学院島の激闘、一方その頃――
一発はマリー。一発はルナリア。一発は紫音。
最後の一発は、ジェンカたちが標的だ。
ジオールドの放った魔力弾が、ターゲットに襲いかかる。
「その程度!」
マリーが鉄槌の打撃面に、円形の防御魔法を発生させた。ハンマーを振り回し、防御魔法のある面で飛来する魔力弾を弾き飛ばす。
弾かれた魔力弾が空高く飛ばされ、爆発した。
強烈な閃光と爆風が荒れ狂う。
竜巻の最中のような状況でもルナリアは姿勢を崩さす、襲い来る魔力弾へと聖剣を振るう。
「魔法構成もろとも切り裂け、セレブレイト!」
魔力弾を一刀のもとに両断。二つに割れた魔力弾がルナリアの左右を通り過ぎ、崩壊して爆発することなく魔力に戻る。
「……僕の防御魔法じゃ防げないな、これは。仕方がないか」
紫音は早々にあきらめの言葉を吐いた。だが、表情は絶望していない。
右手で左腕の上腕を掴み、紫音が強引に左腕を肩から引き千切った。ドロイドゆえに、出血などしない。人工の骨の断面は木材に似ていて、血管や神経の代わりに銀製と思しき金属線が垂れる。
「重力崩壊設定、一秒後」
言葉と共に、紫音が引き千切った左腕を魔力弾に投げつけた。
直後。左腕がでたらめに形状を歪めて消失する。
ぽつんと出現した小さな黒い点に、巨大な魔力弾が吸い込まれて消えた。
紫音は、迷彩機能の一つとして重力制御ができるように造られている。その応用だ。
左腕を犠牲に、極めて小さなブラックホールを発生させたのである。
最後の一発の魔力弾に狙われたジェンカたちは、効率を最優先させた。
「ジェンカは下がるのデス。ここはジェンカが引き受けるデス」
「お願いするのデス」「任せるのデス」
一体のジェンカが魔力弾に向けて駆け出し、他の二体は全速で逆方向に離れる。
「限定解除デス」
魔力弾に立ち向かうジェンカの身体が、紅い魔力光を放つ。フルパワー、リミッター解除状態で、ジェンカが魔力弾と激突した。
「ふんす、デス!」
爆裂しようとする魔力弾をジェンカが両腕で抱え込む。
一瞬でメイド服が燃え上がり、人形然とした球体関節の身体が露わになる。陶器に近い質感の全身の肌に亀裂が走るが、それでもジェンカは魔力弾を離さない。
「防御障壁展開、最大出力デス!」
魔力弾とジェンカを包み込むように、魔法記述光跡が発生し、防御障壁魔法が発動した。
直後。魔力弾が爆裂する。
校舎を丸ごと消し飛ばせる威力の魔力弾を、ジェンカの防御障壁では完全に防ぐことなど不可能だ。
だが、それでも威力の半分以上を封じ込め、グラウンドに巨大なクレーターが生じただけで済む。
グラウンドの土が大きく抉れ、下の鉄板までもが破れた爆心の跡に、ジェンカの姿はない。
退避していたジェンカが、クレーターの縁にまで戻る。
「立派な最期だったのデス」「後は任せるのデス」
全ての魔力弾を、完全ではないが防がれたジオールドが、声を上げて笑った。
「かかかかッ! よいのじゃ、ぬしら! 予想ならばドロイドどもは全滅だったのじゃが、腕一本と一体のみか!」
紫音が残った右手で頬をかく。
「……重力制御魔法の護符が入った左手を失った僕としては、大損害だけどね」
「ジェンカは一体消耗により、戦力が三十三パーセント、減少したのデス」
「犠牲となったジェンカのためにもジェンカは最期まで抗うのデス」
ジオールドが、満足げに頷く。
「その心意気や、よいのじゃ。作り物にしておくのがもったいないのぉ……」
ぐるりと首を大きく動かし、ジオールドが斜め後ろへと視線を向ける。
「そこの娘。まあ、子供は致し方なかろうが――ぬしは、我輩とは遊んでくれぬのか?」
ジオールドの視線の先。グラウンドの隅に張られた防御結界の中。
そこには、背後にレイチェルをかばい、唇を噛んだアリスの姿があった。
中央ブリタリア王城、謁見の間の一つ。
時間経過を知った練は、険しい表情になる。
「二十四時間以上……もう、ジオールドは現れたんですか」
「ええ」とソニア。「紫音からリアルタイムで情報が送られてきているわ。すでに戦闘開始から一時間が過ぎ――たった今。紫音が左腕を失い、ジェンカが一体、消滅したわ」
道長が顔色を変え、うろたえる。
「江井の腕が、どうしたって? ジェンカって、ルナリアさまのあのメイドだろ、消滅って、いったいっ? 何が起きているというんだ、黒陽! 僕にもわかるように説明しろ!」
「簡単に言うと、俺の従妹に旧神竜ジオールドの精神体が憑依し、俺に喧嘩を売った。今日、直接対決すると一方的に約束させられていたんだが、結果的に俺は、その約束をすっぽかしている最中だ」
道長がきょとんとする。
「旧神竜? ジオールド?」
