第十三話 魔女見習い ケイト
前回のあらすじ:
シャロン軍は連勝を続け、前線拠点をレクイザムの町まで押し上げた。
「なるほど……人類が〈マナボルトⅡ〉を自在にできるまでに、そんな先人の苦労があったんですね」
「そうだ。魔法を習得や行使するのに、いちいち背景まで知る必要はないという説も根強いが、俺が師事したハリコンの学院では、深い理解を得ることでより効能も得られると唱えている。もちろん、俺も実感している」
と――俺は魔法の講義をしていた。
相手はシャロンの高弟の一人で、大人しい娘のケイトだ。
〈魔女〉たちの使う専用の魔法なら俺は門外漢だが、広く〈魔法使い〉たちが使う一般魔法の造詣であれば、このヴィヴェラハラにいる誰にも負けない自負がある。
そして、そんな俺の講義を受けに、ケイトはこのところしばしば通ってきていた。
そもそもの発端は、以前にケイトが単身、相談してきたことに始まる。
「わたしも姉も、もっと言えばイザベッラやティナも、ここのところ伸び悩んでるんです。四人とも、魔女としての修業を決して怠っていないと思うんですけど……。イザベッラは師匠が悪いって言って憚らないし、姉は戦争、戦争で修業に身が入らないせいだって言って、ティナは両方に同意してます。でも、わたしはそれが理由じゃないと思うんです。だって、過去の多くの魔女たちが、わたしたちの年頃に伸び悩むのは、よくある話なので……」
ケイトはおどおどしながらも、余所者である俺に勇気を振り絞って訊ねたのだ。
「アンリさんが魔法使いの部隊を運用して、戦争の様相を一変させてしまったことに、わたしは感銘を受けました。だから、このヴィヴェラハラの外の価値観をお持ちのアンリさんから、意外なヒントを得られるんじゃないかと思って、相談に来たんです」
そして、その勇気は無駄ではなかった。
「俺は君たちが伸び悩む理由について、心当たりがある」
「えっ。ほ、ホントですかっ?」
「ああ」
正確には〈攻略本〉のおかげで、自然法則的な理解がある。
「魔女の〈レベル〉は、魔法使いの〈レベル〉を超えられないようになっているんだ」
「そ、そんなの初耳ですっ」
仕方がないことだ。
この世界の住人は――無論、俺も含めて――自分のレベルを知る手段が乏しい。
王族の中でも特に眼力優れたものだけに備わる、〈人物鑑定〉スキルで調べる以外には難しいのだが、そんな相手にお目通りの叶う人間が、果たしてどれだけいるだろうか?
ゆえに普通は自分のレベルになど自覚はなく、普段から意識もしないものだ。
俺だって〈攻略本〉と出会う前はそうだった。
ゆえに「魔女のレベルは、魔法使いのレベルを超えられない」という自然法則的制限を、経験則的に気づくことのできた魔女はいるかもしれない。その魔女の門派では、正しい指導を行えているかもしれない。
でも、それがヴィヴェラハラで一般化されていないのは、何も不思議ではなかった。
「ケイト。君たちはまずネビュラで魔法使いとして修業を始め、やがて魔女としての素質を見い出され、そちらの修業を遅れて始める。そして、魔女として大成しようとするあまり、魔法使いとしての修業を怠る。そういう傾向はないか?」
「あ、ありますっ。まさに仰る通りです……」
「だから、魔女としての成長が頭打ちになるんだ。魔法使いのレベルに追いつき、超えていくことができないから」
「な、なるほどっ……」
だから、魔法使いとしての修業も再開すれば、魔女のレベルと一緒に、上がっていくことだろう。
それだけの話だ。それだけの話だが、
「まあ、君たちにとっては突拍子もない話だろう。信じるか信じないかは自由――」
「アンリさんの仰ることなら信じます!」
ケイトは食い気味に即答した。
かと思えばまたもじもじして、
「そ、それで、もしよろしければですけど、わたしに魔法使いとしての講義をしていただけないでしょうか……? もしよろしければ……ですけど……」
「別に構わんが……」
俺はぶっちゃけ魔法マニアというか……魔法について話すのも話されるのも教えるのも教えられるのも大好きだしな。
「しかし、シャロン殿に習うのが筋ではないか? 彼女は魔法使いとしても相当だぞ」
「でも、魔法使いとしてならアンリさんの方が、師匠より遥かに上ですよね?」
「む」
気づかれるような真似は、慎んでいたはずなのだが。
「わたし、ゴーレムと簡単な意思疎通ができるんです」
「それはまた稀有な才能だな」
さすがは魔女の「血」というやつか。
