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弱者の知恵

 おまえは闘わないのか。


 そう挑発されたアリスは、無言で麗=ジオールドを睨みつける。


「……」


「アリス。挑発に応じてはなりません」とルナリア。


「一人、傍観者でいることを恥じる必要はない」


 と、マリー。続けて、


「おぬしの実力は、儂がよく知っている。だがコイツを相手にするには――絶対的に、相性が悪い」


「そうです。この闘いに必要なのは、攻撃力よりも、防御力。対人戦闘スキルに特化した貴女は、防御が薄い――ジオールドの攻撃がかすっただけでも、致命傷を負いかねません」


「そんなこと。言われなくても――わかってるわよ」


 押し殺した声で、アリス。


「私が戦闘に加わったところで、その怪物相手じゃ足手まとい以下かもしれない。ジェンカたちと違って、盾にもなれやしないもの」


「……悔しいのは、わかります。ですから、そのままそこに――」


 ルナリアの言葉の途中で、アリスがレイチェルを振り返った。


「ごめんね。一人にするけど、大丈夫かしら?」


「……アリスさんも、旧神竜と闘うのです? 大丈夫なのです?」


「この国に来てから覚えた言葉なのだけど。当たらなければ、どうということはない――ってね。だいじょーぶ、だいじょーぶ。私の防御力は紙だけど、回避技術は最強クラスだから! じゃなきゃ暗殺者なんて務まらないっての」


「あ、暗殺者だったのですっ?」


 アリスの経歴を知らないレイチェルが、驚く。


「まあね。しかもカミルの元部下よ。聞かれなかったから、あえて教えなかったけど――まあ、そういうわけだから」


 アリスが、レイチェルを残して防御結界から出る。


「アリスッ!?」とルナリアが声をうわずらせた。


 その雇い主の声などまるで聞えていないというように、アリスが振る舞う。


「さて、悪趣味な格好の旧神竜さん。麗ちゃんの身体から、出て行ってくれるかしら? 今なら、見逃してあげてもいいけど?」


 アリスがしっかりとした足取りで、ジオールドへと近づいていくが、よく見れば膝がわずかに震えている。


「アリス! 雇用者として命じます、控えなさい!」


 ルナリアの命令に、しかしアリスは振り向きすらしない。


「嫌よ。ルナリアこそ、下がってなさいな。そんなへろへろの状態で、何ができるというの?」


 一瞬だけ、ちらりとアリスがルナリアを見た。

 その覚悟の瞳に、ルナリアがアリスの行動の意図を察する。


 私が時間を稼ぐから。あとは、わかるわね――と。


 ドロイドである紫音やジェンカはともかく、生身の人間のルナリアとマリーの疲労はかなりのものだ。

 攻撃が直撃すれば即死の可能性さえある麗=ジオールドと、一時間、闘い続けているのである。疲れないはずがない。

 そして疲労は集中力を削ぐ。集中力が落ちれば、攻撃を避け、防ぐのをミスする可能性が高くなる。

 その結果は、死でしかない。


 外から戦闘を見続けていたアリスは、すでにルナリアとマリーが限界に近いと感じていた。

 故に。勝ち目がないとわかっていながらも、闘いに臨むのだ。


「もう一度命じます! 下がりなさい、アリス! 命令が聞けないのであれば、解雇します!」


 ルナリアの声に、アリスはひらひらと手を振ってみせた。


「クビでいいわよ。このまま、私だけ何もしないでいるなんて、練が帰ってきたら合わせる顔がないもの……ルナリアも紫音も、学院長も、引っ込んでいて。ここは、私一人で充分だから」


