2話 魔王
開店準備前に今日の天気予報を見る事が俺達の日課だ。
その天気次第でお客様の人数はもちろん、わざわざ来てくれた事に対してサービスもしている。
「ユウくん、今日の天気どう?」
「ありがと、今日も朝から雪が降るそうだ、最高気温2℃で雪時々・・・」
妻のフラニーがモーニングを持ってきて天気を確認して来た頃、コタツの上が輝き目を開ける事が出来なくなった。
嫌な予感がするも目を開けなければ話は進まない。
そっと目を開けると立派な黒マントに身を包んだ髑髏顔の者がこちらを見下ろしていた。
「ぼくちんは、魔王アガー、ここがあのプリーストが言っていた世界か?」
「時々魔王が現れるそうだ。」
「ほう、ぼくちんを前にして恐怖しないとは、見上げた・・・」
「コタツの上から降りなさい!」
「いや、ぼくちんは、魔王なんだが?」
「いいから降りなさい! そしてそこに正座!!」
頭を抱える俺の横でフラニーが魔王アガーを叱りつけていた。
うん、コタツの上に立つのは良くないよね。
フラニーに圧倒された魔王アガーは、素直にコタツの上から降りて、正座して待ての状態だ。
「まったく、良い年した大人がビックリだよ。 子供の時に習わなかったの? テーブルや机の上に乗ったらダメなんだよ? ねぇ、ユウくん。」
「・うん、そうだね。」
俺は、お前の順応力の高さにビックリだよ!
なんで魔王が突然現れた事はスルーして、コタツに乗ってる事は、叱れるんだよ!?
と思いつつも元々オタク出身であるアマタやフラニーなら仕方ないかと思ってしまう自分がいる。
「それより、何故魔王がこっちの世界に来たんだ?」
「それは、話せば長くなるんだがあれは、ぼくちんが5歳の時だった・・・」
「手短に頼む。」
「ふむ、プリーストをこちらの世界に飛ばした後、勇者パーティーの回復役が居なくなった事でぼくちんが有利になっていた。 そんな中、何者かが現れて、ぼくちんの話も聞かずに説教して来たのだ!」
「ああ、うん。 なんかドンマイ。」
「たまらず、その者もこちらの世界に飛ばして、再びぼくちんが有利な状態は続いていた。 そして後一歩という所でプリーストが帰って来たのだ!」
「それで再び勇者パーティーが持ち直したのか。」
「いや、戻って来たプリーストが変な格好に変わっていてな、ぼくちんも勇者パーティーもあまりの出来事にキャパシティを超えてしまったのだ!」
「俺の予想を超えた展開だったか。」
「ん? ぼくちん達も戦闘所ではなくなり、プリーストも恥ずかしそうにしていたので着替えて来るようにと停戦を持ちかけたのだ。」
「以外に紳士的な魔王だな!」
「うむ、着替えて戻って来るまでに最低でも1週間はかかるからな、その間にプリーストがあの様になったこちらの世界が気になって来てみたと言うわけだ。」
「なるほど、暇つぶしで異世界旅行に来たわけか。」
俺達夫婦と魔王アガーは、同じコタツに入り、お茶をすすりながら事の経緯を知る事が出来た。
時計を見るともう8時半、会話していると時間が立つのが・・・
もう、8時半!!?
「しまった!!!」
「!? 突然どうしたのだ!?」
「開店準備を急いでしないと!!」
「ほほう、お前達は、店を営んでおるのか?」
「ああ、小さいながらも飲食店を営んでいる! すまないが続きは、店が落ち着いてからだ!」
「ふむ、どうやらタイミングが悪かったようだな、どれぼくちんも手伝ってやろう。」
「どんだけ紳士なんだよ!!」
半信半疑だが魔王アガーの善意を受け取り手伝ってもらう事にした。
だが問題があった、加工品は問題なかったんだが野菜等の呼吸をしている物を魔王アガーに洗ってもらおうとしたら野菜達がしおれて行った。
さすが魔王と言うべきか瘴気を放っていた様だ。
「これじゃ、手伝い出来ないな、仕方ないトイレ掃除でもしといてくれ。」
「ほほう、魔王であるこのぼくちんにトイレ掃除とは、よかろう!」
「良いのかよ!!」
トイレ掃除に裏の掃除と手慣れた手つきでこなしていく魔王アガー。
おそらく、元の世界でも奥さんに扱き使われているんだろうなと思った瞬間、冷気を感じたのでその事は、考えないようにした。
「ユウくん、早くしないとモーニングのお客様きちゃうよ?」
「ハイ! わかりました!!」
オープンしている日は、開店の9時から近所の常連さんが朝食を食べにやって来る。
野菜の作り方を教えてくれた農家さん、朝方取れたばかりの魚を持ってきてくれる漁師さん、貴重な山の幸を取って来てくれる猟友会の人達、皆から良くしてもらっている。
逆に来なかった日は、病気じゃないかと心配して電話するほどに毎回来てくれている。
カラン カラン
「いらっしゃいませ~」
「おう、いつもの頼む。」
「モーニングセットですね、かしこまりました。」
カラン カラン
「いらっしゃいませ~」
「おはよう、いつもの良いかしら? それとこの前は、ありがとうね。」
「モーニングセットですね、風邪はもう大丈夫ですか?」
「ええ、わざわざ持ってきてくれたお粥、美味しかったわ。」
「皆さんには、良くしてもらっていますからお互い様ですよ。」
カラン カラン
「いらっしゃいませ~」
「おはようさん、いつもの良いか~?」
「はい、モーニングセットですね、少々お待ちを。」
先にお茶を出しゆっくりと寛いでもらうのがこのお店のスタイルだ。
和気あいあいと他愛もない話をして楽しんでいる。
俺がカウンター越しに接客していると裏の方で魔王アガーとフラニーの話し声が聞こえて来た。
「フラニーと言ったか? あれは誰だ?」
「誰ってユウくんだよ?」
「いや、ぼくちんと話していた時と全く別人じゃないか! 口調も!キラキラオーラも!」
「営業している時は、いつもあんな感じだよ?」
「なるほど、あれがプロフェッショナルと言うものか、アマタとか言うヤツの言っていた事が何となくわかった気がした。」
「アマタちゃんに何か言われたの?」
「うむ、魔王としてのプライドが足らないとユグルを少しは見習った方が良いと言っていたな。」
「ああ、確かにね。」
何言っちゃってるんだよ!?
