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練、旧神竜に挑む

 宣戦布告にも等しい練の呟きがまるで聞こえたかのように、ジオールドが長い首を巡らし、下を見る。

 練は、六つの紅い眼が自分を見据えた気がした。


「■■■■■■■■■ッ!!!!!!」


 咆吼なのか、それとも魔力の波動そのものなのか。

 表現しようのない強烈なプレッシャーが、真上から降り注ぐ。


「ギャウッ」「ギャンッ」「ギャウン」


 残り少なかったブラックドッグが、悲鳴を上げて次々と消滅する。


「きゃっ」「む」「ちょっと」


 アリスと練、ソニア、二体のジェンカがプレッシャーに耐えきれず姿勢を崩し、片膝をつく。

 跪け。

 ジオールドにそう命じられているようにさえ、練は感じた。

 ルナリアのみ、身を捻って剣を構えた姿勢を保っている。

 魔力の波動をはらんで揺らめく長い銀髪の上、円筒形の魔法記述光跡がさらに伸びる。


「旧世界の竜などに、この世界を壊させはしません――魔力砲身、旋転開始」


 ルナリアの言葉を受け、直径およそ一〇メートル長さ五〇メートル以上の円筒型立体魔法陣が輝きを増し、ドリルのように回転を始めた。


「光弾生成、魔力充填加速」


 魔力が急速に高まる。立体魔法陣の底に白い光弾が発生した。

 練にはでたらめとさえ思える勢いで、光弾に魔力が収束し始めた。練は目を見張る。


「……これが、魔力量四〇〇〇なのか。どれほどの威力になるんだ」


 ルナリアの魔力蓄積値は四〇〇〇超。その全てを注ぎ込んだ攻撃魔法の威力が、練には想像できない。


「魔法の威力は、魔力の量に対して指数関数的に上昇するの。しかもこの魔法は、周辺の魔力まで巻き込んで威力を増すのよ。ルナリアが制御をしくじれば、ジオールドの破壊を待たずにこの学院島が消し飛ぶわ」


 アリスが拗ねたような顔をする。


「こんなのずるいわよ。個人が使っていい力じゃないでしょ。ほんと王族ってチート」


 ルナリアが空を見据えたまま、強い意志を感じさせる声で告げる。


「だからこその、王族です。私たちは自らの力に責任を、その力を以て全ての民の命に責任を、持たねばなりません。あんなもの(・・・・・)に膝を屈してはならぬのです」


 ルナリアは、凄い。

 素直に練はそう思った。同時に魔力のない我が身が悔しくて堪らない。

 悔しさで奥歯を噛みしめ、練はジオールドのプレッシャーに耐えて立ち上がった。


(ほう。立つか、おまえ。悪くねえ)


 練はグロリアスの声を聞いていなかった。ただ、天頂の旧い竜を見据える。


(練? どうした、何か感じるのか?)


「あの旧神竜にも、急激に魔力が収束している。奴の攻撃手段は?」


(竜と言えば、咆吼(ブレス)を吐くに決まっているぜ)


 とグロリアス。ソニアが補足するかのように告げる。


「破壊衝動のみで放つ原始の魔法。さっき君が防いだブラックドッグの閃光のようなものだけど、ジオールドのその一撃で、エールランドの八分の一が消し飛んだと伝えられているわ」


