少女
「あ、あの、助けてくれてありがとう」
スレインが振り返ると先程まで襲われていた少女がいた。
少女は金髪金眼でスレインより背が数センチ高かった。
顔立ちもよく、十分に美少女と言える部類の人間だった。
「気にするな。その服装…貴族か?なんでここにいる?」
少女の服装は特別豪華な物ではないが、その素材が上等なものだと一目でわかった。
「う…わ、私家に居たくなくて…それで…」
「抜け出した?」
「う、うん…」
少女は今にも泣きそうな顔をしている。
「それじゃあ、早く帰れ、またさっきと同じ目に遭う。」
そういって少女を家に帰るように勧めるが
「……や」
「馬鹿か、お前。さっきはたまたま俺が近くに居たから助かったんだぞ?」
「……やっ!」
「あのなぁ……」
「やーーっ!」
少女は全く話を聞かない。どうしたものか、とスレインは思考を巡らす。
「はぁ、どこか行きたいところはあるのか?」
ため息をついてからスレインは少女に問いかける。
「やっ……ふぇっ?行きたいところ…?」
少女はスレインが突然意思を変え、少し驚くような素振りをするが、行きたいところはどこか、と聞かれ首をかしげた
「そうだ、どこか行きたいところはないのか?」
「う…私、家の外に出たことないから…」
「なっ…お、お前、外に出たことないのか?」
「う、うん…お母さんもお父さんもお前は外に出るなって。お姉ちゃんもお兄ちゃんもよく外に遊びに行ってるのに……」
少女は今にも泣きそうな顔をしている。
スレインは衝撃の事実に目を丸くしている。
自分と同じくらいの年の娘が、今まで外に出たことがないということ、家族とは差別とも言えるような扱いをされているということに。
流石に不憫に思ったスレインはこう、提案する。
「俺のお気に入りの場所があるけど…くるか?」
「うん!いくっ!」
そういいながら少女はスレインに抱き着いた
「うわっ!」
スレインは急な出来事に後ろに倒れ込む
「お、おいっ!抱き着くなっ!離れろーっ!」
「えへへ〜」
スレインは少女を引き剥がそうともがくが、しっかりと抱きついてる少女は中々離れない。
数分後、何とか少女を引き剥がしたスレインは少女と並び歩いていた。
「ところで、おまえの名前は?」
「私?私はミクサ!ミクスタリア=ステレイア!」
「ステレイア…って中級貴族じゃねぇか…」
「んー?」
これはとんでもない拾い物をしてしまったなと思うスレインだった
「あなたの名前は?」
「俺はスレイン。家名はない。」
「スレインっ!……んっ!覚えた!」
少女──ミクサはスレインの名前を数回呟き、満足そうに頷いた。
そして、ミクサは少し前から気になってることをスレインに聞いた。
「ねーねー、スレインーどこに連れてってくれるの?」
「ん?あぁ、言ってなかったな。時計塔の上だよ。」
「時計塔?時計の塔…?んん?」
ミクサが頭を捻る。時計と塔。別々ならば意味は分かるが、両方を合わせた「時計塔」と言うものの存在がよく分かってないのだ。
「時計塔ってのは、あれだ。」
と、スレインは指を指す。
その方向には30mほどの塔に大きな時計が付いている。
「あれが時計塔なんだっ!スレインは色んなこと知ってるね!」
ミクサが興奮した様子で言う。
「ミクサが何も知らないだけだ。」
まぁ、仕方ない事なんだけどな。とスレインは心の中で呟く
そんな様子で更に十数分歩き、塔の真下に着いた。
そして、塔の横の扉……ではなく、そこから少し離れた空き家に入った。
「スレイン?塔はこっちだよ?」
ミクサが不思議そうに尋ねる
「あっちは鍵が掛かってるんだよ。だから、こっちから入る。」
そう言われ、ミクサはスレインの入っていった空き家に付いていく。
その空き家の端には人1人入れる程度の穴があった。
深さはおよそ5メートル程だった。
「早く降りてこいよ、足かける所はあるから。」
穴の下からスレインの声がする。
言われた通りにミクサはその穴を降りて行く。
穴の中は思ったよりも広く。そして、四方八方に伸びていた。
「おぉ〜」
「驚いたか?ここは昔、穴を掘るのが得意だった犯罪者の男が、街の騎士達から逃げるために掘った穴らしい。それを、俺らは色々と有効活用してるんだ。知ってるやつは少ないから誰にも言うなよ?」
「わかった!」
そういうと、スレインはいくつも伸びる道の中から先ほどの塔の真下に繋がる通路を歩いていった。
「ここを上がればさっきの塔の中に入れる。」
と言い、スレインは穴を登って行った。
「さ、こっちだ。」
穴を上がった先には螺旋階段があり、そこの前でスレインが待っていた。
「後はここを上がるだけだ」
「うぅ〜スレイン〜、まだなの〜?」
「あと少しだ、頑張れ。」
1度も外に出たことがないお嬢さまにとっては、少し辛いのかもしれないが、本当に後少しなので、スレインは励ましの声を送る。
そして、薄暗い螺旋階段の先には光が差し込む。
「ほら、着いたぞ、頂上だ。」
「ふぉぉぉぉ!!」
階段を登りきった先には夕焼けでオレンジ色に染まったエスティーダ王国が一望できた。
「どうだ?ここが、俺のお気に入りの場所だ。」
「きれーい」
ミクサは目を輝かせてその光景に魅入っている。
「ねぇ、スレイン?」
夕焼け空の方を見たままのミクサがスレインに声をかける。
「なんだ?」
「また…遊びに行ってもいい?」
「あぁ、もちろんだ。」
「ほんとっ!じゃあ、今度は別の場所に連れてってねっ!」
「あぁ、もっと凄いところに連れてってやるよ。」
「うん…それじゃあ、私、家に…帰るね。」
ミクサの声のトーンが少し下がった。
「あぁ、気をつけろよ、それで、また今度、遊びに来い。」
「うん、それじゃあ、またねっ!」
そしてミクサは階段を駆け降りていった。
「…帰るか。」
スレインは沈み行く日を眺め、言った。
ミクサ……マッチを売ってそうな名前ですが、売ってませんよ?