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練のうっかり、そして乱入者

 グラウンドで、ルナリアとマリーが激しく刃と鎚を交える一方。

 練は二人を止めるべく、無効化したレイチェルの魔法暴走から得た魔力三〇〇〇を使い、魔法陣形成に取りかかる。


「術式構築開始」


 練が正面に片手をかざした。レイチェルの前に浮かんでいた金色の魔力粒子が、練の前に移動する。


 魔力粒子が強烈な勢いで魔法記述光跡へと変換され、魔法記述光跡が空へと伸びる。

 グラウンド上空。高等部の敷地全てを覆うような規模の円形魔法陣が見る間に形成される。


(おー。シンプルだな。でもま、これがいいか)


「ああ。グラウンドは赤熱化している場所が多いから、そっちもまとめて処理できる」


 紫音とレイチェルが空を仰ぎ、不思議そうな顔をする。


「これってやっぱり、アレです?」


「ああ。これくらいの簡単な術式なら読めるようになったんだね。勉強の成果が出ているよ」


 普段の紫音の口調で、紫音がレイチェルを褒めた。えへへ、とレイチェルが嬉しそうに照れる。


「でも、こんな規模で魔法陣が作れちゃうんですね。レン先生、やっぱり凄いです」


「喰らうほうは、溜まったものじゃないけどねえ、この魔法。シンプル故に、屈辱的だ……練。このままだと、僕たちも割と危ないような」


「心配ない。ちゃんと囲む」


 空を覆った円形魔法陣が完成したが、魔力粒子にはまだ残っている。その残り全てを魔法記述光跡に変え、練はグラウンドをぐるりと取り囲ませた。

 分厚く、高く。魔法記述光跡が、校舎よりも高い透明な壁となる。

 ここに至り、バトルをしていたルナリアとマリーが周囲の変化に気付く。


「――疑似城壁魔法っ?」とルナリア。


「グラウンドを囲んで何をする気だ、小僧……って、おい! それは洒落にならん!!」


 マリーが空の魔法陣に気付いたが、もう遅い。


飲料水(クリアウォーター)精製(クリエイト)、起動」


 綺麗な飲み水を生み出す、ライティングに並ぶ魔法の基礎の基礎。

 飲料水精製を、練はグラウンドを満たしてなお余る規模で、発動させた。

 水が溢れないよう、疑似城壁魔法に投じた魔力は、ざっと一〇〇〇。

 残り、二〇〇〇の大魔力が全て、水に変換される。


 空の魔法陣が水の塊に転じ、落ちる。

 どおんっと地響き。マグマのように溶けていた地面に触れた水が一瞬、水蒸気爆発を起こしかけたが圧倒的な質量の水が、それを押さえ込む。


「きゃあっ」


「がぼっ」


 ルナリアとマリーが水に呑まれ、躍り荒れ狂う水流に翻弄される。

 水圧で失神したか、二人とも武器を手放し、水の中に浮かんだ。

 確実に、両者戦闘不能である。


 紫音が困り切った顔になる。


「……決闘を止めたのはいいけれど。この大量の水、どうするんだい?」


「ああ、それなら心配いらない。疑似城壁魔法にはアレンジをしておいた。水に二〇〇〇の魔力を使ったが、城壁魔法に一〇〇〇も魔力を使えたんだ。この程度の細工、造作もない」


 透明な魔法の壁の内部に、魔法記述光跡が再び走る。練が誰にともなく説明する。


「オートで転移魔法が発動するようにしておいた。行き先は東京湾、凍京海底谷。座標はざっくりとしたものだが、海から見ればこの程度の水量なんて知れてるから、大丈夫だろ」


 大規模転移魔法が自動で起動し始めた。レイチェルが、練に訊ねる。


「あの。それじゃルナリアさまとマリーさまも、一緒に海底に転移しちゃうのではないです?」


「……あ。失念していた」


(どーすんだ、おい! こんだけの大規模転移魔法、魔力『1』の魔法効果(アンチマジック)魔力還元魔法(カウンタースペル)じゃ無効化なんざできねえぞッ!)


 すでに大規模転移魔法は発動寸前。時間の余裕なぞまったくない。


「レイチェルさん、もう一度魔法の暴走を! 何でもいいから!」


「い、いきなり言われてもっ、ですっ」


 レイチェルはうろたえるばかり。紫音も焦る。


「それなら僕が何か魔法を使う! 必要な魔力はどれくらいだい!」


「一〇〇もあれば!」


「わかったよ、すぐ――」


 紫音が魔法記述光跡を発生させようとした、その直後。



「それには及ばぬ。我輩が助けてやろう」



 どこからか、もったいぶった口調の少女の声が聞えてきた。


 紫色(・・)に輝く魔法記述光跡が、空から無数に降ってきた。

 グラウンドを全てを覆い尽くす逆漏斗(ろうと)形の立体魔法陣――

 練は驚愕に目を見開いた。


魔法効果(アンチマジック)魔力還元魔法(カウンタースペル)、だと!?」


 練のオリジナルの、魔法の効果を魔力に戻してしまう魔法を、何者かが、使おうとしている。


(……おいおい。簡単にコピーできるもんじゃねえぜ、コイツはよ)


