第十二話 妖女の誘惑
前回のあらすじ:
マグナスとシェリスの仲をとりもとうと、レイががんばる。
一方、シェリスは最後の手段として、マグナスに夜這いをかけて――
俺――〈魔法使い〉マグナスは、非常に説明に困る状況にあった。
シェリスと名乗った少し年上の美女に、ベッドの上で跨られているのだ。
薄いシーツ一枚隔てただけで、彼女の尻に敷かれ、太ももが密着し、柔らかい感触をぎゅっと押し当てられている。
しかも、彼女の格好ときたら、まさに目に毒だった。
胸元や肩、脚が大胆に露出した上に、そもそも素肌が透けて見えそうなほどに生地の薄い、夜着姿。乳房の張りや、深い胸の谷間、腰のくびれから臀部にかけての煽情的な曲線――等々、彼女の肢体の魅力をこれでもかと強調するデザイン。窓から差し込む月光にてらてらと彩られて、なお艶めかしい。
まったく……こんなものいったい、どこに隠し持っていたのか。
「これはなんの真似だ?」
俺はキツい声音で問い詰める。
「あら? 女の口からそれを言わせるつもり? それとも、そういうのが趣味なのかしら? うふふふ、悪い人ね?」
美女はふざけたことをぬかすと、上体を前に倒して、俺にべったりと、しなだれかかってこようとする。
だが俺は、そうはさせなかった。
「ふざけた真似はやめろと言っているのだ」
俺は手刀を、彼女の喉元にピタリと突きつけ、上体を倒すのを制す。
ただの素手による牽制と思ったら、大間違いだ。
今の俺はサブ職業として、〈武道家〉をレベル19まで成長させている。素手とはいえもはや立派な凶器だし、ウーリュー派独自のスキルである〈気功〉を用いれば、魔法の武器にも匹敵しよう。
しかも、ショコラがこの女を保護して以降、俺はずっと〈魔海将軍の金貨〉の効果を解除していた。それによりメイン職業である、レベル39魔法使いの力を取り戻していた。
〈ステータス〉も相応に取り戻し、〈力〉、〈素早さ〉、〈器用さ〉、〈精神力〉、どれもこれも本来レベル19の武道家では、到達できない域に達していた。
彼女に突きつけた手刀は、そういう代物なのである。
この女も、理解しているのだろう。
「そんなに邪険にしなくてもいいでしょう? あたしはあなたがあまりに冷たいから、肌から直接温もりを感じてみたかっただけなのに」
しなだれかかるのは諦め、拗ねたように唇を尖らせる。
甘えるように、俺の上で体を前後にゆさゆさ揺する。
豪奢な美貌を持つ年上の女の、そんな子どもっぽい態度は、ギャップがあってかえって魅力的だった。あくまで客観的に見れば。
「御託はいいからそこをどけ」
だが、俺はその誘惑に抗った。
俺にとって、アリア以上に魅力的な女性などいない。
抗えない理由などどこにもない!
「あなたこそ御託はいいから、あたしと楽しい想いをしたくはないの?」
「悪いが願い下げだな」
「強情だこと! どうしてそんなに刺々しいのかしら? あたし、あなたに何かしたかしら?」
「それを説明してやらんといけないのか?」
俺は油断なく手刀を突きつけたまま、教えてやった。
「なあ、ゼール商会のエリシエル? いや、今はエリス・バーラックと呼ぶべきか?」
彼女の本当の名を呼んでやった。
「なぜそれを!?」
彼女は恐れおののいたように跳び退る。
俺に跨っていた状態から、窓際まで一気に。しなやかなバネを使い、且つ体重を感じさせない動作。およそ常人に可能な動きではない。
「エリスがシェリスとは、また安直な偽名だな?」
なぜと問われても、俺はただ挑発的な台詞だけを返す。
〈攻略本〉の存在まで、教えてやるバカはいない。
ベッドから下りて、対峙する。
「大魔法使いマグナス……“魔王を討つ者”マグナス……本当に恐ろしい男ね! あなたみたいに興味が尽きない男、初めてよ!」
正体を看破されたエリスは、そのことに心持ち蒼褪めながらも、どこかうれしげに叫んだ。
「ねえ、本当に他意なく、一回くらい肌を重ねてみない? あたし、あなたという男をもっと深いところで知りたいの」
「ほざけ。どういうつもりかと泳がしておけば、本当にそんなくだらん用しかないのならば、今この場で成敗してくれよう」
俺はベッド脇に立てかけてあった〈大魔道の杖〉を手にとり、構えた。
すると――
「ちょ、ちょっと待ってよ! 僕、全く状況が呑み込めないんだけど!?」
どうやら寝たふりをしていたらしいレイが、さすがに堪らず跳ね起きた。
「このエリスはな、カジウの海賊商会の元党首だ。今は人類を裏切り、“魔海将軍”バーラックの力をそっくり継承した、妖人だ。遅かれ早かれ、討たねばならない一人だ」
俺は簡単に説明する。
レイはますます当惑していたが、今は詳しく話してやれる状況じゃない。
「あたしはただ、日々の退屈に飽いただけで、もっと楽しいことをするためにバーラックを利用しただけで、人類を裏切ったとか大それたことは考えてもないし、興味もないんだけど?」
「俺こそ貴様の事情や動機などには興味がない」
「どこまでもツレナい人!」
エリスは芝居がかった態度で嘆くと、一転、邪悪な微笑を湛え、
「でも、マグナス? あたしが持っている〈天界の宝石:細波〉には興味があるでしょう?」
俺は舌打ちを堪えた。
魔王を討つためには、八つある〈天界の宝石〉をそろえなければならないのは、取り繕いようのない事実である。
だからこそ、エリスもその価値をわかって挑発している。
「あたしが欲しかったら、追いかけてくれば?」
エリスはいたずらっぽく、何より妖艶に微笑むと、いきなりその背中からコウモリめいた羽根を生やした。
夜着が内側から押し破られ、完璧なプロポーションの裸身が惜しげもなくさらされた。
「全裸ァ!? 羽根ェ!? 全裸ァ!?」
レイがベッドでパニック状態になっていた。
「レイには世話になったし、あなたも追いかけてきてくれて歓迎よ?」
エリスは投げキッスをすると、窓から外へ身を躍らせる。
「ほざけ!」
俺は呪文を唱えながら追う。
窓際に立ち、夜天へと羽ばたいていくエリスへ、〈大魔道の杖〉を向ける。
「ティルト・ハー・ウン・デル・エ・レン!」
その先端から上空のエリスへと、〈サンダーⅣ〉を撃ち放つ。
だが、相手はレベル40の最高峰モンスターだ。
俺の雷撃が命中する寸前、空間そのものが歪み、ひずみ、稲妻はあらぬ方向へと逸らされた。受け凌がれるのではなく、エリスの持つ特殊能力でいなされた。
〈攻略本〉情報でも、エリス・バーラックの能力は、防御や幻惑方向に特化されていることが確認できていたが、いざ実物を見て納得だな。
「ごきげんよう、マグナス! レイ! 良い夢を!」
艶笑を残して、エリスは夜空の向こうへと消えていった。
俺は思わず窓際を叩く。
防御が得意で、戦意があるかどうかもわからない、だけどいつか討伐せねばならない超高レベルモンスターというのは、ある意味最も厄介かもしれなかった。
「マグナス……」
そして、ベッドを抜け出てきたレイが、おずおずとした歩調で、俺の隣に立った。
俺は深呼吸をして、エリスへ向けていた闘志を全て吐き出す。
それからレイの目を見て、告げた。
「すまない。真実を話すべき時がきたようだ――」