 エールランドは、この世界におけるアイルランドに相当する。面積は北海道とほぼ同じ。

 その八分の一が一撃で消えたとは練も信じがたいが、常軌を逸した威力の攻撃が迫っているのは肌で感じている。

 練はルナリアへと叫ぶ。


「撃てッ!! 奴より先に!!」


「はいッ!!」


 一瞬の躊躇もなくルナリアが返した。


「輝け、セレブレイト! 輝きよ、月を穿てッ!!」


 右斜め後ろに構えた刃を、左上へと一気に振り抜く。

 白い三日月に似た剣閃が、頭上の立体魔法陣へと走り、立体魔法陣の底の光弾を斬る。

 制御に失敗すれば学院島が消し飛ぶほどの大魔力が、立体魔法陣の砲身から天めがけて迸る。


 まさしく、月さえも穿ちそうな純白の光の柱だ。


「■――――■ッ!!!!」


 再び、ジオールドがプレッシャーを放つ。

 全身にのしかかる重圧に、しかし練は、今度は膝を折らない。

 ルナリアの魔法攻撃の行く末を、じっと見据える。


「■ッ!!!!!!」


 白い光柱が直撃する寸前。ジオールドの頭部付近に、紫の光の輪が幾重にも生じた。

 次の瞬間、光の輪が収束して一条の紫の光の筋となり、発射される。


 ジオールドの間近で、白と紫の光が衝突した。


 影すら払拭するほどの光の奔流が夜空を覆い尽くし、轟音が空間そのものを激しく揺さぶる。

 光の奔流に飲まれ、ジオールドの姿が見えなくなる。


「やったの!?」


 アリスが声を張った。


 空を覆った閃光が薄れ、紫色のシルエットが浮かび上がる。

 ジオールドの翼の数が変わっていた。右側の二つが根元から引き千切られたように消えている。確実に、ルナリアの一撃は旧き神の竜にダメージを与えていた。


 だが、ルナリアはがしゃんと剣を落とし、体勢を崩して膝を突いてうなだれる。


「――――…………逸らされた……っ」


(ジオールドの野郎、熱閃光の軌道を熱閃光でずらして、本体への直撃を避けやがった!)


「直撃すれば、奴を滅ぼせるのか?」


(今の威力じゃ、五分五分だ。あれじゃ俺には遠く及ばねえからな)


「……まさか。かつてエールランドを消滅させたジオールドを滅ぼしたのは」


(馬鹿か? 俺以外の誰に、奴をぶっ飛ばせるってんだ。とにかく、次のを撃たれる前に撃たねえと、島ごと終わるぜ、俺たち)


 練はルナリアへと駆け寄り、傍らにしゃがみ込む。


「直撃すれば、奴を滅ぼせる。まだ撃てるか?」


 ふるふるとルナリアが首を横に振った。乱れた髪が顔を覆い隠す。


「今の一撃に、全ての魔力を込めました。ですから、もう……」


「君の右目は、魔力を集め続ける魔眼なんだろう。魔力が凝縮した紅い涙で、今一度、魔力を補給することはできないのか」


「確かに、私の巨大な魔力蓄積値は右目の魔眼のおかげです。けれど、あの紅い涙は。自分では使えないのです……」


(魔眼はあくまで魔眼、呪いだ。そんな都合のいい呪いなんかねえってことだ)


 だから。わかるな?


 グロリアスは念じさえしなかったが、練にはわかった。

 自分が今、何をすべきなのか。

 練はルナリアの細い顎に手を添え上を向かせた。

 ルナリアの右目の魔眼は、紅い輝きを失ってはいない。

 練はルナリアに顔を寄せ、蒼と紅の双眸を覗き込んで告げる。


「ルナリア。俺のために涙を流せ」


 ルナリアが、はっと息を詰まらせる。

 練の思惑に気付いたか、アリスが大声を上げた。


「何言ってるの、練! 魔眼の涙って、でたらめな高純度の魔力の塊って噂よ、そんなのどうする気! 飲んだりしたら、死んじゃうわよ!」


 騒ぐアリスの肩を、ソニアが押さえつける。


「決めたのは。彼よ。貴女にできることは、彼を信じることだけじゃないのかしら」


「でも! それならいっそ、私が!」


 ソニアの手を振り切って駆け寄ろうとしたアリスを、練は片手を突き出して制した。


「アリスがそんなことをしたら、それこそ魔力霊的構造もろとも魂が破裂するだけだ。だから、俺がやる。俺の魔力霊的構造は、とっくに壊れているからな。壊れている故に、許容限界がないはずだ」


