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黄金の操り人形師

 国立魔法技術学院の敷地中央、学院運営事務局の建物の最上階に、学院長本室がある。

 中等部、高等部、大学のそれぞれの校舎にも学院長室はあるが、学院長のマリー・ゴールド・ハンマー=ブリタリアが執務を主に執務を行うのは、学院長本室で、だ。


 今日も朝から、マリーは学院長本室に詰めている。近くのソファーに座っているのは、練のルームメイト、江井紫音だ。


「むー。やはり痕跡は残しておらぬか、あの旧神竜」


 魔法による通信で、学院島内を調べている警備員たちからの定時連絡を受けたマリーは、難しい顔をした。


「そっちは何かわからぬか?」


「それは僕に訊いてます? それとも、僕を通してソニアさまに訊いてます?」


「どちらでも構わん。わかることがあるなら早く言え」


「いらいらしても仕方がないわよ、ハンマー公?」


 紫音の口から紫音の声で、紫音とは違う口調の言葉。

 ドロイドである紫音の造物主、ブリタリア王国第一王女ソニア・ソード=ブリタリアが、紫音の口を借りて話している。続けて、


「わかっていることはシンプル。ジオールドを名乗る人の姿をした何かが、ブリタリア特区である学院島に現れた。目的は、練くんたち(・・)を見ること。それ以上でも、それ以下でもないわ」


「黒陽練の言葉をそのまま信じるならば、な。出現した『ジオールドを名乗るもの』が、あくまで黒陽練たちの観察のためだけに現れたのならば、脅威と見なす必要はないかもしれぬ。

 だが。敵対する意志がないと言ったところで、誰が、獅子と同じ檻に入りたがる? ……まあ、獅子なんて生やさしいものでもない故、たとえが不適切かもしれぬがな」


「あはは。そうね、なにせ相手は旧神竜……神にも等しき竜、それも『厄災』ジオールドだもの。そんなもの、獅子にたとえたらそれだけで怒りを買って滅ぼされかねないわね、世界まるごと」


「……ブリタリアが異世界だからと、のんきに笑うでない。仮に、だ。奴が召喚されることなく自らの意志でこの世界に現れたのならば、そちらの世界にも、奴は自由意志で出現できるということだぞ?」


「そうね。考えると、ぞっとしないわね。でも、勝手にやってくる厄災を、私たち人間がどうこうしようってのも、おこがましいと思わない?」


「思うから、困るのだろ。なにせ我らは王族。統べる民の命も生活も尊厳も、守る義務がある。強大な敵が来たから諦めろとは、口が裂けようが腹が割かれようが、言えぬ。違うか、ソニア王女殿下?」


「ええ、まったくもってその通り。敵がどれほど強大であろうとも、我らブリタリア四王家は決して逃げず、怯まず、竦まず、立ち向かい。そして必ず、これを打ち破る。そうして私たちブリタリアは、世界を統べてきたのだから」


「敵が旧神竜であろうが、それは変わらぬか……それに。今の儂たちには『竜滅の黒い太陽』が、おる――

 とでも、言うか? ブリタリア史上、もっとも王位に就かぬことを政治家どもに望まれぬ、王位継承権第一位の姫よ?」


 竜滅の黒い太陽。

 かつてはグロリアス・ロード=ブリタリアの二つ名であり、先日、練がブリタリア王国より正式に贈られた『竜を滅ぼしもの』としての、二つ名だ。


「言うわよ、『鉄槌使いの紅い魔女』? 私はきっと、誰よりも彼を高く評価しているから。そしてその真価も、誰よりも理解しているつもり」


「言いよるの、ソニア王女――いや。『黄金の操り人形師』?」


 鉄槌使いの紅い魔女は、武器に紅い大鉄槌を好むマリーの二つ名。

 黄金の操り人形師は、ブリタリア王国随一の魔法道具師として誉れ高き、ソニアの二つ名。


「好きじゃないのよね、その二つ名。まるで、裏から悪事に糸を引いてばかりいるみたいで。そういうのはカミルのほうがお似合いだっての」


 カミル。ソニアとルナリアの弟で、第一王子だが、王位継承権に男女の区別がないブリタリアでは、王位継承権第三位。

 証拠は何もないが、ジオールドの竜体をこの世界に出現させた黒幕だと、ソニアは考えている。

 ブリタリアでは、王位継承権争いにおける暗殺を悪としない。


 殺されるほうが、王としての資質に欠けるのみ。

 暗殺程度で命を失うような王に、世界を統べる資格はない。


 カミルがルナリアを暗殺しようとしたところで、何も不思議はないのだ。

 くっくっくっ、と喉を鳴らしてマリーが笑う。


「あの小僧、か。実の姉の命を積極的に狙うなど、ここ数十年のブリタリアではいなかった王子だな。儂は嫌いではないぞ」


「他人事だと思って……さて、と。そろそろ紫音(このこ)、解放してやってくれない? この子の存在意義は、ルナリアと練くんの護衛なんだから。こんなところで老人の茶飲み友達をさせるために造ったんじゃないってーの」


「黒陽練の護衛なら、聖騎士と暗殺者が揃ってついておるだろ? 『真円に満ちる白い月』と『サウザンドブレード』がいて、誰があの小僧を害せるというのだ?」


 真円に満ちる白い月、はルナリアがブリタリアより授かった、正式な二つ名。

 サウザンドブレードは、暗殺者として一部に名を馳せているアリスの二つ名だ。


「あの二人ならば。命に変えてでも黒陽練を守るだろ?」


「それは否定しないけど。そんなことで命をかけられたら、練くんはきっと嫌がるだけよね」


「……あれは、そういう小僧だったな。そうだな、そのドロイドとソニア王女殿下には、状況分析にずいぶんと付き合ってもらった。大変助かった、この恩はいずれ返そう」


「貸しっぱなしで構わないわよ、この程度。じゃ、私は引っ込むわね。紫音、お疲れさま」


「はい、ソニアさま。後はお任せください」


 紫音の口調が普段に戻った。


「というわけで僕も練のところにもどっていいですか、学院長?」


「ああ、構わぬぞ――と、その前に。向こうからやって来たようだの」


 マリーが学院長本室の入り口ドアに目を向けた。紫音もそちらに顔を向ける。

 直後。こんこん、と軽いノックの音が響いた。


「失礼いたします、学院長。ルナリア・ソード=ブリタリアです。こちらにいらっしゃると聞きまして、伺いました」

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