「大きな口を叩くのじゃな、武器すら持たぬ娘よ? 大言の報い、受ける覚悟はあると見た。さてさて、では試させてもらうのじゃ!」


 嬉しそうに、麗=ジオールド。挨拶がわりと魔力弾を一発、いきなり放つ。

 ルナリアたちに撃ったものの半分ほどの大きさ。威力も劣りそうだが、それでも直撃したら人間など軽く消し飛ぶに違いない。


「その程度!」


 アリスが右から左へと手を振る。その動きに合わせて、魔法記述光跡が流れ、一瞬で十数本の魔法刃(まほうじん)が出現した。

 一本一本が一メートルほどの長さがある、ロングソードタイプだ。


「刃精製魔法には、こういう使い方もあるのよ!」


 オーケストラを指揮するように、アリスが両手を振った。

 シャンッと金属質な音を放ち、十数本の魔法刃がアリスの前で格子状に並ぶ。まるで盾だ。


「そんな急増の盾で防げるものでないのじゃ!」


「まともに受け止める気なんてないわ!」


 アリスがその場にしゃがみ込む。格子状の刃の盾が、アリスのほうへと傾き倒れる。

 斜めになった刃の盾。その傾斜の上を麗=ジオールドの魔力弾が滑り、勢いそのままに軌道が逸れて後方へとすっ飛んで行く。

 魔力弾が校舎の四階の角に命中、炸裂。閃光と化す。

 そこにあった教室が丸ごと消し飛んだ。


 振り返ったアリスの目が丸くなる。


「うっわ、えげつない威力っ。当たったらどうしてくれるのよ!」


「ふふん。当たらなければどうということはないのじゃろ?」


 小馬鹿にするように、麗=ジオールド。アリスがにやりと笑って視線を麗=ジオールドに戻す。


「ええ。まったくその通り……ね!」


 アリスに、魔法を使う気配。だが魔法記述光跡は見あたらない。


「なるほど!」と紫音がアリスの意図に気がついた。


 直後。麗=ジオールドオ背後の地面に転移の魔法陣が発生。

 アリスの姿がかき消え、麗=ジオールドの後ろに転移する。


 手にした一振りのナイフサイズの魔法刃を、アリスが後ろから麗=ジオールドの頸筋に当てる。


「そして。貴女が強力な防御障壁を展開していようが、中に入っちゃえばこっちのものよ」


 アリスはルナリアたちと麗=ジオールドの戦闘を観察して、理解していた。


 刃がルナリアの背ほどもある聖剣セレブレイト、柄の長さがマリーの背をはるかに超える宝鎚キングクリムゾンの間合いは、接近戦としては長い。

 結果。防御障壁の外から攻撃をする他ない。

 だが麗=ジオールドの防御障壁は強固で、聖剣であっても宝鎚であっても、簡単には突破できない。

 麗=ジオールドが攻撃を放つ際、その部分のみ防御障壁に穴が開く。間合いの広い武器を持つルナリアとマリーの戦闘スタイルでは、そこを突くしかなかった。


 だが、アリスは違う。武器の魔法刃のサイズ、出現と消滅も自由自在。


「私がその気なら、今。貴女は致命傷を負ったわよ? 麗ちゃんには悪いけどね」


 に、とアリスが笑みを浮かべる。

 にやりと麗=ジオールドが意味ありげに笑った。


「弱者の知恵、あなどれぬのじゃ。褒めてつかわす。じゃがの――」


 ふっと麗=ジオールドの姿がかき消える。


「ぬし程度にできることは、当然、我輩にもできるのじゃ」


 アリスの真後ろで、麗=ジオールドの声。頸筋(くびすじ)に触れた冷たい感覚に、アリスが身震いする。


「ひゃっ」


「さっそく借りは返したぞ? 我輩がその気であれば、ぬしなど今頃蒸発しておるのじゃ」


「やってくれるわね! それなら!」


 再び即座に、アリスが転移魔法を行使した。麗=ジオールドの真後ろ、アリスの立ち位置からわずか一歩分。極めてショートレンジの転移魔法だ。


「これでどう!」


