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新たなる竜滅の英雄(2)

 靴を履き替え、練たちは昇降口からグラウンドに出る。

 空には雲一つなく、風が東京湾の潮の香りを運んでくる。


「いい天気だな。こういう日は学校をサボって、海浜公園辺りで魔導書でも読みたいものだ」


「何を微妙にずれた呑気なことを。見なさい、来るわよ」


「来るって、何が――これは。魔力か」


 練も気付いた。グラウンドの中央、大きな魔力の流れと共に魔法記述光跡が出現した。

 魔法記述光跡の数が見る前に増え、地面を重なりあって走り、グラウンド一杯の大きさに魔法陣を形成する。


「――大規模な次元間転移魔法? にしても、この大きさは……?」


(小さい城でも持ってきそうな勢いだな、おい)


「城だって?」


 カッと巨大な次元間転移魔法陣が発動し、一瞬、練は視界を奪われる。


 リンゴンという鐘のような音。


 視界の戻った練は、首を傾げた。

 目の前。立派で荘厳な石造りの、教会と思しき建物が、出現していた。

 中央の尖塔の上。ロングソードが組み合わさった十字架のオブジェが飾られている。


(剣十字か。ブリタリア聖教の教会だな、これは)


「教会? 何でそんなものが」


「ちょっとここまでは想像してなかったわよ、ルナリア……!」


 王女を呼び捨てにし、ぎりっとアリスが歯ぎしりをする。


 校舎のほうでは当然のように窓際に生徒たちが集まり、何だ何だと騒いでいる。

 練とアリスの真正面。中央から両側に開く造りの、彫刻や飾られた大きな木製の扉がある。

 その扉が、音もなく教会の中から外へと押し開かれた。

 扉を開いたのは、右も左も、メイド服姿のジェンカ。

 その間にいるのは、純白のドレスを身に纏ったルナリアだった。


 ブレストプレートの代わりにネックレスを。

 ガントレットの代わりにブレスレットを。

 膝下のフットアーマーの代わりにハイヒールを。

 そして、大剣の代わりにブーケを胸に抱いている。


 どこからどう見ても、ルナリアは花嫁の姿だった。


「さあ、練さま。お召し替えの用意は済んでおります。こちらに」


 と朗らかに微笑し、ルナリア。


「こちらに、じゃないわよ! いきなり何なの、これ!!」


 と般若の形相で、アリス。


「略式の婚儀ですが、何か」


「何か、じゃないでしょう! 練、あんた! どう思うっ?」


「どうって。ええと――」


 何をどう言えばと練は考え、ふと思い出す。ルナリアに、会った当日に言われたことを。



『御身に、娶られに参りました』



(あっはっはっはっ。本気だって言ってたが、本気も本気、超本気だったのか!)


 グロリアスの爆笑が練の頭の中に響く。

 練は不敬ながら、ルナリアを指さした。


「――本気? 彼女が? まさか?」


「私は最初から、そう申しております。再会した日はまだ私個人の願望でしたが。この度、父より正式に、練さまに嫁ぐよう申しつけられて参りました」


「日本の法律だと、男子は一八歳、女子は一六歳になった上で、保護者の同意がないと結婚ってできないんだが」


「ここはブリタリア行政特区。すなわち東京都でありながらブリタリア王国内です。ブリタリアでは男女共に一五歳で、保護者の承諾なく結婚ができますので、何ら問題はありません」


「そうなのか?」


 練はアリスに訊ねた。アリスの声が裏返る。


「そりゃブリタリアの法律なら、そうだけど! だいたい、いくら命の恩人だからって、練は平民よ!? それも魔法後進世界の!? ブリタリア正統王家から妻を娶るなんて、王が許したって元老院も賢人議会も認めないでしょ、そんなの!」


 練の聞き覚えがない組織名が出てきた。何だろうと思う練に、グロリアスが教える。


(元老院ってのは貴族のジジイやババアで構成された、この国だとそうだな、参議院みたいなもんだ。で、賢人議会ってのは、主に平民の識者や学者なんかで構成された、衆議院っぽいもんで、ま、早い話がどっちも王の下で政治をやってる連中だ)


