金髪つるぺたの優等生(レコードホルダー)
「だいたい片付いたか」
練は空になった段ボールを畳み、カーテンで区切られた自分の空間を見回した。
窓はカーテンを挟んでそれぞれ二つ。
二人部屋で完全に共用なのは出入り口のドアと、ドア脇のシューズボックス、小さいながらに浴槽もあるトイレ付きのユニットバス。
それからガスコンロ等がない電気ケトルが一つあるのみの簡素な洗面台を兼ねたキッチンだ。
最小限だが、プライバシーは一応確保されている。
「この部屋、使い勝手がよさそうだ。気に入った」
こんな狭いところで満足するとは小者だな。
そう言いそうなグロリアスは、練の左目の視界で横になり、熟睡中だった。精神だけの存在だからか、グロリアスは練よりも長く眠る。退屈するとすぐさまうたた寝を始めるほどだ。
「ま、静かでいいんだが」
「そっちは片付けが終わったのかい? 僕はまだしばらくかかりそうだけど」
カーテン越しに紫音の声。
「ああ。俺は荷物が少ないから。女子だとやっぱり多いのか?」
「僕も、それほどじゃないけどね。衣装や装備の部屋とか、実家にはあるけれど」
「それは凄いな。ひょっとしてお嬢様なのか?」
「それほどでも――」
ぐぅぅぅぅぅ、と腹の虫が鳴く音がし、紫音の言葉を遮った。
「ぼ、僕じゃないよ??」
「悪い、俺だ。そう言えば朝から何も食べてなかった」
「そうだったんだ。そう言えばもうお昼過ぎてるね、食堂行こうか?」
「食堂? ああ、そう言えば入学案内にあったな。向かい合わせで立っている男子寮棟と女子寮棟の間に共用施設棟があって、大食堂もそこにあるんだったか」
「そ。エントランスホールとか自習室とか談話室とかもあるよ。寮の個室にテレビはないから、大画面で見たい時はそっちに行くんだ」
「その辺の設備も見ておきたいな。行こう、大食堂」
「うん」
しばらくして練は、紫音と連れだって部屋を出た。練たちの部屋は、男子寮の四階。
目的の大食堂に行くには一階まで降りなければならないため、道のりはそこそこ長い。
途中、何人もの寮生とすれ違う。
「今のが黒陽練か」
「ああ、三条院をコケにした、あの」
「学院長から寮で部活勧誘するなって釘刺されたんだよな」
「むすっとしていて声かけにくいな、近くで見ると」
反応に困る言葉ばかりで、練は愛想笑い一つ浮かべない。ただ少し早足になっただけだ。
「ちょっと失礼な人たちが多いね。注意してこようか」と紫音。
「ほっとけばいい。むしろ反応したら余計にいじられる」
「それもそうだね。君、有名人だもんね」
『誰もが君を知っているさ』
練は紫音に言われたことを思い出し、微妙な居心地の悪さを感じた。
三年前のテロ事件で、未成年の練は実名報道されていない。だから中学校で誰かに特別扱いされることもなかったが、この学院では、そうもいかないようだ。
――これで目の中に近代ブリタリア式魔法の生みの親が住んでいるなんて知られたら。
――どんな扱いされるかわかったものじゃないな。
練は左目で爆睡中のグロリアスの存在だけは隠し通そうと決意を新たにした。
たびたび投げかけられる好奇の視線を無視し、練たちは大食堂の入り口に到着した。食券販売機の近くで練たちは足を止める。
「オリエンテーションが終わって考えることは、みんな同じなんだねえ」
と紫音。大食堂は大勢の生徒で混雑していた。
「学生カードで食券を受け取るんだったな、ここは」
「そう。朝昼晩、一食ずつ無料で食券を支給してもらえるよ。メニューは選び放題さ」
練と紫音はそれぞれ、学生カードを取り出した。カードの大きさは、一般的なクレジットカードや公共交通機関プリペイドカードなどと同じだ。
