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ブリタリア式暗殺のルール

 練たちの乗ったゴンドラが、乗り場に近づく。

 明らかに練たちを探していると思しきマスコミたちが目に付いた。


「みんな、窓から見えないように身を低くしてくれ」


「わかりました」「はいです」「こんな感じ?」


 ルナリア、レイチェル、麗が身をかがめる。

 練もできる限り身体を小さくし、ポケットから魔力『1』カードを取り出した。全部で三枚。


「それは?」とルナリア。


「俺の魔力を『1』封入した、一種の魔法道具です。これからこれを使って全員に、視覚に限定した光学迷彩魔法をかけます。互いの姿も見えなくなるので、全員、手をつないでください」


「光学迷彩魔法、ですか? あれは必要魔力が高いのでは」


「俺用に『1』でも使えるようアレンジしました。ただ、持続時間が三分間程度の、視覚しかごまかせない機能限定版ですが。時間がありません、手を」


 練は強引に、カードを持っていないほうの手でルナリアの手を取った。ルナリアの顔が紅くなる。


「お、お手数をおかけします。では、レイチェル。私たちも」


「はいなのです。麗ちゃんも、はい」


「あ、うん。何か不思議な気分だなあ、自分と手をつないでいるみたい」


「レイチェルもそう思うのです。とても不思議……」


(おいおい、同一人物だからって融合したりしねえだろうな)


 グロリアスが気になることを言ったが、今は時間がない。もうすぐゴンドラが乗り場に到着してしまう。


「では、光学迷彩魔法を使います。お互いが見えなくなっても、慌てないように」


 練は自分の魔力『1』とカードの魔力を合わせ、一人『1』ずつの魔力を使い、光学迷彩魔法の術式を極微細魔法記述光跡で組み立てる。全員に、うっすらと極微細魔法記述光跡が絡みついた。


「よし。魔力カードはちゃんと機能した」


(うっし、成功だな! こりゃいいぜ、マジで使える!)


 四人分の光学迷彩魔法など、普段の練には不可能な芸当だ。

 今回、カードで補えたのはたったの『3』だが、それでも練にとっては無限の可能性である。

 練は気持ちが高ぶるのを抑え、光学迷彩魔法を発動させる。


「起動」


 すいっと全員の姿が溶けるように消えた。


「わ、ほんとに見えなくなった!」


「この魔法は初めてなのです!」


「騒がないで。ゴンドラのドアが開いたら、まず俺が最初に出る。つないだ手の感覚を信じて、前の人に続いて普通に歩けば大丈夫。乗り場のゲートを出たら、すぐに近くの建物の入り口を目指すから、ちゃんとついてくるように。いいね?」


「承知しました、練さま」


「はいなのです」


「うん、わかった。でも練兄、ほんとに魔法使えるんだね」


「使える魔法は少ないけどな……降りるタイミングだ。行こう」


 ゴンドラが乗り場に到着した。外からドアのロックが解除され、係の人がドアを開ける。


「……あれ? お客さんいなかったっけ、ここ?」


 不思議そうな顔をした係の人の横を、練は音を立てないようにすり抜けた。後ろに回した手に、ルナリアの手の感触。他の二人も、ちゃんと付いてきているようだ。

 そのまま、乗り場の外に向かう。

 ゲートの前。レポーターの女性とカメラマン、ディレクター、アシスタントディレクターと思しき男たちが、人を探すような顔で立っていた。


 ディレクターと思しき男が、いらいらとしていた。その苛立ちを、アシスタントディレクターらしい若い男にぶつける。


「おい、そろそろじゃないのか」

「そのはずっすけど」

「まさか見落としたんじゃないだろうな」

「目立つ容姿の外人の女の子がいるはずだから、見落としたりは……」

「ほんとうに見落としてねえんだろうな! 見落としてたら、ただじゃ済まさねえぞ!」

「そんなこと言われてもっすね! 降りてこないってことは、俺たちを見てもう一周乗ったってことじゃないっすか?」

「ちっ。ここで張っていたのが裏目ったか。でもまあ、それなら待っていればいつかは必ず降りてくる……ブリタリアの姫さまの話を聞く機会なんか、そうそうねえんだ。ここは物にしないとな」