「……単純な封建制でもないのか、ブリタリア王国って」


(そりゃ、まあな。いつまでも中世のまんまじゃねえさ、あっちも)


 練とグロリアスを余所に、アリスとルナリアが話を進める。


「徹夜での議論の末、ブリタリア建国の王グロリアス・ロード=ブリタリアと同じ『竜滅の黒い太陽』の二つ名を、元老院、賢人議会ともに認めてくださいました。

 よって練さまは二つ名と共に『真魔法士』(ブラックアーティスト)の称号と、爵位を得ました」


(おまえ、これからはブリタリアの貴族だってよ。ま、竜殺しの英雄なんだ、子爵くらいなら別になっても驚きやしねえ)


「俺が?」と練は自分を指さした。

 アリスが、ものすごく面白くなさそうな顔をする。


「そうだって。男爵か子爵が知らないけど、貴族さまにされてるわよ、勝手に」


「男爵などではありません。公爵です」


 とルナリア。グロリアスが高笑いを上げた。


(あっはっはっはっ、練、おまえ。ハンマー公こと学院長のマリーと同じ爵位だってよ、どうすんだ、そんなのもらって。公爵だと、ブリタリアじゃ王族扱いになるぜ?)


「まったくピンとこない」


 きょとんとする練。


 一方で校舎では、生徒たちが大騒ぎを始める。グラウンドのルナリアの声は普通なら校舎まで届かないが、魔法の補助で聞き取った生徒がいたらしい。


「元神童、公爵になって王女と結婚するんだと!」

「マジでッ!?」

「姫さまが騎士になるとかそういうレベルの話じゃねえじゃん、もうっ!」

「公爵さまならあたしが結婚したい!!」

「てめえノウ無し、ふざけんじゃねえ!」

「羨ましすぎて死にたくなるぜ!」

「おめでとう王女さま!」

「王女さま、綺麗!!」

「黒陽は殺す、二度殺す、三度死ねッ!」


 気の早い生徒が甲高く指笛まで鳴らし、罵倒と祝福の声が校舎から降ってくる。

 アリスが呆れ顔で校舎を見上げる。


「……収拾が付きそうもないわね。今日、授業ってできるのかしら」


「アリス。急に落ち着きましたね」


 ルナリアがアリスを呼び捨てし、そう告げた。

 アリスが、先ほど騒いだのが嘘のように、余裕の表情で返す。


「当然よ。練の反応見てれば、わかるもの。彼にその気がまったくないことくらい。この魔法馬鹿は、爵位だとか王族入りだとか、そんなことで尻尾を振ったりしないわよ?」


(魔法馬鹿だとよ)


「否定はしない」


 ルナリアが、勝ち誇ったように微笑する。


「それは私もよく理解しております。だからこそ、この婚姻には意味があるのです。我が夫となれば、王位継承権が私から練さまに移動すると共に、王族秘匿書庫への立ち入りの権利が得られますので」


 練はすぐさま、ルナリアの言葉に食いついた。


「王族秘匿書庫!? それって禁書クラスの魔導書が納められていたりするのか!?」


「練、肝心なのはそこじゃないってば! 王位継承権って話、聞いてた!?」


 アリスが再び動揺して声を張り上げた。


(おう、あるはずだぜ? そもそも秘匿書庫を作ったのは俺だ。俺が当時集めた、超レアで激ヤバの禁書が、ずらっと納めてあるはずだ。多少品揃えは変わっているだろうがな)


「いや、そんなものはどうでもいい。そっか、禁書が読めるのか……」


 練は見たこともない王族秘匿書庫に思いを馳せる。

 どんな魔導書があるのか想像しただけで夢見心地になり、現実が目に映らなくなった。


(王位継承権をそんなものって、おいおい。ルナリアから委譲されるってことは、二位だぜ? 第一位のソニアに何かあったら、おまえがブリタリアの次の王になるんだぜ?)


