姫騎士、颯爽と出現! と、思いきや……?
(急げ練、魔力が散るぞ!)
「わかってる。だが、何を使おう?」
練がまともな威力の魔法を使うのは、三年ぶりだ。
使いたい魔法は色々ある。
意趣返しでそのまま火炎魔法か。
それは芸がない。何かアレンジを加えようか。
それとも――
(あ、バカ! グズ! ノロマ!)
「……あ」
練は己の優柔不断さを悔いたが、もう遅い。
魔力の塊が崩れ、空間に拡散してしまった。
「魔力が散るまでせいぜい数秒ってことか。これはこれでいい経験にはなったが――」
練は気を取り直し、改めて道長を見やる。
道長が、震える手で同じ折り紙を取り出した。
「今のは、何かの間違いだ……僕の最大の攻撃魔法が、ああも簡単に消されるわけが……――わけが、あるものか!! 僕が魔法の制御を誤ったに決まっている! そして僕は同じ過ちを二度とは繰り返さない、三条院の跡継ぎとして!!」
道長が再び詠唱をし、魔法を起動させる。魔法記述光跡を纏った折り紙が弾け、先と寸分違わず同じ大きさ、威力と思しき炎の鷹が再度、羽撃いた。
(あの小僧。名門の出だけあって魔力蓄積量は凡人レベルじゃねえのか。あの様子だとまだ余裕があるな、二〇〇以上の魔力を持っていそうだ。こりゃやばいな)
「ああ。非常にまずい」
(だよなあ。あれを防ぐ手立てなんざ、今の俺たちにはねえからな。おまえは死んでもマリーが蘇生させてくれるとして。中に同居している俺はどうなるか、わかったもんじゃねえ)
「今度こそ喰らえ、我が最大の攻撃魔法!! ゆけ、紅蓮鷹ッ!!」
道長の命に従い、炎の鷹が練へと飛ぶ。
練は肩にかけているメッセンジャーバッグを外してストラップを握り、反動を付けて炎の鷹めがけて投げつけた。
バッグと炎の鷹が空中で衝突する。
ドオッと爆音が轟き、宙に巨大な火炎の花が咲き、バッグが消し飛んだ。
「やったか?」
(駄目だ! あれを爆発させるには、カバンじゃ大きさが足りねえ!)
「甘いぞ黒陽練!!」
道長が勝ち誇った顔をした、その直後。
空中の火球から炎の鷹が飛び出す。バッグを消し飛ばした程度では威力がほとんど減じていないらしい。炎の鷹が力を誇示するように、その場で幾度も炎の翼で羽撃く。
今度こそ直撃を喰らう。
確実に、死ぬ。
どうせ死ぬんだったらマリーの蘇生魔法をこの身で体験し、可能ならば覚えてしまおう。
練はそう覚悟を決めた。
(しゃあねえなあ。付き合って死んでやるか)
苦笑するグロリアス越しに、練はすぐ前の地面に魔法記述光跡が走るのを見た。
練は反射的に魔法の構成を読む。
マリーが使った転移魔法と基本は同じだが、規模が大きくさらに密度が高い。
魔法記述光跡の中に『From Central Britalia King Castle』の文字を練は見て取った。
ブリタリア王国の言語はこの世界の英語と、単語も文法もほとんど同じだ。
(異世界間転移魔法!? それも中央ブリタリア王城からだと!)
「誰が来ようがもう遅い! 僕を侮辱したことを悔いて死ねえ、黒陽練ッ!」
ホバリングしていた炎の鷹が、火の粉を散らして練に襲いかかる。
「させません」
凜とした女の声を、練は確かに聞いた。
練の近くに人影はない。
となれば、声は転移の魔法陣の向こうからだ。
ゆらりと魔法陣の中に不鮮明な人影が浮かび上がる。そして、カッと魔法陣が閃光に転じた。
その眩しさに練は片手で目をかばいつつ、細めた目で指の隙間から見る。
魔法陣の輝きを跳ねて踊る、白銀の長い髪。
白いシルクと思しきドレスに不似合いな、胸と背中を覆うブレストプレート。
腰の両側に提げられたサイドプレート。両腕の肘から先にはガントレット、膝から下もアーマー装備。
そして、左手には抜き身の大剣。
刃の長さだけでも練の背ほどもある剣だ。両手剣型の長い柄には幾つもの宝珠がはめ込まれ、幅広の刀身にはびっしりと魔法の術式が刻印されている。
練は初めて見たが、それは、話に聞くブリタリアの聖騎士の出で立ちそのものだった。
「輝け、我が剣セレブレイト!」
女聖騎士が左手の大剣を両手で構え、振りかざした。
刀身に刻まれた術式が魔法の光を放つ。
「はあああああッ!!」
裂帛の気合いと共に女聖騎士が突っ込んでくる炎の鷹めがけて大剣を振り下ろす。
炎に実体はない。炎の鷹が大剣をすり抜け、練へと迫る。
練の両目に、右と左に別れた炎の鷹の姿が映った。
命中する寸前、炎の鷹が中心で左右真っ二つなり、練を避けるように右と左に弧を描いて進路を変えたのだ。
練の背後。
