこの戦いを楽しみながら、堂々と。
いや――この女を、「獣の如く」と表現したのは誤りだった。
彼女は、魔女。
理性なき獣ではなく、奸智に長けている。
「フラン・イ・レン・エル!!」
あたしと切り結びながらも呪文を唱え、ゼロ距離から〈ファイアⅢ〉を見舞ってくる。
「飛び道具でなければよいのだろうっ!?」
ごく軽度の火傷とはいえ、あたしにファーストヒットを与え、勝ち誇る“魔獣狂い”
やる!
あたしは舌舐めずりせんばかりに喜んだ。
でも、残念ね?
“魔海将軍”の力を継ぐものだから、〈火属性〉が弱点だと思ったんでしょ?
実は〈光属性〉なのよ。
魔女のあなたが知っていても、どうにもならないでしょうけど!
あたしと“魔獣狂い”は、彼女の城のすぐ上空で、丁々発止と干戈を交えた。
それはもう、心躍る状況だった。
でも、あたしにとっても残念なことが起こる。
「お遊びの時間は終わりだわ、“魔獣狂い”」
「ほざけ! 貴様を殺すまで私は止まらんぞ!!」
「死ぬのはあなたよ、“魔獣狂い”。――下を見てごらんなさい?」
「なんだと……」
“魔獣狂い”は素直にあたしの忠告に従った。
あたしたちの眼下――
さっきまであたしたちが寛ぎ、観戦していたベランダ――
そこに、マグナスがいたのだ。
自らの魔法で血路を開き、可愛いメイドを従えて、キマイラ使いの魔女を討つため、ついにたどり着いていたのだ!
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