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そして少し、途方に暮れる

 練は後ろを見ずに右手を校舎のほうへと向けた。


それ(・・)をこっちに投げろ、アリス!」


「何だか知らないけど、無駄にするんじゃないわよ! 女の子の命なんだからね、これ(・・)は!!」


 左手にまだ魔法刃のナイフを持ったままのアリスが、右手でそれ(・・)を練へと投げた。


 ばあっと長く細い紅髪が、散らばる。

 レイチェルの、髪だ。


 首が丸見えになるほどにばっさりと髪をアリスのナイフで切られたレイチェルが、大きな声で訊く。


「これでいいんですよね、レン先生!」


「ああ!」


 練が後ろに掲げた指先から、極微細魔法記述光跡が光線のように、アリスが放って散らばったレイチェルの髪へと伸びる。


 魔力の光を帯びたレイチェルの髪が、意志を持ったかのごとく、練の手元へと飛んだ。


「何をするつもりか知らぬが、もう遅いのじゃっ!!」


 麗=ジオールドが胸元で構えた両手の間。

 強烈な魔力量を感じさせる、魔力弾。

 推定魔力、一万以上。月穿ちをも超える威力なのは間違いない。

 喰らえば確実に、練は塵すら残らない。


「確かに遅い! その巨大な魔力こそが、貴様の敗因だ!!」


 レイチェルの髪が練の操作によって、麗=ジオールドの魔力弾を包むように、球の形に編み上がる。


「な、何じゃっ? 我輩の魔力が、流れが止まらぬっ?」


 初めて、麗=ジオールドの顔に焦りの色が浮かんだ。


「こんなもの、すぐに――う、動かぬっ? この身体がっ? 何故じゃ?」


 レイチェルの髪で編まれた球を、麗=ジオールドは払うことすらできない。


(そりゃそうだ。身体を操っている魔力までまとめて、その髪の球が吸い込もうとしているからな)


 と、グロリアス。練はこくりと頷いた。


「ジオールド。貴様はでたらめに強大な魔力そのものだ。そしてでたらめに強大な魔力を封じる技術が、ブリタリアにはあった」


「あれは……」とルナリア。

紅石の繭(ルビーコクーン)っ!? いや、違う?」と紫音。


「こ、こんなもので……!」とジオールド。


 練はさらに続ける。


「その身体――麗と、レイチェルさんは魂レベルで同一人物だ。今のおまえのように、魂に寄生するには、宿主と魔力の固有波動が一致しなければならない。麗と一致しているということは、レイチェルさんとも一致している。

 つまり。レイチェルさん由来のものであれば、おまえを封じることができる」


「この程度の代物に、我輩の全てが収まるわけがないのじゃあッ!!」


 怒鳴るジオールド。あくまで練は冷静に告げる。


「多次元世界に渡って存在する貴様全てを、封じるのは不可能だろうが。麗一人の身体に収まる程度の、貴様の一部なら――これで充分、足りるんだ」


 すっと、麗=ジオールドから怒りの気配が消える。そして嘘のように穏やかな表情になった。


「我輩が多次元存在ということまで考えが行き着いておったか。よいよい、よくぞ学び、よくぞ考えたのじゃ。褒めてやろう。褒美にここは封じられてやるか――じゃあの。短かったが、楽しめたぞ。黒い太陽ども」


 麗=ジオールドの魔力弾が一際強い輝きを放った。直後、レイチェルの髪の球が、きゅっと固く締まる。



 いずれ、また会おうぞ。



 そのジオールドの声だけが、残滓のように響いた。

 後は、極めて緊密になった髪の編み目から、うっすらと紫色の魔力光がこぼれるのみだ。


 ジオールドの精神体が、完全に封じられた証拠である。


 音も立てずに、ジオールドが封じられたレイチェルの髪の繭が地面に落ち。転がった。

 ふらりと麗の身体が、練に向かって倒れ込む。練は急いで、麗の身体を抱き留める。


「大丈夫なのか? あんなものに、取り憑かれていたんだ……」


 練が心配そうに顔を、麗の覗き込んだ。


「すかー。すかー」


 麗は極めて健康そうに寝息を立てていた。


(まったく問題ねえみたいだな。っつーか、ジオールドを宿せたってことは、こいつ。おまえより魔法の才能あるんじゃねえのか? 少なくとも、魔力量だけならぶっちぎりに多いぜ)


「……魔力が『1』しかない俺と比べたら、誰でもぶっちぎりで多いだろ。麗は普通がいいって言ってたんだ、余計なことはするなよ?」


(へいへい。俺は余計なことなぞしねーって。弟子はおまえ一人で満足だからな!)


