第三十七話 VS魔弾将軍(レイ視点)
前回のあらすじ:
乱入する魔弾将軍と、マグナスは遠距離戦を繰り広げる最中、レイとのアイコンタクトを交わし――
僕――〈光の戦士〉レイは、マグナスとアイコンタクトを交わした。
「テメエ、なに余所見してやがる!?」
エルドラがムキになって、渾身の剣を叩きつけてくる。
僕はそれを体ごと横に捌いてかわすと、逆にカウンターをエルドラの脇腹に叩きつける。
「ぐぉっ!?」
痛みと驚きで目を剥くエルドラ。
僕は確かにアイコンタクトをとるために、君から目を外したよ?
でも同時に、誘いでもあったってわからないかな? わからないんだろうな。
僕だって覚えはよくなかったし、いやらしい特殊能力を持つボスモンスターたちとさんざん戦って、何度も痛い目に遭って、ようやく学んだくらいだから、自慢にはならないよね。
でもさ、エルドラ。
この程度の誘いに引っかかるようじゃ、ここから先はきついと思うよ?
「フラン・イ・レン・エル」
ほら、マグナスの呪文が聞こえる?
あれさ、君を狙ってるから。
「じゃあ、がんばってね」
「ハァ!? なんだ、いきなり!?」
僕は当惑するエルドラに向かって、返事はせずただ突進する。
助走をつけてジャンプ! さらにエルドラの頭を踏み台にして、もう一度ジャンプ!
マグナスから会得した〈軽気功〉を用いて、高く高く跳躍する。
これはウーリュー派の〈武道家〉が習得できるスキルの一つで、 超人的な……というか物理法則を無視したような身軽さを発揮できる。
そして、僕が跳んだのと前後して、マグナスの〈ファイアⅣ〉が炸裂した。
強烈な爆炎がエルドラに着弾し、付近の庭ごと蹂躙する。
「ギエエエエエエエエエエエエエエエエエッッ」
地獄で苛まれる亡者のような悲鳴が、エルドラの口からほとばしる。
僕はもはやそれに構っていられず、ただ行く手を見上げながら、さらに高く跳んだ。
マグナスの〈ファイアⅣ〉は、エルドラを中心に炸裂した。
つまりは、今の僕の足元に着弾した。
よって僕は、下から噴き上がってきた強烈な爆風に乗って、もっと、ずっと高くへと、跳躍できたんだ。
普通ならあり得ないけど、〈軽気功〉を会得した僕には可能だった。
そしてつまりは、マグナスの〈ファイアⅣ〉はエルドラへの攻撃だったと同時に、僕を爆風で強引に運ぶ手段だったということ。
僕はマグナスの起こした熱い風に乗って、たどり着くことができた。
“魔弾将軍”が陣取る、尖塔の上にまで。
「味な真似をしてくれるではないか、光の戦士よ!」
もちろんカリコーンは、僕が空中にいるうちに、迎撃しようとした。
五本の魔弾を射放ってきた。
しかし僕だって予測済み。対策済みだ。
「〈バーラックメイル〉!」
僕が今着用している鎧の銘を叫ぶ。
マグナスとバゼルフが贈ってくれた、〈魔海将軍の魂〉を合成素材に用いた、世界で一つきりの鎧が、それで反応する。
僕の前方に水でできた膜を顕現させて、広げる。
それが五本の魔弾を受け止めるでもなく、弾き返すでもなく、ただ「ぬるり」と受け流して、あらぬ方へと逸らしてくれる。
一日に三回までしか使えない特殊効果だけど、遠距離攻撃に対する防護力はとんでもない!
