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魔力『1』カード、生産開始

 ルナリアからの報告を受け、ブリタリア王国に「ジオールド対策本部」が設立された。

 現地である日本側の対策支部支部長には、当然のように、東京都ブリタリア王国特区、特区長でもあるマリー・ゴールド・ハンマー=ブリタリアが指名された。


 あれからすでに、六日が経過。


 学院長本室にて、連日、授業を休んだルナリアとマリーを中心に、ブリタリア本国と頻繁に連絡を取り、対策会議を続けている。

 未だ、対策方法は決定していない。


 最大の問題は『ジオールドを、どこで迎え撃つか』だ。


 ジオールドはただ『七日後に来る』とだけ告げた。場所や時刻の指定はない。

 時刻はともかく、場所はこちら側が任意に決められると判断されている。


 要は『黒陽練その他がいる場所に、人の姿をしたジオールドは現れる』はず。


 ブリタリア王国のある向こう側の世界で迎え撃つべきだという意見と、日本で迎え撃つべきだという意見で、対策本部は二つに割れている。


 ルナリアが言ったように、ジオールドはブリタリア王国に縁のある旧神竜だ。


 ルナリア暗殺に利用されたことが今回の事件の発端であるならば、ブリタリア王国が責任を持って決戦の場を国内に用意すべき、という意見。


 前回の竜体、今回の人型、どちらも日本に出現したもので、ルナリアを含むブリタリア王族が決闘を挑まれたことには違いないが、場所は日本に用意するべき、という意見。


 対策本部で優勢なのは、後者の意見だ。

 それには理由がある。


 国立魔法技術学院のある学院島は、日本政府とブリタリア王国が共同で造った浮体構造人工島、いわゆるメガフロートだ。

 建造には最新の魔法技術が投入されており、それ自体に、幾つもの結界を作動させる機能がある。

 その結界を最大限に機能させれば、学院島全体がめちゃめちゃ破壊されるような戦闘が行われても、外部に及ぼす影響は、最小限に抑えられるはず。


 最悪でも。

『学院島一つが沈没する』程度の被害で済む。


 ジオールドが執心している黒陽練が、勝つにしろ、負けるにしろ。

 ジオールド自身が言ったように『満足』さえすれば、あの『具現化した災厄そのもの』も、去るだろう――


 それが、ブリタリア王国の元老院、賢人会議、両方の出した結論だ。

 希望的観測に過ぎないという意見も多いが、逆に言えば、『神に等しいもののきまぐれ』に対し、人間が出せる結論などその程度ということである。


 ジオールドを迎え撃つ場所はまだ決定していないが、ジオールドの言葉を信じるならば、期日は、明日。


 万一に備え、学院島の浮体構造に欠陥の恐れがあり大規模調査を行うという偽装情報で、ほとんどの学生と講師、学院島の様々な業務に関わる職員、ショッピングモール等の一般人などは避難済みだ。


 残っているのは、今回の事件の関係者のみ。


 その一人。練は紫音と一緒に、マリーの私設書庫でレイチェルの勉強を見ていた。

 あくまで、普段通りに。


 真剣な表情をしたレイチェルの手元に、小さな(・・・)魔法記述光跡の球状魔法陣がある。

 術式の内容は、弱光、光度維持。

 基本的なライティングの構成だ。


「……き、起動」


 緊張を感じさせるレイチェルの声。

 ぽうっと球状魔法陣が弱い光の球に転じる。

 光は揺らめくこともなく、明滅したりもせず、ろうそく程度の弱々しさを保っている。

 レイチェルは、傍らに立つ練を仰ぎ見た。


「レン先生、これ……これ……これっ」


 練は深く頷いた。


「ああ、完璧だ。最小限の小さな魔力で構成した、ライティングの魔法。きちんと君の意志で、制御されている」


「ふええ……で、でき、できまま、できま――ふええええんっ!」


 レイチェルが、くしゃっと顔を歪めて泣き出した。

 それでも、ライティングの魔法は正しく光を放ち続けている。

 魔法が正しく発動している証拠だ。

 紫音が、微笑ましいものを見るように目を細める。


「僕たちで指導し始めて、だいたい二週間かな。暴走させることしかできなかったレイチェルが、ちゃんと魔法を使えるようになった。これは上々の成果だよ、練」


「そうか? そもそも魔法は『誰にでも簡単に魔力を扱える技術』だ。きちんとした手順さえ理解できれば、誰にでも使えて当然だろう」


「そうだね。ブリタリア人なら、それで当然なんだけれど。今回のケースは、ちょっと特殊かな)


(近代ブリタリア式魔法ってものは、俺が誰にでも扱えるよう作ったからな。でもな、練。おまえと紫音が考えた、ブリタリア式魔法を学ぶにはまずこの世界の科学から、というやり方は、一つの発明だぜ?)


 ――発明?