顔写真と氏名、学年とクラスという学生としての基本情報の他、一般学力、体力、魔法技術、魔力蓄積量などの現在の各種ステータスが数値化されて記載されている。
「あ。ほんとうに魔力量が一なんだね」
練のカードを紫音がまじまじと見る。少し気まずくなった練は親指で数値を隠す。
「そういう紫音は幾つなんだ?」
「僕? ざっくり二五〇かな。魔力量には自信あるんだ、そこそこね」
魔力蓄積量は年齢によって多少は増加するが、ごく一般的な魔法使いの才能がある人間の平均値は、一〇〇ほどだ。二五〇はかなり多い。
「……それだけあれば、俺なら世界さえ取れそうだ」
(ふわあ。ちなみに生前の俺。今の基準で数値化すると一〇〇〇〇オーバーだけどな)
グロリアスが目を覚ました途端、とんでもないことをさらりと言った。
「――聞いてないぞ、そんなでたらめな数字」
(そりゃ聞かれたこともねえもん。何でわざわざ機会もないのに俺から教えないといけねえんだ。それにおまえ。信じてないだろ、疑念がビンビン伝わってくるぜ)
「……当たり前だ」
「って、練? 何をぶつぶつ呟いているんだい? 僕の二五〇って数字、そんなに変かな?」
紫音が練の顔を覗き込むように距離を詰めてきた。練はわずかに身を引く。
「いや、そんなことは。確かに羨ましいくらいに多いが、それくらいならそんなには珍しくないだろう。今日、俺が相手をさせられた三条院だって、たぶん二〇〇は越えていたし」
「ああ、三条院くんか。そうだね。僕が早退する前にオリエンテーションの自己紹介で自慢してたよ、魔力蓄積量二〇〇オーバーって」
(なるほどな。じゃあ今日の決闘、あの大技二発でだいたい打ち止めってところだったのか)
――紅蓮鷹とか言っていたか、あの火炎砲撃系魔法。
(ああいうの撃ちたいって思ったろ、おまえ)
――小学生の時は、攻撃魔法の実践をする機会がなかったからな。
(そりゃそうだ。この国じゃ魔法に関する法律、整備の途中だからな。基本的に街中じゃ魔法の使用は禁止だし。ここでも魔法を使うとそのカードに記録が残るんだろ?)
――ああ。講師たちにしか読めないが、カードの裏に魔法行使の履歴が表示される。
練は手元のカードを裏返してみた。ただ白いだけで何も記述されていない。
「どうしたんだい、不思議そうにカードなんか見て。それより食券を選ぼうよ。ほら、今日のお勧めは『辛さの刺激で魔力を鍛えよう、超激辛麻婆豆腐セット』だって!」
紫音が練の手を引っ張り、食券販売機に向かう。
「ちょっと待てよ、おまえ黒陽練だよな!」
見覚えのない男子生徒が、練たちの行く手をいきなり塞いだ。
「そうですが、何か。部活の勧誘なら、禁止されたんじゃ?」
「勧誘じゃねえって、姫殿下のことだって!」
別の男子生徒が二人、唐突に会話に加わってくる。
「何かさ、姫殿下に騎士になりたいって言われたんだって?」
「くっそー、うらやましいせ! 当然、受けるんだよな!?」
上級生なのか、馴れ馴れしく男子生徒が練の肩をバンバンと叩く。
「いえ、受けませんが」
と練は不機嫌な声で即答した。
「えええ、何でえっ!? だって姫騎士だぜ、断る理由がいったいどこにあるんだよ!」
会話を聞いていた別の生徒が、大声を上げた。大食堂が一瞬静まり、すぐさまざわめく。
多くの生徒の視線が集まり、紫音が苦笑した。
「……何か目立っちゃってるねぇ、僕たち。こりゃ購買でパンでも買って部屋に戻ったほうがいいかな」
「そうだな」
練は同意し、振り返った。すでに背後にも生徒の輪。すっかり囲まれてしまっている。
男子と女子が入り交じり、めいめい勝手に騒ぎ始めた。
「断るってバカじゃないか?」
「意味わかんなーい」
「ブリタリアとのコネは欲しいよな」
