第八話 今度こそ快進撃スタート!
前回のあらすじ:
マグナスがなぜ武道家をやっているか、その事情など。
二つの首を持つヘルハウンドが、左右の口から炎のブレスを吐いた。
狙いは俺とレイの両方だ。
俺は両足で地面を踏みしめる。
〈武道家〉になってから習得した、新たな〈スキル〉に集中する。
「――ア・ウン・レーナ」
この呪文は、実は別に必要はない。
本来は〈魔法使い〉である俺が、最も集中力を引き出されるのが、慣れ親しんだ呪文詠唱という行為だった。それだけの話。
俺の全身から、淡い輝きが立ち昇り、揺蕩う。
レベル10で習得可能な〈練気功〉だ。
一度、深い集中状態になる必要があるが、一定時間全〈ステータス〉を上昇させる効果がある。特に〈精神力〉の伸びがよい。
それを用いて俺は〈炎属性〉に対する〈耐性〉を高める。
さらにランクA装備の〈守護天使の指輪〉がダメージ軽減してくれるため、軽い火傷程度ですんだ。
痛いことは痛いが、そこはグッとがまんだ……!
一方、レイはどうか?
彼もまた地面を踏みしめると、全身から淡い輝きを生じさせていた。
「ア・ウン・レーナ!」
その呪文までは真似しないでいいと、何度も言ったんだがな。
ともあれ、見事な〈練気功〉を発動させていた。
それでヘルハウンドのブレスをやりすごしていた。
「いいぞ、レイ! さあ、反撃と洒落込むか」
「僕は右を!」
「わかった。任せた」
俺とレイは同時に突撃する。
「〈シャインブレード〉!」
「哈ッ!!」
レイの〈鋼の剣〉の刀身が烈光を放ち、ヘルハウンドの右の首を斬り落とす。
俺の右拳が〈気功〉によって煌めきを宿し、左の首の鼻面を叩き潰す。
どちらも〈練気功〉の効果によって、威力が底上げされていた。
これがとどめとなり、レベル17のボスモンスターであるヘルハウンドを撃破。
俺たち二人もまたレベル17にアップした。
戦利品は、〈魔界の炎肝〉。
本来はレアドロップ品だが、〈魔海将軍の金貨〉の効果で確定入手できた。
「だんだん調子が出てきたな、レイ」
「マグナスの横で戦うのは、本当に勉強になりますから!」
「そうか。じゃあ次は、マンティコア退治だな」
「ええ。予定通りに行きましょう!」
ノーブルヴァンパイアを斃して以降、俺とレイはコンビを組んで、快進撃を続けていた。
エルダーサラマンダーやツインテールフォックス、ヒルジャイアントなど、モンリバー周辺に棲息するボスモンスターたちを次々と撃破し、〈レベルアップ〉を重ねた。
俺の見よう見真似で、レイもウーリュー派の武道家スキルを習得し、順調に自分のものとしていた。
『お見事でした、お二人とも! でもマンティコア退治の前に、村に帰って皆様を安心させて差し上げましょう』
「ええ、ショコラ。ただ……皆さん、これで元気を出してくれるといいんですけど……」
『きっと大丈夫ですよ! だってマグナス様が、ちゃんとご手配なさってますから!』
「えっ?」
怪訝そうにするレイを連れて、俺とショコラは意気揚々と引きあげた。
◇◆◇◆◇
ヘルハウンド被害を受けたノッチ村の住人は、すっかり活力を失っていた。
俺たちが討伐報告をしても、
「おお……ありがとうございます……」
「なんとお礼を言っていいか……」
「いえ……本当に、お礼ができれば、どんなによかったことか……くうぅっ……」
と、死んだような目のままだったり、目尻に涙を溜めたまま、俺たちに礼を言った。
彼らがこんな風になっているのも、無理はない。
村の共同墓地に棲みついたヘルハウンドに、しばしば襲われ、多くの家が焼け出され、特に畑の被害が致命的になっていたからだ。
今年の冬はなんとか越せても、来年以降の収穫物がもう見込めないからだ。
「もう、村を捨てるしかありません……」
「どこかの町が、皆を受け容れてくれればよいのですが……」
「ワシゃァこの歳で、難民暮らしを余儀なくされるとはのう……」
「いっそこのまま、この村と運命をともに……」
「ジイサン。バアサン。滅多なことを言うもんでねえ……」
「ああ。命あっての物種だで……」
と村人たちが顔を突き合わせ、湿っぽい話をくり返す。
根が善良なレイなど、もらい泣きしそうになっている。
「待たれよ。早まるな」
そんな村人たちに、俺は声をかけた。
皆の注目が集まる。
「ど、どういうことでしょうか、マグナス様……?」
「村を捨てる必要などない。無論、神でもなきこの俺が、『楽して救われる道がある』などとは、口が裂けても言えんが」
「む、村を捨てずにすむ方法があるんですか!?」
「多少の苦労は厭いませんよ!」
「そうですっ。難民の末路なんか知れてるっ」
死んだような目をしていた村人たちに、活力の光が宿る。
うん、いい。いいな。
俺の好きな目だ。
「家を建て直すのに、金が要るだろう。それは俺がいくらでも貸す。別に利息を取る気もないので、安心して欲しい」
