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ジオールドを迎え撃つ前に

『レイチェル。今、一人になったね?』


 レイチェルの上着のポケットから、少年の声。

 そそくさとレイチェルは、ポケットからそれ(・・)を取り出した。

 小さな宝石のついた、指輪である。

 その指輪にレイチェルは唇を寄せた。


「はい、カミルさま。レイチェルは今、一人なのです」


 指輪は、通話魔法の組み込まれた魔法道具だ。以前、ルナリアが練に渡して使ったものと同じタイプである。

 通話の相手は、中央ブリタリア王城にいるカミル。レイチェルの婚約者である。


『今から一つ、魔法道具を転移魔法で君に送る。それは必ず、ジオールドとの闘いで黒陽練さんの役に立つはずだから、必ず、彼に渡して欲しいんだ』


「レン先生の助けに、です? それなら必ず、渡すのです」


『ああ。兄になるかもしれない人の一大事だからね。僕も微力ながら、応援したくて。腕のいい職人に護符(アミュレット)を作ってもらったんだよ』


 レイチェルの机の上に、小さな転移の魔法陣が出現した。

 ほどなくして転移の魔法が発動。

 魔法陣が消え、紅い宝石が現れる。

 レイチェルの手のひらにすっぽりと収まるサイズで、やや濁ったように見える色合い。

 宝石の内側に、びっしりと微細な術式が刻まれている。


『それを、できるだけ早く――今日中に、確実に黒陽練さんに渡して欲しい。しかも、二人きりの時に。できるかい?』


 レイチェルは護符を手に取り、両手で包むと胸元で握りしめた。


「できます、です! それがカミルさまとレン先生のためなのです!」


『ああ。僕と黒陽練――さんの、ため。ひいては僕らのブリタリア王国のためになる。絶対に、ね』


「わかりましたです! 必ず渡しますです!」


『ああ、そうそう。それから、僕からの贈り物だというのは、黙っておいてくれないかな。照れくさいから』


「奥ゆかしい方なのです、カミルさまは。わかったのです、内緒にしますです!」


『よろしく頼むよ。じゃあ、また。今度、一緒に甘い物でも食べに行こう』


「はいです! とっても楽しみにしています、です!」


 使命感と共に護符を改めて抱きしめたレイチェルは、気付いていない。

 カミルの声には、かすかに笑いが乗っていたことに。





「ジオールドと一人で戦いたい――だと? 寝言か、それは」


 練の申し出を聞いた直後。一秒も考えることなく、マリーは言い放った。


「……それは。さすがに練さまでも、無謀だと思います」


 ルナリアも困惑の色を隠さない。マリーが被せ気味に言う。


「奴に、コケ(・・)にされたのは、むしろ儂とルナリアだ。今回の迎撃は、雪辱戦! おぬしこそ、遠慮してもらいたいくらいだ」


「はい。練さまのお手を煩わすことはありません。私とハンマー公に、どうかお任せを」


 ルナリアの言葉にも、かたくなさがあった。二人とも練の提案に応じる気はまったくなさそうだ。


「ほらね。難しいと言っただろう?」と紫音。


(ブリタリア人、特に王族はプライド高ぇからな、無駄によ。こうなると思ったぜ)


 ふむ、と練は考える素振りをした。

 実のところ、考えるまでもなくこの二人を闘いから退かせる言葉はわかっている。

 だが、ここで思案する振りをしたほうが、言葉に説得力が出ると、練は判断した。


(珍しいな、おまえがこういうもったいぶった手段をとるなんてよ)


 ――自分自身、不躾なことばかりしていると自覚するようになったからな。

 ――もっとも。多少考えた振りをしたところで、酷いことを言うのに代わりはないんだが。


(ま、仕方のねえこった。ジオールド対策には、ルナリアもマリーも邪魔になだけだ)


