第二十二話 エルドラとの決闘(レイ視点)
前回のあらすじ:
いよいよエルドラとの決闘が始まるが、エルドラはいきなり卑劣な手段を用意し――
まさかエルドラと――かつての仲間と斬り結ぶ日が来るなんて、僕は思ってもみなかった。
自己強化魔法で〈力〉がバフされた、エルドラの斬撃は重かった。
〈器用さ〉が増強された、その太刀筋は鋭かった。
何より〈レベル〉や〈ステータス〉、〈スキル〉では表されない強さが、エルドラにはある。
これはパーティーを組んでいたころから思っていたことだ。
当て勘、とでも言うのかな?
相手の防御意識が一瞬でも疎かになっている部分へ、ズバズバと斬り込む嗅覚が抜群なんだ。
味方だったころは頼もしかったけど、敵になった今、これがまあ厄介だった。
僕は肩や二の腕、太腿や脛なんかを何度となく打たれてしまった。
刃引きしてある訓練用の剣だから、致命傷にはならないけど、とにかく痛い! 泣きたい!
観覧席にいる若手騎士たちがここぞとばかり、
「お見事です、エルドラ卿! そのまま一気呵成にご決着を!」
「なんだ、同じ〈光の戦士〉といえど、ここまで実力差があるのか」
「はははは! 所詮はド田舎出身の村民と、お父上も立派な騎士であったエルドラ卿とでは、土台からして違うということでしょうな!」
「さあ、エルドラ卿! その身の程知らずにとどめの一撃を!」
と――やんやの喝采をエルドラへ、聞くに堪えない罵声を僕へ送り続けていた。
大声援を背に受けて、エルドラも嵩にかかって攻めてくる。
“よかったのは威勢だけか、レイ? 少しは腕を上げたみたいだが、所詮は付け焼刃か?”
僕はその猛攻を耐え凌ぐ。
軽装を活かして足は止めずに、ヒット&アウェイを心がけて、繰り返す。
そうやって戦う場所をじりじりと動かして――エルドラをベリーから遠ざけるのが、実は僕の狙いだった。
とにかく、エルドラからベリーを庇いながら戦うなんて、気が気じゃないから。
別にハンデとかそういう実利の問題ではなくて、彼女がたとえかすり傷でも負うのが嫌なんだ。絶対にがまんできないんだ。
だから、ベリーから充分に離れたところを見計らって――僕も攻める!
目にも留まらぬ剣速で逆襲をかけるカウンター技、〈ファルコンブレード〉。
踊るような軽やかな動作で攻防一体となす連携技、〈死の舞い〉。
マグナスや、協力してくれたロレンスさんたちのおかげで、僕が習得できた数々の強力な〈スキル〉をお見舞いする。
僕の剣もエルドラへ、何発も入るようになる。
“ほう……。さっきまでは本気ではなかったということか”
エルドラがすっと目を細めた。
だけど、声にはまだ余裕があった。
エルドラは重甲冑をまとっていたからだ。しかも、恐らくは伯爵家の地位と金にあかせて入手したのだろう、〈防御力〉の高そうな逸品を。
さらに自己強化魔法によっても防御バフを重ねているため、僕たちが使っている訓練用の剣では、ろくにダメージが入らなかった。
いや、たとえ多少のダメージを蓄積できたって、エルドラには回復魔法がある。一気に〈HP〉全快されてしまう。
一方、僕の〈鉄の胸当て〉は、普段使いの量産品。
マグナスにも「レベル10台のうちから、装備に頼るような戦い方を覚えると、後々ろくなことがない。レイが20になった後、一気にそろえよう」とアドバイスされて、放置していた。
“ククク、いっそ実剣で戦っていたら、案外おまえが勝っていたのかもなあ?”
お生憎様とばかりに、エルドラがせせら笑った。
“理解できたか? この決闘のルールは二重、三重にオレに有利なんだよ”
“エルドラ! この卑怯者!”
“おまえが浅知恵にすぎるのを、オレの性格のせいにするなよ”
“なんだと!?”
“ククク。クククククク! レイ、おまえ、まんまとオレをお姫様から、遠ざけることができたと思っているだろう?”
内心を読み当てられ、僕は一瞬ギクリとなる。
そんな僕の表情を見て、エルドラは最高の見物だとばかりに口角を吊り上げる。
そして、言い放った。
“バアアアアカ! おまえの浅知恵なんかオレはお見通しなんだよ! お姫様からまんまと引き剥がしたのは、実はオレの方なんだよ!!”
“なんだって!?”
