チート姫、全力アタック
魔法技術学院高等部、グラウンド。
突発的に行われることになった、ブリタリア王位継承権を賭けたルナリアと学院長マリーの決闘。
すでに多くの野次馬が、グラウンドに集まっている。
白銀の鎧一式を纏い、左手に巨大な聖剣セレブレイトを提げたルナリア。
いつものゴシックロリータ様式のドレス姿に、真紅の巨大な鉄槌を軽そうに担いだマリー。
対峙する二人は、野次馬たちを黙らせる強烈なプレッシャーを放っている。
先に口を開くのは、ルナリア。
「この決闘に、私が勝てば。今後一切、練さまが関わるあらゆる事柄に対して、学院長の許可は不要。それで、よろしいのですね?」
にやりと嗤うマリー。
「応とも。黒陽練が望むのならば、一緒に儂の書庫に入ろうが、黒陽練を女子寮に連れ込もうが、おぬしが黒陽練の部屋にしけ込もうが、一切、儂は文句をつけん。好きにさかるがいい。ま、儂に勝てたらの話だがな」
「承知しました。では、ハンマー公が私に勝利した際には、私の王位継承権二位は差し上げます」
「言質は得た。もはや儂らに言葉は要らぬな」
「そうですね――では。初手から全力で参ります」
「おいおい。月穿ちなんか放つのではないぞ?」
月穿ち。
ルナリアの全魔力四〇〇〇超を費やす、月さえ墜とせるだろうと謳われた、戦術核にも匹敵する大規模熱閃光砲撃魔法。
マリーめがけて水平に放てば、魔法防御が可能なマリーはともかく、背後の野次馬、校舎、その先の街を焼き払った上に、学園のある東京湾上に浮かぶ人工島を飛び出し、対岸まで焦土と化す。
「そこまで見境なくは、ありません。私を魔力砲撃のみの聖騎士だとは、思わないでください。ジェンカ。総員、サポートを」
「はいデス」「アイ、マム」「イエス、ユアハイネス」
同じ声が三つ重なり、ルナリアの背後にメイド服の少女が三人、空間から滲み出すように出現した。
光学迷彩魔法機能で姿を消し、常にルナリアを警護しているドロイド、ジェンカだ。三体で一セット、意識を共有しているため、それぞれ個性はない。
希代の天才魔法道具師でもあるソニア・ソード=ブリタリアが造った『魔法が使えるドロイド』である。
「攻性防壁第四階梯、展開」「身体強化第四階梯、起動」「聖剣出力最大補強、開始」
ジェンカがルナリアに片手を向けて、それぞれに唱えた。
うっすらと桃色を帯びた魔力光が魔法記述光跡となってルナリアの身体に、手にした聖剣にと絡みつき、魔法を発動させる。
魔法で自身と武器を強化したルナリアに、にまりとマリーは笑って見せる。
「こっちの世界のゲームにある、バフのようだな。まあ、ドロイドを使ってはならぬと言ってなかった以上、サポートに文句はつけぬ。何なら、そやつらまとめて、四対一でも構わぬぞ?」
「いえ。そちらは私一人で、充分かと――術式展開。
父と子と精霊の御名において、祝祭剣」固有魔法『トリニティ・ブレス』、起動」
ルナリアの聖剣セレブレイトに刻まれた魔法紋様が、柄に埋め込まれた宝玉が、輝きを放つ。
マリーの顔色が変わった。
「トリニティ……主の全ての能力を三倍にする、祝福された剣の力をいきなり開放か! チート姫!」
「全力と言ったはず!」
轟く爆裂音。視界を失うほどの土埃。ルナリアが立っていた地面が破裂したかのようだ。
「ちいっ!」
マリーが鉄槌で頭をガードする。次の瞬間、刃が真上から振ってきた。
マリーが不可視の状態で普段から周囲に展開している七層の魔法防壁が一瞬で粉砕され、刃と鉄槌が火花を散らす。
「ハッ!!」
ルナリアがさらに聖剣を上から振るう。魔法強化された身体能力が放つ一撃、一撃。
でたらめな威力で、マリーの足下の地面が丸く陥没。それに留まらず、足が地面にめり込んでいく。
「調子の乗るなよ、小娘が! 爆炎裂光、轟け真紅の暴力よ!!」
マリーの鉄槌が炎をまとう。一拍遅れて火炎が爆ぜる。
爆炎が広がるコンマ数秒前に、ルナリアは大きく後ろに跳んでいた。