確かにねじゃないよ!?
魔王と喫茶店のマスターじゃ、類似点無いよ!?
何処を見習うつもりなの!?
頭を抱えつつキッチンの方へ向かい料理を作る事にした。
「フラニー、モーニングセット3つ出来たよ。」
「は~い。」
「ぼくちんも手伝おう。」
デザート作りに移っていた俺は、聞き流してしまっていた。
そして、カウンターの方から驚きの声が聞こえた時に気づいたのだ!
髑髏顔に接客させてしまった!!
いそいでカウンターの方へと向かう。
「死神が現れたぞ!」
「死神が運んできたご飯、最後の晩餐だね~。」
「あれまぁ、とうとうお迎えが来てしまった。」
「待ってください! 違うんです!! これは、そう! 最新型のウエイターロボットなんです!!!」
「ぼくちん、ロボットでは・・・モガモガ」
「何だロボットか、驚かせやがって!」
「お迎えが来たのかと思ったよ。」
「しかし、最近のロボットは良く出来てるなぁ。」
「アハハ、知り合いに試験運用頼まれてしまいまして、まだ骨格しか出来てないんですよ。」
なんとか誤魔化せたが乾いた笑いしか出ない。
寿命を縮めたお詫びの意味も込めて、デザートは奮発しておく。
この後も来ると思われるお客様にも同じことはしたくないので、もう裏から出てこない様にと魔王アガーに頼みこんだ。
カラン カラン
「いらっしゃいませ~」
「今日も寒いな、何か温まるモノ作ってくれ。」
「ちょっとお時間かかりますがショウガ焼きと豚汁でどうですか?」
「おう、それで頼む。」
「でぁ、しばらくお待ちください。」
「それにしても面白いカカシ設置したな、翁面が特にいかしてたぞ。」
「・・・あ、ああ~、そうでしょう? 鳥が啄んだりしてましたからね。アハハ」
俺は、カウンターからスッとフェイドアウトして庭へと走り出した。
そこには、和室に飾ってあった翁面で顔を隠した魔王が居た。
「おお、ユグルよ、掃除終わったから庭の草むしりをしておいたぞ。」
「その翁面どうしたんだ?」
「うむ、フラニーがこれなら怖がられないと渡してくれたんだ。」
「そうか、もうあれだ。 家の方で休んでてもらって良いぞ?」
「そんなわけにはいかぬ!」
「どんだけ紳士なんだよ!!」
この後もいろいろとごまかしながら何とか今日一日、乗り切った。
今日は、いつもより疲れた気がする、何故だろうか?
「客商売も楽しいものだな!」
「そうでしょう? もう魔王なんて辞めてお店開いたら?」
「そうだな、考えてみよう。」
何故だろうな?
だが、今日一日頑張ってくれたことも確かだしな。
「魔王アガー、そこに座れ。」
「急にどうした? ゴクリ」
俺は、魔王アガーをカウンターに座らせた後、厨房へと入り、しばらくして戻って来た。
そしてオリジナル特別ブレンドコーヒーとスペシャリテを出す。
「・・・これは?」
「今日一日お疲れさま、お礼に食って良いぞ。」
「・・・モグモグ グスリ モグモグ ゴックン 師匠~!! ウワ~ン」
「誰が師匠だ!! それ食べ終わったら元の世界に帰って、真っ当に暮らせよ。」
そして、いよいよ魔王アガーが元の世界に帰る時。
「おい、翁面を置いていけ。」
「いろいろと世話になったな。」
「おい、翁面・・・」
「また来ても良いからね。」
「翁面・・・」
「うむ、次合う時は、ぼくちんのプロフェッショナルを見せてやろう! さらばだ!!」
「翁面置いていけ~!!」
コタツの上が光出し、目を開けていられなくなり、目を覆い隠す。
光が消えた時には、魔王アガーの姿はなかった。
「翁面、高かったのに・・・。」
「また、買えば良いよ。 これであっちの世界が幸せになるんだから!」
そうか?
本当にそうか?
イマイチ納得できない最後で俺の日常は、戻って来たのだった。