表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/182

第十八話  ルクスン公女 ベアトリクシーヌ(レイ視点)

前回のあらすじ:


王宮暮らしになじめないレイだが、公女と出会って――

「お疲れ様ですわ、レイ。今日も差し入れを持って参りましたの」

「毎日ありがとうございます、ベアトリクシーヌ姫」

「『毎日ありがとう、ベリー』――でしょう?」

「う、うん。毎日ありがとう、ベリー」


 お姫様に訂正を要求され、僕はしっかりと言い直した。

苺ちゃん(ベリー)」だなんてまるで庶民の呼び方だけど、彼女は僕にだけ特別に許してくれた。

 というか、そう呼ばないと逆に許してくれない。


「わたくしがこんな女官の格好をして、城のあちこちを自由に探検して回っているのも、日々の公務の息抜きですの。だから、あなたにまで過剰にお姫様扱いされたら、息抜きの意味がありませんわ!」


 と、お姫様――ううん、ベリーはぼやく。


「お城の皆さんはこのこと、知ってるんだよね?」

「公然の秘密というやつですわね」

「皆さん、見て見ぬふりをしてくれるくらい、ベリーのことを信用してるんだね」

「たかを括られているだけですわ。実際、わたくしも城の敷地からは一歩も外に出るつもりはない、探検ゴッコもゴッコですもの」


 ベリーはそう言って憎まれ口を叩くけど、「していいこと」と「しちゃいけないこと」をちゃんと線引きできている、賢い子だと思う。

 城下の方まで探検に出てしまったら、どれだけ大勢の人に心配をかけるか、迷惑をかけるか、それがわかっているから、どんなに好奇心があっても行かないのだ。


 だからベリーは、僕にお城の外の話を聞きたがる。

 初めて会った日以来、毎日、僕が裏庭のすみっこで自己鍛錬しているところへ、彼女は差し入れを持ってきてくれる。

 僕は休憩がてらそれをいただきながら、彼女とおしゃべりをする。

 といっても、僕だって物を知らない田舎者だ。話題はもっぱら魔物に関することになる。これなら僕だってマグナスのおかげで、多少なりと詳しくなった。


「“魔弾将軍”の軍勢は、北から攻めてきているらしいですわね?」

「うん。でも、城塞都市キロミツで、しっかり食い止めてるって話だよ」

「キロミツを守るゲオルグ将軍は、歴戦の名指揮官ですもの!」


 ベリーは大公家に仕える将軍様の名前を、誇らしげに挙げた。


「僕とマグナスはそのキロミツを目指しながら、途中で悪さをしているボスモンスターたちを退治して、レベルアップしていって、“魔弾将軍”に備える計画なんだ」

「それはけっこうですけど、それまでキロミツは()つのかしら、光の戦士サマ?」

「今のところは全然問題ないみたい。これはマグナスの受け売りなんだけど、北から難民が押し寄せてきてもいないし、大公国の流通や経済が荒れてるわけでもない。これはキロミツの防衛戦が安定している何よりの証拠だって」

「へえ……素晴らしい着眼点ですわ。マグナスという御仁、よほどの賢者でいらっしゃるみたいね」

「そうだね。僕はマグナスより賢くて物知りな人、会ったことないよ」


 マグナスのことが褒められるのは、我がことのようにうれしい!

 ――なんて言ったら、調子に乗りすぎかな?

 でも、本心は偽れないんだ。


「ですが、レイ? キロミツの将兵たちが、それだけ奮戦してくれているだろうことは、わたくしも疑いないところですけれど……“魔弾将軍”というのは、意外と口ほどにもない相手なのかしら?」

