第十七話 王宮暮らし(レイ視点)
前回のあらすじ:
別行動したマグナスは、武術と魔法を組み合わせた戦いをテストする。
僕――〈光の戦士〉レイは最初、王宮暮らしに慣れなかった。
王宮務めの騎士様たちは、城下に邸宅を持っている。
でも田舎者の僕には当然ないので、城詰めの兵士さんたちの宿舎に一室を借りて、寝泊まりしている。
これがもう臭い、汚い、狭いの三拍子で、場末の宿を髣髴させるレベル。
マグナスたちと旅をすることになって、ちょっといい宿に泊まるのが普通になって、贅沢を覚えてしまった僕にも、非はあるかもしれないけどさ……。
僕の生まれたド田舎村だって、ここよりは衛生観念はあったよ! と叫びたくなる。
まあ、それはがまんするしかないんだけど。
一日でも早く騎士様たちの〈スキル〉を習得して、こんな暮らしからは出ていくんだ! マグナスたちと合流するんだ! ってがんばるしかないんだけど。
その肝心のスキル習得も、芳しくなかった。
騎士様たちが武勇を磨くため、練兵場に集まるのは午前中だけ。
それも全員じゃなくて、日替わり交代でという感じ。
ただ、このスケジュール自体はサボるためじゃなくて、騎士様たちはやるべき職務が多岐に渡っていて、お忙しいからこうなってるみたい。
問題はその練兵の時間、騎士様たちはみーんなダラダラしてるんだ。
そんな中に僕が交じっていっても、ちっともスキルを習得できないんだ。
「なに? 吾輩たちの〈ボディガード〉を見てみたい? フン、よかろう。貴様に勉強させてやれと、大公殿下の御命であるからな。せいぜい刮目せよ」
なんて彼らは言いながら、全然身の入っていないスキルを見せてくれる。
そんな紛い物を見て、真似しても、僕はなかなか習得できなかった。
ロレンスさんたちが真剣に見せてくれたスキルは、それがどんなに高度なものでも、一日あれば習得できたのに。
僕は泣き言を言いたかった。
でも、絶対言わなかった。
だってマグナスなら、どんな困難にぶつかっても、言わないだろうから。
僕は毎日、紛い物のスキル実演を観察しながら、「本当はこうやるんじゃないか?」とか想像と経験で補ったり、「あっちの人とこっちの人の、いい感じの部分を合わせたら、より完成に近づくんじゃないか?」とか研究したりして、がんばった。
こういうものの考え方は、マグナスと日々接して、自然とできるようになっていた。
ただ、僕のことはいいとして、騎士様たちがこんな体たらくで、この国は大丈夫なのかって、そっちの方まで不安になった。
そしてある日、僕は彼らが陰口叩いているところを、偶然聞いてしまったんだ。
「まったくあのレイとかいう小僧、いつまで城に居座るつもりだ?」
「しかも、誉れある我ら騎士の技を盗んでいこうだなどと、言語道断! 光の戦士とやらが聞いて呆れるわ。〈盗賊〉の間違いではないのか?」
「然り、然り。神霊プロなんとかに選ばれたという触れ込みだが、それが何ほどのものか! 大公殿下に選ばれ、叙勲されし、吾輩たちの方が偉いに決まっておる」
「“魔弾将軍”を討つのは、あんな胡散臭い輩では決してない。我ら騎士の忠勇と団結力よ」
「そう、護国の盾とは我ら騎士でなくてはならぬ。示しがつかぬ」
――なんて具合。
つまり彼らはやる気とか愛国心とかがないわけじゃなくて、逆にありすぎるからこそ、僕のことが目障りで仕方なかったんだ。
正直、落ち込んだ。
マグナスたちと旅を初めて、しばらく忘れていた人の悪意ってものを、モロに浴びせられた。
◇◆◇◆◇
僕は午後になると、城の裏庭のそのまたすみっこで、自己鍛錬に励む。
ここならたまーに庭師のおじいさんや、巡回の兵士さんたちが通りがかるだけで、気兼ねがないからだ。
でも、今日は鍛錬する気力が湧いてこなかった。
芝生の陰でうずくまり、どんよりと落ち込んでいた。
すると――いきなり声がかかった。
「あら? 今日はお稽古はなさらないの?」
女の子の声だ。
親しみが込められた、だけどどこか上品さを隠せない口調の。
僕はびっくりして振り返った。
彼女は芝生の裏側から、うずくまった僕を、覗き込むようにしていた。
いたずらっぽい微笑がよく似合う、勝気な感じの美少女だ。
歳は僕と同じくらいっぽい。
服装からして、お城に務める女官さんだろう。
僕も初めて知ったんだけど、城勤めの女官さんというのは、貴族の娘がなるものらしい。
保安の問題で、氏素性がよくわからない人は、雇えないんだってさ。
貴族たちの方でも、娘を城に送り出して、もし大公殿下や公子殿下のお目に留まって、見初められたりしたら出世の大チャンスだから、こぞってお仕えさせるんだとか。
だから、この子も多分、どこかの貴族のお嬢様なんだろう。
ただ可愛いだけじゃなくて、気品がある。たとえ女官用の仕事着を着ていても、そして田舎者の僕の目にさえ明らかなほどの。
そんな彼女が、僕なんかになんの用だろうか?
