第十五話 大坑道の邪悪なる主
前回のあらすじ:
〈合成〉によりバトルゴーレム・グラディウス完成!
「なかなか良い乗り心地だな、バゼルフ」
「あ、当たり前じゃっ。ワシが鍛えたゴーレムじゃぞっ」
俺の相棒、鋼のヒグマの姿をしたバトルゴーレム・グラディウスは、背中に跨りやすいようにと、しかも決して美観を損なわない凹凸が、付けられていた。バゼルフの粋な計らいだ。
それで今、俺とバゼルフは前後に跨って、常歩で進むグラディウスの背中に乗っていた。
スピードは馬と同じくらい。グラディウスの方が四肢がどっしりとしている分、揺れは少なく感じる。
しかし、やはりドワーフという連中は乗り物が苦手なのか、バゼルフは自慢げに言いながらも、声を震わせていた。
俺は苦笑を禁じ得ない。
「少し飛ばしてもいいか?」
「お、おう。好きにせい。………………お手柔らかにな」
バゼルフの情けない震え声に、俺は思わず声を上げて笑ってしまった。
ともあれ、グラディウスに駈歩をさせる。
やはり馬くらいのスピードが出て、馬よりはマシだがひどく揺れる。
〈浮遊する絨毯〉の乗り心地や利便性とは比べるべくもないが、ま、それは言ってもないものねだりだ。
グラディウスの本来の用途は、戦闘だからな。
「時間はかかるが、のんびりいくか」
「お、おう。だから、好きにせい。……………………正直、助かるがな」
俺はグラディウスの速度を常歩に戻し、バゼルフがあからさまに安堵していた。
今、俺たちは〈タウンズゲート〉で跳んだ最寄町から、メゴラウスの大坑道を再び目指していた。
前回はアリアも一緒で、〈浮遊する絨毯〉を使ったから、あっという間の旅程だった。
しかし、今回はゆっくり焦らず行こう。
そう、街道の周りに広がる、この大自然の雄渾な景色を、楽しむくらいの気持ちでな!
◇◆◇◆◇
無論、物見遊山気分は、メゴラウスに到着するまでだ。
グラディウスの背中に跨ったまま、坑道内に乗り入れると、前回同様、群がるスケルトンソルジャーどもを、〈マナボルト〉の嵐で蹴散らしていった。
破竹の快進撃を続け、一息に最深部を目指す。
そこに棲む、凶悪なボスモンスターを討つためだ。
「引き返すなら今のうちだぞ、バゼルフ?」
「バカを言えい。ワシが鍛えたグラディウスの初陣じゃ、見届けてやりたいと思うのが、親心じゃろう?」
「あんたの命を懸けてまでか?」
今から戦うボスモンスターは、本当に危険な相手だ。俺とのレベル差は実に6! ゆえに俺も戦闘に集中しなければならない。バゼルフの大事を構ってやれる余裕はない。
「当たり前じゃ! ワシのことは捨て置けい」
「ふっ。あんたは本当に鍛冶師の鑑だな」
俺はそれ以上は、もう何も言わなかった。バゼルフの男気を、鍛冶師魂を酌んだのだ。
そして――
俺たちはメゴラウスの大坑道の最深部に到達した。
坑道を掘り進めていったら、巨大な天然の空洞に行き当たったような形になっている。
貴族の館がすっぽり入ってしまうだろうほどに、広い空間である。
そこに、巨大な魔物がうずくまっていた。
一言で形容すれば、ドラゴンの骨格。
しかし、屍というわけではない。こいつは歴としたアンデッドモンスターだ。
その名も、ボーンドラゴンだ。
俺たちはグラディウスの背中から降りて、ボスモンスターと対峙する。
「で、デカいな……」
体を丸め、うずくまっているだけでもわかるその巨体に、バゼルフが喘いだ。
「下がっていろ、バゼルフ。もっと。いや、もっとだ。そこはまだ危険だ」
俺はバゼルフに坑道まで下がり、空洞内に決して入ってこないように命じた。
その間にも、ボーンドラゴンは目を覚ました。
身の毛もよだつような、おどろおどろしいうめき声を上げつつ、その巨体をゆっくりと起こしていく。
全身からにわかに噴き上がる黒い靄のようなものは、瘴気である。
〈攻略本〉情報によれば、レベル10以下の者ならば触れただけでダメージを受け、大量に吸い込めばそれだけで死に至るという。
なんという迫力か!