 満面の笑みで、グロリアス。練の顔に照れが浮かぶ。


「……今後ともよろしく頼むよ、先生」


(おう! 何せ俺の野望――いや、俺たちの野望はこれからだからな!)


「野望?」と首を捻った練に、ルナリアたちが駆け寄った。


「練さま、麗さんのご様子は?」とルナリア。

「ぱっと見、寝てるだけみたいだけど」とアリス。


「寝ているだけのように見えても、旧神竜に憑依されていたんだ」


 と、紫音。紫音の言葉を受けるように、マリー。


「だな。医学的にも魔法的にも精密検査が必要だろう。黒陽練、必要な手続きはこちらで行うが、保護者へのフォローは頼めるか?」


「はい、それは任せてください」


 頷く練の、数歩先。紫音が、落ちているレイチェルの髪の繭を拾いに行った。

 つまんで持ち、手のひらで転がす。


「なるほどねぇ。紅石の繭、こんなふうに応用したんだ? 私は思いつかなかったわ、こんな手段」


 と、ソニアの口調で紫音が言うと、振り向きざまに髪の繭を練へと放った。

 練は片手で麗を抱えたまま、慌てて片手で、髪の繭をキャッチする。


「デリケートな代物なんですから雑に扱わないでください、ソニア王女」


「雑に扱ったのは紫音の身体よ? 私じゃないわ」


 紫音がいたずらっぽく舌をぺろりと出す。その表情はやはりソニアのものだった。


「それ、どうするの? マニアに売れば、でたらめな値段が付くわよ、きっと。それこそ小国なら買えちゃうくらいの」


「扱いはおいおい考えますが、とりあえずは売ったりしません。万が一にでも中身が開放されたら、次は勝てる保証もありませんし」


「同じ手は二度、通用しそうもないものね。うん、わかったわ。それは君が持っていて。それが確かに一番よ。じゃ、また今度ね」


 ぱちくりと瞬きし、紫音に普段の気配が戻る。


「……ソニアさま、最近は断りなくいきなり僕を乗っ取るなあ。困ったものだよ。それはそうと、練。お疲れさま」


「いや、紫音のほうこそご苦労様。左腕、大丈夫か?」


 紫音が自ら引き千切った左腕をちらりと見る。


「ああ、これ? 大丈夫だよ、別に痛覚とかないから。またブリタリアに戻ってメンテしないといけないけどね」


「ルナリアさんもアリスも、怪我はないか?」


「はい、大丈夫です!」と嬉しそうにルナリア。

「魔力は空っぽだけどね」と少しはにかんでアリス。


 ルナリアの白銀の鎧は欠損とひび割れだらけで、白いドレスの魔法礼装も半ばボロ布と化している。

 アリスのほうはまだマシな状態だが、短時間で魔力を使い切ったためか、目の下に隈までできていた。


 それでも、大きな怪我はなさそうだ。

 練が安堵に息をつく。


「よかった……何かあったら、どうしようかと焦っていたから」


「心配してくださったのですか、練さまっ! 嬉しいです、光栄です、ああもうどうしましょうっ」


 ルナリアが小動物のように、ぴょんぴょんと跳ね回る。

 一方、アリスが珍獣でも見るような顔をした。


「あんたが心配してくれるなんて、珍しいわね。旧神竜以上の災厄の前触れじゃないでしょうね?」


「俺が知るか、そんなこと。それより……」


 練はレイチェルへと視線を向けた。必要だったとはいえ、長く綺麗だったレイチェルの紅い髪は、見る影もない。


(……さすがに。何て言ってやればいいか、わかんねえな)


 珍しくグロリアスが困惑する。練も同感で、言葉が出ない。

 そんな練を気遣うように、レイチェルが微笑んだ。


「頭がとても軽くていい感じです、レン先生。短い髪、似合ってますです?」


「……レイチェルさんは、かわいいから。どんな髪型だって似合うよ」


「おんなじことを麗さんに言ってさしあげてください。きっと喜びますから」


 練が照れるほどに大人びた笑顔で、レイチェル。


「あ、ああ。そうかもしれない」


(――やれやれ。俺たちのほうが気遣われるとはな。この子は将来、いい女になるぜ。カミルなんかにはもったいねえから、おまえがレイチェルももらっちまえよ。ブリタリア王家は何人でも王妃を娶っていいんだぜ?)


