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謁見の間、一方その頃――

 練は肉体の存在感を確かめ、大きく深呼吸した。

 脈など測らなくてもわかる。確かに心臓は拍動し、床に足がついている。

 上下左右もわからず、肉体の存在も感じられない、あの異次元ではなく、ここは慣れ親しんだ空間だ。

 慌てることなく、練は、ほっと息をつき直す。


「転移、成功だ」


(ま、当然だな)


「ここは、どこだっ? 西洋の屋敷、いや、城の謁見室かっ? って、何でブラックドッグがいるんだっ!?」


 練の隣で、三条院道長が慌てふためく。

 練たちの背後に、魔法の鎖で拘束された真っ黒い異形――ブラックドッグがいた。拘束具で無理矢理、口を大きく開かされていて、喉の奥にはあの異次元と思しき不確かな景色が見える。


「僕が転移魔法を使うための目印(ビーコン)代わりに用意したんだろう」


 ブラックドッグの体内は、あの異次元に通じている。

 すなわち、ブラックドッグに口を開けさせれば、この世界とあの異次元がつながる。

 それは大海原にぽつんと浮かぶ浮き輪同然だが、練にはそれで、充分だった。

 目印さえあれば、時間も距離も存在しないあの空間から、この世界への転移など、出来て当然。

 練とグロリアスはそう考えていたからこそ、何も慌てはしなかった。


「……ですよね、ソニア王女殿下?」


 練は改めて、少し離れた場所に立っているドレス姿の女性に声をかけた。

 白銀の髪に、蒼空色の瞳。それはソード家の血筋の証。

 ルナリアよりも数歳は年上という風貌は、練も写真で見たことがあった。

 ソニア・ソード=ブリタリア。

 ブリタリア正統王家の第一王女、王位継承権第一位。


「その様子だと、予想していたみたいね、こっちでブラックドッグを目印に召喚するのを。ほんと大した子よね、練くんは。用済みだからそれは召喚解除しちゃいましょ」


 ぱちんとソニアが指を鳴らす。

 ブラックドッグが、拘束の鎖もろともあっさり消滅した。


(おー。なかなかの手際だな)とグロリアスが感心する一方、


「ソニア王女殿下あっ?」


 道長が声を裏返した。練はぺこりと頭を下げた。


「騒々しくしてすみません。作法もわからなくて、どう挨拶をしたらいいものか……」


(王族に謁見する場合。まあ普通は(ひざまづ)いて頭を下げるわな、謁見相手が面を上げよとか許可するまで)


「三条院、こういう時は跪くのが正しいらしい」


「そ、そうだな!」


 何を勘違いしたのか、道長がその場で勢いよく土下座した。


「お、王女殿下にはご機嫌麗しく!」


「…………間違ってるぞ、三条院」


「なにっ?」


 くすくすとソニアが楽しそうに笑った。


「ああもう、そういうのは別にいいから。とにかく無事でよかったわ、練くん。それと……誰?」


「彼は三条院道長と言います。先日のブラックドッグ大量出現の際に、行方不明になった唯一の生徒の」


「ああ。そう言えばいたわねえ、そんな子。土下座はもういいから、顔をあげなさいな」


「は、はいいっ! ありがたく、ご尊顔を仰がせていただきます!」


 がばっと道長が顔を上げた。

 にっこりとソニアが微笑み、当然のように言う。


「練くんに助けてもらったこと、一生、恩に着なさいよ?」


「王女殿下のご命令とあらば、僕は彼を、生涯の友といたしましょう!」


 練は、顔の前で片手を左右に振った。


「いや、そこまでは言ってないと思うが」


「そこまでは言ってないけれど。そうね、練くんは変人だし、君みたいな別の意味での変な子の友達くらいは、いたほうがいいわね、きっと」


 道長が、だんっと床を蹴るようにして立ち上がると、練の片手を両手で握った。


「友よ! 長らくノウ無しと馬鹿にしてすまなかった! 正直に言うと、僕は君の才能にどうしようもなく嫉妬していたんだ!」


 道長の変わり身の凄さに、普段は滅多に動揺しない練だが、さすがに軽くうろたえる。


「あ、ああ。ノウ無しは事実だから、謝らなくてもいい。それに、嫉妬されるほどの才能は、俺には――」


(あるんだって。いい加減、自己評価を改めろ)


「ないわけないだろう! 君は一度、自分をきちんと評価し直すべきだ!」


 グロリアスと道長の意見が合致し、練は気圧された。


「お、おう。考えておく……それよりも、ソニア王女殿下。念のため確認しますが、ここはブリタリアですよね?」


「ええ、そうよ。中央ブリタリア城の、幾つかある謁見の間で、一番、小さなところ。竜滅の英雄を招くのだから、もっと大きな部屋を用意したかったのだけれど。君が転移してくるまで、ブラックドッグをおいておかなくちゃいけなかったから。最悪、吹っ飛んでも困らないこの部屋しか、使えなかったのよ。ごめんね」


