第二十四話 呪いの大剣と試し切り
前回のあらすじ:
レイがエルドラを一蹴!
俺――〈魔法使い〉マグナスは、ラクスタ王都に帰還していた。
レイを伴い、〈秘術鍛冶師〉バゼルフの工房を訪ねる。
「おう、頼まれもんならもうできとるぞ」
無駄口を嫌う職人気質のドワーフは、俺の顔を見るなりそう言った。
工房内を物珍しげに眺めいていたレイが、それでビクッと体を硬くする。
緊張の面持ちで、バゼルフに思いきり頭を下げる。
「マ、マグナスから聞きました! 僕用の武器を鍛えてくださったそうで!」
「代金はちゃんともらっとる。なら、おまえさんは客じゃ。そう畏まるな」
バゼルフはぶすっとした顔つきで、苦々しげに吐き捨てた。
偏屈なドワーフの態度に、レイが「あわわ」と狼狽する。気分を害してしまったと思っているのだろう。
だが、事実は逆だ。つき合いの長い俺にはわかる。バゼルフは礼儀正しい好青年を気に入って、思った通りのことを言ったまで。
ただ、
「マグナスよ。この坊主は本当に、よほどの戦士なのかね?」
バゼルフはレイの気弱そうな態度を見て、その点不安になったようだ。
「無論だとも。でなければ、あんな代物を特注するものか」
「ふふふ、なるほどのう」
「彼より強い前衛職など、このラクスタ広しといえど一人もいない」
「そりゃあ大したもんじゃあ。ならば、使いこなしてもらおうかのう」
俺とバゼルフは顔を見合わせ、ほくそ笑んだ。
「す、凄い剣だとしかマグナスから聞かされてないんですけど、まともな剣なんですよねえ?」
レイが腰の引けた様子で訊ねてくる。
「無論、まともな剣だとも」
「ああ。まともに使いこなせるものがおれば、天下無双の剣じゃ」
「なんかそれ、微妙にニュアンスが変わってません!?」
怯えきったレイの抗議を、俺たちは無視して工房の奥へ進んだ。
「ほら、坊主。こいつじゃ。好きに手に取るがよい」
「俺が持っていた〈蒼雷の剣〉を超える、正真正銘のランクS装備だ」
そこに飾ってあった剣を、バゼルフが指し示した。
俺も見るのは初めてなので、しげしげと眺めた。
幅広で刃渡りも長い、いわゆる大剣に分類されるものだ。
柄頭から鞘に至るまで、漆黒の拵えである。
真の刀剣には品格が宿るというが、こいつは禍々しい妖気を帯び、漂わせていた。
何より特徴的なのは、鞘に生き物のような目玉がついていることだ。
「銘――〈ブラッククレイモア〉じゃ」
「なんかギョロギョロしてるんですけどおおおおおおおおお!?」
「マグナスが用意した〈合成素材〉を元に鍛えておったら、勝手にこうなったんじゃ」
「不可抗力みたいに言わないでくださいよ!? どう考えてもおかしいでしょ!?」
「何もおかしくないぞ、レイ。〈呪われた武具〉とはこういうものだ」
「まず呪われてる前提がおかしい!!」
「こんな見事な剣に、なんの不満があるのかわからないな。礼を言うぞ、バゼルフ」
「なんの。ワシも納得のいく仕事ができたわい」
レイの悲鳴は俺たちにとって想定内だったが、あくまでそら惚けた。
「そういうわけだ、レイ。早速試し切りにいくか。それが戦士という人種のサガなんだろう?」
「勝手に決めないでください! 命令しないでください!」
「それは悪かったが……しかしな、レイよ。この剣が優れ物なのも、これ以上を今すぐ求めるのは不可能なのも、事実だぞ?」
「ぐぐぐっ……。わ、わかりましたよっっっ」
「試し切り、ワシもついていってよいかの? 製作者として見届けたい」
「ええ、どうぞご自由に!」
レイは自棄になったように叫ぶと、破れかぶれの態度で呪われた大剣に手を伸ばした。
