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人の身に宿りし旧神竜

 魔法技術学院の、グラウンド。

 一週間ほど前のルナリアとマリーの激闘の後は、綺麗に修復されている。

 対人型旧神竜の決戦の場として整備されたこの地に、すでに敵は現れている。


 対峙しているのは、二人とドロイド四体。

 すなわち。ルナリアとマリー、そして紫音とジェンカ三体だ。

 アリスとレイチェルは、校庭の隅に張った防御結界の中から、態を見守っている。


 アリスは戦闘に参加するつもりだったが、どうしてもルナリア立ちを見守りたいというレイチェルが主張したため、ルナリアよりアリスは、レイチェル護衛を命じられた。


『貴女の実力を知っての上で、言います。敵の戦闘力は、普通の魔法使い(・・・・・・・)である貴女では、決して防ぐことができません。ですから戦闘には直接参加せず、レイチェルを守ってください。これは雇い主としての命令です』


 雇用者からの命令。

 それを出されては、アリスは従うしかなかった。


 ルナリアたち全員の視線を集め、痴女じみた格好のドラゴンマスク――ジオールドが、不快感を隠さない声で訊ねる。


「黒い太陽どもの女たちよ。主はどうした?」


「儂は、あやつの女ではないぞ。一緒くたにするでない」


 真紅の宝鎚、本物のキングクリムを片手で担いだマリーが、ぶつぶつと不満を垂れる。

 普段とは違い、マリーもルナリアに似た甲冑姿だ。バトルドレスの生地は黒、装甲は真紅。


「……舐めた口を叩くと。黒陽練が戻る前に、儂がぶっ潰すぞ?」


 ぶわりとジオールドの気配が大きくなる。


「ほう。この前とは少々違うようじゃな? だが、我輩が遊ぶと決めた相手は、黒い太陽どもじゃ。三下は引っ込むがよい」


 どおっとマリーの全身から、魔力が炎の揺らめきのように噴き出す。


「……三下? 舐めるなよ、たかが竜の分際で」


「ふん。意気込んだところで三下は三下じゃ。とはいえ――黒い太陽どもと遊ぶ前の準備運動くらいには、なるか」


 白銀の甲冑姿のルナリアが聖剣を構え、一歩、前に出る。


「準備運動をさせるつもりなど、ありません。練さまが戻るまでに全てを終わらせます」


 ルナリアの斜め後ろで、紫音が苦笑した。


「まあ、それが出来ればいいよねぇ。僕としては、練くんの一秒でも早い帰還を望むけど」


 ジオールドが、ドラゴンマスクの下で、笑いをこぼす。


「奇遇じゃの、そこのドロイド。我輩も、黒い太陽どもが早く現れることを期待しているのじゃ。あまり待たされると――」


 突如。ジオールドを中心に突風が起こり、整地されたグラウンドの土にひび割れが走った。


「うっかり、この島くらいならば吹っ飛ばしてしまいそうじゃからの」


 常人ならば直視することすらできぬような、神々しささえ感じさせるプレッシャーを、ジオールドが放つ。

 そんなものに竦むようなものなど、この場にはいない。


 ぶおんと大気を鳴らしてマリーがハンマーを躍るように振り回す。


「この島の長として、そんな真似はさせぬ! 行くぞルナリア!」


「はい、ハンマー公! セレブレイト、固有魔法『トリニティ・ブレス』、起動!」


 ルナリアが聖剣のステータス三倍強化魔法を使用し、地を蹴る。


「ジェンカ、サポート!」


「「「アイ、マム!!」」」


 三体のジェンカの声が揃った。さらに、それぞれがルナリアにかける強化魔法の声が重なる。


「攻性防壁第四階梯、展開」「身体強化第四階梯、起動」「聖剣出力最大補強、開始」


 重ね合わせた強化魔法が光となってルナリアの全身を覆う。


「紫音! おぬしは儂のサポートだ!」


 マリーの声に、紫音が応じる。


「お任せあれ、学院長。攻性防壁、身体強化、第六階梯で展開! おまけで雷撃を付加(エンチャント)しましょう!」


 紫音がジェンカたちより二段階上のレベルで強化魔法をマリーに使った。最後に付加した武器への雷撃効果が、パリッと電光となって鉄槌に(まと)わりつく。


「おまけは余計だが、ありがたく使ってやる! 雷撃による身体の麻痺は、人の身体を使っている以上は多少なりとも効くだろうからの!」


 ルナリアと同じく強化魔法の光を纏い、マリーが先に仕掛けたルナリアに続いた。


「はあッ!!」


 舐めたような態度で棒立ちしているジオールドの頭めがけ、ルナリアが聖剣を振り下ろす。

 それでも、ジオールドは何もしない。


 ギンッと硬質な音がし、ジオールドのドラゴンマスクの上の離れた場所で、聖剣の刃が止まった。

 ルナリアの顔に驚愕の色が浮かぶ。


「なんて強固な障壁ッ!」


「下がれ、ルナリア!」


 マリーの声で、即座にルナリアが後ろに跳んだ。そのルナリアの影からマリーが飛び出し、ハンマーを振るう。


「おらあッ!!」


 ガインッと先ほどより大きな音がし、やはりハンマーも聖剣と同じく宙で見えない何かに阻まれ、停止する。