「おおおお!?」
「ほ、本当でございますか!?」
〈攻略本〉情報を元に、〈マジックアイテム〉を売ったりカジウの商売で稼いだ金が、いくらでもあるからな。
魔王を退治するため、先立つ物が必要になることはきっとある。だから俺も「お金なんて全く要らない」と綺麗事を言うつもりはない。
しかし、稼いだ金をこういう風に、社会に還元できるなら大歓迎だ。
「それと、村の自立のため、種籾は必須だろう? それも手配しておいた。もうすぐ到着する予定になっている」
「おおおおおおおお!?」
「な、何から何までっ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「村が復興を遂げた後、必ずいただいた以上にお返しいたします!」
こちらがたじたじにさせられるほどの、村人たちの感謝感激の嵐。
そして、噂をすればなんとやら。
種籾の袋を満載にした馬車が、村に到着した。
「お待たせしました、マグナスさん!」
乗っていたアリアが、にぎやかに手を振ってくる。
隣で馭者を務めているのは、ナディアだった。
そう、マルム商会が販売している種籾を、ナディアの〈タウンゲート〉で馬車ごとモンリバーまで転移させ、そこからは街道を使って運んできたのだ。
◇◆◇◆◇
俺もこっちに来て知ったが、ルクスンの人々は国民感情として、宗主国であるラクスタへ好意的であるようだ。
建国時に尽力してくれたし、今でも国交良好という認識らしい。
だからアリアもマルム商会のことも、素直に歓迎してもらえた。
これから村が大変なのに、祝いと歓迎の宴など以ての外。それは俺たちの方から固辞して、普通に歓談したり、俺たちだけで少し寛いでから帰る運びとなった。
「初めまして。ラクスタを本拠とするマルム商会の娘で、アリアと申します」
「ご、ご丁寧にどうもっ。マグナスさんたちとパーティーを組んでます、レイですっ」
初対面の二人が、改めて自己紹介をし合う。
「え、えっと、アリアさんとマグナスさんは、どういうご関係で?」
レイも俺と一緒で、会話上手というわけではない。だから天気の話題くらい、ごくごく当たり障りのない話題をアリアに振る。
一方、アリアははにかんで、なかなか答えられない。
確かに初対面でいきなり「恋人同士です」とは言い出し辛い。
『アリア様は、マグナス様の未来の奥方様です!』
と代わりにショコラが、妙に自慢げに答えた。
それでアリアも頬を染めつつも、
「マグナスさんには大変な使命がありますし、正式に将来を誓い合ったわけではないんですけどねー。でも、私はマグナスさんならきっと成し遂げてくれるって信じてますし、その時は……あ~~、も~~~、やだ~~~~。さすがに照れちゃいますよう」
俺の胸に人差し指で、文字だかなんだかわからないものを、もじもじと書き続けるアリア。
「や、やめよう、アリア。……俺も照れる」
「うふふ、そうですね。この辺でご勘弁いただけますか、レイさん?」
俺とアリアはレイを振り返った。
「えっ……?」
レイは絶句してした。
しかもなぜか、真っ青な顔になって。
「どうした、レイ?」
「いや……その……あの……」
レイはしどろもどろになって、アリアとショコラの顔を代わる代わるに眺め回す。
それから意を決したように、
「マ、マグナス! 僕はもう、パーティーメンバーに意見も言えないなんて真っ平だからっ。あなたのことを仲間と思っているからこそ、言わせてもらいますけどっ」
「どうした、急に改まって?」
言いたいことがあるなら、なんでも言え。
それで怒ったりするほど俺は度量は狭くない。
「将来を誓い合ったアリアさんがいながら、ショコラと夜な夜な人目を忍んでデートに行くのは、よくないと思いますっっっ」
「それは誤解だ!!!!!!!」
俺は全力でツッコんだ。ツッコまずにいられなかった。
「ふ~~~~~~~ん? 誤解なんですか~?」
アリアが俺の胸に文字を書いていた指で、ぐりぐりと抉ってくる。
恐い恐い恐い恐い……。
「アリア! 俺は誓って――」
「うふ、冗談ですよ。マグナスさんにそんな甲斐性はないですよね」
『そうですとも。マグナス様は至って誠実なお方ですから、ご安心くださいませ!』
「とか言いながら、ショコラさんの方がこっそり、寝ているマグナスさんのベッドに侵入する、な~~~~~~んてことはないですよね~?」
『ございません! たまにしか!』
「たまにあるんですね~?」
「初耳だぞ、ショコラ!?」
『ひぃぃぃぃぃ、お許しくださいお二人とも~』
アリアに小さな胸を人差し指でグリグリやられ、俺に全力でツッコまれ、ショコラは涙目になって謝罪した。
そんな俺たち三人を、レイが再び絶句して見ていた。
あの顔は多分、引いているな……。
更新遅くなってごめんなさい。
直前に修正したくなって、それに時間がかかっておりました……。