魔力『1』で充分だ
先ほどの鏡映しのように、熱閃光砲撃がルナリアたちに向かって放たれた。
魔力が尽きたルナリアは、その場に盾として聖剣セレブレイトを突き立てる。
「耐えてください、セレブレイト!」
刀身に刻まれた紋様が輝き、埋め込まれた複数の宝玉が発光し、聖剣が防御障壁を発生させた。
「残りの全魔力で、凌ぎきってみせる!」
その聖剣を核にして、マリーが一〇層からなる多層防御障壁を展開する。
「障壁強化」「さらに障壁強化デス」
二体のジェンカが、マリーの防御障壁に強化魔法を重ねがけした。
「これは無駄なあがきじゃない!」
普段の口調で、紫音。防御障壁に、さらに重ねて防御障壁と強化魔法を追加する。
強化された一三層の防御障壁が完成した。先ほど麗=ジオールドが展開した防御障壁よりも強固なはずだ。
「ごめん、レイチェルさん。君だけでも転移させたかったけれど――できなくなった。これで僕の魔力もゼロだ」
「いいのです、紫音さん。全ては、カミルさまがしたこと。だから許嫁のレイチェルだけが、この場から逃げるなんて許されないのです」
アリスがそんなレイチェルに感心した。
「大した子よね、貴女。ほんと、カミルの許嫁なんてもったいない」
その瞬間。最外殻の防御障壁に、熱閃光が衝突した。
拡散する魔法の余波が、背後の校舎を見る間に焼いていく。
その極限状態の中、レイチェルは微笑んで見せた。
「ほんとうのカミルさまはお優しくて、ちょっと小心者で、とても可愛らしい方なのです。これからも色々と間違ったことをするでしょうけれど、それを許さずして、妻になどなれないです」
レイチェルの微笑みが、さらに明るい笑顔へと変わる。
「でも。とりあえず、終わったら一発、カミルさまをぶん殴ろうと思うのです! グーで! グーで!! 大事なことなので、二度、宣言するのです!」
ぱちくりとアリスが瞬きをする。一瞬きょとんとした後、にっと笑った。
「いいわね! 私も付き合ってあげる、それ! カミルをぶん殴る会、結成しましょ!」
「はいなのです!」
嬉しそうに、レイチェル。一方でルナリアが微苦笑する。
「……姉としては微妙な気持ちです」
「カミルにはそれくらいでも足りぬわ」
むすっとした顔で、マリー。その額には脂汗が滲んでいる。
「そんなことよりも、だ。喰らってみて、よくわかった。ルナリアよ、貴様。マジでチート姫だな、こんなものを人の身で放てるとは。見ろ。砲撃を防いでいるのにも関わらず、余波で校舎が消し飛びかけておる」
「いえ。防御障壁で散らしているから、この程度で済んでいるのです」
とルナリア。続けて、
「月を穿つと賞されたこの魔法の本質は、貫通力と長射程。もし防御障壁が破られたら、私たちはもちろんのこと、射線上の全てを焼き尽くします。惑星には丸みがありますから、実際は数キロ先で射線は地表を離れますが――」
「充分だな、東京の湾岸地区を焼くのには。そうなれば、完全にブリタリアと日本の国際問題になる。それは避けねばならぬのだが――」
ばきんと音を放ち、最外殻の防御障壁が砕けて散った。
「儂の防御障壁はそろそろ限界だ。いよいよとなれば、キングクリムゾンを自爆させ、砲撃を相殺するしかあるまい」
ばきんばきんと、防御障壁が立て続けに次々と砕けていく。
一三層あった防御障壁が、数秒で三層まで減ってしまった。
限界が近いというマリーの言葉に偽りはないようだ。
アリスが血相を変える。
「ちょっと学院長! それじゃ私たちも巻き添えになるじゃないっ。それじゃカミルを殴る会、どーなるのよっ」
「そんなことを気にしておる場合か!!」
マリーの怒鳴り声に被さるように、その声がどこからか聞える。
「いや、大事だ。俺もその会に参加したいからな」
防御障壁の核となっている、地面に突き立った聖剣セレブレイトのすぐ傍の地面に、円形の魔法陣が出現した。
異次元間転移の魔法陣。
そして、彼は現れた。
ルナリアたちが次々とその名を呼ぶ。
「お帰りなさいませ、練さま!」とルナリア。
「遅いわよ、練!」とアリス。
「美味しいところだよ、練」と紫音。
「後は任せていいのだな、黒陽練?」とマリー。
レイチェルだけが、申し訳なさそうに瞳を伏せた。
練が肩越しに、レイチェルを振り返る。
「君に責任はまったくないから、そんな顔をすることはない。後で一緒に、カミルをぶん殴ろう」
「……はい、レン先生。グーで二発、ぶん殴ろうと思います!」
レイチェルの表情が明るくなり、練は頷くと視線を前に戻した。
制服のポケットから、カードの束を取り出す。
一〇〇枚を超える、練の魔力『1』カードだ。
(全部使っちまわねえと、こいつは防ぎきれないぜ?)
