ぐうたら王女ソニアと切れ者王子カミル
「くっくっくっ、言った言った、ルナリア、よく言った! 練くんのあの呆けた顔ったら!」
金糸の微細な刺繍が縁取りとして施された白いシルクのローブを纏った、白銀髪に蒼い目の女が、テーブルに置いて覗き込んでいた水晶球を、笑いながらパンパンと平手で叩いた。
水晶球はジェンカが見たもの、聞いたものを伝えている。
ソニア・ソード=ブリタリア。
ルナリアの姉にして第一王女、希代の魔法道具師にして精神操作系魔法の達人。
好きなものは娯楽全て。嫌いなものは帝王学と政治学、経済学、統治学、関連するもの全部。
そして。ブリタリア王国、王位継承権第一位。
ただし、多くの臣下に王位継承を望まれていない。
ソニアが王位を継げば、王国が傾くとさえ噂されている。
「ドロイドの視界の盗み見ですか、ソニア姉さま。ご趣味が悪い」
聞き慣れた少年の声を背中で聞き、ソニアは肩に掛かった長い髪を払って振り返りつつ、すいっと指で水晶球をなぞってジェンカとの接続を切る。
「弟よ。妙齢の姉の部屋に伺いもなく入室するのも、たいがい趣味が悪いわよ?」
ソード=ブリタリア家の血筋の証、白銀の髪に蒼い瞳を持った声変わりもまだの美少年が、仰々しくソニアに礼をする。
「ドアが開いておりましたので。このカミル、いたく反省いたします」
「あら、そ。ドア、開けておいた覚えはないけれど――ま、いいわ。許したげる。で、用は何かしら? 厭みを言いにわざわざ来たんじゃないでしょう、カミル?」
カミル・ソード=ブリタリア。今年で一二歳になるソニアとルナリアの弟で第一王子。
王位継承権第三位。綺麗すぎる顔立ちのカミルが、困ったように微苦笑を浮かべた。
「ソニア姉さまも意地の悪いことを仰りますね。そういじめないでくださいよ、僕を」
「別にいじめているつもりはないけれど――ね。で?」
カミルの微苦笑から苦みが消える。柔らかい微笑だが、瞳だけは笑っていない。
「ルナリア姉さまのことですよ。魔法未開の僻地の学校なんかに留学し、命の恩人とはいえ、現地人の騎士になりたいだなんて、いったい何をお考えなのでしょうね」
――あんた。ルナリアが戻らないほうが好都合のくせに。
ソニアはそう思いながら、にっこりと笑んでみせる。
「そりゃあの子は、彼にべた惚れですもの。命の恩人とか、そんなのはもう関係ないのよ」
「恋ですか。それは素敵なことなのかもしれませんが、一時の感情に流されるのは王族にふさわしくはないのではないでしょうか」
「一時の感情――ね。カミルが言うところの一時の感情で、魔法は基礎しか知らず、剣など触れたことさえなかった人間で、たった三年で聖騎士の位を賜れるほどの修練に耐えられる人間が、この国に……いいえ、この世界に、いったいどれだけいるのかしらね」
む、とカミルが黙り込む。数秒の沈黙の後、口を開く。
「三年で素人が聖騎士になるのが常軌を逸していることくらい、僕にもわかります。ただ、何度も死にかけるような修練を、たかが男一人のためにするのは、理解しかねますが」
くす、とソニアは笑いをこぼした。
「それは女を知らないだけよ。女は惚れた男のためなら簡単に命をかけるわよ?」
「にわかには信じられない話です、それこそ」
「私もカミルも、もちろんルナリアも。誰が、命がけで生んだのかしら?」
あ、とカミルが気付いたような顔をした。
ばつの悪そうな表情になる。
「――そういうことなら、わからなくもありません」
ソニアもルナリアもカミルも、現ブリタリア王の正室、王妃の子である。
だが、王妃はすでに故人だ。カミルを生んで一年も経たずに亡くなった。
だから、カミルは母を知らない。
――そのせいかもしれないのよね、この子が女を下に見て、権力欲ばかり強いのは。
「まあ、まだ一二にもならないカミルに理解れなんて言わないわ。だから、ルナリアのことは――放っておくように。いいわね?」
念を押すように、ソニア。
カミルの表情が、当たり障りのない愛想笑いに戻る。
「嫌ですね、ソニア姉さま。姉の恋の邪魔なんて、しませんよ」
「……そういう意味で言ったんじゃないけれどね――ま、それならそれでいいけれど。まだ用はあるのかしら?」
「いえ。ルナリア姉さまの決意の固さが、何となくですがわかった気がしますので、今日はこれで。それでは失礼いたします」
一礼してカミルが部屋を去って行った。
ドアが閉められた後、ソニアは、べーと舌を出した。
「どうせ何かするんでしょ、あんた。三年前のように」
三年前、ルナリア暗殺を命じたのがカミルだと、ソニアは考えている。
証拠は何もない。
この弟ならやりかねないと思うだけだ。
三番目に生まれてきた、それだけで王位継承権が第三位ということに納得するような少年では、決してない。
「――私は王なんてなる気はないし、ルナリアだってきっとそう……でもね。あんたに王位はやらないわ。絶対にね。父さまの次に玉座に座るのは、たぶん――」
ちらりとソニアは水晶球に目をやった。
「気が早いわね、さすがに」