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練に会わせたい人

「昨日の夜の雷、凄かったよなー」

「高等部の寮に雷が落ちたんだろ?」

「そうそう。窓がビリビリ震えてさ」

「ガラス、割れるかと思ったよ」


 練たちがジオールドと遭遇した、翌日。練が登校した教室では、生徒たちが昨夜のことを語り合っていた。

 雷鳴が、ジオールドの放った攻撃魔法だと気付いている生徒は、誰もいないらしい。自然現象としか思っていないようだ。


(まあ。あんなの見てたら、こんな騒ぎじゃすまねえけどな)


「……ああ。まったくおかげで、こっちは……ふわぁ」


「おはよ、練。眠そうね」


 横から練に声を掛けたのは、左隣の席にやってきた千羽アリス亞梨子。異世界ブリタリア出身で、ブリタリア王国第一王子カミルの、元特殊工作員。二つ名を『サウザンドブレード』。


「おはようございます、練さま。昨夜はよくお休みになられなかったのでしょうか」


 今度は右隣の席。ルナリア・ソード=ブリタリア。言わずと知れたブリタリア王国第二王女にして、ブリタリア王国史上一〇人に満たない聖騎士の称号を持つ、魔力量四〇〇〇オーバーの超魔法剣士。

二つ名は『真円に満ちる白い月』。


 スレンダーで小柄なアリス、歳の割には豊満な体つきのルナリア。

 どちらも誰もが認める美少女であり、この二人が好意を隠さない練は、それだけでも妬みそねみの対象だ。


 昨夜の雷鳴について雑談していた生徒たちが、羨望の眼差しを練に向けた。


「……また黒陽ばっかりモテてるぜ?」

「ノウ無しなのになあ、黒陽」

「そのノウ無しよりずっと下だけどな、俺たちの魔法のレベル」

「黒陽、金持ち爵位持ちで、もう二つ名持ちだもんなあ」

「あの噂。どうにも信じられねえが、この前の竜を滅ぼしたの、黒陽なんだろ?」

「あー、納得いかねえー。そりゃモテるよな。くそお」


 二つ名持ちは、ブリタリアでは超一流の証。

 練にも先日、ジオールド撃退の功績により、公爵の位と共に、ブリタリア王と賢人議会、元老院の全会一致で、二つ名が送られた。


『竜滅の黒い太陽』。


 ブリタリア史上、二人目の『竜を滅ぼし勇者』としての称号だ。一人目は、初代ブリタリア王グロリアスである。


(何か外野が言ってるぜ?)


「別に気にしないから問題ない。眠いし」


「ほんと眠そうね」とアリス。


「睡眠不足はいけません」とルナリア。

「それなら今からでも、保健室でお休みになられてはどうでしょう。私が添い寝――いえ、付き添いますので」


 むー、とアリスが不満顔になる。


「そうゆう抜け駆けはしないって誓ったよね、お互いに」


「抜け駆けではありません。これは練さまの健康を心配してのことですから」


「ほんっとものは言いようよねっ。いいわよ、それなら私も付き添って添い寝するだけだから、同じベッドで」


 穏やかな微笑を浮かべたルナリアと、不満を隠さないアリスの視線が衝突し、練を羨む声が増える。


「すっげー、朝から修羅場ってやんの。羨ましい」

「っつーか、あの二人。どんだけ黒陽がいいんだか」

「少なくとも妬んでブツブツ言ってる男子よりはいいんじゃない?」

「ブリタリアの貴族さまになったもんねー、黒陽くん」

「付き合って損はしなさそうよね。人畜無害そうだし」


 今度は女子の声も混ざった。外野の声より、練は目の前の二人のほうが気になる。ここは話題を変えないと、と口を開き直す。


「俺の寝不足の原因。王女殿下、昨夜のことはだいたい学院長から聞いていますか?」


「はい、おおむねは。あれ(・・)が人の姿で現れたとは、にわかには信じがたいのですが……それよりも。私のことは、ルナリアとお呼びくださいと、あれほど念を押しましたのに」


