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本を探すのにも、魔法

 学院長でブリタリア王国屈指の魔法使い(ブラックアーティスト)、マリー・ゴールド・ハンマー=ブリタリアの私設書庫。

 今日も、魔法学の時間に練と紫音、レイチェルはここにやってきて、勉強をしている。


 今、レイチェルの相手をしているのは紫音。

 レイチェルは日常会話に困らないレベルの日本語は習得しているが、複雑な漢字の読み書きはまだまだ苦手だ。

 ハイスペックドロイドである紫音は日本語どころか、機能として、この世界の先進各国の言語をほぼ統べて使いこなせる。

 通訳を兼ねて、紫音が日本の小学校三年生の理科の教科書を用い、レイチェルに光について教えていた。


「レイチェルは光=火から生じるものってイメージしているみたいだけど、別に、そういうことはない。ほら。例えば、このスマートフォン。後ろに写真用のライトが付いているよね」


「……ただの板なのに、絵が表示されています! しかもこれで写真が撮れるのです!? さらに、何か明るいです!?」


「……ほんと、奇跡みたいな道具だよねえ、これ。この世界の道具で、ソニアさまが一番驚いたのが、このスマートフォンだから。これ一つで図書館が持ち歩けるようなものだし、遠方との会話も映像付きでできるし、魔法かたなしだよ」


「凄いです……凄いです……凄い、です! レイチェルもこれ、欲しいです!」


「それは後で、ルナリアさまにお願いしてみようか。まずはこの、光の性質を理解しよう」


「はいです、紫音先生!」


 紫音とレイチェルの会話を背中で聞きつつ、練は、書架の本をチェックしていた。


「……ジャンルごとに並んでいたりはしないんだな、この書架」


(そりゃあ、大鉄槌なんて武器を好むおおざっぱなマリーの書庫だからな。その蔵書リストがあるだけでも奇跡だと思っとけ)


 練の片手には、古びたノートが数冊。書庫に収められた本のタイトルと簡単な内容が箇条書きでまとめられた、蔵書リストだ。

 探しているのは、とりあえず二冊。


『多元平行世界と異次元の可能性』

『神に等しき旧い竜の伝承』


 ブリタリアにおける、異次元と平行世界についての本だ。

 先日。ジオールドの竜体がこの世界に出現した際、召喚魔法の余波でブラックドッグという異次元の怪異が多数、出現した。

 その騒動の最中、練のことを毛嫌いしていたクラスメイト、三条院道長が、異次元に通じているというブラックドッグに呑み込まれ、消えた。

 練は、道長から徹底的に嫌われているが、練自身は、特に道長のことは嫌いではない。

 むしろ、陰陽道の名家の跡取りである道長から、東洋で独自の発展をしてきた陰陽道の術式体系について、教えて欲しいくらいだ。


 助けてやったら、もしかしたら陰陽道について教えてもらえるかもしれない。異次元を応用した魔法に興味もある。


 そんな打算と興味本位で、練は異次元についての勉強をすることにしたのだが、参考書になりそうな本は、学院大図書館にはなかった。かなりマイナーなジャンルらしく、マリーの蔵書リストにも、それっぽいのは二冊しかない。

 その二冊を、一万冊もある書架の群れから練は探しているのだった。


(砂漠の砂の仲からダイヤを探すのよりは、ずいぶんとマシだろ)


「そりゃそうだが。参考書探しに勉強の時間を費やすのは、本末転倒だ……ちょっと作戦を立てる」


(お。どうするんだ?)


「本探しの魔法を組み立てる。タイトルはわかっているんだから、できると思うんだ」


(ふっふっふ。そんな魔法なら、すでにあるぜ? 俺が昔、組み立てた奴がな)


「そうなのか? なら、さっさと教えてくれ」


(こんな感じだ。わかるな?)


 グロリアスが魔法の理論をイメージとして練に伝える。すぐさま練は理解した。


「背表紙の文字列を、言語問わずに言葉の持つ意味そのもので検索し、見つけた本を発光させると同時に、意識に位置を通知するのか。よく出来た魔法だが――」


 むぅ、と練は短く唸る。


「……俺の『1』しかない魔力だと、そのまま行使するのは難しいな、その本探しの魔法。ちょっと練り直そう」


 練は、自分の学習用具をおいてある机に向かった。着席するとすぐ魔法研究用のノートを開き、ペンを走らせる。


(おまえ、そうして紙に術式を書くのが好きだよな)


「暗算とイメージでもできなくはないが、こうして紙に書いたことを読み直すことで、閃くこともある。書き出すことで間違いに気付いたりもするし、手を動かすことは嫌いじゃない」


(そのクソ真面目さ。ほんとおまえは魔法使い向きだよな)


「これくらい普通じゃないのか?」


(そうゆうのができない奴のほうが多いっつーの)


「そんなものなのか……よし、と。新しい術式、組むには組めたが……魔力『1』だと、さすがに蔵書探索も効率が悪いか」


(どれどれ……あー。探索エリアを絞って、タイトルを少しの間だけ光らせるだけになっちまったか。まあ、しゃーないよな。魔力『1』ならこんなもんだろ)