なんという恐ろしさか!
しかし、ボーンドラゴンが持つ、本当の脅威は別にある。
「ギィィィ――ギガアアアアアアアアアアアア!」
ボーンドラゴンが顎門を開いて、咆哮した。
同時に全身から噴き出す、瘴気の密度も高まった。
そして、空洞内の地面に異変が起こる。
あちこちが隆起したかと思うと、たちまち地の底からスケルトンソルジャーどもが這い出してきたのだ。
なんともホラーめいた光景ではないか!
このボスモンスターの厄介なところは、奴が大量発生させるスケルトンの軍勢を、こちらは処理させられながら、相手取らねばならないという一点にあった。
パーティーを組んでいない俺にとっては難敵だが――しかし、今の俺にはバゼルフが鍛えてくれた、グラディウスがある。
「グラディウスよ、俺を護れ!」
号令一下、グラディウスが動き出す。
群がるスケルトンの軍勢に立ちはだかり、当たるに幸い薙ぎ払い、完璧に俺を守護するヒグマ型のバトルゴーレム。
咆えるでもなく、ただ黙々と鋼の爪を振るうその様に、俺はある種のプロフェッショナリズムを感じてしまうほどだった。なんと頼もしい!
おかげで俺は、ボーンドラゴン本体への攻撃に専念できる。
「シ・ハー・ア・デル・エル!」
呪文を唱え、完成したのは、闇属性の攻撃魔法である〈シェイドⅢ〉。
闇を凝縮したような巨大な球体が発生し、正面からボーンドラゴンを打つ。
衝撃で、奴がまとう瘴気の靄が吹き飛ぶ。
だが、それだけだ。
ボスモンスターの体を構築する骨格には、ヒビ一つ入っていない。
また一度は吹き飛んだ瘴気も、再び奴の全身から揺蕩いはじめる。
「おい、マグナスよ! アンデッドに闇属性の攻撃は効かんのではないか!?」
「黙って見ていろ」
俺は次の呪文を唱えて、〈ストーンⅢ〉でボーンドラゴンを攻め立てる。
発生した石礫の嵐が、骨の竜を滅多打ちにする。
今度は効果覿面、ボーンドラゴンの骨格のあちこちが砕け散った。
俺はさらに〈ストーンⅢ〉を立て続けに連発し、奴の巨体を打ち砕いていった。
「おっ。おお……さすがだ! 今度は効いておるわい! その調子じゃ、マグナス!」
後ろで見ているバゼルフが、快哉を叫んだ。
打撃属性も持つ〈ストーンⅢ〉が、このボスモンスターには効果的に見えたのだろう。
しかし――
「ギィィィィィィガアアアアアアアアァァァ!」
ボーンドラゴンが咆哮した。
瘴気が黒い火柱のように噴出した。
するとどうだ?
