1話 プリ―スト
俺の名前は、の新樹ユグル
家の一部を改造して小さいながらも喫茶店を経営している25歳既婚者だ。
趣味の土いじりも生かし、料理に出す野菜やデザートの果物、お客様に喜んで貰えるように庭の手入れもしている。
今日は、定休日で仕入れに出かけている妻も一緒に喫茶店を切り盛りしてくれている。
そんな普通の俺が普通の生活を送っている家のベットには、見知らぬ女性が眠っている。
ん? 何故かって?
こっちが聞きたいよ!!
とりあえず解っている事を説明しよう。
話は数時間前にさかのぼる。
いつもお客様が褒めてくれる庭の花や木を剪定していると庭の中央が光輝き、あまりの眩しさに視界を奪われてしまった。
光が弱まり、目を開けると一人の女性が倒れる寸前だったのだ。
「おっと、危ない!」
なんとか女性を受け止め、その下敷きになりそうになった手塩に掛けて育てた花は、無事だった。
とりあえず、意識の無い女性をこのままにはしておけないと今に至るわけだ。
いったいこの女性は誰なんだ?
さっきの光は何だったのか?
解らない事だらけで夢ではないかと思い、頬をつねって見たがう~んとうなるだけで眠り続けている。
しかし、柔らかくて気持ちが良い。
「ふむふむ、感触はあったから夢では無いようだな。」
どうしたものか、大して怪我らしい怪我はしていないと思うが確認してみるか。
年は、20歳くらいだろうか?
髪は茶色でロングのウエーブヘア、目鼻立ちも整っていて白肌のボンキュボンでとても美人の様だ。
服装は、ロザリオがあしらってあるから聖職者だろうな。
聖職者と言っても町で見かけるシスターの恰好ではない。
ゲームやアニメで見かけるプリ―ストってヤツだと思う。
観察しているとどうやら目を覚ましたようだ。
「う、う~ん、ここはいったい・・・。」
「目を覚ました様だな、大丈夫か?」
「・・・あなたは、いったいっ! 今助けます!!」
会話の途中で飛び起き、倒れた時に持っていた棍棒?を拾い振りかぶって来た!
「ちょ! 何を!?」
俺は、とっさに手で顔を庇い目を閉じる!
ゴバキーン!
「アババババ・・・」
何かが破壊される音と変な奇声が聴こえた後に静かになったのでそっと目を開ける。
すると俺の後ろには、壊されたであろうテレビと感電したであろうさっきの女性が倒れていた。
何をしたかったのだろうか?
息があるかを確認し、仕方がないので再びベットへと寝かせる。
この行動にこの格好、現れ方といい俺の手に負えない案件なのは間違いない。
ここは、専門家の意見を聞こうと詳しそうな奴を呼ぶことにした。
「もしもし、アマタか? 俺俺」
「珍しいなユグルから連絡して来るなんて?」
「お前の力を借りたくてな、実は、家にプリ―ストが現れたんだ。」
「何!? それは本当だな! すぐに行く!!」
「ああ、じゃあ待ってるぞ。」
アマタは、学生時代の同級生でオタクと言うやつだ。
家もそれほど遠くないから10分くらいで来ると思う。
と思っていたが来ない、そして女性が再び目を覚ました様だ。
「私はいったい・・・っは! さっきの箱に閉じ込められていた人達は無事ですか!?」
「箱に閉じ込められていた・・・あっ、あれはテレビと言って、映像を記録する機械だよ。」
「閉じ込められていたわけではないのですね? 良かった。」ホッ
うん、俺は、テレビ壊されて良くないけどね。
「それで君は、誰なんだい?」
「私は、エクレアと言います。 クルシス教の神官長をしています。」
「これは、ご丁寧に俺は、新樹ユグル、喫茶店のマスターをしている。」
「あなたが私を介抱してくれたのですね? ありがとうございます。」
「いや、気にするな。 それより君は、自分が何故ここに居るのか分るか?」
「確か魔王との決戦の中、転移魔法で・・・! 大変!! 勇者様達が!!!」
「おちつけ! 何か帰る方法はあるのか?」
「それは・・・」
このタイミングでアマタがやっと来たようだ。
手には、一眼レフカメラにボイスレコーダ、リュックにもいろいろと入っていそうな装備だった。
「すまない、準備に戸惑って遅れてしまった。」
「いや、早速だが意見を聞かせてくれないか。 戻り方がわからなくて困っている様だ。」
「分かった、で僕の天使は何処に?」
「天使? そこにいる子が現れた女性だ。」
「チッ、3次元のコスプレババァじゃないか!」
滅茶苦茶な事を言いだすアマタ、ババァ言う言葉に冷気を発する女性。
助っ人を間違った事に気づいた瞬間だった。
なんとか空気を取り戻そうと頑張る。
「いや、結構カワイイ子だと思うぞ?」
「何を言っている12歳以上は、ババァだとオタクの世界で決まっているじゃないか?」
「しらねぇよ!」
「そんな事いうユグルこそ、良く手を出さなかったな。」
「お前も知っているだろう? 俺は、動物好だ! こんな良く分からない女性に手を出す訳ないだろう!」
めった打ちされた様にエクレアが打ちひしがれていた。
可哀想だがこればかりは、仕方ない。
空気も緩んだ所でそれぞれを紹介して、悲壮感漂うエクレアを連れて最初に現れた庭へと移動する。
「この場所が光って、彼女が現れたんだ。」
「何も無いようだが微かに草の色が・」
アマタがその場所に入った瞬間、又も眩しい光が発生した。
光が弱まり、そっと目を開けるとそこには、アマタの姿はなかった。