「とりあえず、試してみる」


 練は、組み立てたばかりの本探しの魔法を立ち上げる。掲げた指先から絹糸のような光る線が延びた。

 魔法効果魔力還元魔法を使う時と同じく、魔力効率を最優先させた極めて細い極微細魔法記述光跡だ。

 目をこらさなければ見えないほどの繊細な魔法陣を空中で編み上げ、


「起動」


 本探しの魔法を発動させた。

 ぱっと魔法陣が細かい霧のような光の粒子となり、練の伸ばしたテの前方へと拡散していく。


 練の視界の隅。少し離れた書架の下のほうで、ぼんやりと柔らかい光が灯った。


「運がいい。さっそく一冊、見つかった」


(急げよ、背表紙の光はすぐ消えちまうんだろ)


「わかってる」


 練は急いで背表紙の光っている本を取りに行った。

 手にして確かめる。背表紙の文字は、練の知らない文字だが、確かに魔法の光を放っていた。


(おまえが読めなくても当然だ。ブリタリアでもマイナーな古代語の一種だからな、これ)


「読めるのか?」


(当然。なんてったって俺だぜ? 『神に等しき旧い竜の伝承』だ)


「ということは、旧神竜の本か……どれ」


 練は本を開いた。かなり旧いものらしく、虫食いが少し目に付く。紙も痛んでいて、乱暴に扱えば破れそうだ。


「……予想はしていたが。中身も読めない言語だな」


(そりゃそうだ、古代語の時代に書かれた本だからな。しかも写本、人が手書きで写した代物だ。俺は読めるがな)


「こんな言語を習得するよりも、蔵書探索魔法の応用で、自動翻訳の魔法を組み立てたほうが早そうだ」


(ああ、そうか。言語問わずにタイトルの意味で検索するあの魔法の一部を突き詰めれば、確かに自動翻訳魔法ができるな。遠回りにはなるが、あとあとを考えたら作って損はないな、自動翻訳魔法)


「そうだよな……この魔力っ!?」


 練は、不意に大きな魔力を感じた。

 振り返ると、レイチェルの手元に、冗談みたいに強力な魔力による魔法記述光跡の球が出来ていた。

 術式は確かに、普通のライティングに近い。ただし、出力が桁違い。普通のライティングが懐中電灯の灯りなら、これはもう閃光で人間を麻痺させるスタングレネードだ。


「紫音、何をさせたんだ!?」


「光の性質を一通り教えたから、ライティングを試そうとしたんだけれど! だからレイチェル、そんな強力な光を作る必要はないんだ!」


「ふええっ、勝手に強くなっていくのですっ!」


「普通のライティングの一〇〇〇倍以上の出力か。洒落にならないぞ。それが発動したら。全員、失明するかもしれない」


「ふえええっ、それはとっても大変ですっ!!」


「レイチェル、焦ることはない。そのまま、そのまま」


 幸い、先ほど蔵書探索魔法を使ってから、一分間は過ぎた。

 魔力はおおよそ、一分間で一、回復する。練の場合、一分間あれば再び全力が出せるということだ。わずか一の魔力ではあるが。

 練は冷静に、前にレイチェルが中等部大食堂で魔法暴走をさせた時に使った魔法を構築する。


 魔法記述(マジックスペル)無効化魔法キャンセルスペル


 魔法記述光跡内の特定の記述を無効化することにより、魔法をキャンセルする魔法だ。


 練の手から広がった極微細魔法記述光跡が、レイチェルの手元の球形魔法記述光跡を包み込み。


「発動」


 レイチェルの魔法記述光跡が崩れて消え、後には一〇〇〇を超える濃密な魔力が残った。


「ついでだから、使わせてもらうよ。その魔力」


 練は魔力が空間に散ってしまう前に、先ほど、グロリアスが教えてくれた蔵書探索魔法に、さらに効果を加えて術式を構成する。


(おまえ、こうゆう即興アレンジ上手いよなあ。見つけた本、飛行魔法でこっちに引き寄せるんだよな、これ)


「これだけ大きな魔力があれば、誰でもできるだろ。この程度のアレンジなんか」


 練は手早く魔法記述光跡で術式を完成させ、発動した。

 手元から無数の光の矢が、広い書庫のあらゆる場所に散っていく。

 しばし後。練の手元に、一冊の本が飛んで来た。

 宙にふわふわと佇む本を練は手に取った。やはり表紙の文字は読めない。


(これはまた別の言語だな。お目当ての『多元平行世界と異次元の可能性』であってるぜ?)


「……やっぱり自動翻訳魔法の開発が、急務だな」


 練は手にした二冊の本を近くの机においた。感心した顔の紫音と視線が合う。


「ごめん、練。何だか僕、手伝いじゃなくて邪魔しただけのようだね」


「そんなことはないさ。レイチェルに理科を教えてくれるのは、大変、助かってる」


 練は今にも泣き出しそうな表情のレイチェルに目を向けた。


「レイチェルさんも、気にすることはない。今回も暴走はしたが、前回ほど致命的に危険なものではなかったから。魔力の出し方は訓練で修得できる、地道に頑張ろう」


「はいですっ、レン先生!」


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