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ブリタリアの王位継承権

(あーあ。またフリーズしちまったぜ、このお姫さま)


 練は少し困惑し、視線をジェンカに向けた。


「どうしたらいい?」


「一発ビンタで元に戻るデス。我が造物主ソニア・ソード=ブリタリアから、貴殿に伝言があるデス。音声、そのまま再生するデス」


 無表情のまま、ジェンカの声が別人に変わる。


『ルナリアが止まったら、調子の悪い魔導具を引っぱたくと治るのと同じで、遠慮なくぶっ叩いていいわよ? 姉の私が許すから、バンバンやっちゃってね、練くん』


「――と、いうことデス。黒陽練さまも今後のために、姫さまを再起動させる方法を覚えておくべきデス。先ほどジェンカがしたように、ささ、どうぞデス」


 元の声に戻ってジェンカ。いやいや、と練は首を振った。


「王女殿下に手を上げるなんて、できるわけがないだろう。そっちは任せるよ……とにかく」


 練は改めて、離れた場所に突っ立っている決闘相手、三条院道長に向き直った。


「三条院と言ったか。何か、すまない。こんなことになってしまって」


 呆気に取られていたような顔をしていた道長が、目が覚めたように身震いした。


「いやいや、こちらこそ――って、何なんだ!! 何で貴様を王女殿下が守る!? あまつさえ剣を捧げるだと!! しかもそれを拒絶するだなんて、身の程知らずもたいがいにしろおッ!!」


 道長が据わった目で懐から次々と折り紙を取り出し始める。


「何もかもがおかしい、そうだ、これは夢だ。夢に違いない。夢だから僕の魔力もまだまだ残ってる、いっそ全部の呪符を起動させて、このおかしな夢ごと吹き飛ばしてしまえ」


 道長にまだ魔力が残っているかどうか、練にはわからない。


 だが呪符の折り紙全ての魔法を使われたら、洒落にならないことはわかる。

 それは立会人のマリーにもわかっているようだ。やれやれと呆れ顔をする。


「ルナリアの乱入は予想していたが、ちとややこしいことまで言っていたようだな。ここは聞かなかったことにしてやるか――まあ、儂としては死者蘇生に無駄な魔力を使わずに済んだから、よしとする。そこの小僧、悪い夢だと思ってもう寝ておけ」