「ほう? なれば、こうじゃ」


 アリスが魔法刃のナイフを構えるよりも先に、麗=ジオールドの姿が消える。再び転移したらしい。


「逃がさないんだから! 後ろの取合いなら、望むところよ!」


 アリスも再び、転移魔法を行使する。

 先に出現したのは麗=ジオールド。先ほどアリスが立っていた場所より一〇メートルほど後方だ。


「んー? おらぬのじゃ」


「後ろよ! ちょっと距離を読み違えた!」


 麗=ジオールドの背後、数メートル。そこにアリスが転移で現れる。


「なんと。そこじゃと我輩の防御障壁の外じゃな」


「わかってるってば!」


 繰り返してアリスが転移魔法を使用し、姿が消える。


「背後を狙うなぞ、わかりきった手じゃの!」


 麗=ジオールドがその場で振り返り、魔力弾の用意をする。

 しかしそこに、アリスは現れない。


「今度は読み勝った!」


 麗=ジオールドが振り返るのを想定し、アリスは真正面に転移した。


「ごめん、麗ちゃん! 怪我は必ず治してあげるから!」


 アリスが魔法刃のナイフを麗=ジオールドの首めがけて振るう。


 職業暗殺者だったアリスの攻撃は、鋭い。並の人間には避けられるようなものではない。

 だが、相手は身体こそ人間でも中身は違う。


「甘いのじゃ」


 指二本で、アリスの魔法刃ナイフを麗=ジオールドが挟んで止める。そして逆の手には、先ほど撃とうとした魔力弾。


「洒落にならないわよ、それは!」


「端から殺し合いをしておるのじゃなかったかの!」


 アリスはためらわずに転移魔法を発動させた。

 二〇メートル以上離れた場所に現れる。


「読み通りじゃ!」


 アリスが現れたと同時に、正確な狙いで麗=ジオールドが魔力弾を放った。


「ちっ!」


 舌打ちしたアリスが、魔力弾めがけて手にしていた魔法刃ナイフを鋭く投げる。


 アリスの投げた魔法刃ナイフと、麗=ジオールドの放った魔力弾が、二人の中間地点で衝突。

 魔力弾が炸裂する。

 巨大な球形の熱閃光が発生し、周囲を焼き尽くさんと広がる。


「強力ならいいってものじゃないのに! ああもう!」


 走って逃げられるような時間はない。アリスは転移魔法を使った。

 ジオールドの横方向、かなり離れた場所にアリスが出現する。 


「……魔力もそろそろ厳しいのにっ」


 アリスが使った転移魔法の回数は、これで六回。

 転移魔法は魔力効率が悪い魔法だ。

 一回で、およそ五〇の魔力を消費する。

 空間を移動するという性質上、距離に消費魔力はあまり関係ない。

 例外として大魔力を必要とするのは、この世界とブリタリアのある世界を移動する、異世界間転移魔法のみ。

 同じ世界の中であれば、近距離だろうが遠距離だろうが、転移魔法が消費する魔力は同じだ。


 アリスの全魔力量は、およそ四〇〇。ブリタリア人の平民にしては多い。

 だが、王族であるルナリアの四〇〇〇超、マリーの約三〇〇〇、ドロイドの紫音の一八〇〇と比べれば、麗=ジオールドのような魔力の怪物を相手にするには、絶望的に少ない。


 そして、その四〇〇の魔力は、六回の転移魔法で三〇〇ほど消費した。最初に麗=ジオールドの魔力弾を防ぐ剣の盾に二〇ほど魔力を消費したため、残り、およそ八〇。


 強力な魔法の一回で八〇程度の魔力など空になる。厳しい状況だ。

 だが、アリスの顔には笑みが浮かぶ。


「行くわよ、旧神竜! これが私のラスト一発!」


 アリスが両手を麗=ジオールドに向けてかざす。


「ほう! 何を見せてくれるのじゃ? いいじゃろう、いかなる一撃だろうが、受けきってみせようぞ!」