 そんな会話をしている男たちの横を、練たちは息を潜めて通り過ぎた。


「ん?」とレポーターと思しき女が、何かに気付いたような顔をする。


「これ……コロン? 香水かしら?」


 きゅ、と練とつないだルナリアの手に力がこもる。若干、手のひらに汗ばんでいるような気配。

 匂いの元はどうやら、ルナリアのようだ。


 ――大丈夫だ。これくらいで、バレたりはしないはず。


 練は心拍数があがるのを自覚しつつ、心配いらないと言葉にする代わりに、ルナリアの手を握り返した。

 足を止めず、早足にもならず、順番待ちをしている人たちの列の横を進み、乗り場から離れた。

 さらに行き交う人たちにぶつからないよう注意し、別の建物を目指す。

 この区画は、総合レジャー施設だ。大観覧車の他、複数のレジャー施設の建物がある。

 練は人の流れを上手く避け、建物の一つを目指した。

 建物の入り口近く。妙に行き交う人の少ない場所がある。

 何だろうと練が目を向けると、手招きする紫音と目が合った(・・・・・)。紫音の隣にアリスもいるが、アリスはきょろきょろしている。

 紫音だけが、光学迷彩で姿を消している練たちに気付いているようだ。

 練は、紫音たちの近くに行った。そこで光学迷彩魔法の効果が消える。

 姿を見せた練に、紫音がさっそく訊ねる。


「光学迷彩、使ってきたんだね。四人まとめてなんて、練の魔力『1』じゃ無理のはずなのに、どんな奇跡を使ったんだい?」


「昨夜、ちょっと話をしただろ? 魔力を何らかの形で携帯する方法。その実験が、上手くいった。魔力『4』で、どうにかなった」


「へえ! 昨日の今日で、もう実用化したのかい! 凄いね!」


「ねえねえ、何の話よ? 私さっぱり話見えないんだけど」


 不満そうにアリス。レイチェルが自分のことのように誇らしげに答える。


「レン先生が、凄いということなのです!」


「うん。よくわからないけど、何か凄いんじゃないかなーって気はする」


 麗がレイチェルに同意した。

 むー、とアリスが軽くむくれる。


「ま、いいわ。ちょうどそこ、ショッピングモールだから、ルナリアの着替えとレイチェルの変装セット、揃えてくるわね。それじゃ行ってくる」


 アリスがひらひらと手を振って、建物に入っていった。それを見送り、練は紫音に訪ねる。


「この一角だけ、まるで無視されているみたいだ。これも紫音の精神操作系の魔法なのか?」


 練の言葉通り、ショッピングモール前にしては、練たちの周囲の直径数メートルだけは、人が通らない。誰もが無自覚に避けているかのようだ。


「ご明察。認識を阻害し、この周辺には無自覚で入りたくならないよう、複合魔法を使ってる。僕の機能は単一魔法だけじゃなく、組み合わせても使えるからね。これくらいの芸当なら簡単さ」


(すっげーな、紫音。コイツは簡単そうに言うがな、この手の複合魔法は超高難度なんだぜ? とんでもねえ性能だ、このドロイド。紫音を作ったソニアと話がしてみてえなあ、魔法道具についてじっくりとよ。すっげー楽しいんじゃねえかな)


 ――ああ。俺もそう思う。


(今度、紫音に頼んでみようぜ。紫音を通せばソニアといくらでも話せるだろうしよ)


 そうだな、とグロリアスに思念で相づちをうち、練は麗に向き直った。


「麗。ずいぶんと長いこと付き合わせたが、友達との待ち合わせはいいのか?」


「待ち合わせ? ――あ! やっばー、マジで忘れてたあっ! 時間時間、うっわ、ぎりっぎり過ぎてるーっ? 練兄、あたし行くね! それじゃ王女さま、レイチェルちゃん、またねーっ! 練兄もたまには家に帰ってきてよ、お父さんもお母さんも、気にしてるから! じゃっ!!」


