第十話 妙にそっけない反応(レイ視点)
前回のあらすじ:
マンティコアを撃破し、拉致されていたらしき美女を保護した。
ショコラが保護した女性を中庭に横たえて、僕たちは容態を窺った。
「どうやら外傷はなさそうですね」
『〈スリープ〉の魔法とかで、眠らされているんじゃないでしょうか?』
「なるほど。じゃあ、ひとまずは安心ってことですか」
なんて話を、僕はショコラとする。
マグナスも異存はないのか、一言も口を挟んでこない。
それで僕も安心。
「この辺の村の人ですかね? どこかわかれば、送り届けられるんですが」
『モンリバーの方かもしれません。ひどく垢抜けてらっしゃいますし!』
ショコラが「見よ、この名推理!」とばかりに、自信満々で断言した。
言われてみると、確かにそうかもしれない。
この女性、一言に美人といっても、ただ素材がいいだけって感じじゃない。
別にお化粧とかしてるわけじゃないんだけどね。例えばこの髪の綺麗さなんかは、普段から気をつけて手入れしてないと、こんな風にならないんじゃないかな? 僕が生まれ育った村の女の子たちなんか、みんなボサボサだったし。
着ている服も「お母さんが大昔に着てたお古をもらいましたー」みたいな感じは全然なくて。なんなら仕立てもいい感じだし、さりげなく刺繍とかも入ってるし、高価な服なのかも?
もしかして、いいとこのお嬢さんなのかも?
手先とかも綺麗で、労働の跡が見えないし。
僕がそんなことを考えていると、ほどなく彼女は目を覚ました。
「あ……れ……?」
「大丈夫ですか? 痛いところとかないですか?」
「え……? ええ、ええ……とくには……」
『マンティコアはやっつけました。もう安心ですから、しばらくゆっくりなさってくださいませ。寛いだご気分でいらっしゃれば、すぐに意識もはっきりなされるかと』
さすがショコラはメイドさんだ。
女性もすっかり安堵した様子でぼーっとしていたが、やがて上体を起こすと、周囲の景色や僕たちの顔を見回し、
「もしかして、皆さんがあたしを助けてくださったんですか?」
「ええ、そうです」
『危ないところでございましたが、これも不幸中の幸いかと!』
「ああ……っ、ああっ……、なんとお礼を言っていいか……っ」
女性は歓喜でちょっと涙ぐみながら、僕たちに頭を下げた。
「あたしはシェリスと申します。クラウヒルの商家の娘で、モンリバーまで友人を訪ねにいく途中で、マンティコアに襲われて……」
「クラウヒルって、僕たちが次に向かう予定の町ですよ、マグナス!」
『商人さんのご令嬢って、アリア様と同じです。つくづくご縁でございますよ、マグナス様!』
「せっかくですし、送り届けてあげませんか?」
『ぜひ、そういたしましょう!』
僕とショコラは左右からマグナスに提案する。
「まあ、よろしいんですか! あたしもこんな目に遭ったらもう、道中が不安で不安で……。まさか二度あることではないとは、思ってはいるんですけれど……」
「お気持ちはよくわかりますとも」
『これほどのショックを受けて、簡単に立ち直れるわけがございませんとも』
「だからいいですよね、マグナス?」
『マグナス様?』
シェリスと名乗った女性が懇願の目をマグナスに向け、僕とシェリスが再度提案する。
「まあ、ついでのことだし構わんが」
マグナスはひどく冷めた目つきと、抑揚の乏しい口調でそう言った。
んん? と僕は違和感を覚える。
マグナスはいつも大人びた物腰の人だけど、今のはなんかちょっと違うというか……。
オトナっていうより、冷淡って感じというか……。
「『…………』」
ショコラも妙に思ったらしい、きょとんとなった僕と顔を見合わせる。
ところがマグナスは踵を返して、
「とはいえ、今日は一旦、モンリバーへ帰ろう。明日、クラウヒルを目指して出立する。それでいいな?」
そう言って、さっさと砦の外へと向かってしまった。
……やっぱり変だ。
マグナスは優しくて、とても思慮深い人で、僕が前のパーティーでひどい目に遭ったことに、いつも気を遣ってくれている。
こんな風に、僕の意見を聞かずに一方的に決めちゃうことなんて、今までなかったのに……。
何かあったんだろうか……?
◇◆◇◆◇
気を取り直して、僕たちは廃砦を脱出した。
マグナスの雰囲気がよそよそしい分、よけいにでも僕やショコラがしっかりしていないと、シェリスさんが不安がってしまう。
「ほらほら、マグナス! アレ出してよ、アレ!」
僕は努めて明るく振る舞って、マグナスにお願いした。
マグナスも「ああ」とそっけなく返事をして、まず〈魔法の道具袋Ⅲ〉を取り出す。
「よく見ててくださいね、シェリスさん!」
「え? ええ……はい……」
きっとびっくりするから!