そのルナリアに、火炎が蛇のようにうねり、襲いかかる。
「輝けセレブレイト!」
光を放つ聖剣が、魔法の炎を真っ二つにする。ルナリアの左右に流れた炎が背後の野次馬を直撃――
する前に、ジェンカたちが防御魔法で火炎を防いだ。
ルナリアが聖剣を構え直し、言う。
「学園長こそ、少しは観客の生徒たちを気に掛けたらどうです」
「そやつらが防ぐと思っておったからの。それに、そんなものでおぬしが焼けるなどと、これっぽっちも思わぬわ」
ぶんぶんとマリーが柄の長い巨大な鉄槌を、チアリーディングのバトン回しのように軽々と振り回し、片手で柄の端を握ってルナリアに向ける。
「儂の二つ名『鉄槌使いの紅い魔女』。このクリムゾン・ザ・スレッジハンマーが紅い故ではないこと、知っておろう?」
「もちろんです。ここの生徒たちは、知っているのですか?」
「いいや。だから今、教えてやるさ――」
マリーが魔法記述光跡を展開する。音声拡散魔法だ。拡声器がなくとも、高等部の敷地中にマリーの声が響き渡る。
「野次馬ども、炎にまかれて死にたくなければ、グラウンドから離れろ! 見たい奴は、校舎の三階教室の窓からのみ、見学を許す!」
野次馬の生徒たちが、騒ぎ出す。
「炎?」
「学園長が何か無茶やるみたいだぜ?」
「学園長の二つ名って、もしかして」
「あの人、やると言ったらやるわよね」
「こうしちゃいられないっ」
「三階の教室、いい場所とらなきゃ!」
ネズミの大群が移動するように、野次馬の生徒たちが校舎へと一斉に駆け出した。
「おうおう、避難訓練の逆だが悪くない動きだな。アホな生徒ばかりならば、パニックになってもおかしくないというものを」
「学院長や講師の、普段の指導のたまものでしょう」
「褒めても、手は抜いてやらん――ぞ!!」
マリーが鉄槌を振り回し、自分の真正面の地面を打った。
土砂が噴き上がる。真上ではなく、ルナリアに向かって。
「奔れ、我が輩ども!」
土砂が一瞬で溶解し、マグマと化すほどの熱量が鉄槌から迸る。
溶解にとどまらず、蒸発で発生したガスに引火。土さえ燃やす強烈な火砕流がルナリアへと迫る。
「先の炎のように切れるものならば、切ってみせよ! チート姫!」
「切れないものならば、貫くのみ」
ルナリアが肩の高さで聖剣を水平に構え、切っ先を迫り来る火砕流に向ける。
その背後に、魔法記述光跡。円形の魔法陣が発射台として描かれる。
「月光、一閃」
魔法陣が起動した。自らの脚力に、魔法の重力と爆圧を利用し、聖剣もろともルナリアが全てを貫く槍と化す。
生身のままで音速さえ超えたルナリアと聖剣が、火砕流を貫き。
学院長へと突き立つ――
激突が衝撃波を発生させ、破裂した地面や吹き飛ばされた火砕流が、二人の姿を隠した。
「はははは。やりおるの、ルナリア。さすが聖騎士と褒めてやる」
「この一撃を止めるとは。ブリタリアの最古の現役魔法使い、驚きました」
聖剣の切っ先を、鉄槌が受け止めていた。紅の鋼の塊に、ぴしりとわずかながら亀裂が走る。
「……儂の鉄槌に、傷をつけたな? ハンマー=ブリタリア家そのものとも言える、このクリムゾン・ザ・スレッジハンマーに」
マリーの声が一段階、低くなる。
「王位だけでは足らぬぞ、この対価。ソードの娘。その命、差し出してもらおうか」
マリーの全身から、殺気が紅いオーラと化して噴出する。
物理的圧力さえ伴うプレッシャーに、ルナリアが後退を余儀なくされた。
「これまでとは格段に違う圧力――まさか、手加減されていたとは」
「ここまで手加減などしておらん。ただ……ちょっとばかり、今から本気になるだけだ。何せ、本気で儂が振るえば、このクリムゾンとて耐えきれぬからな。これを木っ端微塵にしてしまう前に、おぬしを粉砕してくれる」
揺らめく紅いオーラを全身にまとった『鉄槌使いの紅い魔女』は、幼女のような容姿に不似合いな、太い笑みを口元に浮かべた。