「わたくし、君が来る日も来る日もここでお稽古をなさっているの、通りがかるたびに眺めてましたのよ」
「えっっ。そ、それは恥ずかしいところを……」
「まあ! 人ががんばっている姿の、いったい何が恥ずかしいのかしら!」
彼女は本気でムカッとした顔つきになって叫んだ。
別に僕が彼女をバカにしたわけじゃないのに、これじゃあべこべだよね。
でも……彼女の言葉はすっごくうれしかった。
それってつまり、僕のがんばりを認めてくれているってことだから。
僕のために怒ってくれたってことだから。
それで僕もつい口が軽くなって、
「今日はちょっと落ち込むことがあってさ……。僕は午前中は騎士様たちからスキルを教わって、午後からはここでその復習とか、他のスキルの反復練習をしてるんだけど……。その騎士様たちから、すごく嫌われてるって知っちゃったんだ」
「ふーん」
彼女は一転、気のない相槌を打った。
とんでもなくどーでもよさそーに。
それで僕はぎょっとなってしまう。
彼女もそんな僕の顔を見て、内心を見抜いたように、
「あらあら? もしかして、慰めの言葉でもかけて欲しかったんですの?」
「やっ、そんなことはっ………………なくもないけど……」
「お生憎様、わたくし、人を慰めるのが大嫌いなんですの。甘えるなーって感じですの」
彼女は意地悪な顔つきになって、くすくすと笑った。
僕はまるで嘲笑されているような気になって、顔を背けた。
なんだよ、さっきは褒めてくれたのに! って胸中でいじけていた。
それで、彼女が立ち去るのを待った。嵐をやり過ごす旅人みたいに。
ところが、一向に去っていく気配がない。
ずっと、じっと、うずくまったままの僕のことを見下ろしている。
「……何? まだ用があるの?」
「わたくし、負け犬というものを見たことがございませんの。だから、これがそうなのですわねって珍しくって!」
「ぼ、僕だって怒る時は怒るんだからね!」
そこまでバカにしなくてもいいでしょ! って僕は叫んでいた。
思わず立ち上がり、彼女の方へと向き直って。
そして、気づいた。
並んで立つと、僕の方が背が高い。やっぱりと男と女だから、そりゃあね。
で、僕の方が見下ろす格好になったんだけど……、
「それで? 怒ったらどうなさるんですの?」
彼女は毅然とした態度で僕の目をじっと見据え、挑発的に言った。
「まさか口だけですの? まあ、なんて恐ろしい!」
「そ、そんなわけないじゃんっ」
僕は立ち上がって――結局、稽古をすることにした。
剣をとって、今日の復習やスキルの反復練習を始めた。
ムカつくから、彼女のことは無視して、空気みたいに扱った。
でも、途中で気になって、彼女が立っていた方をチラッと盗み見た。
とっくにいなくなっていた!
「なんだよ、も~~~~~っ」
本当にただの通りすがりに、ちょっと物珍しさから見てただけかよ!
僕は地団駄踏みたい気持ちを抑える。
そんなことをしても意味がないから、この苛立ちは稽古にぶつけて、発散させる。
どれくらいの間、真剣に続けただろうか?
時を忘れて打ち込んでいた僕は、体力の限界を感じて、一休憩入れることにした。
芝生の影であぐらをかいて、準備してきた手拭いで汗を拭った。
すると――またいきなり声がかかった。
「お疲れ様。ぬるめのお茶と、甘~いお菓子はいかがかしら?」
さっきの彼女が、芝生の裏から僕を覗き込むようにしていた。
右手にはバスケットがある。
まさか戻ってくるとは思ってなかった。なんで? なんで?
僕はぎょっとなってしまう。
彼女もそんな僕の顔を見て、内心を見抜いたように、
「ええ、わたくし、人を慰めることは、嫌いなんですの。だって不毛というか、生産性が皆無でしょう? でもわたくし、がんばってる人にご褒美を差し上げるのが、大好きなんですのよ?」
彼女は芝生のこっち側にやってきた。
そして、僕と並んで腰を下ろし、バスケットの中身を差し出してくれる。
二人で一緒に食べる。
冷たすぎず、温かすぎずの水分と、甘味が、僕の疲れた体に染み渡るようだった。
ありがたすぎて、少し涙ぐんでしまった。
だって僕が王宮暮らしを始めて、これが初めてもらった人の善意というものだから。
「差し入れ、本当にありがとう。僕の名前はレイ。君の名前も聞いていい?」
「ええ、もちろんですわ。わたくし、ベアトリクシーヌと申しますの」
「へー! お姫様みたいな名前だね!」
「ええ。わたくし、お姫様ですもの」
「……は?」
「大公デベロンの第一公女とは、わたくしのことですわ、光の戦士サマ?」