「くっそー、替わってもらいてえ」
「断られる姫さまがかわいそうよね」
「ほんとほんと」
練は生徒の輪を一瞥し、いっそう不機嫌な声で告げる。
「すみませんが退いてもらいませんか」
「いーや、退かないね! どうしてルナリア王女殿下のありがたすぎる申し出を断るのか、納得のできる説明をしてもらえるまでは!」
「……勝手にあれこれ想像して、勝手に納得すればいい。付き合いきれない」
練は強引に生徒たちの囲みを突破しようとした。だが、逆に突き飛ばし返される。
「一年。おまえ、ちょっと生意気じゃないのか?」
「だな。有名人だからってこっちが下手に出てれば偉そうに」
「っつーかコイツ、ノウ無しなんだろ?」
「元神童だろうがまともに魔法も使えないんじゃな」
「そっか、それで哀れんだ姫殿下があんな申し出を」
「なるほどー」
上級生たちの勝手な言葉に、練はかちんと来た。
練以上に、紫音は頭にきたようだ。引き攣った笑顔で、声を張る。
「凡人の妬みもいい加減にしてくれませんかね、先輩方! 凄くみっともないですよ!」
練に絡んでいた上級生たちの表情が、怒りに一変する。
「何だって!?」
「うっわ、コイツのほうが生意気!!」
「見ない顔だし編入組か!? 俺たち内部生だぜ、偉そうなことを抜かすな!」「ったく女みてえな顔しやがってよ!」
怒りの矛先が紫音に向く。まずいなと練が思ったその瞬間。
「ほんとうにみっともないですよ、先輩たちは。いい加減にしたらどうです」
女子の声が、絡む上級生たちの向こうから聞こえた。
上級生たちが左右にわかれ、振り返る。その中の誰かが、ぼそりと言う。
「千羽アリス亞梨子……」
金色の長い髪を頭の左右で結んだ、いわゆるツインテールの髪型。背丈は高校生女子一年の平均くらいだが、体つきは華奢だ。胸はかなりつつましく、紫音よりも男装に向いていそうな体型だが、腰の位置が高くて足がすらりと長く、スタイルとしてはいい。
やや吊り目だが目鼻立ちは整っており、どこかのアイドルグループでセンターを務めていても不思議ではなさそうな自信たっぷりのオーラを纏っている。
千羽アリス亞梨子という変わった名前といい、容姿といい、純粋な日本人ではなさそうだ。
練の見知らぬ女子生徒だった。
ぼそぼそと周りから噂話が聞こえてくる。
「あれ、千羽だよな。今年の新入生主席の」
「っつか中等部のステータスレコードホルダーだろ」
「魔力蓄積値四〇〇オーバー、魔法技術値が大学生も真っ青の五〇〇オーバーのスーパーエリートだ」
「高等部じゃ二年どころか三年でも、千羽より上の数値の奴いないだろ」
そんな千羽アリス亞梨子が、練をじいっと見つめた。
「久しぶりね、練くん」
「……久しぶりって。俺、会った覚えはない」
(ちょっと待て。どこかで……いや。あれ? 俺の記憶違いか? こんな可愛い女子なら、俺が忘れるわけねえもんな)
グロリアスもどうやらアリスのことを知らないようだ。練は改めて、
「初めまして、だと思うんだが? その、千羽アリス亞梨子さん。クラス名簿で名前だけは俺も見た。変わった名前だから覚えていた、これからよろしく」
クラスメイトへの挨拶として、手を差し出した。
「え? え? え?」
アリスが練の顔と差し出された手を何度も見比べる。
その顔が見る間に赤くなる。
「ああそう、よろしく! よろしくしてくださいな、元神童!!」
怒った様子で練の手に平手をパチンとぶつけると、アリスが踵を返して立ち去った。
「……何だったんだ?」
練は首を捻った。背を、とんと押される。
「何でもいいよ、今のうちに逃げるとしようよ」
と、紫音。練はアリスの登場に圧倒された上級生の囲みを脱し、その場を急いで後にした。