 グロリアスの声にも驚きの色があった。


 紫音なのか、それともソニアなのか。紫音の震える唇から、そんな言葉が漏れる。


「紫の、魔力光……そんな、まさか……」


「なんなのです、なんなのですっ? あれは、レン先生がやっているのではないのです!?」


 うろたえ続けるレイチェル。

 そして魔法効果魔力還元魔法は発動した。


 校舎の高さまでグラウンドを満たしていた、魔法壁の中の水も、魔法壁も、嘘のように消失し、グラウンド全体を濃密な魔力が覆う。

 魔法で作られた水が消えたため、グラウンドはぬかるんでさえいない。

 乾いた土に、先ほどまで水に浮かんでいたルナリアとマリーが落下する。

 二人とも気を失ったままだ。高さ一〇メートル以上から無防備に落下するのは極めて危険。


「姫さまを」「お助け」「するのデス」


 ルナリアたちと同じように水に翻弄されていたジェンカたちだが、正常に機能しているようだ。三体同時に、瞬間的にルナリアの落下地点に移動し、落ちてくる主をキャッチする。


「仕方ない。学院長は僕が」


 紫音が魔法記述光跡を発生させる。掲げた手の先、マリーの落下地点に魔法記述光跡が伸び、そこで円形の網を構築した。

 魔法記述光跡から幾何学模様や文字が消え、ロープで編んだ網のようになり、そこに学院長の身体が音もなく収まった。



「黒い太陽どもよ。一つ、貸しじゃぞ?」



 聞き覚えのある声が再び、空から降ってきた。

 練が振り仰いだ先。青空を背に、小柄な影が浮かんでいる。


 肌の露出が多い、奇妙な衣装。竜を模したマスク。

 全身に纏う、紫色の魔力光。


 見間違えるはずがない。

 あの夜、練を寮の屋上に思念通話で呼び出した、人智を超えた存在だ。


「――ジオールド!?」


 すーっと音もなく、少女の姿をした旧神竜(エルダードラゴン)は、グラウンドの中央に降り立った。


「人間が扱うにしては大きな魔力の衝突を感じて、来てみれば。何やら面白いことになっておるな? どれ、我輩も混ぜてもらおうか?」


 ジオールドが、右手でルナリアを、左手でマリーを指さす。失神したままの二人に、パリッと指先から細い紫の電光が跳ぶ。

 ルナリアとマリーの頸筋に、紫の電光が直撃した。


「きゃっ!?」とルナリアの悲鳴。


「ひゃんッ!?」とマリーの悲鳴。


 一発で失神から回復した二人が、支えていたジェンカと紫音から離れ、きょろきょろする。状況がわかっていないようだ。


「私たちは、戦って……ハッ!?」


「ああ。そう言えば、いきなり水に呑まれたような――何だ、このプレッシャーは!!」


 ルナリアとマリーが同時に、ジオールドに気付く。


「まさか、貴女が」


「よもや、貴様が。黒陽練が遭遇した、旧神竜か」


 ルナリアとマリーの問いに、鷹揚(おうよう)に頷くジオールド。


「いかにも。我輩が、ぬしらの呼ぶところの旧神竜、ジオールドであるぞ。少しばかり遊んでやろうと思うてな?」


 くいくいと指先でジオールドがルナリアとマリーを誘う。

 ドラゴンマスクの下の表情はわからないが、声には明白な、からかいの色がある。


「ま、本気で遊びにしかならぬだろうが。頑張って我輩を多少でも満足させたならば、キャンディくらいならくれてやってもよいぞ?」


 ぶわりとルナリアの長い髪が風をはらんだように膨らむ。


「……子供扱いを! 切りつけられる大きさならば、旧神竜など我が聖剣の前には、恐るるに足らず!」


 ぼっとマリーの全身から、魔力が赤みを帯びた光となって噴き出す。


「キャンディとは言わず、その命、いだたくとする! ゆくぞ、ルナリア!!」


「承知!! セレブレイト、固有魔法『トリニティ・ブレス』、再起動!」


「クリムゾン、轟炎を纏えッ!!」


 ルナリアがステータス三倍強化の聖剣固有魔法を再び使い、マリーが鉄槌に爆炎の魔法を付加(エンチャント)した。


「参ります!!」「行くぞ!」


 ルナリアとマリーが、それぞれに聖剣とハンマーを構えて地を蹴った。でたらめとも思える速度で、一気にジオールドに迫る。

 ジオールドが攻撃に身構えた。


「ほう。存外、速い。この身は少々扱いにくいが――」


「ハアッ!」

「とりゃあッ!!」


 ルナリアが、ジオールドの胴めがけて聖剣で横に薙ぎ。

 マリーが、ドラゴンマスクへと鉄槌を振り下ろす。


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