 マリーがすいっと空中に指を滑らせる。


 指の動きに合わせ、距離の離れた道長の頭の周辺に魔法記述光跡が走り、ふいっと軽く輝いて消えた。

 途端、道長の手から折り紙の束がばさりと落ちる。そしてくたりと座り込むと、こてんと横になった。明らかに眠ってしまっている。


「シャーリー。三条院の小僧のことは任せた」


「はい。承知いたしました、学院長」


 とと、とシャーリーが小走りで眠り込んだ道長へと向かう。


 一方でマリーが、まだ硬直しているルナリアのそばに歩み寄る。


「いつまで呆けておる、ルナリア。いい加減、しゃっきりとせんか。でないと――」


 マリーの担ぐ真紅の鉄槌に、魔法記述光跡が絡みつく。

 何の魔法だ、と練は反射的に魔法記述を読む。『Crimson Fire The Sledge Hammer』の記述が目につく。


「うっかり殺してしまいかねないぞ?」


 燃え上がるように鉄槌が紅い輝きを纏った。攻撃力強化の魔法を付加したらしい。

 鉄槌を軽々と振り回し、マリーがルナリアに襲いかかる。


「なあ、王位継承権第二位よ!!」


「!」


 殺気に反応したかルナリアの目に光が戻った。

 護衛としてマリーの進路に移動したジェンカに、鋭い声を飛ばす。


「下がりなさい、ジェンカ!」


 ジェンカが、さっと横に跳んでルナリアの前を開けた。

 ルナリアがドレスとサイドプレートを遠心力で翻し、マリーへと向き直る。


 振り下ろされるハンマーを、大剣が受け止めた。


 ガキンッと金属の激突音。ルナリアの足下の地面が陥没する。即死レベルの一撃だ。


「これはどういうお戯れですか、ハンマー公――いえ、マリー・ゴールド学院長」


「殺し殺され、喰らい喰らわれるのが、我らブリタリア王族の常ではないかの?」


「それに異を唱えませんが、この場ではいささか不適切な行為かと存じます。私とて、お世話になる学院の長を斬り捨てるのは不本意ですので」


「……ほう。その気になれば、この儂を斬れる――と。抜かしよる」


 マリーが、にぃと口角を笑みの形に吊り上げたが、目は笑っていない。


「今ここで試されますか? この私が、聖騎士の称号にふさわしいかどうか」


 淡々とルナリア。

 ハンマーヘッドを受け止めているルナリアの剣の刀身が、細い風の唸りのような音を放ち始め、刻まれた魔法記述がうっすらと輝く。


 ふ、とマリーの表情が緩んだ。


「冗談じゃ。年寄りの戯れを本気にするでない、ルナリア」


 ふっとマリーが笑み、真紅の鉄槌が消えた。

 ルナリアも剣を下ろす。


「おぬしには話があるので、学院長室に来い。それから、そこの新入生。校舎に寄らずに寮に行っていいぞ。ちょいと余興にしては度が過ぎた。騒がれるのは好きではあるまい?」


 くいっとマリーが顎で校舎を指し示した。

 練は改めて校舎を見やる。およそ全校生徒と思しき視線の雨に、気圧された。


 その視線のほとんどが、好奇に満ちている。


「あの新入生に、王女殿下が剣を捧げるとか言ってなかったか!?」

「いったい何がどういうふうになれば、そんな関係になるんだよ!」

「いや、あいつは確か王女の命を救ったぞ!?」

「それでか、それでなのか! くっそう、何でそこに俺いなかったんだよ!!」

「……騎士姫さま、素敵……」

「あんな男、姫殿下にふさわしくなんてないわ!!」

「羨ましい、死ねばいいのに」


(殺される前に退散しようぜ)


「……そうしよう。シャーリー先生、挨拶はまた明日、改めて」


 眠りこけている道長を抱えようと四苦八苦しているシャーリーが、練の挨拶に気付く。


「もう、男の子って重いんだから――あ、はい。さようなら」


 練はぺこりと一礼すると、くるりと踵を返した。


「あの」


 ルナリアの声に呼び止められ、足を止めて顔だけで振り返る。


「何です?」


 ルナリアが大剣を両手で胸元に抱え込み、先ほどのようにもじもじとする。


「先ほどの言葉ですけれど。私は本気です……その。ご一考していただけますでしょうか」

「え」


(言っただろ、あの姫は冗談で嫁になんて言ってねえってよ)


 練が黙り込み、ルナリアが頬を染めて大剣を抱きしめる。

 一瞬、グラウンドが奇妙な静寂に包まれた。それを校舎からの女子生徒の声が破る。


「そこの新入生! 部活はもう決めた!? 魔法史研、入らない!?」


 部活の勧誘の呼びかけだった。

 練が校舎を見上げると、今度は男子の声が降ってくる。


「抜けがけするなよ! 黒陽練、暗黒魔術研究会に来いよ! 優遇するぜ!」

「逸材をおかしなところに誘うんじゃない! 正統精霊魔術部が君を待っている!」

「男だったらモテたいだろう! 精神操作系魔法同好会は大歓迎だ!」

「バカの巣窟に歓迎されても困るわよ! 君、魔法料理部に興味ない!?」

「じれったい、とっ捕まえて入部届にサインさせちまおう!」


 三年生の教室がある校舎の三階の一角から、そんな声が聞こえてきた。


 マリーがちらりと校舎を見やり、ルナリアを急かす。


「さっさと学院長室に行くぞ。おまえがここにいると騒ぎが大きくなるでな」

「承知しました。練さま、お話はまた改めまして。これにて失礼いたします」


 ルナリアが剣を片手に提げ、もう片方の手を舞うように優雅に動かし一礼した。


 マリーとルナリア、ジェンカを囲んで地面を魔法記述光跡が走る。

 瞬時にして転移の魔法陣が完成し、魔法が発動した。三人の姿が消えるところを、練はまじまじと見ていた。


「便利そうだな、転移魔法。理論だけでも覚えたい、後で見た魔法記述光跡をまとめよう」


(のんびりしている暇はなさそうだぜ? 見ろよ、校舎のほう。熱心な勧誘が来るぜ?)


 練は、どどっと背後で複数の足音を聞いた。

 ちらりと振り向く。

 昇降口から、三〇人ではきかない数の生徒たちがグラウンドに駆け出してくる。


「――冗談じゃないっ」


 練は追い立てられるように、全力で走り出した。

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