数十メートル離れた地面で爆発が二つ起こる。
爆音が広がり熱風が吹き荒れる。
「ぼ、僕の紅蓮鷹が、そんな、バカな!! 魔法を斬るだなんて、ありえない!!」
道長がわめき立てるがまるで聞こえていないかのように、女聖騎士が剣を提げ、優雅な仕草で振り返った。
鎧が見た目に反して、しゃらんと軽く澄んだ金属音を立てる。
サファイアのような蒼く澄んだ瞳が練を映す。その双眸を練は覚えていた。
練のみならず、この学院に関わるものならば誰もが彼女の顔を知っている。
そこにいたのは、練が魔力を失ったきっかけとなったブリタリアの王女。
ルナリア・ソード=ブリタリアだった。
三年前のあの事件以来、練はルナリアとは一度たりとも会っていない。
命を助けた礼も直接言われることはなく、使いのものから手紙を受け取っただけだ。
(ほお。あん時はただのガキだったが、三年で結構いい女になったじゃねえか。出るところもだいぶ出てよ、ふむふむ)
グロリアスが値踏みするようにルナリアを眺め回す。
胸部を覆うブレストプレートの盛り上がりは、かなりのものだ。
体型を偽っていないのならば中身も相応なはず。
ドレスの腰は細く、腰骨辺りからつり下げたサイドアーマーは広がりが大きく、その下の曲線を想像させる。
練と同じ一五歳にしては、ルナリアは成熟した体つきだ。
顔立ちにわずかな幼さを残しているが、それが逆にスタイルの良さを強調している。
「……」――あんたのせいで俺は魔力を失った。
――そう言ったところで、今さら意味はない。
――ないんだが、やはり複雑な気分だ。
練は無言で、じっとルナリアの蒼い瞳を見つめ返した。
ルナリアの頬に、ぱあっと朱が散らばった。
相当な重量があるだろう大剣を胸元でかかえ、もじもじとする。艶やかな桜色の唇が、わずかに震え、はあ、と小さな吐息が漏れた。
「そんなに見つめられると、恥ずかしくなってしまいます」
(何を雰囲気作ってんだよ、おまえ。俺も照れるじゃねえか)
「……そんなつもりはないんだが。王女殿下が、どうして騎士の格好なんかしてるんです」
練は何をどう言えばいいかわからず、率直な疑問を口にした。
ルナリアが真顔に戻り、真っ直ぐな視線を練に向けた。
「三年前、異世界が見たいという我が儘だけでこの地に来た私は、何もできない子供で、貴方の未来を奪って、この身を救われました。ほんとうに合わせる顔などありませんでした。ここに、改めて謝罪いたします」
深々とルナリアが頭を垂れる。練は申し訳ない気分になった。
「いや、そのことはとっくに終わったことで、今さら謝られても困ります。俺にはどうしてやることもできないですし」
「何もしていただく必要はありません。そのために私は三年を費やして才能の限界まで魔法と剣を学びました、聖騎士の称号を、我が父、ブリタリア王より賜れるように。御身はこれより、私が守護いたします」
ルナリアが頭を上げて剣の刃を両手で掴み、柄を練へと差し出した。
練は瞬きし、宝珠の飾られた柄を見やる。
柄を差し出された意味がわからず戸惑った。
「どうしろと」
(おまえの騎士になりたいって言ってんだ、この王女。騎士は仕える主から剣を賜るモンなんだよ。剣を受け取って、適当にそれっぽいことを言って返してやればいいだけだって)
グロリアスが、知識のない練にも雑だとわかる説明をした。
「いや、さすがにこれはおかしいでしょう。どうして一国の第二王女の主なんかにならねばならないんです。そんな面倒なこと、俺は遠慮します」
「そ、そんなあ! それでは私は、いったい何のために三年間、幾度も死にかけては復活の魔法で蘇生されるような修練を積んできたというのでしょうか!」
ルナリアが悲壮な顔をして、半ば泣くように訴えた。
「知りませんって」
練は本気で困惑した。
これまでの人生でもっとも対応に困っている。
(いいじゃん、もらっとけ。いい女になってるし、騎士は主の命令には逆らわねえぜ? ほれ、あんなことやらこんなことやら思春期の妄想をぶつけたって構わねえんだ)
「うるさい」
練は苛立ち、ぴしゃりとそう言った。
グロリアスへの言葉だが、そんなことなどルナリアにわかるはずがない。
「う、うるさいって言われて、しまいまし、しまいま、しまい、しま――……」
ルナリアがかわいそうなくらいに狼狽し、事態に対処しきれなくなったのか、きゅうと変な声を漏らして練に剣の柄を差し出したままの姿勢で、硬直してしまった。
目からも光が失せている。
立ったまま失神しているかのようにさえ見える状態だ。