だって僕が最初そうだったから!
シェリスさんが目を丸くするところが見たくて(そして少しでも早く元気を出して欲しくて)、僕はワクワクしながら様子を見守る。
マグナスが小さな道具袋の口に手を突っ込むと、一枚の絨毯を取り出した。「それ絶対、袋の中に入りきらないサイズだよね!?」と、びっくりすること請け合いの光景だ。
だって僕が初めて見た時そうだったから!
シェリスさんはどんな風に、驚いてくれるかな~?
あんぐりってしちゃうかな~?
僕はつい頬がニヤけちゃうのを堪えきれずに、彼女の方をチラッと盗み見る。
「…………」
ごく平然と見ている……だと……!?
思わず僕の方があんぐりとなってしまう。
いっ……いや待て、僕。まだ本番はここからだ。本物の驚愕はここからだ。
そうだろう、レイ?
「ほらほら、マグナス。早く広げようよ。というかこんなの僕に任せてよ!」
僕はマグナスからいそいそと絨毯を預かり、率先して地面に広げる。
こいつはただの絨毯じゃない。
とっても貴重で便利な、〈浮遊する絨毯〉だ。
名前は“ナルサイ”号っていうんだ。
マグナスが初めてこれを僕に見せてくれた時の、衝撃が忘れられない。
初めてこれに乗った時の、感動が忘れられない。
すごい! マグナスすごい! なんでこんなすごいもの持ってるんですか!? って童心に帰ってはしゃぎ回った、あの日のことが忘れられない。
だから、きっとシェリスさんだって、今度こそびっくり仰天のはず!
「ほらほら、シェリスさん! これ、〈浮遊する絨毯〉っていうんですよ! 知ってます? 今から僕が乗ってみせますから、びっくりしないでくださいよ?
行きますよ? いいですか? ちゃんと見ててくださいよ? きっと驚くんで!」
自分でもよくわからない感情に駆り立てられ、僕はムキになってアピールする。
そして、絨毯の上に乗る。
たちまち〈浮遊する絨毯〉が反応し、ふわりと地面から浮きあがった。
「ほーら、すごいでしょ! 浮いてる! 勝手に浮いてる! 魔法の力で浮いてるんですよ!?」
「…………」
ごく平然と見ている……だと……!?
むしろ「え? このぼうや、なんでこんなにはしゃいでるの? なんで?」みたいな顔だと!?
「どうしてびっくりしないんですか、シェリスさん!?」
「えっ? あー……、あー……。ああ! そうね、びっくりしたわね。こんなすごいものを見たの、あたしは初めてだわ。あ~も~、びっくり~」
シェリスさんはまるで取り繕うように「びっくり、びっくり」と繰り返した。
僕は試合に勝って、勝負に負けた――そんな気分だった。
「……というか、僕は何をこんなにムキになってたんだろう……」
『感動を分かち合いたかったんですよね。ショコラにはわかりますよ』
ショコラの慰めの言葉が、沁みる……!
◇◆◇◆◇
僕たち四人は“ナルサイ”号に乗って、モンリバーへの帰路に就いた。
この〈浮遊する絨毯〉を使えば、一時間すぐの移動だ。
「ごめんなさいね、レイさん」
「レイでいいですよ」
僕まだ十四だし。
「ごめんね、レイ。あたしはほら、商家の生まれでしょう? 珍しい物には、人よりも見慣れているのよ」
まだ引きずっているというか、少し肩を落としている僕を、シェリスさんが気遣って言ってくれた。
これじゃ、あべこべである。
しかし、なるほどでもある。
考えてみれば、なんの変哲もない田舎村の生まれの僕とは、見聞の広さが違って当然か。
「ねえ、レイ。聞きたいことがあるんだけど……」
「あ。なんでも聞いてください」
「あたし、何かマグナスさんの気に障ること、しちゃったかしら?」
シェリスさんは小声で訊ねてきた。
絨毯の前方に陣取っている、マグナスを見ながら。
隣にいるショコラとは普段通りに接しているのに、シェリスさんとは口も利かなければ目も合わせようとしない。
「そんなことはないと思うんですけど……僕もかなり不思議で」
「命の恩人に、なんだかきらわれたままというのも辛いわ……」
「ですよね……」
よし、と僕は自分の胸を叩いた。
「僕が一肌脱ぎます。シェリスさんとマグナスさんが仲良くできるように、間に立ちます」
「本当? うれしい……。レイって優しいのね」
シェリスさんはそう言ってくれた。
正直、僕はそんなに優しくはないと思うけれど。
優しいマグナスさんみたいな人になりたいから!
憧れだから!