「なんか生き物みたいにネトネトするぅぅぅぅぅぅう!?」
「がまんだぞ、レイ」
「そうじゃ。男は耐える生き物じゃ」
「お二人とも他人事だからって好き勝手言って!!」
「いいから早く抜いたらどうだ?」
「そうじゃ。なんなら素振りしてもかまわんぞ?」
「わかりましたよ! 抜いて振ればいいんでしょう!? もうどうにでもなれ!」
【ギケケケケケケケケケケケケケケ】
「剣が笑ったああああああああああああああああ!?」
◇◆◇◆◇
俺はレイとバゼルフを伴い、〈タウンゲート〉でルクスン大公国クラウヒルへ跳んだ。
レイが目ぼしいスキルを会得し終えた。今の彼に相応しい武具も新調できた。
クラウヒル周辺のボスモンスターを斃して、〈レベル〉上げを再開する頃合いだった。
俺の頭の中の計画表では、ここで25までは〈レベルアップ〉する予定。
その後はいよいよ、“魔弾将軍”との最前線であるキロミツへ向かう。
「とはいえ、この一歩目で踏み外したら、そこで終わりだ」
「はい、マグナス!」
俺の言葉に、レイが威勢よく返事をする。
バゼルフが「若者はそうでなくてはな」とばかりに目を細め、髭をしごく。
“ナルサイ”号に乗り、三人で目的地へと向かう途中のことだった。
クラウヒルは東にモーム山脈、西にブリント山系を臨む、丘陵地帯。
俺たちはそのモームの、とある山中を移動していた。
〈浮遊する絨毯〉の中でも特に秀でた“ナルサイ”号を使えば、道なき道もなんのその。
ほどなく、目的の洞穴に到着する。
「ファイアドレイクが棲息しているのは、この中だ」
「は、はい、マグナス!」
「以前に君が戦ったアースドレイクとは、比べ物にならん強さだぞ?」
「りょ、了解です!」
レイは強張った面持ちで、あれだけ嫌がった〈ブラッククレイモア〉の感触を、確かめるように鞘を撫でさすった。
「レベル換算だと、どれくらいなんでしょうか?」
「アースが13。ファイアが22だ」
「僕が今20ですから、二つ差ですね……。マンティコアの時は三つ差でしたから、あの時よりはまだしもやりやすい相手って考えて、いいんでしょうか?」
「考えてもいいだろう。あの時と条件が一緒ならば、な」
「え……?」
「試し切りと言っただろう? 今回は君一人で戦ってもらいたい」
「うええええええええ!?」
びっくり仰天するレイ。
そのまま抗議してくるだろうと、俺は予測していた。
「無理だ」「無茶だ」と騒ぐだろうと。
しかし、俺はその言葉に耳を貸す気はない。
〈攻略本〉でクラウヒル周辺のボスモンスターを総ざらいにして、適切な奴を見繕ったのだ。
2レベル差だ、決してくみしやすい魔物ではない。
でも、今のレイなら成し遂げてくれると、俺は踏んでいた。
すると――
「……わかりました。マグナスに考えあってのことなんですよね? なら、やります」
レイは震え声ながら、意外にも否やを唱えなかった。
おっかなびっくり腹を括る――そんな表現がピッタリな、この少年独特の横顔を見せた。
「ふむ……」
と、俺はその横顔を観察する。
しばらく別行動をとっている間に、少し変わったか?
その間に起きた出来事は、互いに情報交換をすませている。
王宮で受けた迫害が、レイに根性を植え付けたか?
ベアトリクシーヌの騎士となったことで、名誉のなんたるかを知ったか?
あるいはエルドラとの因縁に一括りをつけたことで、一皮剥けたか?
だったら、あの小物相手の茶番にも意味があったということだ。
いや――なんにせよ、俺の期待以上に成長して帰ってくれたということだ。
これだから、この少年は侮れない!
