第三十八話 VS魔弾将軍
前回のあらすじ:
マグナスとレイが互いの相手を咄嗟にチェンジする連携で、戦況を有利に変えた。
俺――〈魔法使い〉マグナスは、エルドラを適当にあしらっていた。
ただし、奴にそれを悟らせるような、拙い真似はしない。
エルドラがメチャクチャに振り回してくる剣を、右へ左へ、大げさにかわし続ける。
これでは反撃もままならない、防戦一方になるしかない、という戦況を装う。
時々はギリギリを見切ってかわして、さも今のは当たりそうだったと演出してやる。
「ハッハーッ! “魔王を討つ者”だかなんだか知らないが、魔法使いなんざやはりダメだな! 近接戦に持ち込まれたら終わりだ!」
エルドラは何も気づかず、得意絶頂で剣を振り回していた。
絶対的な経験不足だな。
『わー、どーしましょー。あんなに接近されてしまっては、マグナス様をお助けできませんー
困ったーやったー』
演技が壊滅的にヘタクソな殺戮メイドと、遠巻きにしたまま棒立ちになっているミスリルゴーレムがいたが、エルドラは全く異常さに気づいていない。
ポッと手に入った力に、酔っている奴の判断力など、そんなものということだな。
「レイがオレよりほんの少し強くなってしまったのは、まあなんかプロミネンスからズルい力を授かった結果ってことなんだろう! 同じ〈光の戦士〉同士だ、舐めちゃいないし、想定内ってやつだ!」
息を吐くように嘘をつくエルドラ。
レイに負けるだなんて思っていなかったし、負けて悔しくて堪らない、おまえはそういう男だろうに。
いちいち大変だな。見栄を取り繕わないと中身がない奴は。
「だが光の戦士たるオレが、魔法使い如きに負ける道理はねえ! 覚悟しろよ、マグナスとやら! まずはおまえをぶち殺してから、その後でカリコーン様と一緒に、レイを血祭りに上げてやる!!」
弱い犬ほどよく吠えるな。ユージンもそうだった。
そして、こいつが好き勝手に吠えることができるのも、あとわずかだ。
だから、せめて気持ちよく大口を叩かせてやる。
悪いが俺は、こいつに慈悲や容赦をかけてやるつもりはない。
この男は魔物に魂を売った。それを元の人間に戻す手段は現状ない。
ゆえに討たねばならない。アラバーナの皇子ヘイダルを、斃さねばならなかったように。
ましてこのエルドラに抱く憐憫など、一厘もないのだから。
ただそれはそれとして、今すぐこのエルドラを斃すわけにはいかなかった。
俺の頭の中に計画表があった。
ゆえにあしらい、時間を稼いでいるというわけだ。
しかし実際、光の戦士というのは、強力な職業だよ。なにしろこのエルドラときたら、状態異常全般に対する〈耐性〉スキルを有している。
〈スリープ〉等状態異常魔法が通じたら、もっと簡単に時間稼ぎできたのだがな。
まあ、エルドラの言う通りなのだろう。この光の戦士という選ばれし超優遇職は、ちゃんと窮めれば、魔法使いでは太刀打ちできないのだろう。
もっとも現実は、レベル二つ下の〈武道家〉の能力しか使っていない俺に、あしらわれている程度だがね。
「〈プロミネンスブレード〉!」
そして、エルドラが居丈高に最強のスキルを放つのと――
「うおおおおおおおおおおおおおお!?」
“魔弾将軍”が前庭に墜落してきたのは、奇しくも同時のことだった。
あの高い尖塔から落ちて、地面に激突するダメージは相当なもののはずだ。
カリコーンはさすが生きていたが、さしもの“魔弾将軍”とて平然としていられず、立ち上がるまで時間がかかっていた。
一方、レイは〈軽気功〉を用いて、鮮やかに着地を決めている。
ウーリュー派の武道家たちが会得するスキル群は、一種魔法めいているな。
そして、エルドラの〈プロミネンスブレード〉を向けられた俺はといえば――その出足を〈大魔道の杖〉のリーチを活かして払い、エルドラを転げさせることで、あっさり防いでいた。
「な? な? な?」
「何を呆然となっている? どんなに威力のあるスキルだろうが、命中させられなければ意味はないし、こちらも喰らってやる義理はないぞ?」
つんのめって倒れたまま、面食らっているエルドラに、俺は教え諭しながら、その上がった顔面に杖の先端を叩き入れる。
「グエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ」
「必殺の剣が、まさか出足払いなんぞで止められるのは、そんなに驚きか? 逆だよ。出足払いなんぞで止められる、おまえの〈プロミネンスブレード〉が温いんだ。技に溺れているんだ。レイだったら当てられると確信できた時以外に、大技に頼りはしないぞ?」
痛みで顔面を押さえ、地面を転げ回るエルドラ。
だが俺は容赦せず、さらにビシビシと杖で打ち据える。
ついにはとうとう、エルドラは寝転がって顔を伏せたまま、震えるだけで立ち上がってこなくなる。
自分が散々に見下し、好き放題攻め立てていると思い込んでいた魔法使い相手に、本当の実力差をいきなり見せつけられ、叩きのめされ、ショックで起き上がれないのだろう。
「そこで大人しく、しばらく寝ておけ」
俺はサッと踵を返した。
ショコラ、グラディウスがそれに続いた。
そしてレイと合流し、“魔弾将軍”に立ち向かう。
今度こそ、この全員で。
「お膳立て、感謝する」
「どういたしまして。というか、ついにマグナスの役に立てるようになれて、自分でもちょっと感動してる」
「凄い奴だよ。君は。レイ」
俺たちは短く言葉を交わす。
それからレイが突撃し、立ち上がった“魔弾将軍”へと斬りかかっていく。
さらにショコラとグラディウスが続き、左右からの側面攻撃で援護。
元々“八魔将”の中でも、最も接近戦が得意ではない“魔弾将軍”は、これによりレイの猛攻を捌くのに、かかりきりになる。
今までは、レイと丁々発止とやり合いながらも、その実常に俺の方へ警戒の視線を投げかけていたのだ。
そんな油断ならない雄敵の視線が、ついに俺から切れた。それを感じとった。
これで長い呪文の詠唱に集中できる。
「――ティルト・ハー・ウン・デル・エ・レン」
ヘヴィカスタマイズした〈サンダーⅣ〉を、左手に〈保留/ストック〉。
「――ムウラ・ア・ヌー・ア・ベイン・オン・レン・ティルト」
同じくヘヴィカスタマイズした〈マナボルトⅣ〉を、右手に〈保留/ストック〉。
左右の手を合わせて一つの拳を作り、〈魔拳将軍の双指輪〉の特殊効果により、二つの大魔法を練り合わせる。
“魔弾将軍”は全く〈属性耐性〉を持っていない。
代わりに弱点が、〈貫通属性〉一つきりしかない。
重ね合わせた俺の両手から、強い光が現れて左右に伸びる。
あたかも稲妻でできた弓矢が生まれる。
俺はその弓を構えて弦を引くように、左手を前に突き出し、右手を耳の後ろまで引っ張る。
そして“魔弾将軍”目がけて、紫電の矢を射放った。
貫いた!
一撃で消し飛ばした!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
『やりました! やりましたよ、マグナス様!』
レイとショコラが歓喜に沸く。
だが、俺はまだ笑うわけにはいかなかった。
背後から聞こえてきたからだ。
「ははははは! ははははははは! やったな? よくもやってくれたなギャハハハハハハ!」
狂った猿のように笑い転げる、エルドラの哄笑が聞こえてきたからだ――