 あれ。ジオールドのことだ。名を伏せたのは、周囲への影響を避けてのことだろう。

 ルナリアがもじもじとする。


「私は、髪の一筋、血の一滴、この身に宿す魔力の一欠片まで、全て、練さまのものなのですから。それも、ブリタリア王国、公式に」


「ルナリア、あんたね! 王様と議会のお墨付きもらったからって、練本人が承諾しないで保留にしたんだから、ちょっとは遠慮しなさいよ!」


 アリスが王族のルナリアに向かって、ブリタリアならば不敬罪で即座に処罰されそうなことを、平然と言い放った。

 言われたルナリアも、どこ吹く風と平然と返す。


「事実を申し上げたまでです、アリス。アリスこそ多少は私に遠慮しなさい、私は貴女の雇い主ですよ?」


 カミルを見限ったアリスは、今はルナリアに護衛として雇われている。当然、立場は弱い。


「ぐぬぬっ、それを言われると辛いのよ……ねえ、練! 私が前の役目を辞めて今の立場になった責任は練にもあるんだから、練が私を養ってよ! お金ならあるんでしょ、それくらい平気よね!?」


(そーいえばおまえ、金持ちだったなあ。公爵になった時にもブリタリアから報賞(ほうしょう)出たんだろ? 何億円か知らんが)


「資産がざっくり倍にはなったが、あまり自分の金という気はしない。あんなにあっても使い道はないし」


 練はかつて、ルナリアがテロで命を落としそうになった際、身を挺してルナリアを守った。その際に、日本円換算でおよそ五億円の報賞金をブリタリア王国より与えられた。


 つい先日のジオールド撃退の偉業にもほぼ同じ額の報賞を賜ったが、資産管理は保護者である叔母夫婦と顧問税理士、弁護士に任している。


 アリスが自分の顔を指さし、練に身を寄せる。


「ほらほら、お金の使い道ならここにいるわよ! 養ってよ!」


「いや、アリスだってこの世界に実家があるんだろ? 別に困ってないんじゃないのか?」


「実家って。まあ、千羽の家ってのは確かにあるけれど」


 アリスのフルネームは、千羽アリス亞梨子。正体はブリタリア人だが、カミルの諜報員をしていた際に、現地である日本の戸籍を裏手続きで取得している。

 ぐいっとアリスが練に目一杯、顔を寄せる。


「当たり前だけど、千羽の父親役は他人よ、他人。いちおう企業の社長ってことになっているけれど、その企業ってカミルの現地調査組織そのものなの。実の娘でもなく、カミルと袂を分かった私が、家からお金をもらえると思う?」


「……思わない。そうか、それなら――」


 練の言葉の途中で、ルナリアが後ろからアリスの襟をぐいっと引っ張った。


「練さまはその辺り、気になさる必要はありません。これは私とアリスの問題ですので。そうですよね(・・・・・・)、アリス?」


 ルナリアが静かに、しかし明らかに反論を許さないというような口調で告げた。

 ぎくりとアリスが身を固くし、練からぎこちなく離れる。


「そ、そうよね。う、うん。大丈夫、お金のことなら。考えたら私もけっこう貯金あるしっ。とりま練、さっき言ったことはまた今度考えてくれればいいから!」


(やっぱ雇う側と雇われる側の力関係は、わっかりやすいよな。何かアリスが哀れに思えてきたぜ)


「それはそうと、練さま」とルナリア。

「本日の昼休みですが、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


「昼休み? 別に構いませんが、何か用ですか?」


「はい。会っていただきたい人がおります。それではお昼に、中等部寮の大食堂までご一緒していただけますでしょうか」


(もしかしてブリタリア王にご紹介ってか? にしては中等部の食堂っての変な話か)


「中等部の食堂?」とアリス。

「誰に会うか知らないけど、私も一緒に行っていいのよね? 一応私、王女付きの護衛になったわけだし」


「ええ。もちろんです。ところで、練さま。今日は紫音を見かけませんが……?」


 紫音。練のルームメイトだが、その正体は、ルナリアの姉でブリタリア王国第一王女、ソニア・ソード=ブリタリアが造り、その魂の一部を分け与えた超精密少女型ドロイドのことだ。


「紫音は、昨夜から学院長のところだよ。昨日の事件を調べるのに、紫音の性能――いや、能力が使えるらしい」


「そうなのですか。紫音は、同行してもらわなくても大丈夫ですから、大丈夫ですけれど」


 紫音は、練に会わせる人間のことを知っているようだ。

 紫音の知識は、創造主たるソニアと同じもの。すなわち、ルナリアが会わせようとしている人間を、ソニアも知っているということだ。


(紫音も知り合いって、まっさか。マジでブリタリア王その人が出てくるんじゃねーだろうな?)


「まさか」


 思わず練は声に出した。ルナリアが小首を傾げる。


「まさか、ですか。何がでしょうか?」


「あ、いや。今のはただの独り言です」


 取り繕いながら練は考える。


 ――誰に会わせるというんだ?


 そのタイミングで予鈴がなり、会話は強制的に終了となった。


「ま、いいか。昼になればわかるだけだ」

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