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魔法の家庭教師


「失礼いたします、学院長。ルナリア・ソード=ブリタリアです。こちらにいらっしゃると聞きまして、伺いました」


 ドア越しに、ルナリアの声。マリーがすぐに応じる。


「中等部でのことはすでに報告を受けておる。入っていいぞ」


「ありがとうございます」


 ルナリアの礼の声と共に、ドアが開いた。ルナリアの他、レイチェル、練、アリスがいる。

 レイチェルの手を引き、ルナリアがまず学院長本室に入る。続いて練、最後にアリス。アリスがドアを締める。


 マリーがレイチェルへと目を向けた。


「レイチェル・ランス=ブリタリア。食堂で魔法暴走事故を起こしかけたと聞いたぞ? この学院は魔法暴走を抑える魔法陣を設置しておるが、それでも魔法を制御できなかったか」


 レイチェルが、小さな身体をますます小さくした。


「……申し訳ありませんです、ハンマー公さま」


「ふむ。ならば、他の生徒と一緒に授業を受けさせられぬか、やはり。魔法実習のたび、他の生徒に被害が及ぶ事態など学院長として見過ごせぬからの」


「…………レイチェルは、ここでもお荷物――違うのです。危険物なのです……」


 消え入りそうなほどに小さいな声で、レイチェル。

 ルナリアまでが泣きそうな顔になる。


「その巨大な魔力は、貴女のせいではありません。きちんと魔法を制御できるようになれば、何も危険なことなないのに……」


「でも、制御できないんだから危険なのに変わりはないのよね」とアリス。続けて、

「練が、この子の面倒、見てあげたら?」


「俺が?」と練。何のことかピンとこないような顔をしているが、すぐさま、紫音とマリーが反応した。


「ああ、なるほど。いいね、それ」

「そうか。その手があったな」


 ぱあっとルナリアの表情が明るくなる。


「確かに練さまなら、レイチェルの家庭教師に適任です! 先ほども、魔法暴走を防いでくださいましたし、魔法の知識や技術は、すでにこの学院の講師よりも上ですから!」


「俺が? 彼女に? 魔法を教える?」


 練にとって、魔法はグロリアスから学びながら独自に研究するものだ。この学院に来てからのおよそ一ヶ月、ブリタリアの蔵書が豊富な学院大図書館のおかげで、研究は捗っている。


 反面。『魔法を教えてもらう場所』としての練の期待を、この国立魔法技術学院高等部は、裏切った。


 近代ブリタリア式魔法の創始者グロリアスからマンツーマンで魔法の指導を受けてきた練にとって、この学院での魔法教育は、幼稚過ぎて意味すらなかったのだ。


(いいんじゃねえか? どうせ魔法科目の授業は退屈すぎて、自主的に自習ばっかりなんだからよ)


 と、練の中でグロリアス。レイチェルが泣き出しそうな表情で、上目遣いで練をおずおずと見る。


「……駄目、ですか? クロヒ公爵さま」


 練が、室内の人間を順番に見る。表情は違うが、誰もが練に期待しているのは明白だ。


「俺は、構わないが。断る理由もないし」


「ほんとうですか! ありがとうございます、です!」


 レイチェルの表情から暗さが一瞬で消える。輝くような笑顔という表現がぴったりの顔で、レイチェルがルナリアに抱きついた。


「ルナリアさま! レイチェル、魔法を教えてもらえるそうです!」


「よかったですね、レイチェル! 練さまにお任せすれば、安心して魔法を暴走させても大丈夫です!」


 アリスがこれ以上ないほどに苦笑した。


「……そこは嘘でも魔法暴走させないようにと言いなさいよ、ルナリアったら甘いんだから」


 紫音も軽く苦笑する。


「まあ。その甘さがルナリアさまらしさでもあるんだ、見逃してやってくれないかな」


「それはそうと」と練。

「学院長。俺が彼女に魔法を教えるとしても、時間と場所はどうするんですか? 放課後は、できれば大図書館での自習を続けたいんですが」


 ふふん、とマリーが意味ありげに笑った。


「時間は、おぬしの魔法学科目の時間をおおよそ使えるはずだ。この学院にある魔法暴走防止の魔法陣のシステムの都合で、中等部と高等部は、クラスナンバーごとに魔法学科目の時間割を合わせてある」


「俺は、高等部の一年一組。君は確か、中等部の一年一組に転入したと、他の生徒が言っていたか?」


「はいです。レイチェルは一年一組なのですよ」


「ということは、俺と君の魔法学科目の時間割は、同じってことか。それなら、その時間なら俺が君に魔法を教えることもできる、と」


「そういうことだ。おぬしの魔法学授業は免除してやるから、その子の指導を頼む。で、場所なのだが。儂の秘蔵の場所を提供してやろう。臨時とはいえ学院がおぬしに個別講師を依頼するのだ、報酬以外にも多少の役得もやらんとな?」


「秘蔵の場所?」と練。


「儂の私設書庫だ。大図書館ほどの蔵書数はないが……おぬしなら涎を垂らすような魔導書がずらりとあるぞ? 激レアばかりだ」


(おー! マリーほどの魔法使い(ブラックアーティスト)の私設書庫なんて、そうそう入れるものじゃねえぜ! 何せ魔法使いの書庫は、魔法使い本人の歴史みてえなものだからな!)