「そんなの、推測の話じゃない! かもしれないというだけで!」


「かもしれない、で充分だ。魔力が、得られるのなら」


 練はきっぱりと言い切った。アリスが言葉を失い、立ち尽くす。


「私は、練さまを信じています」


 ルナリアが、顎に添えられた練の手を握った。


「この身は練さまの剣であり、盾。髪の一筋、血の一滴に至るまで、全てが練さまのもの。そしてこの涙も――」


 ルナリアの魔眼が再び紅い光を放った。同じ色の涙が、まぶたの縁に盛り上がる。


「いただきます」


(いただきますって、おい。しまんねえセリフだな)


 グロリアスを無視して、練はルナリアの目元に口づけた。

 滴り落ちる寸前の紅い涙を、わずかな音を立てて啜る――

 ルナリアから身を離して立ち上がったその瞬間。強烈な違和感が練を襲った。


 まるで口から焼けた鉄の棒をねじ込まれたかのような、感覚。

 炎が全身の神経を焼き尽くしつつ広がるとしか思えない、灼熱感。


「がっ!?」


 練は身を捩って両手で喉を押さえた。

 あまりの苦しさに、自らの首を自らの手で締め付ける。


「練さま!?」「練!!」「練くん!」


 ルナリアが、アリスが、ソニアが叫んだ。

 練は片手を首から放し、駆け寄ろうとした彼女たちに掌を見せる。


「……大、丈、夫、だ。苦しいが、死ぬほど、じゃない」


 練はもう片方の手も首から離し、その手を見下ろして大きく息をついた。

 ぐ、と拳を固めて実感する。


「二〇〇〇――いや、一八〇〇くらいか。この魔力の量は」


(ああ、そんなもんだな。さすがにルナリアの満タンよりはだいぶ少ねえようだ)


「充分だ」


 練は空を見上げた。四翼となったジオールドは依然、圧倒的な存在感で天頂に居座っている。


「ほんとに大丈夫なの、練?」


 とアリス。練はアリスを見ず、頷いた。


「ああ、問題ない。急がないとせっかくもらった魔力が漏れる。みんな、ちょっと離れていてくれないか」


「わかりました。千羽さんも、こちらへ」


 ルナリアがアリスを促し、落とした剣を拾って練から距離を取る。

 少し遅れてソニアも練から離れた。


「何ができるのか、見せてもらうわよ」


「できることを、するだけだ」


 練は大きく足を開くと腰を低くし、右手を手刀の構えにして身体を左に強く捻った。

 グロリアスの宿る左目が、蒼く発光する。


「魔法記述光跡、展開。魔力砲身構築開始」


 練の頭上。普段使う極微細魔法記述光跡ではない、通常サイズの魔法記述光跡が数秒で巨大な円筒状の立体魔法陣を構成した。

 直径、約六メートル。長さ三〇メートル。ルナリアが形成した魔力砲身よりは小型だが、構成はまったく同じだ。


「それは、私の――」


 驚愕するルナリア。練はこともなげに言う。


「月穿ちだったか。覚えさせてもらった。魔力砲身、旋転開始。光弾生成、魔力充填加速」


 アリスが声を裏返させる。


「覚えたって、そんな複雑で制御が困難な魔法を、さっきの一回でっ?」


 ソニアが嬉しそうに言う。


「それが練くんなのよね。彼は本物の天才なのよ。希代の魔法使いにして初代ブリタリア王、あのグロリアス・ロードのように」


(照れるぜ。でもよ、練。魔力一八〇〇程度のコイツじゃ、さっきのルナリアの火力にゃ及ばねえぜ? 直撃させても奴は堕とせねえ)


「わかっている。だが奴は、自分にダメージを与えたこの魔力砲身を見れば、必ず先に撃ってくるはずだ」


「■ッ!!」


 ジオールドが大きく羽ばたき、プレッシャーを放った。

 再び、頭部付近に幾重もの光の輪が発生する。


「かかった!」


 光の輪が収束して光線と化す瞬間。

 練は魔法記述光跡を全て解き、別の魔法を一気に組み立てる。

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