(ああ。このやり方ならば、この学院で使っているブリタリア書の翻訳の教科書なんざ使わなくても、魔法知識ゼロの奴に、簡単な物理現象を扱う魔法なら、教えることができるからな)


「――ふむ。レイチェルさんへの指導、俺も勉強になることが多いな。ありがとう、いい経験をさせてもらっている」


 まだ泣いているレイチェルの頭を、練はぐしぐしと撫でた。

 ふわふわの赤毛。毛並みのよい洋犬を撫でているかのようだ。

 指先が大変心地よく、練はしばし、夢中になってなで続けた。

 おかげか、レイチェルが泣き止む。


「えへへ。褒められるのは嬉しいのです――それはそうと。レン先生たちは、避難しないのです?」


「ジオールドは、俺を名指ししたからな。もし、だ。俺が勝手に逃げて奴の怒りを買ったら――せっかく守った関東一円、消し飛んだとしてもおかしくない」


「レン先生がいる場所に、ジオールドが行くのではないのです?」


 ジオールドは、練に執着している。それは確かだ。レイチェルの指摘は、的を射ている。

 練に代わり、紫音が答える。


「その可能性は高いと、ジオールド対策本部は考えているらしいね。だから、練はどこに行っても避難にならないんだよ。何せ相手は旧神竜。どこに隠れようが逃げようが、間違いなく捕まるだろう。そして練が逃げたという事実だけが、あの神に等しい竜の機嫌を損ねるのみ――ということさ」


「そういうことだ。だから俺にできることは、万全の態勢で迎え撃つこと。それだけだ」


「毎日毎日作っている、そのカードが準備です?」


 レイチェルは目をぱちくりとさせ、練の胸元を見た。

 練の首から細い白銀の鎖でペンダントの様に吊り下げられているのは、魔力『1』カード。現在、魔力充填中。


 紫音も練の胸元を見る。


「面白いものを発明したものだね。身につけていれば、自動で一時間あれば魔力『1』の充填が完了する常駐型魔法を、カードに付加するなんて」


「一日二四枚、コンスタントに生産できるようになったのは大きい。紫音とソニアさまの協力のおかげだ」


 この前の日曜日。お台場から戻ってすぐ、練は紫音に魔力『1』カードの生産効率を上げる相談をした。

 紫音を通してブリタリアのソニアからもアドバイスをもらい、一日で魔力の自動充填の技術を開発。すぐに量産を始め、すでに魔力『1』カードの数は一〇〇枚を超えている。


「もっとも。一時間ごとに新しいカードに変えないといけないから、ぐっすり眠れない。おかげで慢性的な寝不足だ。さっきカードを取り替えたばかりだから、今のうちに仮眠……今は熟睡してしまいそうだから、やめておくか」


(ま、ジオールド問題解決までは全授業を免除されたから、色んな勉強も進んだじゃねえか。この事件が片付けば、ゆっくりする時間は後でいくらでもあるだろ)


「時間ができたら、睡眠時間短縮の魔法を考えてみるか……この二冊、読み終わったことだし」


 練は傍らの机に置いた、二冊の旧い書物に視線を向けた。


『多元平行世界と異次元の可能性』

『神に等しき旧い竜の伝承』


 一冊目は、異次元の落ちたクラスメイト、三条院道長を助け出すために読んだ本。

 二冊目は、文字通り旧神竜について知るために読んだ本。


「その二冊。参考になったかい?」


「ああ。ジオールドを相手にするための魔法。幾つか、理論が構築できた。同時に、理解した。あれは、基本的に――

 一つの次元で存在が完結する人間には、倒せない」


「どういうことだい?」


「言っていただろう、ジオールドが。人間は、身体も魂も一つきり、だと。つまり、この次元で完結した存在だ。対し、二冊の書物から類推するに、旧神竜は――多次元に、同時に異なる形で存在している。それら全てを同時に倒さない限り、完全に滅することは不可能だ」


「多次元に、同時に複数が存在する?」


「あくまで俺の推測に過ぎないが。多次元に渡る多重的存在なら、ジオールドの、あのでたらめに巨大な魔力も説明がつく。魂が複数あれば、魔力蓄積霊的構造もそれだけ増える。もっとも、多次元に渡る存在が互いに魔力リソースとして使えるのであればの話だが」


 ちらりと練は、レイチェルに向けた。レイチェルが小首を傾げる。


「レイチェルが、どうかしたのです?」


「君と麗がそうかもしれないという、異世界間双子という概念。ジオールドの存在の理屈で、君の巨大すぎる魔力を説明することができる」


「レイチェルには、さっぱりわからないのです」


「君と麗が本来は同一人物で、こちらと向こう、異なる世界に同時に存在している故に、君は巨大な魔力を持っているかもしれない、という話だ。難しいかな」


「難しいのです」


(となると。麗も潜在的に、巨大な魔力容量を持ってるってことになるぜ?)


 練は視線をレイチェルから外した。そして意識を内側のグロリアスに向ける。


 ――確かに、そうなる。

 ――グロリアス。これはただの思いつきなんだが。


 ――もし。空っぽのままの巨大魔力蓄積霊的構造があれば。

 ――そこに『多次元存在の魂』が寄生することは、可能か?


(できるとは、思うが……おい、練。まさか)


「その、まさかの可能性があると、俺は考えている」


(言われてみると、あの幼児体型……確かに、それっぽかったが……だとしたら、練。おまえ、麗と戦うことになるんだぜ?)


「そうなるから、困ってる。だからこそ打てる手もあるんだが」


「どうしたんだい、練。難しい顔をして、妙な独り言を。中の人と何か、相談かい?」


「中の人?」とレイチェル。


「気にしないでくれ」と練はレイチェルに告げてから、紫音に向き直る。


「あの人の姿をしたジオールドについて、考えていることがある。ジオールドが現れたら、まずは俺一人に任せてもらえないだろうか」


「うーん……それは、僕の一存じゃ決められないことだよ。学院長のところに行ってみるかい? まあ、難しい相談だと思うけれど」


「そうしよう。レイチェルさんは、ここで適当に自習していてくれ。俺と紫音はちょっと出てくる」


「はいです、レン先生」


 練と紫音は、レイチェルを一人、マリーの私設書庫に残し、ジオールド対策現地支部となっている学院長本室に向かった。

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