「とんでもない! 魔物って連中を、絶対に侮っちゃいけないよ、ベリー!」


 僕は思いきり首を左右に振った。


「僕が今まで戦った中で、一番〈レベル〉が高かったのは、20のマンティコアなんだけど」

「20ですって!? 城で最強騎士の名をほしいままにしているデイン卿でさえ、15なのに!」

「うん、実際、マンティコアはとんでもない強さだったよ。でも、“魔弾将軍”のレベルは40を超えてるっていうんだ」

「嘘でしょう……」


 ベリーは真っ青になって絶句してしまった。

 お菓子に伸ばした手が固まってしまった。


「ねえ、レイ? それが事実だとしたら、キロミツはとっくに陥落しているのではなくて?」

「確かに、もし“魔弾将軍”自身が攻めてきたら、キロミツどころかこのお城だって落ちてると思う」


 思うというか、これも全部マグナスの受け売りなんだけどね。


「では、なぜ“魔弾将軍”自身が攻めてきませんの? 手を抜いてますの?」

「えっと……ベリーにとっては、胸の悪くなる話かもしれないんだけど……」

「かまいませんから、仰ってくださいな。自分に不都合な話から耳を塞ぐ公女など、為政者の資格なしですわ!」


 こういうベリーの毅然としたところ。

 かっこいいなあ。

 好きだなあ。

 まあ、口には絶対出せないけど。


「じゃあ、えっと、仮に“魔弾将軍”がこの城に攻めてきて、ベリーや大公殿下や公子殿下たちがみんな殺されちゃったら、ルクスンという国は終わりだよね?」

「その前に、兄上たちのいずれかが城を脱して、お家再起を図るはず……という茶々はやめますから、どうぞ仮定の話をお続けになって?」

「で、ルクスンが滅びちゃったとして、でもそれは僕たち人間が、魔物に負けたというわけじゃ決してないんだ」

「なるほど、見えてきましたわ」

「魔物にとって、人間に勝つってことは、人間を絶滅状態に追い込むことなんだよ」

「“魔弾将軍”がこの城を火の海に変えたとして、生き延びた人間が各地に潜伏して、レジスタンス活動を続けたら、城を落とした意味などあまりないということですわね」

「そうそう。デイン卿は当然ネズミよりお強いよね? でも、城のネズミを根絶やしにはできないよね? “魔弾将軍”も同じなんだよ」

「では逆に、“魔弾将軍”はどうやって人間に勝つつもりなんですの?」

「だから、配下の魔物たちに戦わせて、軍勢のレベルアップを図ってるんだ」

「あ……!」


 芝生に横座りしているベリーが、スカートの裾からちらりと覗く、可愛い膝頭を叩いた。


「最強の『個』を以って人間を根絶やしにするのは難しくても、鍛え抜かれた『集団』を以ってすれば、いつかはそれも可能になるということですわね」

「そうそう」


 ついでにこれは、“八魔将”同士の間における出世競争の側面もあるんじゃないかって、マグナスは推測していた。


「ふーむ、興味深い話でしたわ。さすが、実際にモンスターたちと戦う最前線に、立っている方のお話は含蓄が違いますわね」

「いや……ははは……全部、マグナスの受け売りで……」

「レイは卑下する癖を直すべきですわ! マグナス様とて、どうでもよい相手にぺらぺらと自分の考えを語って聞かせるほど、軽薄な御仁ではないでしょう? レイに信頼を置いていらっしゃるからこそ、仲間として意識共有を図ってらっしゃるのでしょう? だったらレイは胸を張っていなさいな!」

「ごっ、ごめん……」

「すぐ謝らない!」

「あ、ありがとうっ」

「よろしいですわ」


 ベリーはにっこりとして言った。

 勝気な彼女のそんな表情が、僕には本当に眩しかった。

 僕が自分を卑下するたび、我がことのように怒ってくれる彼女に、いつも心と気持ちが救われていく。


 実際、彼女が毎日会いに来てくれるようになって、僕は王宮暮らしを辛いと感じることは、もうなくなっていたんだ。

 ベリーの存在は、僕にとって本当にありがたかったんだ。


 ()()()――


「こんなところにおられましたか、ベアトリクシーヌ姫」

「随分とお捜しいたしましたぞ」


 二人きりだった僕たちの元に、ずかずかと無遠慮な足音が近づいてきた。


 僕の隣でベリーが、辟易したように嘆息する。

 いったい何事かと僕は、裏庭の隅にまでわざわざやってきた集団に、目をやる。


 騎士様たちの一団だった。

 それも若手と呼ばれる、二十歳前の方々だ。

 それはいい。この際、構わない。

 問題は、彼らを率いるようにして、先頭を歩くその少年。

 あちらも僕の存在に気づいて、目を瞠った。

 僕らは互いに互いを見据えながら、同時に呟いた。


「レイ、なんでこんなところに?」

「エルドラ、なんでこんなところに?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拙著「追放村」領主の超開拓、のコミカライズ連載が始まりました!
こちらピッコマさんのページのリンクです
ぜひご一読&応援してくださるとうれしいです!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