「え。初耳だぞ、そんなの」


 ルナリアとアリス、二人揃っての花嫁姿を練はうっかり想像してしまった。思わず顔が赤くなる。

 その練の独り言と表情の変化に、アリスがめざとく気付く。

 

「初耳って、何の話? ねえねえ、何の話? 赤くなったりして、何だかやらしいなあ」


 アリスが練にすり寄る。それに今度は、浮かれていたルナリアが気付く。


「アリス、何をこっそりと抜け駆けをしようとしているのです! 淑女協定で抜け駆け禁止とあれほど!」


 激闘で疲弊しているとは思えない速さで、ルナリアが練とアリスの間に割って入る。

 ルナリアが練とアリスの間で身を翻す。乱れた長い髪が躍り、知らない芳香が練の鼻をくすぐった。


 いい匂い。


 そう感じた途端、さらに練の顔は赤くなる。


(おーおー。いっちょ前に女の匂いで興奮しやがって)


 にまにまと意味ありげにグロリアスが笑った。


「そ、そんなんじゃっ」


「あー! 練がますます赤くなってる! ちょっとルナリア、あんたわざと練に密着して、匂い嗅がせてるんでしょうっ! ずるいわよ、それ!」


「ふえっ!? そ、そんなこと、か、考えてもっ。私は今、きっと汗臭いでしょうしっ」


 うろたえるルナリアに、アリスが詰め寄る。


「異性の汗の匂いは、フェロモンなのよ、フェロモン! 思春期の男子が、女子の汗の香りにくらくらしないわけがないじゃないっ!」


 ルナリアが、ばっと身を翻して練に向き直る。


「そそそ、そうなのですかっ?」


「ししし、知らない、そんなこと!」


「その真っ赤な顔が動かぬ証拠よ! 練、私の匂いも嗅ぎなさい、さあ、好きなだけ! くんかくんかと!!」


 アリスがルナリアを押しのけ、練に迫る。

 練は眠りこけた麗を抱えたままだ。華奢な少女とはいえ人間一人ぶんの体重は、しっかり重荷である。


 逃げられない。そう察した練は、話題を強引に変えることで事態を変えようと試みる。


「が、学園長! 校舎もグラウンドも凄い有様ですが、授業はいつから再開するんですか!」


 離れて事態をにやつきながら見守っていたマリーが、ぷいっとそっぽを向く。


「知るか、そんなこと。おぬしがとっとと戻らないから、こんな有様になったのだ。授業再開どころか、設備修繕にどれだけ金がかかるのか、それすらわからん! ええい、全部が全部、おぬしのせいだ、黒陽練よ! そこに直れ、鉄槌の裁きをくれてやる!!」


 マリーがいきなり切れ、鉄槌を構えた。

 冗談じゃない、と練は大声で返す。


「俺のせいだというのは納得できませんが、こうなったら俺が修繕費を出しますよ! それで、その鉄槌を納めてくれるというのなら!」


「ほう!」とマリーの表情が明るくなる。


「数億はあったな、おぬしの貯蓄! 全ての修繕にはまったく足りぬだろうが、それだけの予算があれば、再建交渉が少なからず有利になる! よし、金を出せ! ありったけ!」


(……いいのかよ。本格的に魔法を研究するようになると金がかかるんだぜ? レアな魔導書なんて値段があってないようなもんだし、魔法の実験に使う貴金属や宝石は、当たり前だが高価だからな)


 と、グロリアス。練はしまったと思ったが、もう遅い。

 ここで金を出さないと言い出せば、今度こそマリーが止められないレベルでブチ切れそうだ。


「……ま、なるようになるだろ」


 そして練は、少しばかり途方に暮れた。


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