「ああ、そういえば。おまえは知らなかったな、三条院。旧神竜というのは、そうだな……要は『世界を滅ぼしかねない災厄』だ。五〇〇年ほど前、この世界のアイルランド島が、奴に消し飛ばされている」
「お、大事じゃないか! 何でそんなものに、おまえが喧嘩を売られるんだっ!?」
「何でって」
言いかけて、練は気がついた。
道長は、ジオールド召喚事件に利用された当人だが、ジオールドそのものは目撃していない。
ジオールドが出現する前に、召喚魔法の余波で現れたブラックドッグに飲まれ、異次元に落ちていたからだ。
(説明するのも面倒だろ。時間もねえ)
そうだな、と思念でグロリアスに同意し、練は話題を元に戻す。
「そんなことより、ソニア王女。ルナリアさんや学院長、アリスやレイチェルは無事なんですか」
「お、おい。説明がまだ……いや、それどころじゃないのは、僕にもわかる」
道長が挟みかけた口を閉ざす。多少は空気が読めるらしい。
ソニアがちらりと道長を見てから、視線を練に戻した。
「被害は今のところ、さっき言った通りよ。でも、戦闘が長引いたら……大魔力を誇るブリタリアの王族であっても、さすがに旧神竜の無尽蔵の魔力の前には、限界があるわ」
「わかりました。では、俺も大急ぎで向こうに行きます。転移は、お願いできますか?」
「もちろん! でも――対策案は、あるの? 相手は、練くんの従妹の身体を使っているのよね?」
「仮に肉体が消し飛んでも蘇生する方法はあると、ルナリアさんからは聞きました。もっとも、それをしたらブリタリア聖教からは異端扱いされ、この国に居場所がなくなるとも」
前に練は、グロリアスから不死についての話を少しだけ聞いたことがある。
その時にも、そうした不死に関する魔法は研究するだけでも異端扱いで、国を追われると教えられた。
死んだ人間を生き返らせる。
それはやはり、人に許された範疇ではない、ということなのだろう。
「……そこまで聞いているのね。私としては、その事態は避けたいのよ。この事態を招いた馬鹿な弟でも、そんなことになったら責任を取りきれないもの」
ソニアが心底、困ったというような顔になる。
「そうならないよう、俺には手があります。時間が惜しいので単刀直入に言いますが、紅石の繭製造の魔法、この場で見せて欲しいんです」
紅石の繭。大魔力の塊であるルナリアの紅い涙を納めた、紫音の動力源だ。
ルナリアの髪で出来た、カイコガの繭に似た魔法道具である。
「どうして紅石の繭の製法を知りたいのか、わからないけれど。理由は聞かないわ、信用しているから。けれど、手元にルナリアの髪がないから完全な実演にはならないわよ?」
「構いません。魔法記述光跡の術式さえ見せてもらえれば」
「わかったわ。じゃあ、見せるわね」
ソニアが一歩、後ろに下がった。胸元で、球体を持つように両手を構える。
その右手と左手の間に、魔法記述光跡が発生した。練の使う極微細魔法記述光跡ほどではないが、魔力の線は細く、記述は緻密だ。
かなり複雑で高等な魔法の証拠である。
「ありがとうございます、理解しました」
練は一目で、紅石の繭の製法を理解した。
ソニアの目が丸くなる。
「え? これ、まだ魔法構築の途中なんだけれど」
「大丈夫です、その先もわかります。俺が考えていたやり方とおおむね一緒でしたから」
「理解したって、何をだ!? 僕には何もわからなかったぞ!?」
練とソニアのやりとりを見ていた道長が、話題についていけずに慌てふためいた。
「この程度、誰でも――いや」
誰でもわかるんじゃないのか、と言いかけて、練は口を閉ざした。数秒考えて、口を開き直す。
「わからなくても、恥じゃない。何せ、これはソニア王女の構築なされたオリジナルの魔法だからな。俺が理解できたのは、同じ系統の魔法を研究していたからだ」
「な、なるほど……王女殿下のオリジナルならば、僕に理解できずとも不思議はないか。了解した!」
納得したのか、晴れやかな顔になる道長。
(今のあしらい方は上手かったじゃねえか、練)
――俺も多少は空気を読めるさ。それよりも……
(ああ。ソニアの術式で、裏付けはとれた)
練とグロリアスは、同時に念じる。
――ジオールドに勝てる、俺たちは。
(勝てるぜ、俺たち。ジオールドに)
練の顔に、自然と自信の色が浮かぶ。
それを、ソニアが頼もしそうに見た。
「練くん。悪いけど、今回も世界を救ってくれる?」
「俺が助けに行くのは、仲間です。世界を救うのは、そのついでということでよろしければ」
「充分よ。それじゃ、大急ぎで異次元間転移の準備にとりかかるわね!」
「お願いします」
――すぐに行くから。みんな、もう少しだけ持ちこたえてくれ。