 ジオールド対策。この一週間、魔力『1』カード製作と平行して考え続けていた。


 ジオールドを打ち倒すことは、不可能。


 その大前提の元、勝つための方法を練とグロリアスは考えついた。

 勝率は極めて低い。

 そのわずかな可能性を少しでも上げ『ジオールドに取り憑かれた明星麗という人間』を救うには、練が単身、ジオールドと対峙するのが最善だと、練とグロリアスは判断した。


(言うしかねえさ、傷つけるとしても。今回ばかりはおまえが鈍感なせいじゃない、気にするな)


 ――おまえが珍しく気を遣ってくれるとは。

 ――何か悪いことが起きそうだ。


(は。ほっとけ。あんまり長く考える振りしても仕方ねえぞ、そろそろ言っとけ)


 ――ああ。


 練は、ルナリアとマリーを交互に見て、それから視線をわずかに落とした。そして、口を開き直す。



「ジオールドとの闘いに、貴女たちは足手まといなんです」



 さーっとマリーの顔から血の気が引いた。怒りは人の顔を紅潮させるが、極端に強烈な怒りは、顔を青ざめさせる。


「何と言った、小僧。よく、聞えなかったが」


「足手まといだと言いました、学院長」


「――!」


 マリーがかざした右手が、空を掴む。現れるはずの真紅の大鉄槌は、ない。ジオールドに砕かれたからだ。

 それがマリー自身の怒りを煽ったようだ。炎に似た紅い魔力光が、ぶわりと全身から滲み出す。

 それでも練はまったく怯まない。


「その空の右手が、足手まといの証拠です。学院長は鉄槌を砕かれ、ルナリアさんは聖剣を折られた。もちろん、どちらの武器もお二人の決闘で痛んでいたせいでもあります。

 ですが。そもそもその決闘が、貴女たちお二人の浅慮の結果。それがわからないお二人では、ないはずです」


 ルナリアが、胸元で左手をきゅっと固めた。その仕草はやはり剣の柄を握るのに似ている。


「――それは。重々、承知しております。ハンマー公の私設書庫への立ち入り禁止に対し、私が無理を押し通そうとしたのは、浅慮どころか愚か極まりない行為でした」


 マリーが、罰の悪そうな表情で空振りした右手を下ろす。


「……それを好機に、王位継承権二位を奪ってやろうと考えた儂も、確かに軽率だったことに相違はない。だが、黒陽練。おまえは、今のブリタリア王国で五本の指に入る強者二人に、足手まといと言ったのだぞ? それこそ不躾で無配慮すぎはしないか」


「失礼なことだと承知はしています。ですが、鉄槌も聖剣もないお二人では、やはり足手まといとしか――」


 一瞬の逡巡の後、ルナリア。


「聖剣ならば、あるのです」


「え?」


 予想していなかった言葉。

 確かに、ルナリアの聖剣セレブレイトは、ジオールドによって刃を真っ二つにへし折られたはずだ。


「鉄槌もあるぞ、黒陽練」


 と、マリー。実に面白くないという顔で言葉を続ける。


「ルナリアの聖剣セレブレイトも、儂の鉄槌キングクリムゾンも。極めてオリジナルに近い、模造品(レプリカ)だったのだ」


「レプリカ? 偽物ということですか?」


(嘘だろ、おい。あの性能で、贋作(にせもの)だってか!?)


 驚くグロリアス。

 こくりとルナリアが頷いた。


「使っていた私たち自身、気付かないほどに精巧で、本物と比べてもまったく遜色のない……完璧な品。しかし、レプリカでした」


「儂など二〇〇年以上の付き合いがある、我が分身とさえ言える大鉄槌をすり替えられていても、気付かなかったのだ。すり替えは不愉快極まりないが、結果、助かった……だからこそ、ええい! 余計に腹立たしいわ、あの王位継承権第一位めッ!!」


 王位継承権第一位。

 そう呼ばれるのは、ただ一人。

 ソニア・ソード=ブリタリア。ルナリアの姉にして『黄金の操り人形師』の二つ名を持つ、希代の天才魔法道具師だ。


「ソニアさまが、聖剣と鉄槌のレプリカを作り、すり替えておいたということですか? どうしてそんなことを」


 ふん、と鼻を鳴らすマリー。


「ここがブリタリア特区とはいえど、ブリタリア本国ではないからだと、ぬかしておった。つまり儂は、三年も前から偽物を、それと気付かず……あああ、腹立たしい、悔しい、口惜しい! 二三六年の人生で、最大の屈辱ッ!!」