 麗=ジオールドが腕組みをして、どっしりと立つ。


「じゃあ、ちゃんと受けきってみせなさいよ!」


 アリスの掲げた両手から、大量の魔法記述光跡が迸る。

 無数の光の線が麗=ジオールドへと走り、そして絡みつく。


「何じゃ? 攻撃ではないのか?」


 麗=ジオールドが違和感を覚えたらしい、その直後。

 魔法記述光跡が実体化し、ワイヤーに転じる。複数のワイヤーの先端が次々と杭のようになり、地面に突き刺さった。

 刺さった地点に、小型の魔法陣。ただ刺さったのではなく、魔法的に固定されたのだ。


「何じゃ、つまらん。ただの拘束魔法とはの。こんなもの――」


 麗=ジオールドの全身が紫色の魔力光を放つ。

 魔力光が明るさを増したのは、ほんの一瞬。すぐさま明るさが不安定になり、そして消えた。


「……む? 何なのじゃ、これは。ただの拘束とは違うようなのじゃ」


「練のオリジナル、魔法効果(アンチマジック)魔力還元(カウンターマジック)の応用よ! その拘束魔法(バインド)は、対象が破ろうとして使う魔力を吸収、自動で拘束力を強化する! あんたが魔力で逃れようとすればするほど、逃げられなくなるって寸法よ!」


 ぐっとアリスが拳を固めた。そして、声を張る。


「さあ、ルナリア! たっぷり時間は稼いであげたわよ、後は任せた!!」


 アリスと麗=ジオールドは、転移勝負を繰り返した結果、グラウンドの隅にいる。

 そして今の間に、ルナリアたちは全員、校舎前のレイチェルの傍に移動していた。


「心得ています」


 ルナリアの声は、決して大きくはなかったが、音声伝達の補助魔法を使っているようで、距離の離れたアリスにも、麗=ジオールドにも聞えた。


「なにっ?」


 身動きできない麗=ジオールドが、首だけでルナリアを見やる。


 ルナリアは身体を捻り、聖剣の切っ先を後ろ斜めへと向けていた。

 自身の前方に、魔力砲身を展開させて。

 魔力砲身の底には、白い高圧縮魔力砲弾がすでに発生している。


月穿ち(ルナティックバスター)


 先日。竜体のジオールドの翼を三分の一もぎとった、魔力四〇〇〇を要する熱閃光魔力砲撃魔法。

 直撃すれば、竜体のジオールドすら、ぎりぎりだが滅ぼせるとグロリアスに評された、ルナリアの切り札。


「その位置ならば。貴女を捉えた砲撃は、学院島の設備こそ破壊しますが、他に被害をもたらすことなく、そのまま東京湾を抜けます」


 先ほどアリスが麗=ジオールドの横に転移したのも、魔法の射線を確保するためだ。

 時間稼ぎの意図を示せば、ルナリアなら最後の一撃の準備を必ずする。そう信じたからの、一連のアリスの行動だった。


 麗=ジオールドが愉快げに笑みを浮かべる。


「我輩ともあろうものが、一杯、喰わされたのじゃな。しかし、じゃ。そんなものを直撃させたら。さすがの我輩でも、この娘ごと蒸発しかねぬぞ? よいのか?」


「言ったはず。たとえ肉体が失われていても、死者を蘇生させる方法は、あると」


「……ぬしは、正義を気取る宗教者どもから異端として忌み嫌われ、国を追われ、果ては命を狙われることになるのじゃろ、その時は」


「覚悟など、とうに出来ています。だから、旧神竜。貴女も覚悟なさい。そして、練さまに喧嘩を売った愚かさに、後悔を!!」


 斜め後方に構えた聖剣セレブレイトの刀身が、魔法の輝きを放つ。


「輝け、セレブレイト! 輝きよ、月を穿てッ!!」


 ルナリアが咆吼と共に聖剣を振り抜いた。

 三日月状の魔法の剣閃が、魔力砲身の底を切り裂き。


 そして『月穿ち』は発動した。

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