 恐縮したように微苦笑するソニア。

 転移してくるまで。そのソニアの言葉が、練は気になった。

 ブラックドッグを召喚して目印にするという案を実行に移すまでの時間経過、そしてその後に練が転移するまでの時間経過。

 もしかしたら。何もかも手遅れになっているかもしれない――


「いえ、部屋なんて別にどうでもいいんです。それよりも、ソニア王女殿下。あれから(・・・・)どれだけ(・・・・)、時間が過ぎたんですか?」


 ソニアの表情と口調が、固くなる


「ほぼ二四時間が経過しているわ」


 丸一日が、過ぎていた。





 練がブリタリア世界に帰還した頃。

 そのことを誰一人、知らず、学院島では闘いが続いていた。


 戦闘開始から、およそ一時間。

 整地し直されたグラウンドは、隕石に晒され続けた月の裏側のような有様だ。


 紫の魔力光で瞳を輝かせた麗=ジオールドが、実に嬉しそうに声を張る。


「いやいや、あなどっておったわ! ぬしら、よう闘うのじゃな! 褒めてやってもよいのじゃぞ!」


「褒めなくても構いません、さっさとその身体から出ていきなさい!」


 全力で斬りかかりながら、ルナリア。

 渾身の斬撃が、見えない何かに阻まれる。


「防御障壁!」


 ルナリアが歯がみする一方、麗=ジオールドは余裕の表情。


「当たれば致命傷じゃぞ、その一撃。死んだらどうするのじゃ、まったく」


「その時は、蘇生魔法でいかようにも!」


 ルナリアが、振り抜いた聖剣の勢いそのままに、ぐるんと身を翻してさらなる斬撃を放つ。

 その切っ先も、防御障壁に阻まれ、麗=ジオールドに届かない。


「もらったあッ!!」


 背後からハンマーを振りかざし、マリー。

 炎と電光を絡めた鉄槌が、落雷の勢いで落ちる。

 直撃。そう見えたが、鉄槌はやはり、麗=ジオールドの頭上で止まる。

 打撃の衝撃のみが防御障壁の外側を伝い、空間が歪んで見え、麗=ジオールドの足下でグラウンドか大きく陥没した。


「人体がぺしゃんこでも、蘇生はできるのか?」


 頭の上の鉄槌を見上げ、麗=ジオールド。


「可能だ! 要らぬ心配などせずに、いっぺん死んでおけ!」


 繰り返し、マリーが鉄槌を麗=ジオールドの防御障壁に叩き込む。

 その度、打撃を受けた障壁に魔力光が静電気のように走るが、それだけだ。


「やれやれ。無駄な努力じゃな」


 打撃が鬱陶しくなったのか、麗=ジオールドが軽く背後に跳躍して距離を取り、魔法弾を発生させた。

 麗=ジオールドが魔法弾を放つ、その一瞬。

 魔法弾を通すために開いた防御障壁の穴に、ルナリアが突撃。巨大な聖剣での片手突き。


 防御障壁の中に滑り込んできた切っ先を、しかし麗=ジオールドは、身を捻るだけですり抜けた。


「惜しい惜しい。じゃがの? その程度が読めぬ我輩とでも

思ったか?」


「ちっ」とマリー。

「くっ」とルナリア。


 ルナリアが聖剣を引き、跳躍して距離を取る。

 マリーがその場に足を止め、鉄槌を構え直した。

 二人とも息が上がっている。これまでの一時間、一瞬たりとも気が抜けない状況で武器を振るい続けた結果だ。

 精神的にも肉体的にも、かなり消耗している。

 対し、麗=ジオールドに疲労の色はない。


「ぬしら、ろくに魔法を使わぬが。温存しとるのか? 斬撃と打撃だけでは、飽きてしまうのじゃ」


 麗=ジオールドの言葉通り、ここまでの戦闘で、ルナリアもマリーも、魔法は自己強化と防御しか使っていない。


 ふぅ、と息を整えて、マリー。


「半端な魔法では、貴様に通じぬとわかっているからな。儂が攻撃魔法を使う時は、一撃必殺。楽しみにしているがいい」


「同じく。私には、貴女でも討ち滅ぼせる魔法がありますので」


 とルナリア。かか、と麗=ジオールドが短く笑った。


「いつぞやの砲撃魔法じゃな! 人が放ったものとは思えぬものじゃった、あれには少しばかり驚かされたのじゃぞ! ああ、しかしじゃ。この身であれを防がず直撃されたならば、肉体は蒸発してしまう気がするのじゃが、それでも、ぬしらの蘇生魔法とやらはこの娘を助けられるのか?」


 黙り込むマリーとルナリア。

 少し離れた場所から、紫音が答える。


「本来、死者蘇生はブリタリア聖教では禁忌なんだけど、今回は、事情が事情だからね。魂さえ残っていれば、死者を復活させる方法がなくもないんだ。だから安心して滅ぶといいよ。まあ、その身体を置いて異次元に帰ってくれるなら、それが一番だけれども」


「ふむ。人の魔法の技術も、なかなか侮れぬの。それはそれで興味深い技術なのじゃ。見てみたくもある。じゃがの――死ぬというのは、存外にしんどい(・・・・)のじゃ。そう度々、滅ぼされるのはごめんじゃな」


 麗=ジオールドの周辺に四つ、魔力弾が発生する。最初の攻防の魔力弾とは、桁違いに巨大だ。

 一つ一つが、麗=ジオールド自身よりも大きい。

 麗=ジオールドはこれまでも魔力弾を攻撃に使っているが、いずれも、これほどに強力な魔力を費やしてはいなかった。


 魔力量計測を機能として持っている紫音が、苦笑した。


「これでまでは、ほんの小手調べってことか。一発当たりの魔力が一〇〇〇オーバーって、ちょっと洒落にならないなあ。校舎が消し飛ぶよ、それ」


「ふっふーん。この程度、我輩には――そうさの、まだまだデコピンとやらの程度じゃ。さあ、気張るがよい! 避けるもよし、耐えるもよし! 何なら、いっぺん死んでみるのもいいのじゃ!! 蘇生できるのじゃろう?」


 麗=ジオールドが、行け、と告げるように片手を振った。

 きゅおっと大気を唸らせて、巨大な魔力弾が一斉に、それぞれが別々のターゲットに襲いかかる。


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