「いざ!」
僕は〈軽気功〉でふわりと屋根に降り立つと、そのまま“魔弾将軍”へと突っ込む。
尖塔の、傾斜のきつい屋根の上は、足場として最悪だけど、これも〈軽気功〉を身に着けた僕には、何も問題がない。
僕がマグナスとアイコンタクトを交わした、その最大の趣旨がこれだ。
僕が“魔弾将軍”に接近戦を挑み、エルドラはマグナスがあしらう。
互いの相手を交換することで、戦局が有利になるんじゃないかって踏んだんだ
「侮ってくれるなよ、光の戦士! 私が接近戦を苦にすると思ったら、大間違いだぞ!」
カリコーンはどっしりとした構えで待ち受けると、弓をまるで鈍器代わりに、野太い左腕で振るってくる。
「〈バーラックメイル〉!」
僕はもう一度、その銘を唱えた。
もう一度、水でできた膜を顕現させた。
ただし今度は、左腕のすぐ付近に、ちょうど半球盾のような形とサイズの膜を。
それを盾に使って、“魔弾将軍”が叩きつけてきた弓を「ぬるり」と受け流す。
さっきの前面全てを守る水の加護と違って、このやり方だと範囲は極小だけど、使用回数に制限はないんだ。
「ぬう! やりおる!」
カリコーンだって、僕の〈ブラッククレイモア〉で受け止められるくらいの覚悟はしていただろう。
しかし、当然顕れた水流の盾に、完璧に受け流されるのは、予想外だっただろう。
僕はその不意を衝いて、一撃重たいやつを“魔弾将軍”の脇腹に叩き込む。
「〈プロミネンスブレード〉!」
エルドラから会得したばかりの、極大〈炎属性〉の斬撃だ。
さしもの“魔弾将軍”でさえ、たたらを踏んでよろめいた。
効いてる!
「うおおおおおおおおおおお!」
僕は雄叫びを上げると、〈ブラッククレイモア〉で斬りに斬って、畳み掛ける。
「確か……レイといったな、光の戦士よ!」
カリコーンも然る者、五本の右腕を駆使し、〈ブラッククレイモア〉の刀身の腹を横から叩いて、いなして、防ぐ。
「魔王様の勅命に従い、私は君にこう訊ねねばならぬ! ――私の部下となれ。さすればルクスンの半分を君にやろう!」
「ごめん、要らない!」
僕とカリコーンは剣と拳で激しくやりとりしながら、言葉を交わした。
「なぜだ? 欲はないのか?」
「そりゃ僕にだってあるよ! 人間だもん!」
「では、なぜ欲さぬ? 君が首を縦に振るだけで、大国の半分が手中に収まるのだぞ?」
「僕はただの村人なんだ! そんなものをもらっても困る! 絶対持て余す!」
「はははははははははは!」
「な、何がおかしいの!?」
「おかしいに決まっている! 自分で気づいていないのか?」
“魔弾将軍”は、からからと笑い続けた。
なんだろう……こんなこと思っちゃいけないんだろうけどさ……。
敵ながら、魔物ながら、気持ちのいい笑い方だった。
そんな笑顔のまま、カリコーンは言った。
「ただの村人が、この“魔弾将軍”と互角に打ち合えるものかよ! 冗談も休み休み言えい!」
彼の顔に書いてあった。
僕が誘いに乗らなくて、部下にならなくて、残念だと。
僕が誘いに乗らなくて、好敵手のままでいてくれて、満足だと。
相反する感情が、不思議ときれいに同居していたんだ。
「おおおおおおおおおおおおおお!」
「はははははははははははははは!」
僕は雄叫びを上げて、“魔弾将軍”は哄笑して、さらに何十合と斬り結ぶ。
カリコーンは接近戦を苦にしないと言った。
でも、やっぱり弓と違って得意じゃない。
レベル34止まりの僕が、互角にやり合えているのがその証拠だ。
でも、互角は互角だ。
この“八魔将”の一角は、僕一人が張り切って斃すべき相手じゃない。
これは遊びじゃなく、ルクスンの――ひいては世界の命運がかかる戦いなんだから。
「〈ブルーライトニング〉!」
僕はロレンスさんから会得した秘剣を使った。
高速で相手に接近するとともに、〈雷属性〉の斬撃を放ち、そのまま相手の脇を交差し、後方に駆け抜けるという、突進技だ。
それを応用して、脇を駆け抜けるのではなく、突進速度を活かしてそのまま体当たりをぶちかました。
結果――僕は“魔弾将軍”ごと宙に身を投じ、前庭へと墜落していった。
「はははははは、天晴!」
カリコーンの笑い声が、流れ星の如く尾を引いた。