提案
ミクサと時計塔で夕日を見てからおよそ1ヵ月の時が流れた。
あの日以降もミクサは度々スレインの元を訪れ、二人は街を歩いたり、買い物をしたり、時には本を読んだりした。
しかし、ミクサ、つまり貴族の娘がスラム街に遊びに来る、という行為をEdenの人間は余りよく思わなかった。
だが、彼らはわざわざ2人の友情を壊そうとは思わず、警戒こそしてはいたが、特に何かを口出しするようなことはなかった。
そんなある日、いつものようにミクサはスレインの元に遊びに来ていた。
「スレイン〜!おっはよ〜!」
「ん、ミクサか、今日も早いな」
この頃、ミクサは2日に1度はスレインの元を訪れるようになっていて、このあたりに住む他の子供とも仲良くなっていた。
「みてみて!スレイン!」
「ん?木剣か?」
ミクサはスレインに持参してきた木剣を見せびらかした。
「うん!お家でお稽古するようになったの!こうやってね、こうするんだよ!」
そういってミクサは剣を構え、振った。
まだ不慣れな感じが残ってはいたが、中々様になっていた。
「どう?かっこいいでしょ!」
ミクサが胸を張って言った。
「あぁ、すごいと思うよ。」
「でしょ〜、もっと褒めてもいいんだよ?」
「調子に乗らない」
そういってスレインはミクサの額を小突いた
「いたっ!うぅ〜…」
ミクサは額を抑えて軽く蹲る。
「というかミクサ、そろそろ帰らなくていいのか?もう昼だぞ?」
「あっ、急いで帰らなきゃ!またね!スレインー!」
「またな」
そういってミクサは手を振りながら走って帰った
その日の午後、スレインはザイルに呼び出されていた。
指定された場所に行くとそこにはザイルだけがいた。
「ザイル」
「ん?おぉ、来たか、スレイン。」
ザイルは片手に酒をもっていた。
「なんだ?人を呼び出した癖に酒なんか飲んでんのか?」
「大した度数じゃねぇからな、問題はないさ。」
はぁ、とスレインはため息を付くと、切り出した。
「んで、今日はどんなご用事で?」
「まぁ待てよ、スレイン。せっかく久しぶりに2人きりなんだ、世間話でもしようぜ。」
スレインは確かに、と、少し考え込んでから
「まぁ、いいだろう」
と言った。
「早速だがよ、スレイン。あの貴族の嬢ちゃんとはどうだ?」
「どうとは?」
スレインは首を傾げた
「好きなのか?」
「好き…なのかな…。よく分からない。ただ、ミクサといるのは楽しい。」
「ほうほう、青春ですなぁ〜」
ザイルはニヤニヤと笑いながらいった
「ウザイ、ニヤけるな。」
スレインはザイルの脛をガシガシと蹴った
「痛っ、痛いっての! そう言えば、ステレイア家だっけ?あの嬢ちゃんの家は」
ザイルは思い出したかのように聞いた
「あぁ、そういってたぞ。」
「ステレイア家の娘かぁ、前途多難だなぁ…スレインは」
「どういう意味だおい。」
「さぁねぇ。まぁ、貴族の娘と本気で付き合いたいんだったら、相当の覚悟と努力が必要だからな。頑張れよ。」
「つ、つきっ……ま、まぁ、頑張るよ……」
それを聞くとザイルは「はっはっはっ、」と笑った。
「話が変わるがよ、スレイン。」
突然、ザイルの声のトーンが変わった。
真面目な話をする時の声だ。
「なんだ?」
「お前さんには将来の選択肢がいくつもある。」
「あぁ、そうだな。」
「いくつもあるが、極端に分けると2つだ。ここに残るか、ここから去るか。」
スレインはいつも道理の無表情であったが、その目は真剣だった。
「もし、だ。もしも、お前がここ。Edenに残ってくれるのであれば、いずれ、お前にまとめ役をやってもらいたいんだ。」
「それって…」
「あぁ、お前には、ナータスの名を継いで欲しい。」
スレインは1人、スラム街を歩いていた。
「ナータスの名を継いでくれ。」
そう言われたとき、スレインは驚愕した。
スレインは前に「ナータス」という名の意味を教わった。だからこそ、自分が、自分如きが、そんな物を継いでいいのかと考えた。
「暫く…考えさせてくれ。今すぐに決まるようなものではないだろ?」
「あぁ、返答はいつでもいい。あとスレイン、別に、断っても問題はないぞ。候補はお前だけではないからな。」
「……わかってる。」
「ナータスの名…か。」
「ん、おお!スレインじゃないか!」
スレインが思考していたとき、前の方から大きな声が聞こえた。
最近暑い日が続きますね。