 麗は、したっと手を上げると、現れた時と同様に騒々しく去って行った。


「また会いましょう、です!」


 レイチェルが大きな声を送った。麗も大きな声で返す。


「はいはーい、絶対にねーっ!」


 普段ならかなり目立つ行動だが、麗はともかく、レイチェルを気に掛ける通行人はいない。紫音の複合魔法は完璧に機能しているようだ。

 紫音が、麗を見送る目を細めた。


「元気で可愛い子だよね、麗ちゃん。ほんとうにレイチェルそっくりだ。異次元間双子の仮説の実証例になるのかな」


「それは、俺にはわからないが……なあ、紫音。気になっていることがあるんだが」


「なんだい? 僕にわかることなら、何でも答えるよ。ルナリアさまのスリーサイズとかでも」


「それはひとまず置いておいて」


「置いておかなくても、私が今、お答えしますのに」


 とルナリア。紫音もからかうように訊ねる。


「置いておくんだ? ということは、後で訊くんだね?」


 ルナリアはおそらく本気で、紫音は冗談。ひとまず練はどちらもスルーすることにした。


「……割と真面目な話をしようとしているんだが。まあ、いい。そのルナリアさんだが、こんな街中に出てきて、暗殺のリスクはないのか? 学園長が外出許可を出したとは聞いたが」


 紫音がちらりとルナリアに視線を送る。こくりとルナリアが頷き、口を開く。


「そのことでしたら、こうした賑やかな場所にいるほうが暗殺のリスクは下がります。こちらの世界での暗殺方法の主流は存じませんが、ことブリタリアの王位継承権争いでの暗殺は、目標(ターゲット)以外を巻き込むのは、基本的にマナー違反なのです」


「マナー違反……暗殺という非合法な手段なのに?」


 ルナリアがわずかに苦笑する。


「違います。ブリタリア王国では、王位継承権の争奪に関する限り、当代の王ならびに王位継承権を持つ者の暗殺は、合法ですから。合法故に、守るべきマナーもあるのです」


「それが、無関係のものを巻き込まないこと、か」


「はい。私一人を暗殺するために、大勢の無関係な者を巻き込むのならば、それは暗殺ではなく、ただのテロ行為ですから」


「……なるほど。最初のアカデミー入学式の時は、俺が好きこのんでルナリアさんを守っただけだし、アリスが仕込んだカフェテリアでの暗殺未遂も、確実にルナリアさんだけを狙っていた……そうか。それで、秋葉原の時、アリスは聞いてないと怒っていたのか」


 秋葉原で起きた、遠距離狙撃魔法によるルナリアの暗殺未遂事件。

 アリスがカミルを見限るきっかけになった事件だ。

 事件の後、当時はカミルの手駒であったアリスから、カミルが仕組んだことと明らかになった。

 計画をアリスは聞かされておらず、それを理由に、練はアリスがカミルの元から離反したと思っていたが、それだけではないらしい。


 ルナリアが、ショッピングモールに向かって姿のないアリスを探すように、ショッピングモールのほうへと目を向ける。


「アリスは、色々と口も悪いところがありますが。気高い魂を持っています。非合法なことも過去にはしてきたようですが……それでも。彼女は彼女なりに守るべき己の正義があり、まっすぐ生きようとしています。そんなアリスを私は、尊敬さえしています」


 くす、とルナリアが笑い、口元に指を当てた。


「アリスには、内緒ですよ? 増長されては、雇い主として困りますので」


 レイチェルが目をキラキラとさせる。


「内緒……素敵な響きなのです! レイチェルも内緒にするのです! それはそれとして、アリスさんはどんなレイチェルの変装衣装を買ってきてくださるのでしょう、とっても気になるのです!」


 レイチェルが目を輝かせているのは、変装への期待もあるらしい。


「男の俺でも、アリスのセンスはけっこういいと思う。期待していいんじゃないか」


「レン先生がそう言うのなら、目一杯、期待しちゃうのです!」


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