砕け、地面に散乱していた奴の骨が、見る見る寄り集まっていく。
合体し、一個の、別の骨格と化す。
ボーンドラゴンの新たな――二本目の首として、再生されてしまう。
「バ、バカな……。奴は不死身か……っ」
愕然となるバゼルフ。
しかし、俺は冷静沈着に、次の呪文を詠唱した。
「シ・ハー・ア・デル・エル!」
再びの〈シェイドⅢ〉だ。
連発しなかったのは、何もバゼルフの忠告を聞き入れたからではなく、単にこの魔法が連発不可能な、いわゆる大魔法に分類されるものだったからだ。
一度使えば、しばらくは使えない。俺たち学院でも経験則的に知っていたが、〈攻略本〉ではこの法則を〈リキャストタイム〉と呼び表している。
二発目の〈シェイドⅢ〉が、ボーンドラゴンに直撃した。
炸裂し、奴がまとっていた強烈な瘴気を、一瞬だけ吹き飛ばした。
しかしボーンドラゴンの骨格はやはり傷ついていないし、瘴気もすぐにまとい直してしまう。
「だから、そいつも無駄じゃというに!」
「いいから俺に任せておけ!」
俺はボーンドラゴンがまとい直した瘴気を、凝らし見ながら後方へ叫んだ。
また〈ストーンⅢ〉を連発し、ボーンドラゴンを牽制。
ボーンドラゴンは苦しみながらも、次々と砕けた骨格を再生させ、三本目の首が生えるわ、腕が増えるわと、どんどん形が変わっていく。
より凶悪な姿になっていく。
「ギガアアアアアアアアアア!!」
三つの首の全てが顎門を開き、ドス黒い瘴気のブレスを吐いた。
この広範囲攻撃を避ける術は、俺にはない。
〈魔力〉を高めて〈レジスト〉することで、せめてダメージを軽減する。
「ぐ……ううぅ……っ」
俺の喉から苦悶が漏れる。
だが、俺は耐えきった。ボーンドラゴンには及ばぬとはいえ、高いレベルを持ち、限界までドーピングしたステータスを持ち、何より右手にはめていたランクA装備の〈守護天使の指輪〉が、俺を助けた。
「シ・ハー・ア・デル・エル!」
カウンターで、三発目の〈シェイドⅢ〉!
ボーンドラゴンに直撃するが、やはり骨格は砕けない。
「いったい何を考えているんじゃ、マグナス!?」
「ふふ。目を凝らしてよく見てみろ、バゼルフ」
「む……?」
そう、〈シェイドⅢ〉でボーンドラゴンの骨格が砕けるわけがない。
これは相手のHPではなくMPにダメージを与える魔法だからだ。
ボーンドラゴンがおどろおどろしくまとっていた瘴気が、見る影もなく衰えていた。
スケルトンの軍勢召喚でMPを費い、自分の骨格の再生と変形でさらにMPを費い、その上俺の〈シェイドⅢ〉でMPを直撃されて、もはや枯渇寸前なのである。
俺は〈ストーンⅢ〉の連発で牽制した後、ダメ押し四発目の〈シェイドⅢ〉を叩き込む。
それでボーンドラゴンから瘴気の靄が、完全に剥がれ落ちた。
奴はもう新たにスケルトンソルジャーを呼び出すことも、骨格を再生することもできなくなった。
俺の、勝ちだ。
大量の雑魚モンスターを取り巻きとして発生させ、自身はどんなにダメージを受けようがすぐさまHPを再生させ、さらに凶悪な姿に変身していく、しかもレベル34――こんな厄介なボスモンスターをどうやって倒せばいいのか?
〈攻略本〉を読み込みながら、俺はMPを削りきってしまう戦術を思いついていたのだ。
ボーンドラゴンが滅びるまで、俺は〈ストーンⅢ〉の連発をやめない。
奴はもう瘴気のブレスさえ吐くこともできず、苦し紛れにその巨体で突進してくる。近接攻撃で俺をしとめようとする。
「ははは、バカな奴め。所詮は魔物の浅知恵だな」
俺は笑いながら、悠々と狭い坑道へと退却した。
当然、奴は巨体が邪魔して、その中まで追ってこられなかった。
坑道から〈ストーンⅢ〉を連発する俺の前に、なす術もなく滅び去ったのだった。
大量の〈経験値〉と〈ドロップアイテム〉を残して。
次回、ワクワクのレベルアップ!
というわけで、読んでくださってありがとうございます!
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