「アンリさんは、わたしの部隊によくグラディウスを貸してくれますよね?」
「君の部隊だけよく命令を聞いてくれるからな」
俺は苦笑してうなずく。
「それで、グラディウスさんが教えてくれたんです。アンリさんは力を隠しているけど、本当は凄い魔法使いだって」
「あいつ、意外とおしゃべりだったか」
俺はますます苦笑を浮かべた。
寡黙なプロフェッショナル気質だと思っていたが。
いや、羨ましい。俺もあいつと談笑をしてみたい。
「隠してらっしゃるくらいだし、事情があるんですよね? わ、わたし、誰にも言わないんで安心してください」
「ん。信じよう。このところの君はいつも、信頼に足る働きをしてくれているしな」
「えへへ」
何がそんなにうれしいのか、ケイトはひどくはにかんだ。
――とまあ、そんないきさつがあって、俺はケイトに講義するようになったのだ。
なぜかショコラが異様に不満そうだったが。
『そろそろお時間ですね。講義はここまでとなさってはいかがですか? あまり根を詰めるのも逆効果かと存じます』
今日もひどく嫌味たらしい口調で、講義の終了予定時間を知らせてくれる。
「あ、じゃ、じゃあ、お茶の時間にしませんか? わたし、今日もお菓子を焼いてきたんです」
ケイトが焼き菓子の包みを出す。
講義のお礼ということかもしれないが、毎回律儀に自作の菓子を持参してくれるのだ。
そして、なぜか甘い物好きのはずのショコラを、ますます不機嫌にさせるのだ。
ともあれ俺はメイド頭のミレイに頼んで、三人分のお茶を用意してもらう。
そして、ケイトの菓子をいただく。
『じ~~~~~~~~~~~』
ショコラがまるで嫁をいびる姑みたいな険悪な目で、菓子の焼き色を観察している。
ちょっとでも焼きムラがあったら、あげつらってやるぞとばかりの態度だ。
何をやってるんだか。
俺は気楽に口の中へ放り込むが……うん。今日のもすこぶる美味い。
「お、お口に合いますか、アンリさん?」
「ああ。いつも思うが、ケイトはお菓子作り上手なんだな」
「そ、そんなっ……こ、これくらい、魔女だったら普通ですよ。普段から秘薬の調合とか、繊細な作業が必要なことばかりやってますし、それに比べたらお菓子作りは簡単です」
「なるほど」
『く……っ』
ショコラがとうとう一口かじって、ケチのつけようのない美味に、悔しげな声を漏らす。
何をやってるんだか。
ともあれ、美味しいお菓子とお茶を堪能しながら、俺たちはしばし談笑に興じた。
話題はもっぱら今後の戦争について。
……俺に女の子が好む話題提供などできるわけがないだろう?
それに、ケイトはニコニコして聞いてくれるからいいんだよ!
きっとこの子は軍事マニアか何かなんだろう。
◇◆◇◆◇
給仕のためにすぐ傍に侍るミレイもいて、ささやかなお茶会はつつがなく終わった。
ケイトは市長公館に帰っていった。
入れ替わりに、パウリが姿を見せた。
「あの子だけ、すっかり懐いてくれましたね」
「素直な子だからな」
「それだけかなあ!」
「何が言いたい?」
「いいえ、別に。それよりも、他の子も素直だともっとやりやすいんですけどねえ」
「……だな」
肩を竦めたパウリに、俺は同意した。
ケイト以外の、シャロンの三人の高弟たちは、相変わらず戦場で自分勝手に振る舞い、足並みを乱している。
魔女という連中は本当に気位が高く、良くも悪くも独立心が旺盛なのだ。黒の魔女たちが形ばかりの連合ではなく、本当の意味で一枚岩になっていたら、ヴィヴェラハラはとっくに滅びていただろうのと同じで。
幸いケイトはよく役割をこなしてくれているし、〈攻略本〉と魔道火力支援部隊のおかげで、現状は連勝を重ねていられるがな。
もし今後、より厳しい戦況――例えば、追い詰められた黒の魔女たちが、本気で協力体制をとった時など――が現れた時、足を引っ張るイザベッラたちは不安要素でしかない。
シャロンも弟子たちに強く出られないというか、ぶっちゃけ舐められてるしな。
彼女の魔女らしからぬ甘さは、美点でも欠点でもある。
「いっそ僕がなんとかしよっか?」
パウリが頬の傷を歪め、悪い顔になって言い出した。
「犯罪行為は看過できんぞ?」
「極めて合法且つ、穏当なやり方でですよ。僕はもう更生しましたんで」
「神霊サイレンに誓ってか?」
「だから、ソコからかわないで欲しいなあ!」
「悪かった、悪かった」
憤慨したパウリに、俺は笑って謝る。
「じゃあ、任せていいか?」
「了解」