第十五話 テラルバルト攻略作戦
前回のあらすじ:
あくまでマグナスへ反抗的な態度を貫こうとするイザベッラに対し、パウリが色仕掛けで籠絡する。
俺――〈魔法使い〉マグナスは、静かな声で宣言した。
「いよいよ俺たちは、テラルバルトに侵攻する」
場所はレグイザムの町の市長公館。その会議室。
聞き手はシャロンとその高弟――イザベッラ、ズッチ、ケイト、ティナの四人。
他に軍師直轄魔道火力支援部隊の主だった者たちが、会議室後方に控えている。
無論、ショコラは俺のすぐ傍に侍っていた。
「テラルバルトは、言わずと知れた“魔獣狂い”の本拠地だ。そして、“魔獣狂い”は黒の魔女軍の中でも最強の一角。確かに前回の戦では我々が勝利を収めたが、だからといって油断してはならない」
「前回は私たちゴーレム使いの方に有利な、平野部での会戦だったものね」
シャロンの当を得た意見に、俺は大いにうなずいてみせる。
「だが知っての通り、テラルバルトは昼なお暗く鬱蒼たる大森林だ。“魔獣狂い”が使役するキマイラどもにとっては棲息地。木陰に身をひそめ、奇襲をしかけてくる等も容易いだろう。一方、整地されていない悪路や立ち並ぶ木々は、こちらのゴーレムの動きを確実に阻害してくる」
「ち、地の利は敵にアリということですね、アンリさんっ」
気の弱いケイトが早や怯えながらも、負けてなるものかと意地を振り絞る。
会って初めのころはなかった、彼女の成長が窺える。
一方でイザベッラやズッチ、ティナは澄まし顔のままというか、冷淡な態度だった。
こちらの話も聞いているのかいないのか。
いつものことに、もちろん俺は気にも留めず、今回の作戦の説明を始める。
「俺たちはこの大森林を――奴らの棲息地を、煉獄に変えてやる」
「具体的にはどうやるの、アンリ?」
「火計だ。魔道火力支援部隊による〈ファイア〉系の乱射で、森ごと魔獣どもを焼き払う」
「なるほど、燃やすものには事欠かないものね」
「そ、それにわたしたちのゴーレムは、火災にも〈耐性〉がありますっ」
俺が提示した作戦目標に、シャロンとケイトはしきりにうなずいた。
「今日から十五日間、テラルバルトの辺りは快晴が続く。草木は常よりも乾燥し、火勢はいや増すだろう。キマイラどもは〈炎耐性〉を持つ奴らを除いて、ひとたまりもないだろう」
「ふむ……。前にもアンリは雨天を予測していたけど、そこまではっきりわかるものなのね」
「正確な天候予測は〈軍師〉の嗜みだからな」
「すごいですっ。さすがですっ」
本当は天候予測などできるわけがない。あくまで〈攻略本〉情報だ。
平然と嘘をついてみせた俺だが、ケイトの賞賛は正直心苦しい……。
「ついては、火力支援部隊の〈ファイア〉を増強するため、〈魔法触媒〉の量産をお願いしたい」
作戦目標が決まれば、次に大事なのは入念な準備だ。
〈魔法触媒〉というのは、〈魔女〉や〈錬金術師〉だけが作成できる貴重な〈錬成アイテム〉の一種で、それらを消費しながら魔法を使うことで、一度だけ魔法の威力を底上げすることができる代物。
〈ファイア〉系を強化するためには〈火トカゲの舌〉、〈サンダー〉系を強化するためには〈ミスリル硬貨〉といった具合に、対応するアイテムが違う。
「わかったわ。〈火トカゲの舌〉を量産すればいいわけね」
「ち、力の限りがんばりますっ」
シャロンとケイトが、打てば響く鐘のように快く応じてくれる。
一方、人の話を聞かないイザベッラたちは、いつもならば白けた様子で聞き流していただろうが――
「〈錬金術〉はわたくしが特に得意とするところですわン。目に物見せて差し上げるから、期待して待っていなさいな」
イザベッラが豊かな胸をふんぞり返らせると、居丈高にのたまった。
そう――高慢な態度ではあったが――この分からず屋が初めて、この俺に協力的な姿勢をとったのだ。
「「「えええええええっ!?」」」
シャロンが、ケイトが、ズッチが、ティナが、仰天して目を白黒させた。
それくらいイザベッラが協力すると言い出したことが、意外だったわけだ。
特にズッチとティナは狼狽を隠せない様子で、
「ど、どういう魂胆なんだ、イザベッラ! この胡散臭い軍師の言うことを聞くなんて、意味がわかんないんだぞっ」
「ズッチに同意」
「魂胆? そんなものは明白でしょう。わたくしは誰よりも負けず嫌いですの。だから、勝つための準備に全力を尽くす。当然のことですわン」
「私はごめんなんだぞ! 協力しないんだぞ!」
「ズッチに同意」
「おだまりなさい! いつまで子どもみたいなワガママを仰るつもりなのかしらン!?」
イザベッラが雷を落とし、ズッチとティナが打たれたように震え上がった。
俺の後ろでショコラが『えー。どの口がそれ言いますかー』と小声で呆れていたが、俺は「しっ」と黙らせる。
「とにかく、ズッチとティナも協力なさいな。いいこと?」
「えぇー……」
「いいことっ!?」
「い、イザベッラに同意!」
もう一度雷を落とされかけて、ズッチとティナは背筋を伸ばして承諾した。
しかしおかげで、大船に乗った気でテラルバルト攻略に乗り出せる。
〈魔法触媒〉は貴重で本来は量産も難しいが、シャロンやケイトのみならず、イザベッラたちもがんばってくれれば、充分量が確保できるだろう。
「しかし、まったくどういう風の吹き回しだ……」
俺はまじまじとイザベッラの豹変ぶりを観察した。
作戦説明が終わった後、彼女はちらちらと会議室後方を窺っていた。
そこに並ぶパウリに視線を送っていた。
そしてパウリが小粋にウインクしてみせると、たちまちイザベッラの頬はバラ色に染まった。
◇◆◇◆◇
「どういう魔法を使ったんだ、パウリ?」
「いやいや、大魔法使い殿に自慢できるようなものじゃないさ。ただの手妻さ」
解散後、俺は宛がわれた屋敷へと、パウリを伴って帰宅した。
ショコラも同席させて、昼食の時間とする。
メイド頭のミレイがすぐ傍に侍り、てきぱきと給仕をしてくれる。
「ククッ、イザベッラのことは僕に任せてと言ったでしょう?」
「本当に大したものだ。恐ろしい奴だ」
大きな頬傷を歪めるようにして笑うパウリの顔を、俺は呆れて眺める。
こいつを敵に回したカジウでは、そりゃあ苦労をさせられたというわけだ。
今は味方で、楽をさせられるというものだ。
「テラルバルトは難攻不落だが、おかげで俺たちは勝てる」
「軍師アンリ殿の見たところ、勝率どれくらい?」
「九分九厘だ」
「百パーセントじゃないんだ?」
「ああ。火計だからな。もしもの話、俺の予測が外れ――」
「予測が外れ?」
「雨が降ったら負ける」
俺は事実は事実だとばかりに、淡々と告げた。
何も言わずともミレイがお代わりを注いでくれた水で、唇を湿した。
俺はミレイに目で感謝し、ミレイはなんでもございませんとばかりに一礼した。
いよいよ本日、2巻が発売されます!
皆様なにとぞよろしくお願いいたします。
また、舞嶋大先生のコミカライズがマンガUP!さんで、今週2話まで公開されました。
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ありがとうございます!