「ですから、練さま。さ、略式ではありますが婚姻の儀を執り行っていただきましょう。神父さまもお待ちです」


 ルナリアが練へと歩み寄ろうとした。

 その前に、アリスが立ちふさがる。


「暗殺が当然のブリタリアの王位継承権争いになんか、練を参加させないわ。どうしてもというのなら! 私を倒して、かっさらうことね!」


 あろうことか、アリスがルナリアに向けて攻撃魔法の魔法記述光跡を展開した。

 だがルナリアも動じない。ブーケを横のジェンカに押し付けると、花嫁衣装のままで大剣を呼び出す。


「来なさい、セレブレイト! いいでしょう、アリス。ここで私に一矢でも報いることができたなら、婚姻を延期し、貴女を私が召し抱えてあげます!」


「採用試験を兼ねてってことね! 上等よ、サウザンドブレードの本気を見せてあげるわ!」


 練を余所に、アリスとルナリアが本気で戦闘を始めた。

 アリスが無数の魔法の刃を放ち、ルナリアがそれを大剣とは思えぬ剣さばきで打ち落とす。

 流れ弾ならぬ流れ刃が時折、練のほうにも飛んでくる。

 頬をかすめる刃に、練は気付きもしないで考え込んだ。ぼそぼそと独り言のように問う。


「なあ、グロリアス。禁書の中には異次元に関するものもあるのか?」


(ああ。あるっちゃある。別の次元にジオールドみたいな化け物がいるとか、ブラックドッグがどこから来るかの考察とか、そんな内容の本だったか。あんまり面白いもんじゃないぜ?)


「そうか。それなら、ブラックドッグに呑まれた三条院を探すことができるかもしれない」


(探して助ける気なのかよ? 奴は間接的に、おまえを殺そうとしたんだぜ?)


「かもしれないが。悪いのは三条院じゃなくて、三条院を騙した誰かだろう? それに、三条院の使っていた陰陽系の魔法、おまえだって知りたがっていたじゃないか。助け出せたら、教えてくれるかもしれないぞ」


(そりゃまあ、そうかもしれないけどよ。もう死んでるかもしれねえぜ? 何せ異次元だからな、時間の流れだって違うだろ、たぶん)


「逆に考えたら。こっちで何ヶ月過ぎようが、異次元じゃ一瞬かもしれない。それなら生きている可能性だってある」


(確かにな。よし、練。魔力還元の魔法は完成したし、次は異次元探索の魔法を研究しようぜ。俺がばっちりサポートしてやる。で、三条院を助け出して恩を押し売りしてやろうぜ!!)


 楽しそうに、グロリアス。練は大きく頷き、空を見上げた。

 ジオールドが消えた辺りを何となく眺める。


「にしても。気持ちのいい春の空だな」


 呟く練の髪が数本、魔法の刃で切り飛ばされた。直撃寸前だったその魔法の刃が、校舎の壁をざっくりと抉る。


「練のことは諦めてって言ってるでしょ、ルナリア! 本気で切り刻むわよ!!」


「練さまのことは譲らないと言ったはずです! 切り刻めるなら、やってみせなさい!!」


 ルナリアの大剣から放たれた剣閃を、アリスが横っ飛びで避ける。

 的を外した剣閃が、練のつま先の数センチ先の地面に、深々と亀裂を刻んだ。


(あいつら。すでに練が見えてねえんじゃねえのか?)


「……どうしたらいいと思う、グロリアス」


(下手に動くと流れ魔法が直撃して、あの世行きかもな。ここは諦めて、おまえを争ういい女たちの喧嘩、眺めてようぜ。そうそう見られるもんじゃねえ、こんなもん)


「確かにこのレベルの対人魔法戦闘なんて、そう見る機会がない。いい勉強になる」


 練はまったく焦ることなく、飛び交う魔法に目を輝かせる。


(やれやれ。この魔法馬鹿め)


 呆れたように、初代『竜滅の黒い太陽』ことグロリアス・ロード=ブリタリアは呟いた。



 ノウ無し転生王、底辺から征く魔法の覇道

 魔力一でも彼は魔法で無双する


 第一部・完

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