(なるほどな。ソード家の聖剣も、ハンマー家の鉄槌も、ブリタリア王国にとって国宝そのものだ。そう易々と国外に持ち出していいものじゃねえって考え方はできるな)


 ジタバタするマリーに、ルナリアが苦笑する。


「セレブレイトもキングクリムゾンも、ブリタリア王国の国宝です。比類なき魔法道具故に、そう壊されるようなものではないのですが、それでも、何かあれば国にとっての一大事」


 一呼吸おいて、ルナリアが続ける。


「事実、私が剣を折られたあの日。私とマリーをあえて証人喚問の場に呼ばず、元老院と賢人会議で対応について揉めに揉めました。破壊されたものがレプリカだとソニア姉さまが明かし、騒ぎは落ち着きましたが、それでも、私とマリーに対する何らかの責任追及は、必ずあると思います」


「責任はすでに負わされておるわ。あのジオールドを、儂たちでどうにかしろと元老院の年寄りどもは早々に決めよったからな。とはいえ、だ。砕かれたのが本物のキングクリムゾンだったならば、儂がハンマー家現当主の座を追われたのは、間違いない――悔しいが、ソニアに救われたということだ」


 ちっとマリーが舌打ち。なるほどと練は納得した。


「このような事態を想定していたというか、ソニアさまは。凄いな」


 黙って話を聞いていた紫音が、自分のことのように喜ぶ。


「そう! 凄いんだよ、ソニアさま! 歴代の王位継承権所有者の中でも優秀さならずば抜けていると思うんだ、造られた僕が言うのもなんだけどね!」


 ルナリアが大きく何度も頷く。


「ええ、はい。ソニア姉さまは、ほんとうに優秀なのです。ただ……絶対に、王位は継ぎたくないと」


「何故です?」と練。


「国家予算を使い切るまで魔法道具開発をするに決まっているから、だそうですよ。ソニア姉さまは常々言います。私は誰よりも私自身の欲望に忠実で、そんな自分自身を誰よりも信用していない、と」


「ああ、うん。言ってるね、ソニアさまは確かに。どうしてあんなことを言うのか、僕には理解できないんだけれど」


(俺はわかるけどな。ソニアは俺たちが思う以上に優秀な奴だ、間違いなく。故に、自分が王になったら今のブリタリア王国を滅ぼしかねないとわかっているんだろ)


 ――どういうことだ?


(ま、今は関係のねえ話だ。それより、どうする? 使える武器がある以上、二人は戦えると主張するぜ? 武器がないから足手まといという言葉の説得力もなくなっちまった)


 ――仕方がない。ジオールドとの対決には、二人もいてもらおう。

 ――その後、奴と一対一の状況を流れで作るしかない。


(それしかねえか)


 練とグロリアスのやりとりを見透かしたかのように、マリーが言う。


「そういうわけだ。儂にもルナリアにも、戦う準備はできておる。レプリカといえ、奴に破壊されたのは事実であり、屈辱だ。雪辱を果たす機会、おぬしに奪う権利はない」


「たとえ練さまのお言葉でも。今回ばかりは、私の我が儘を聞いていただきたく存じます」


 ルナリアも頑として譲らなさそうだ。


「――わかりました。お二人には、ジオールドとの闘いに付き合ってもらいます。ところで、奴を迎え撃つのはどこに決まったんですか?」


「おぬしたちが来る直前、決定の連絡があった。この島だ」


「そうですか」


 淡々と、練。マリーが目を丸くする。


「驚かぬのか? 下手をすれば、この世界が破滅への道を歩むというのに」


 ルナリアが補足するように語る。


「ジオールドは『厄災の旧神竜』……私たちの世界の歴史では、今より二五〇〇年ほど前に最初の出現が記録に残っていますが、その時は、こちらの世界におけるスカンジナビア半島の形が変わりました。先端部分がごっそり消失するという結果で」