「出し惜しみする気は、ない!」
練がばらまくように魔力『1』カードを前方に投げた。
魔力『1』カードがそれぞれ、極微細魔法記述光跡に転じた瞬間。
残り三層の防御障壁が、まとめて砕け散った。
防御障壁の破壊音に、練の声が重なる。
「起動!」
月をも穿つ熱閃光が、何もかもを焼き尽くす――
ことなど、なく。
防御障壁が壊れる刹那の間に、練は魔法効果魔力還元魔法を構築し、熱閃光を魔力に戻した。
練の前。高密度に圧縮された魔力が、光球として浮かんでいる。
「だいたい一〇〇〇というところか、この魔力」
と練。月穿ちの発動魔力は四〇〇〇。うちの三〇〇〇はすでに校舎を含む周辺を焼き尽くし、消えたということだ。
練の背中に、マリーが問う。
「任せていいのだな、黒陽練」
「もちろんです。前にお願いしたように、手を出さないでください」
答えつつ、練はレイチェルへと歩み寄り、耳元に口を寄せた。
「頼みがある」
レイチェルにしか聞えないレベルの小声で、練は頼みを伝えた。
レイチェルの表情が強ばる。だがそれは一瞬のこと。すぐにレイチェルが満面の笑みを練に向けた。
「承知いたしましたです! それはアリスさんにお願いするのです!」
「……はい? 私?」
自分を指さすアリスを余所に、練はレイチェルから身を離した。
離れ際に、頭を撫でる。柔らかく長い髪が、指をくすぐった。
「ほんとうに、すまないと思っている。あとで、ちゃんとお礼と謝罪をするよ」
「謝罪はいらないのです、お礼だけ、楽しみにしていますです!」
「ああ。楽しみにしていてくれ」
練はゆっくりと歩を進め、麗=ジオールドを見据える。
「ご武運を」とルナリア。
「僕は心配なんてしていないから」と紫音。
「遅れたぶん、きっちり倒してきてよね」とアリス。
「マスターレン。ジェンカが盾となるデス」「同行許可を、デス」
付いてこようとしたジェンカを、練は振り返らずに片手で制した。
「いや、いい。むしろ邪魔になるから」
「了解デス」「イエス、サー」
ジェンカを残し、練は宙に浮かぶ魔力の塊まで戻って来た。
グラウンドを挟んで向こう側にいる麗=ジオールドの姿が、ふっと消える。
前触れなく転移を使い、練から数メートルしか離れていない場所に現れた。
にんまりと、麗=ジオールドが笑みを浮かべる。
「ようやっと来たのじゃ、黒い太陽どもよ。さあさあいかにして我輩を倒すのじゃ? その魔力で、我輩に何を見せてくれるのじゃ?」
遊び相手として虫でも見つけたような無邪気さで、麗=ジオールドが声を弾ませる。
練は素っ気なく返す。
「この魔力か? これに用はない」
「ああ、そうか。それでは足りぬか、あの『黒い太陽』――虚数空間を操るのには! そうじゃの、ならば魔力を足してやるのじゃ!」
「いや。むしろ、こんな大きな魔力は邪魔なだけだ。おまえに勝つには――俺の『1』の魔力で充分だからな。こいつは片付けてしまおう」
練は無造作に、魔力の塊を片手の甲で、あっちに行けと言わんばかりにはたいた。
魔力の塊からわずかに魔法記述光跡が生じる。
魔法記述光跡に、射出と加速の記述。
極めて簡単な砲撃魔法で、魔力の塊が砲弾よろしく吹っ飛んでいく。特に狙いを付けたものでもないため、空へと吸い込まれるように飛び、そして高空で煌めきを放って消えた。
「これで、よし」
「何が、よし、じゃ」
麗=ジオールドの、レイチェルそっくりの質感の長い髪が、ぶわりと風をはらんだように膨らんだ。
瞳に宿る紫色の魔力の輝きが強くなり、目元が吊り上がる。
どうやら、練は怒りを買ったらしい。
「ノウ無しふぜいが、我輩を舐めておるのか? ぬしなど我輩がその気になれば、魂すらも残さず塵になるのじゃぞ」
「そうか。なら、やってみればいい」
煽るように、練。
「言うたな? 言うたのじゃな? もはや泣いて詫びようとも許さぬのじゃぞ? 塵芥になるがいいのじゃ!」
麗=ジオールドが、魔力弾を出現させた。
至近距離だ。練に回避する手段など、ない。
それでも練は、平然としている。
「己の力に絶対の自身がある故に。力を誇示することしかしない――それが、おまえの敗因だ」