どういうことかと、僕が聞き返した時にはもう、エルドラの罠は発動していた。
決闘のルールでエルドラが同伴した女の人が、いきなり動いたのだ。
スカートの下に隠していた短剣を抜いて、ベリーに向かって投擲したのだ。
「そんなのアリ!?」
「各々が守るべき貴婦人に、かすり傷一つでもついた時点で敗北が決定。如何なる状況からも、貴婦人を守り抜いてこそ騎士――吾輩は最初にそう申し上げましたぞ?」
審判役の騎士までが、ニタリと下卑た笑みを浮かべた。
その間にも投擲された短剣が、ベリーへと向かって宙を走る。
ただの短剣ではなかった。何やら禍々しいオーラを放っていた。
恐らくは魔法の武具か、呪いの武具。だから、戦いはてんで素人に見える女性が投げ放っても、凄まじい正確さと鋭さでベリーを狙い、飛んでいく。
一方、ベリーはその凶行を見ても、腕組みして突っ立ったままだった。
よけられないのか?
……あるいは、よける気がないのか?
このままでは彼女が傷を負う。
死にはしないだろう。でも女の子の肌に、消えない傷跡が残る可能性はある。
「ベリイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」
僕は絶叫した。
もう反射的にベリーの方へと駆け出していた。
“バカめ! 敵に背中を見せる奴があるか!”
エルドラが僕の背中へと目がけ、ここぞとばかりに大技を放ってくる。
〈レインボウラッシュ〉。
武器に七種の〈属性〉を付与しつつ、七回攻撃をするという、エルドラの〈固有スキル〉。
まだパーティーを組んでいた時、僕も何度も目にした必殺技だ。
僕はそれを背中からまともに浴びた。大ダメージを受けた。
たとえ刃引きしてある剣とはいえ、それで倒れていてもおかしくなかった。
でも、僕は決して倒れなかった。
倒れず、ベリーの元へと走った。
しかもその速度は、僕の出せる限界を遥かに超えていた。
彼女を守るために。
大好きな彼女を守るために!
今――ようやくわかった。
僕が騎士たちのスキルを、いくら見様見真似で練習しても、会得できなかった理由が。
上っ面だけを真似ても意味がなかったんだ。
いくら自分で考えて、完成形を予想して、目指しても、それじゃあ不完全だったんだ。
なぜならそれは「形」でしかないから。
騎士のスキルに大事なのは「魂」。
絶対に守りたいという想い、守り通すという意志、それらがあって初めて、騎士のスキルは体現できるんだ。
僕はベリーを絶対に守りたい!
僕はベリーを絶対に守り通す!
だから、僕はついに騎士たちのスキルを成功させた。
火事場の馬鹿力的というか、通常では引き出せないスピードとタフさを捻出して、投擲された短剣とベリーの間に、強引に己が身を割って入らせた。
このまま身代わりに短剣を食らって、ダメージを肩代わりするのが、〈ボディガード〉。
短剣を打ち払い、お姫様を守護すると同時に自分も堅守をなすのが、〈アイアンウォール〉。
前者が騎士レベル1で習得できて、後者が11レベルで習得できる上級技。
そして、今まで前者もできなかった僕が、一足飛びに後者を会得できたんだ!
「レイ。あなたならきっと守ってくださると、信じておりましたわよ」
結局、最後までその場を一歩も動かなかったベリーが、そう言ってくれた。
僕はうれしくて涙ぐんでしまった。
なのに、エルドラが水を差すように、
“何を感動のシーンぶってんだ? たかが短剣一本、食いとめたくらいでバカみてーによ。ハッ、言っておくけどオレが用意してきた罠は、一個や二個じゃねえぜ?”
ニタニタと笑いながら心の声で言った。
すぐ傍では審判役の騎士も、同じ表情をしていた。
未だ中立ぶっているけど、彼がエルドラの味方なのは、もうわかっていた。
“第一、レイ? おまえはオレにゃ勝てないだろ? そのナマクラ剣で、自己強化と回復魔法を持つオレは打ち下せないだろ?”
僕はその嘲笑に答える代わりに、呪文を唱えた。
「ア・ウン・レーナ」
マグナスから伝授された〈内気功〉を使って、まずさっき受けたダメージの半分くらいを回復させた。
次いで、エルドラが攻めてこないことだし、〈練気功〉にも集中して、自己ステータスを増強した。
「確かに僕は魔法を使えないけど、自己強化と回復はできるようになったんだ」
「…………っ」
ニタニタしていたエルドラの顔が、そのまま凍りつく。
僕は畳み掛けるように言う。
「それにエルドラのおかげで、たった今使えるようになった〈スキル〉が、いくつかあるよ」
僕は剣を構えた。
そして、刃引きされたその刀身が――ゆっくりと、七色の光を順に灯していった。
「お、おい……。それは……まさか……オレの……」
「パーティーを組んでいた時は、ボケッと見てるだけだったから、会得できなかったけど。面白いものだよね。さっき自分の身でその威力を味わったら、一発で感覚がつかめたよ」
「や、やめろ! 盗っていくな! オレより先に姫にツバつけて、その上さらにオレの切り札まで奪っていこうってのか、レイ!?」
「君の抗議したい気持ちもわからないでもないけど……まだどんな罠が潜んでるかもしれないから、これで決着にさせてもらうね?
あとさ。
君の卑怯さに。ベリーを傷つけようとしたことに。
さすがの僕も怒ってるんだ。