「ファイアドレイクはその名の通り、炎のブレスが強力な、攻撃的なモンスターだ」
「はい!」
「反面、守りは甘いところがある。〈ステータス〉的にもそうだし、カッとなって暴走しやすい種族的性向もだ」
「なるほど、そこを衝くように戦い方を練るべきですね」
「〈弱点属性〉も氷の他、ほぼなんでも通る。風や地にも弱いし、光にも弱い」
「でも名前からして、炎属性は〈耐性〉を持っていますよね?」
「その通りだ。しかし、耐性を持っているのはそれだけだ。意外に闇属性すら通る」
「わかりました!」
俺たちはそんな話をしながら、洞窟の奥へと進む。
「ほっ。おまえさんたち、なんともまあポンポンと……まるで長年パーティーを組んだ同士のようだな」
後ろをついてくるバゼルフが、小気味良いとばかりに感嘆した。
そこはまあ、レイの天性というか、生来の気質が大きいだろう。
エルドラたちのせいで少し心がねじ曲がり、命令しないでくれと強がってはいるが。
レイは本質的には、ちょっと珍しいくらいの、素直さという美徳の持ち主だからな。
ファイアドレイクの棲む洞穴は、横幅も天井の高さも相当だが、深さはさほどでもなかった。 ほどなく俺たちは、広場になった最深部にたどり着いた。
そこにファイアドレイクがうずくまって、眠っていた。
翼が退化してなくなり、代わりに四肢が太くなった、ドラゴンという風情。
鱗の色は真紅。
尻尾を含めない体長だけでも、二十メートルは下らない巨体。
「行ってきます!」
そんな化物へと、レイは敢然と立ち向かった。
彼の足音を聞いてか、臭いを嗅いでか、ファイアドレイクが目を覚ます。
寝惚け眼で、レイを邪険に追い払うため、尻尾を振る。
かつてのレイは、レベル13のアースドレイク相手に、これ一発でやられた。
しかし、今のレイはもう見違えるほどになっている。
「〈アイアンウォール〉!」
会得した騎士の〈スキル〉を用いて、正面から受け止める。
ダメージ……ほぼゼロ!
よけずに敢えて受けたのは、挑発だろう。
実際、ファイアドレイクは瞳を真っ赤に燃やして怒り狂った。
レイめ! 小憎い真似をするな!
ファイアドレイクは怒りに我を忘れ、眼前の小さな生き物を、今度こそ羽虫の如く叩き潰してやらんと、大振りになって攻撃してくる。
その爪牙を、レイは今度こそ機敏に、冷静に回避、回避、回避!
そうやってファイアドレイクの攻撃パターンを早や見切ると、一転攻勢に出た。
「ア・ウン・レーナ!」
俺の呪文を真似して集中し、〈気功〉を発動。
さらに呪いの大剣をついに抜き放つ!
【オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン……!】
鞘を払われた〈ブラッククレイモア〉が、まるで生き物のようにくぐもった咆哮をした。
ドス黒い刀身を現した。
凄まじい妖気。一目で悟らせる、尋常ならざる切れ味。
しかしこいつは、持ち主の〈HP〉や〈MP〉を、一振りごとに奪う、諸刃の魔剣だ。
それをレイは、使いこなしてみせた。
かつてユージンが用いたスキルに、〈武具覚醒〉というものがあった。
あらゆる武具の本質を引き出し、特に魔法の武具の効力を高めるという、強力なものだ。
〈勇者〉のみがレベル19で習得できる、反則的スキルだ。
そして〈光の戦士〉たるレイは、レベル19で〈武具浄化〉を習得した。
呪いの武具の長所はそのままに、呪われし効果だけを打ち消すという、これまた反則的なユニークスキルである。
抜き放たれた〈ブラッククレイモア〉が、レイの掌中で神々しい光を放った。
ドス黒いはずの刀身が、まばゆく煌めいた。
「〈シャインブレード〉!!」
その剣を以って、レイはファイアドレイクに斬り込んでいく。
わずか一撃で、二メートルは超えよう長大な裂傷を刻む。
ファイアドレイクが巨体を揺すって苦しみ悶える!
「いいぞ、レイ……」
「おい、見たか、マグナスよ。あの坊主、ワシの魔剣を使いこなしおった。ははは、よいぞよいぞ! 何よりワシの打った魔剣がよい!」
俺は静かに、バゼルフはやかましく讃嘆する。
もはや俺たちの目には、レイがほどなく勝利をつかむ様が、揺るぎなく映っていた!