 か、とジオールドが短く笑った。


「電光を纏おうが、当たらなければ意味などなかろ?」


 ジオールドは自身の周辺に不可視の障壁を展開しているらしい。棒立ちは、その障壁の強度への絶対の自信だろう。


「なるほどな。先日、儂らの武器を破壊したのも、その障壁か」


「そういうことじゃ。ぬしらは、ぬしら自身の膂力(りょりょく)で、得物を壊しただけじゃ。間の抜けたことよの?」


 痛みの酷かった聖剣セレブレイトが半ばで折れたのは、強固な障壁があると気付かずに、ルナリアが全力で聖剣を叩きつけたせい。

 ひび割れの走っていた宝鎚キングクリムゾンが砕け散ったのも、マリーの全力の一撃に、宝鎚が耐えられなかったせいだ。


 マリーが自虐気味の笑みを浮かべる。


「確かに間抜けだ。だがな、旧神竜。今日のキングクリムゾンは、あの時とは違うぞ? こんな障壁ごときに砕ける代物では――断じて、ないッ!!」


 マリーが再びハンマーを障壁に叩きつけた。

 一撃だけではなく、続けざまに何発も連続で打撃を振るう。


「当たらぬのならば、当たるまで振るえばよいだけだ!」


「かかか。そうじゃった、そうじゃった」


 実に嬉しそうに、ジオールド。笑いを含んだ口調で続ける。


「人間は、無駄な努力が好きな生き物じゃったの。決して勝てぬと知ってなお、竜に挑むような、愚かしい生き物じゃった」


「その愚かしいに人間に、二度も滅ぼされたのは! どこの旧神竜だッ!!」


「痛いところを突きよるのぉ。まあ、事実じゃからして、反論などせぬが……障壁を殴られ続けるのも詰まらぬゆえ、反撃くらいはせぬとな?」


 ジオールドの周辺に幾つも、紫色の光球が発生した。

 大きさは拳ほど。しかし感じられる魔力は強い。


「魔力弾ッ? それも追尾式かッ!」


「正解じゃ。早う逃げぬと穴だらけになるぞ?」


「ちっ!」舌打ちしてマリーが大きく後ろに跳ぶ。同時に、多層の防御障壁を展開。

 直後、ジオールドの魔力弾が一斉に放たれる。

 複数の魔力弾がマリーの多層構造防御障壁に着弾。一層、二層と障壁が削られる。全ての障壁が破られるのも時間の問題だ。


「援護しますよ、学院長!」と紫音の声。


 マリーの防御障壁に、強化の補助魔法がかけられた。さらに数層、魔法障壁が追加される。

 離れた場所からの、紫音の支援だ。


「助かる、江井紫音!」


「どういたしまして!」


 マリーと紫音の掛け合い。その間にも、ジオールドの魔力弾は雨のように降り注ぐ。

 楽しそうに、ジオールドが声を張る。


「手も足も出ないことに代わりはなかろうに! ほれほれ、どうするのじゃ!」


「こうします!」


 ルナリアの声。ジオールドめがけ、横から突きの構えでルナリアが突っ込む。


「聖剣でも我輩の障壁は貫けぬぞ?」


「魔力弾を放っている穴があります! 穿て、セレブレイト!!」


 ルナリアが、自身の背を上回る巨大な聖剣で、片手突きを放つ。

 聖剣セレブレイトが白い魔力光を纏い、その魔力光が、刃を中心にしてドリルのように旋転する。

 魔力光のドリルが、何かに阻まれるように宙で押しとどめられた。ジオールドの見えない防御障壁に突き立ったのだ。


「穴を突くのは褒めてやるのじゃ。じゃがの、その程度で――」


 余裕の声のジオールド。直後、魔力光ドリルの先端あたりの空間に、ガラスのようにひび割れが走った。

 不可視の防御障壁に亀裂が入ったのだ。


「その程度と侮っていられますか、これでも――ハアッ!!」


 ルナリアの裂帛の気合い。応えて聖剣が輝きを増し、防御障壁を貫き、突破する。


「なんとおっ!」


 ジオールドが身を捻ったが、聖剣の切っ先を(かわ)しきれない。

 ドラゴンマスクの頬を、魔力光ドリルがかすめ、抉る。

 マスクの一部がはぎ取られた。血色のよい頬が露出する。


「なるほど! あなどれないのじゃ、本物(・・)の聖剣は!」


 ジオールドの拳が、紫色の魔力光が纏う。その拳が、聖剣の刃を殴り飛ばす。

 ガンッと硬質な音がして、聖剣がルナリアもろとも大きく弾き飛ばされる。


「へし折ってやる気だったのじゃが、自ら跳んだか。よい反応じゃの」


 ルナリアが聖剣が殴られる瞬間に跳躍し、打撃の威力を受け流したらしい。

 ジオールドから大きく離れて着地し、ルナリアが聖剣を両手で構え直す。


「その余裕。マスクと共にはぎ取って差し上げます」


「ふむ。さすれば我輩が、このマスクを自らはぎ取ってみせようぞ。ぬしらこそ、驚くでないぞ?」


 ジオールドが破れのできたドラゴンマスクに手をかけ、千切るようにはぎ取った。


 柔らかそうな、ふわふわの長い髪がマスクからこぼれ落ち。

 レイチェルとまったく同じ顔が、現れた。


 瞳を紫色に光らせ、ジオールドがにやりと笑う。


「さて。この身体、ぬしらに傷つけることができるのか?」


 練の従妹、明星麗がそこにいた。

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