第三十一話 託し、託され(???視点)
前回のあらすじ:
ボーンドラゴンを乱獲し、レベル34を目指すマグナスとレイ。しかし、その裏では――
おいら――〈光の戦士〉ラッドは、モンリバーまで行商に来ていた。
なめした獣の毛皮をベコ村から馬車で運んで、町の往来で売るんだ。
獣は森で、おいらが自分で狩ってくる。
おいらたち光の戦士は、四人が四人とも違う能力に秀でていた。
そして、おいらは攻撃魔法も回復魔法もお手の物で、且つ弓まで得意な万能後衛職。
強い魔物たち相手に戦っていたおいらだ、森に棲む獣を狩るくらいわけはなかった。それこそ、熊や猪が出たってイチコロだ。
なめしの技術は、ベコ村の狩人たちに習っているところで、まだまだ手伝ってもらっている部分も大きい。
代わりにおいらは、彼らの分までモンリバーに売りに来る。
往来に立って、お客と直接やりとりするのは、その方が利ザヤが遥かに大きいから。店に卸せば一度にたくさん捌けるし、楽だけど、かなり足元を見られるからな。
だけど本来、往来で売るのには、お役人様の許可が要る。
その時に税金だって納めないといけない。
ところが、おいらは無許可で平然と売っていた。
時々、巡回中の衛士に、確認のために許可証の提示を求められることもある。
まあ当然の話だわな。じゃなきゃ皆、無許可でやりだす。
許可証のないおいらは、「ちょっと裏でお話ししましょう」と耳打ちして、路地裏に誘う。
すると衛士たちは賄賂をもらえると勘違いして、袖をこすり合わせながらついてくる。
おいらはそんな間抜けどもを〈スリープ〉で眠らせてから、トンズラするという寸法だ。
軽犯罪は現行犯逮捕が基本であり、無許可営業程度のチンケな罪で、指名手配になったりはしない。
というかそもそも、眠らされた衛士たちだって、上に報告なんかしない。
「まんまと逃げられました」なんて報告をバカ正直にしたら、ドヤされた上に失点につながるだけ。そうだろう?
だからおいらは今日も、目抜き通りでいけしゃあしゃあと無許可営業をする。
おいらは別に商売上手ってわけじゃないけど、馬車に積んできた毛皮は、そこそこの勢いで売れていく。
税金を払ってない分、店を通さない分、他よりちょっと安く売ることができるのがミソだ。
まあ、光の戦士である、おいらだからこそできる技ってやつだ。
選んでくれた神霊プロミネンスとやらには、感謝しかない。
――なんて考え事をしながら売っていると、
「ねえ、兄さん。光の戦士様って知ってるかい?」
「は!? え!? は!?」
会計をすませたお客の爺さんに、いきなりそんなことを言われて面喰った。
こいつ、まさか、おいらの正体を!?
「レイ様ってお名前だそうなんだがねえ」
「あっ…………ああ、ああ、その話ですか」
おいらは内心、胸を撫で下ろした。
「光の戦士のレイ様ですね。もちろん、おいらもご高名は存じ上げておりますよ。もちろん、お会いしたことはございませんが。それがいかがしました?」
「いやね、あたしの娘がキロミツに住んでいるんですが、なんでも魔物の軍勢が目と鼻の先にまで迫っていたそうで、引っ越そうかどうしようかと迷っていたんです。ところが、我が国が生んだレイ様と、ラクスタからいらっしゃった偉大な魔法使いマグナス様という両雄が、その魔物どもをまとめて追い払ってくれたそうで」
だからお祝いに、この毛皮をキロミツまで送ってやるのだと、爺さんはうれしそうに言った。
なるほどね。
「まったく最近はどこに行っても、レイの話で持ち切りだなあ」
爺さんと別れた後、おいらは独りごちた。
思わず顔がほころんでいた。
レイの活躍を一つ聞くたび、俺はうれしくなって仕方がないのだ。
かつておいらは、身の程知らずにもアースドレイクを狩ろうとした。
でも敵わないのを知って、恐怖のあまり、レイを見捨てて一人で逃げ出してしまった。
見殺しにしたと、思い込んでいた。
おかげでおいらはひどい後悔に苛まれ、しばらくうなされて眠れない日々が続くほどだった。
しかし、一月くらい経った後、光の戦士レイがどこそこでノーブルヴァンパイアを退治しただの、どこそこでマンティコアを討伐しただの、噂話が耳に入るようになった。
「生きていたのか、レイ! いや、生きててくれたのか!」
おいらがどれほど喜んだか、言うまでもない。
実際、その日からぐっすり眠れるようになったんだ。
そしておいらは今じゃ、ベコ村で立派な猟師になっていた。
そう、“魔弾将軍”の討伐はもう諦めたんだ。
だって仕方ないだろ? アースドレイク程度に勝てない奴が、その親玉に勝てるわけがない。
温厚なおいらにゃ、元々戦いなんてむいてなかったのさ。
アースドレイクから逃げた後、夜もまともに眠れない有り様だったおいらをひろってくれたのは、ベコ村に住む若い娘だった。
名前はノノ。
毎晩うなされるおいらを心配して、甲斐甲斐しく慰めてくれた。
おいらがノノに惚れるまで、時間はかからなかった。
あっちも憎からず思ってくれてたみたいで、ほどなくおいらたちは夫婦になった。
子どもだってできたんだ。最近、わかったんだ。
ああ、毛皮を売った金で、ノノに美味しいお菓子を買って帰ってやらねえとな! おいらたちの愛の結晶を宿した、大事な体だからな!