「……激レアの、魔導書……」


 練が夢を見るような眼差しになる。

 それを見るアリスが呆れ顔をし、ルナリアが困惑気味に苦笑した。


「――そういう表情、私たちにもしなさいよね」

「まったくです」





 中央ブリタリア王城、ソニア・ソード=ブリタリアの私室。

 机の上の水晶玉を覗き込み、紫音と意識を同調させていたソニアが、目元を片手で揉みつつ背筋を伸ばした。


「あー。紫音とつながっていると精神的に疲れるのよね……にしても。人の姿で顕現したジオールド、か。いったい何を考えているのかしらね、あの厄災そのものは」


 ソニアは日本から取り寄せた『人をとことん堕落させる大きなクッション』に、背中からぼすんと倒れ込む。


「まさか、とは思うけど……でも。可能性としては――けれど。さすがに、あの子(・・・)もそこまでするとは……」


「ソニア姉さま、いらっしゃいますか?」


 ソニアの思考は、ノックとその問いかけで途切れた。カミルの声だ。


「いるわよ。何か用? 入りたければ、入ったら?」


「では、失礼いたします」


 ドアを開けて、カミルが入室してきた。穏やかな微笑は普段通りだ。


「相変わらず何を考えているか、さっぱりわからない表情ね。いけすかないったらありゃしない」


「すみません、この顔は生まれつきなもので」


「顔に文句つけてないわよ。母さんによく似たその顔に文句付けるわけがないじゃない。気にくわないのは、目が全然笑ってない、その薄ら笑いだっての」


「はは。ソニア姉さまも変わらず辛辣ですね」


「で。いったい、何の用よ。あっちに人の姿をしたジオールドが出たってのは、もう知ってるわよ?」


「それは僕も聞きました。旧神竜が人の姿を借りる(・・・)だなんて、にわかには信じがたいのですが。あの『竜滅の黒い太陽』――黒陽練さんが遭遇し、ジオールドだと確かめたというのであれば、信じるほか、ないでしょう」


「ふーん……その話じゃないのなら、何の用だっての?」


「僕のレイチェルのことですよ。先ほどレイチェルから連絡があったんですが、何でも、黒陽練さんから魔法を教えてもらえるとか」


 ――僕の、と来たわね。

 ――ま、レイチェルが許嫁なのは事実だけど。

 ――やっぱり、微妙に気に入らないわよねえ。


「それも知ってるけれど、それが何? もしかしてあんた、それが気にくわないとか?」


「気にくわないなんて、とんでもない。近代ブリタリア式魔法の祖、あのグロリアス・ロードに匹敵するかもしれない黒陽練さんから魔法を教えてもらえるなんて、僕が変わってもらいたいくらいです」


 ――いけしゃあしゃあと、どの口で。


 カミルが本心でそう言っていないことくらい、見抜けないソニアではない。だが、ここでそれを咎めたところで、はぐらかされるだけだ。単なる時間の無駄である。


「僕のほうから黒陽練さんに連絡を取る手段も、なくはないのですが。できれば、ソニア姉さまのほうから、黒陽練さんにお礼を言っておいてもらえますか? 僕のレイチェルが、お世話になりますって」


 にこやかなカミル。

 ジト目のソニア。


「別にいいけれど。お礼がしたいなら、カミル。あんたが一度、あっちの世界に行ってきたら? 許嫁が行っているんだし、ちょうどいい機会じゃないの?」


 珍しくカミルの表情から薄ら笑いが消えた。意外、と言いたげな素直な表情になる。


「僕が、ですか。それは考えなかったな……わかりました。それも考えてみます」


「話はそれだけ?」


「はい。貴重なお時間、ありがとうございました。それじゃあ僕はこれで失礼します」


 優雅な所作で一礼し、カミルが部屋を出て行った。

 むーっとソニアは頬を膨らませる。


「なーんか、たくらんでるのは間違いないとは思うけど。微妙に読めないわね……さすがに。あれ(・・)は私の考えすぎだもの、きっと」


 それが考えすぎではないと、いずれソニアは自分の甘さを呪うことになる。

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