第十六話 軍師対決
前回のあらすじ:
黒の魔女たちの中でも最強の一角、“魔獣狂い”の本拠地テラルバルトを攻めることに。
森林地帯であり、本来は地の利は敵方にあるが、マグナスは火計によってひっくり返すと宣言し――
テラルバルトは昼なお暗き、闇の森。
木間が狭く、木々が密集しており、さらに鬱蒼とした枝葉が天然の屋根となって、地上まで降り注ぐはずの陽光を遮ってしまうのだ。
俺はそれらの情報を〈攻略本〉で知っていたし、挿絵もついていた。
が、やはり来て見るのとでは大違いだな。
この重く、息苦しく、不気味な空気は、筆舌に尽くしがたい。
用もなければ絶対に立ち入らないだろう。
そんな森だ。
しかし、俺たちは怖れることなく森の中をずんずん進んだ。
なにせ先陣を切るのは、シャロンたちが操る一千のゴーレム軍団だ。
恐怖とか不安というものを持ち合わせない金属の戦士たちは、頼もしいほど無造作に、闇の森を侵攻していく。
俺やショコラ、そして軍師直轄魔道火力支援隊は、彼らが通った後の安全な道を、ついていけばよいだけ。
「とはいえ、ここはもう“魔獣狂い”のテリトリーだ。いつ襲撃が起こってもおかしくない」
「はっ。皆、いつでも戦える心の準備はできております!」
きびきびと答えたのは、ネビスだった。
パウリの片腕ともいうべき高レベル〈魔法使い〉の女性で、魔道火力支援隊でも隊長としてよく部下を統率している。
「〈魔法触媒〉も全員に、充分に行き渡っております」
そのネビス以下、隊全員が確認するように小袋を取り出してみせた。
中には攻撃魔法の威力を一発だけ増強させる、消費アイテムがずっしりと入っていることは、言うまでもない。
とんでもなく出費が嵩むが、ヴィヴェラハラの国防費から出ているので、俺たちが気に病むことはない。魔女の国存亡の時とあっては、“善なる魔女王”もケチなことは言わない。
「やあやあ、またマグナッソーさんの予言通りになったねえ」
パウリがおどけるように言い出した。
戦闘力皆無のこいつは、レクイザムに残っていればいいものを、ついてくると言って聞かなかったのだ。
「どうせ魔道火力支援部隊が直接襲われたら、おしまいでしょ? だから、そんな事態は起こらないように、あなたはいつも策を練っている。だったら素人の僕がそこにいても、安全ってことじゃない」
パウリは出陣前、そう言ってからりと笑った。
理屈ではそうだが、賭けるのは己の命だ。
本当に肝の据わった奴だ。
そして現在、従軍したパウリはテラルバルトの木の幹を、戯れに撫でながら言った。
「十五日間、本当に雨は降らなかった! おかげでいい感じに乾いてるよ。さぞやよく燃えるだろうね!」
「火計なのだから、燃えてくれなくては困る。それより、声がでかいぞ。言ったはずだ、ここはもう“魔獣狂い”のテリトリーだと」
「使い魔かなんかに聞き耳立てらてるかもしれないって? あはは、ごめんごめん!」
迂闊だったと、パウリが笑って許しを求めた。
「…………」
俺は何も言わなかった。
そう、許しの言葉を殊更にかけはしなかったが、同様に叱りもしなかったのだ。
俺は知っているからだ。
パウリは迂闊どころか、こいつほど用心深い男を、俺は俺自身以外に見たことがないからだ。
ともあれ、パウリの軽口を聞きながら、俺たちは進軍を続けた。
テラルバルトの森の奥深く、“魔獣狂い”の居城を目指して。
周囲の不気味な空気に反して、ネビスら隊員の足取りは軽い。
勝利を確信した人間の歩調だ。
それがいきなり、止まった。
最初に足を止めたのは、またもパウリだった。
釣られてネビス以下、全員がならう。
「どうした、パウリ」
「いやね、今――雨音が聞こえませんでした?」
にわかに隊員たちがざわついた。
かと思えば、すぐに口をつぐんで耳を澄ます。
だが、その必要はなかった。
にわか雨が、屋根の如く頭上にびっしりと生い茂った枝葉を打つ音が、すぐに聞こえてきたからだ。
それも刻一刻と激しくなり、枝葉を貫き、地面にいる俺たちへと降り注いだからだ。
「ま、まさか……!」
「雨だ!」
「にわか雨だ!」
「信じられん……っ」
隊員たちが再びざわつき始めた。
騒ぎはもう収まらず、浮足立った。
しかも、そこへ――
「敵襲! 敵襲ですうううう!!」
ゴーレム軍団とともに前を行くケイトから、悲鳴じみた報せの声が聞こえた。
まるで測ったようなタイミング。
いや、事実図ったのだろう。
俺たちの火計を封じるため、“魔獣狂い”は豪雨が降るこのタイミングで仕掛けてきたのだ!