そう、おいらは気づいたのさ。
憎悪なんかからは、何も生まれやしないって。
復讐なんか果たしたって、幸せになれやしないって。
故郷を“魔弾将軍”に焼き滅ぼされたおいらだけど、今じゃあ魔物を憎む気持ちなんて、すっかりなくなっていた。むしろ、どうして昔はあんなに憎んでいたのかと、不思議に思うくらいだぜ。
戦いなんかは得意な奴に好きなだけ任せて、おいらはノノや生まれてくる子どもと平穏に暮らすって決めたんだ。
だからさ、レイ。
おいらはおまえのことを、心の底から応援してるぜ?
おまえの活躍を聞くたびに、うれしくって仕方ないぜ?
ぜひ一日でも早く、“魔弾将軍”を討伐してくれよな。
ベコ村まで焼かれてしまわないようにしてくれよな。
レイ。おいらはおまえが英雄になる日を待ってる!
「おいらの分まで託したぜ、レイ!」
おいらはあの青空に向かって、さわやかな笑顔で言った。
もちろん、独り言だ。
だから、
「ハァ? 誰が誰に託すって?」
まさか返事があるとは思わなくって、ぎょっとなった。
「誰だよ!?」
「オレだよ、ラッド。久しぶりだな」
声は後ろから聞こえて、おいらは慌てて振り返った。
そこに立っていたのは、他でもないエルドラだった。
ニタニタと下卑た笑みを浮かべている。
こいつ……しばらく会わないうちに、人相が変わっちまったな……。
いや、そんなことはどうでもいい。
「おいらたちを裏切って逆玉の輿に乗った男が、今さらなんの用だよ?」
おいらはそう問い詰めようとした。
しかし、寸前でできなかった。
エルドラがいきなり何かを、おいらの足元に放ってよこしたからだ。
光の戦士テレサの、生首だった。
おいらは身の毛がよだつほどの恐怖を覚える。
往来する人々も生首に気づくと、絹を裂くような悲鳴を上げて逃げ散っていく。
「な、なんの真似だよ、エルドラ!?」
おいらは半泣きになりながら、ようやくのことで詰問した。
エルドラは対照的に、ニタニタといやらしい笑みを浮かべたまま答えた。
「オレさ、このエリスの口利きで、“魔弾将軍”に魂を売ることにしたんだ」
顎をしゃくって、少し離れたところにいた、すこぶるつきの美女を示した。
普段だったら、おいらはきっと鼻の下を伸ばしていただろう。
でも今はそんな場合じゃない。
俺は必死の形相で主張した。
「そんなのはおまえの好きにしろよ、エルドラ! だからって仲間だったテレサを殺すことはないだろ!? おいらにも関係ないだろ!? ――いや、もう関係ないんです、エルドラさん! おいらはもう戦うことはやめたんです。だから、見逃してください、エルドラさん! お願いします! お願いします! 妻と子がいるんです!」
「ところが残念ながら、ラッドも関係あることだし、見逃せないんだな」
エルドラはニタニタと笑いながら、恐ろしいことを言った。
「おまえらには内緒にしていたが、オレは光の戦士のリーダー格として、とある〈スキル〉を授かっていたんだ。〈おまえの想いはオレが預かった〉っていうスキルなんだけどな? 他の光の戦士が死ねば死ぬほど、残ったオレが爆発的に強くなれるんだ。ケッサクだろ?」
「何がおかしい!?」
おいらはもう激昂し、呪文を唱えようとした。
しかし、それより早く、エルドラが抜き打ちに放った剣が、おいらの胸を刺していた。
「ラッドよお、グズなおまえは、元々戦いに向いてないんだよ。自覚しろよ」
「ひっ……あっ……ひぃ……」
エルドラに嘲弄されても、おいらは反応できなかった。
だって刺された胸から、止め処もなく血があふれ出していたんだ。
「やめて……やめて……返して……っ。……ノノっ」
おいらはあふれる血をかき集めながら、半狂乱になってわめいた。
でも――
「オレががんばって生きるからさ――ラッドの分まで、託してくれよな?」
それが、おいらが聞いた生涯最後の言葉だった。
振りかぶられたエルドラの剣がおいらの首を、野菜のように簡単に斬り落とした。