「お~い、アマタ、何処に行ったんだ~?」
「大変です! 魔力の発動を感知しました!! 先程の光でアマタさんは、私が居た場所へと飛ばされたと推測されます!!!」
「何だって!? 君が元居た場所って・・・」
「はい、魔王との決戦の場、一般人のアマタさんが危険です!」
「どうにかして、呼び戻せないのか!?」
「それは・・・」
どんどんと大変な方へと進んで行く負のスパイラル。
何も出来ないままあたふたとしている間に又も強い光が発生する。
「なるほど、VRギア無しにバーチャルゲームが出来る様になっていたとは、世の中進んだものだな。」
「はっ? お前、無事だったのか?」
「何を言っているんだ? しかし、設定が甘すぎる! 魔王の一人称がぼくちんとかありえないだろう!! ましてや下ろしたてのマントとか貫禄何て微塵も感じない!! あげく、いろいろと忠告してやったのにチェンジとか言われて回線切られるとか、クソゲーじゃないか!」
「いや、人類、そこまで進歩していないと思うぞ? オタクだからしってるだろ?」
「僕は、アニメ専門だからゲームに興味ない! ゲームの事ならユグルの嫁に聞いた方が早いだろ!」
「今、仕入れに出かけているからまだ帰って来ないと思う。」
「いけない! こんな時間じゃないか!!」
「どうした!?」
「美少女戦士が始まるから帰る!」
アマタは、止める間もなく帰って行った。
エクレアはというと「まさか魔王を言葉だけで退けるとは・・・」とかブツブツ言いながら自分の世界に籠っている。
その後、正気に戻ったエクレアに光の発生場所に入って貰ったが何も起こらなかった。
「まぁ、どうしようも無いし、俺も買い出しに行かないといけないから・・・、来るか?」
「はい、この世界に興味があるのでついて行きます。」
「その前にその服装をどうにかしないとな。 目立って仕方ない。」
「これは、聖職者の正装ですよ?」
妻の服から適当に見繕って着替えてもらった。
もちろんoRECなんてしない。
その後のショッピングモールに着くまでも大変だった。
「この馬車、馬がいないのに走ってます!?」だの「あれは、何ですか!?」だのとにかく質問攻めにあい、ようやくついたショッピングモールでは、エレベーターを各階での乗り降りを10セット、エスカレータの上り下りを10セットこなし、やっと食料品売り場へとたどり着いた。
「頼むからはぐれないでくれよ? この広さで迷子になられたら・・・アナウンスが・・・」
「アナウンス? 良く分かりませんがまかせてください!」
昔の泥船なんたら考えた人、相当苦労したんだろうなと思った。
加工品売り場を通る時の目の輝き様は、子持ちの親の気持ちが分かった。
「どれか好きなの一つだけ買って良いぞ。」
「本当ですか!?」
一つお菓子を手に取ったエクレアは、開けて一口食べる。
ん? 食べる?
「何やってるの!?」
「これ凄くおいひいですよ!!?」
おいひいじゃないよ!!
その後、店員さんに外国人女性なんでと頑張って誤魔化した。
精肉、鮮魚と回っているとあるモノに目が止まったらしく、質問された。
「この箱だけ、乱雑に置いてありますが何故ですか?」
「ああ、それは、見切り品と言って、今日中に売れないと腐ってしまうから処分されるんだよ。」
「まぁ! このお魚とかもですか!?」
「生ものは、特にな。」
「可愛そうに・・・。」
説明の後に生モズクを取っていると暖かな風を感じた。
鮮魚コーナーで温かい風?
「リザレクション!」
ピチピチと跳ねるお魚達、やり遂げた感のあるエクレア、何が起こったのか慌てる店員さん、生モズクを落とす俺。
何やってんだよ!!?
俺は、エクレアの手を引いてその場を離れた!
何も見なかった。
レジを済ませ、早々に家へと帰る。
家へ着くとエクレアは、微かに魔力の反応を感じると庭へと向かった。
「うん、これなら帰れそうです!」
「そうか、じゃ魔王にこれだけは伝えてくれ、二度と人を転移させるな!と」
「? 名残惜しいですが急いで戻って勇者様達をサポートしないといけないので」
「ああ、早急に行ってやってくれ!」
「でぁ、また来ます!」
すると強い光が発生し、目を開けた時には、エクレアの姿は無くなっていた。
もう来ないでくれと伝える事も出来ずにお別れだった。
買い物袋を持って部屋へと戻ると大変な物が視界におさまる。
エクレアのプリ―ストの服と鈍器だ。
あいつは、今、俺の妻の私服を着てチョコスティック菓子を片手に魔王と対峙しているのだろうか。
興を突くには良い作戦かもしれない。
などと考えていると妻が帰って来た。
「ユウくん、ただいま~♪ イッパイ取れたよ~♪」
「おかえり、疲れただろう? 今からお風呂沸かすから待っててくれ。」
「うん♪ ん? ユウくんその服は・・・?」
「あっ、これはだな・・・。」
「やっと、やっと私の趣味認めてくれたんだね! ありがと~♪」
飛びついて来る妻。
紹介が遅くなったが妻の名前はフラニー、本物の外国人女性だ。
アマタが言っていた様に日本のゲームに憧れて来日し、そのままのめり込み、コスプレをするまでになっていた。
そして、アマタとオタク繋がりで俺を紹介され、同じ動物好きという事もあり、今に至ったわけだ。
今日の出来事は、秘密にしておいた方が良さそうだ。
それにもうこんな体験する事もないだろう。