◇◆◇◆◇
あたし――エリス・バーリックは、笑いが止まらない気分だった。
「この豪雨じゃあ、火計なんて不可能よねえ? キマイラに有利でゴーレムに不利なこの森林地帯で、あんたたちはどうやって戦うつもりなのかしらねえ?」
“魔獣狂い”の居城、五階バルコニーに用意された特等席で、あたしは濃密な雨雲に覆われた曇天を眺める。
寝椅子にもなる大きなソファは、クッションが効いてて、寛げることこの上ない。
お酒や料理が満載されたテーブルを挟んで、対面のソファには“魔獣狂い”の姿が。
男だったら垂涎ものだろう蟲惑的な肢体を、しどけなく横たえている。
ただし彼女の首から上は、雌ライオンそのものだけれど。
まあ、さすがはこの国でも屈指な魔女さん、キテレツな容姿してるわよね。面白い。
その魔女さんが、血のように赤いワインで口元を濡らしながら、
「さても、そなたの言う通りになったな、女軍師殿。きゃつら、本当に火計を企んでおったようじゃ」
すっかり感心したように言った。
テラルバルトのいたるところには、リスだの野鳥だの、この魔女の使い魔が目を光らせている。
マグナスたちのおしゃべりなんか、全部筒抜けだ。
正確には、〈魔弾将軍の腕輪〉の効力で、マグナスの言葉だけは聞こえないみたいだけど、あっちにはパウリが――あの軽口王子が従軍しているから。
マグナス一人の声が聞こえなくても、周りの会話が聞こえれば、彼らが何を話しているのか、推測できないようなバカじゃない。あたしも、この魔女も。
「よくぞ、看破し得たものよなあ?」
「そこは、ま、あたし、女軍師だし?」
「どうやって見破ったか、あるいは情報を盗み出したか、明かせぬと?」
「ま、企業秘密ってやつで」
「くくく、まあ、よいわえ。きゃつらに勝てればなんでもよい」
“魔獣狂い”はおっかない顔に似合わない、上品な所作でころころと笑った。
あたしも一緒になって笑った。
笑うことのできる、余裕があった。
だってマグナスが火計で来るとわかっていれば、対処法はあるもの。
この雨がそう。
言っておくけれど、自然現象じゃないわよ?
マグナスはなぜだか天気を予測できるみたいだけど、あたしにはそんな真似は無理。不可能。
だから、招いたの。
“雨雲を倶して参る者”を。
天候を操って、雨を降らすことのできる魔女を。
黒魔女さんたちは独立独歩の気風が強くて、あたしもマッチングさせるのに一苦労だけど、マグナスたちが火計で必勝できるって思ってて、「それを逆手にとって、一泡吹かせたくない?」って口説いたら、“魔獣狂い”も“雨雲を倶して参る者”も「面白そう」って二つ返事だった。
「さあ、マグナス? そろそろあたしに泣きっ面を見せてくれてもいいんじゃない?」
それともまた、あたしがあっと驚くようなやり方で、この苦境を跳ね返してくれる?
あたしを楽しませてくれる?
読んでくださってありがとうございます!
舞嶋大先生のコミカライズも3話が公開されてます。
ついにヒロイン・アリアが本格登場のデート回!!
ぜひ可愛さをご堪能ください。
https://magazine.jp.square-enix.com/mangaup/