 この世界と、ブリタリアのある世界は、世界地図の形はそっくりだが、確かに、地形には多少の差異が認められる。

 練が知っているその一つは、グレートブリテン島の隣にあるべき、アイルランド島に相当する島の消失だ。

 ブリタリア世界でエールランドと呼ばれていたその島国を消し去ったのが、まさにジオールド。

 そのジオールドを撃退したのが、グロリアス。

 ブリタリアのある世界において、およそ五〇〇年前のことである。


 ルナリアがさらに言い加える。


「ブリタリア王国が建国される以前、二五〇〇年前のジオールド出現は、神話、伝承として扱われていました。五〇〇年前、初代ブリタリア王グロリアス・ロード=ブリタリアが、当時、戦争状態にあったエールランドの召喚したジオールドを討ち滅ぼしましたが、それも、現代では信憑性を疑われる史実だったのです」


「だが、ジオールドは……現代に、再び現れた。そして、黒陽練。おぬしが、討った。故に今では、二五〇〇年前、五〇〇年前、ともにジオールド出現は事実と認識されておる」


 ふむ、と練は少し考える。今回は振りではなく、実際に短く思案してから口を開く。


「この前、出現したジオールド。あれが正真正銘のジオールドだという証明は、俺にはできません。使われた召喚魔法がジオールドのものだったという状況証拠があるのみです」


「そのことなら」とルナリア。

「旧神竜については、我が国に専門の研究家が何人もいます。古い伝承、五〇〇年前の様々な記録、そして今回、計測された魔力量や質から、あれはジオールドで間違いないと判断されています」


(そりゃまあ、あれはジオールドだぜ? 五〇〇年前、実際に一発喰らわしてやった俺が言うんだ、間違いねえ)


「でしたら」と練。

「今回、出現したあの少女の姿をした怪物……あれは自らジオールドと名乗りましたが、それが偽りの可能性は?」


「ないな」とマリー。

「おぬしの初遭遇時、それから儂たちが不覚をとった先週の土曜、さらに日曜日のお台場と、奴の出現時に観測された魔力の固有波動は、完璧に一致しておる。あんな見た目だが、あれこそジオールドでなくして、一体なんなのだ?」


「そうですか。わかりました」


 あれ(・・)は、ジオールド。

 それを、この地で迎え撃つ。


(ま、俺たちのやることは変わらねえ)


 ――ああ。


「俺が、ジオールドをどうにかしてみせます。貴女たちの矜恃(きょうじ)は尊重します。だから、手を出すなとはもう言いません。ですが、一つだけ約束してもらえますか」


「約束、ですか?」とルナリア。

「約束、だと?」とマリー。


「俺が、引けと言ったその時には。どんな状況であっても、奴から――ジオールドから、離れてください」


「わかりました」と即座にルナリアが答えた。

「ハンマー公も、よろしいですね?」


「……竜殺しの英雄の言葉だ。無視するわけには行くまい。奴に対抗する手立てがある、そう信じていいのだな?」


「はい」


 練は一瞬の躊躇いもなく頷いた。加えて、


「どこで奴に聞かれるかわからないので、言えませんが。そのための準備はしています、学院長」


「いいだろう。どうせ、おぬしに救われたこの島だ。命運、おぬしに預けてやる。だから……失望させるなよ? 『竜滅の黒い太陽』よ」


「もちろんです」


 きっぱりと言い切り、練は踵を返した。ずっと隣に立っていた紫音に声をかける。


「俺はレイチェルさんのところに戻るけど。紫音、君はどうする?」


「僕は……というより、ソニアさまが、まだお二人に話があるから。それほど長くはならないから、ここで待ってるかい?」


「いや。こんな状況でレイチェルさんを一人にしておくのも可哀相だ。先に行く」


「そうしてくれると、僕もソニアさまも嬉しいよ。彼女は可愛い妹みたいなものだからね」


「俺にとってもそんな感じだよ。じゃ、後で。では俺はこれで失礼します」


 練はルナリアとマリーに挨拶し、学院長本室を出てマリーの私設書庫に向かった。


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