第3話
(誰?)
ぐいと顔をねじ向ける。
婀娜な脚でドアを壊して中に入ったものは、
女王様、いやお母さま、いやいやリリアン様だった。
「リリアン様!」
思わず、自然にそう叫んでいた。
リリアンは妖艶な微笑を浮かべながらジャックを飛ばしている。
空高く飛んでいくジャック。
リリアンの後に従っていたサキュバスが無邪気に笑って、その姿を見守る。
――なんだかすごく怖い。
リリアンの優しい手が顔に触れた。
何だか頬がかっかとほてる。
私、大丈夫か、これ。
勇者だったのに、前の敵に親近感を抱くとは。
もちろん勇者の時にリリアンと戦ったことはなかった。
一度、向かい合ったときに「あら。美少年だと思ったら、女の子? つまらないわ」と、私の好みではないとか言いながら退いてしまったね。
「えーリリアン様ずるい~」
「ずるいです~あたしも触ってみたい~」
あっという間に、私はサキュバスたちに囲まれた。
え、ちょっと、そこはダメ! 触らないで! やめて!
その状況にリリアンが小さく舌打ちする。
「駄目だわ、これ。魔力のコントロールが全然~できない。力はあるのに、勝手に使うことができないなんて、危ないよ」
「え」
「仕方のないことだね。はい、どうぞ~」
そう言ったリリアンが、胸の谷間(!)から何かをとり出し、近づいてきた。
「な、ななな何を――」
慌てて後じさりしたが、リリアンがもっと早かったのだ。
顔に何かがかけられた。
(うん? 何だこれは)
「や~だ。つまらなくなった~」
「なあに~ただの女の子じゃない」
サキュバス達の反応が他の意味で激しい。
顔に失望感がいっぱいある。
本当に何だよ、これは。
当惑していると、ふふ、と笑ったリリアンが口を開いた。
「それは力を封印させてくれるメガネなのよ」
「はあ……?」
「人を魅了させる力はあるけど、それをコントロールできないのでは、間違いなくひどい目に遭わせるでしょう? そのお守り」
「ああ」
つまり、力を封印するアイテムのようだ。
メガネをかけたまま、また鏡にうつして見た。
なんとなく普通の女の子になっていた。
「すごい」
「おほほ、感謝しなさい。あなたのために倉庫に突っ込んでおいた――いいえ、門外不出の宝物を取り出したのだから」
「はい、リリアン様!」
今日だけは私もリリアンの信徒だ。
恩を知ることは大事だからね。
***
……というのはいいが。
なんとなく避けられている?
ってゆうか無視されるんだよね。
勇者の時、女だけど怖い!と恐がられたり
同じ女だけど好き!と襲われたり
したことはあるが、このように露骨に無視されたことは初めてだから新鮮というか、なんだか少し寂しい思いがするような気がする。
わざと無視するというより、存在感ゼロって感じ?
なんだか元気がないまま私は周りを見回した。
なんと魔界の散歩である。
通り過ぎるただのモブAくらいの扱いにされでいるから、邪魔もなかった。
こんなのは得なのかな。
魔族は力で全てが評価される世界。外見もまた同じで、強い力を持っていればそれだけの美貌の主になるようだ。
つまり、力が封印されている今の私はものすごく地味な子で見えるはず。注目されないのも当然なことだ。
リリアンの城を抜け出して、広々とした広野みたいなところに着した。
「ああ、何かすっきりした気持……」
空の色がおかしいという部分だけ忘れてしまえば悪くなかった。まあ、そりゃ勇者の頃にも知っていたのだから。
そんなふうに、景色を楽しみながら、ぶらりぶらり歩くと、ずいぶん遠くまできた。
まあ、でも私は生まれつきの方向感覚があるから、心配は無用だよね。
よし、今日は遠くまで探検するのにしよう。
…………と思ったばかりで道に迷ってしまった。
どこだ、ここは?
そういえば、方向感覚を持ったのは勇者の体で、今の体ではない。
痛恨のミスに当惑しているところに高い木を見つける。
えっと、すごく高く、魔界樹なのに触手のようなものがついていない。よし、あそこに登って周辺を見てみよう。
私は木に向けて駆け付けた。
そして木の根元にもたせて座った男の子を発見したのだ。
その子は白一色で、きらきらときらめく白髪、白い肌が眩しくて。落とす睫も白い雪のようで。なんとなく触ってみたくなる。
うっかり近づいてみたが、その時、突然あの子が目覚めた。瞳は驚くほど真っ黒た。
キレイ。
ふと、そう思った。