エリート野郎と担任教師、練の魔法にうろたえる
納得できないという顔で、道長が声を荒らげる。
「構成が読めた、だと? でたらめを言うな! 僕の魔法記述光跡展開は、せいぜい数秒だ! その短い間に魔法の効果まで読むなど、できるものか!」
「できるものかと言われても。できるだろ、普通に? あの程度のものなら」
(おまえの普通は、世の中の普通じゃねえって。ぶち切れるぜ、あいつ?)
「まさか。こんなくだらないことで怒るわけないだろう」
練はうっかり、グロリアスへの返事を声に出してしまった。
道長が両の拳をきつく握りしめて仁王立ちし、わなわなと全身を震わせていた。
「……くだらない……どこまでも、どこまでも僕を侮辱するつもりか、黒陽練……」
「あ、いや。別におまえに腹を立てているわけじゃない。侮辱する気もない。さっきの魔法、陰陽道の呪符に近代ブリタリア魔法の制御を加えたオリジナルにしては、よくできていた。起動も短時間だし呪符を折って構成を隠す工夫も悪くない」
練は率直な感想を口にした。
怒りに赤くなっていた道長の顔が一気に青ざめる。
「よく、できていた……僕が三年をかけて開発した高速起動符術を、よくできていた……――貴様! 上から目線でよくも言う!! それならこれも評価してもらおうかッ!!」
ぼそぼそとした口調から一転、道長が叫んで懐から再び、折り紙を取り出す。
先ほどの折り紙よりもかなり大きい。倍以上の大きさだ。鋭い翼、尖った嘴。猛禽類と思しき形の折り紙である。
(お、でけえ。折る前の呪符のサイズ、群雀とやらの四倍くらいありそうだな!)
嬉々とした声で、グロリアス。
術式が刻まれた呪符のサイズは、魔法の威力に直結する。
最低でも四倍以上の威力だということだ。
練はちらりと学院長マリーと担任シャーリーの様子を見やった。
マリーは腕組みをしてにやにやとし、シャーリーは胸元で祈るように手を組み合わせ、おろおろとしている。どちらも助けてはくれなさそうだ。
道長が、バッと大げさな動きで折り紙を持った腕を振り、練へとかざす。
「朱雀が眷属、紅蓮鷹! 疾く来たりて我が前の愚鈍を灰燼に帰せ! 急急如律令!!」
折り紙を中心にして魔法記述光跡が展開する。
道長の背と直径がほぼ同じ円に、複雑な幾何学模様。近代ブリタリア式魔法の魔法陣のスタイルに、漢字が組み合わされている。
爆炎。旋風。飛翔。そんな文字が読み取れた。
使用魔力は推定八〇。
使う魔力が多ければ多いほど魔法の威力は指数関数的に上昇する。
複合効果を考慮すれば、先ほどの火球群の魔法より、最大で二〇倍近い可能性がある。
平均的な魔法使いの魔力蓄積量は一〇〇前後。使用魔力八〇は一般的な攻撃魔法では最大威力に近い。確実に、数人程度なら消し炭にする火力がある。
(こりゃ結構な威力だぜ? どうする、練。マリーの奴に蘇生してもらえるのをあてにして、消し炭になってみるか? なかなかできない体験だぜ、そういう死にっぷりもよ)
「冗談じゃない。いい機会だ、あれを試す」
(あれか。できるか?)
「三年かけて、理論は完成している」
練は指を広げた右手を前に掲げた。五本、全ての指の先から極めて細い光の線が伸びる。
極微細魔法記述光跡。
練とグロリアスがそう名付けた、徹底的に魔力消費を抑えるための技術だ。
魔法記述光跡は、魔力で描かれる。
光跡が太ければ多くの魔力を消費する代わりに魔法の威力は高くなり、逆に、光跡が細ければ細いほど魔力の消費は少なく、魔法の威力は下がる。
道長が使って見せた魔法記述光跡の幅は、数センチほど。
対して、練の極微細魔法記述光跡の幅は、0・1ミリ以下。
毛髪よりも細く、白く発光しているために日中はほとんど見えない。
魔力を絞りに絞った極微細魔法記述光跡で、練は瞬時にして立体的に魔法陣を編み上げた。
道長の魔法陣とは桁違いに緻密で精細な構造。
形状は平面ではなく、掲げた手の先から前方に、円錐の形に広がっている。円錐の底の直径は、練の背とほぼ同じだ。
魔法陣の構成に費やした魔力は、きっかり『一』。
すなわち、今の練の全力である。
(おー。とりあえず形になったな)
「当然だ」と練。
魔法陣は完成した。
だが、ほとんど見えない極微細魔法光跡の魔法陣が正確に見えているものは、誰一人いなさそうだ。
唯一、マリーがぴくりと眉を揺らす。
「ろくに見えないが、何だその構成? 妙な感じがする」
「え? え? 練くん、何かしてるんですか?」
シャーリーが戸惑い訊ねたが、練はマリーとシャーリーをちらりとも見ず、道長に集中した。
道長にもやはり練の魔法陣は見えていないらしい。
得意げな顔で、道長が魔法を放つ。
「これで仕舞いだ、黒陽練!! 骨の髄まで燃え尽きろ!!」
ゴッと空気を震わせて折り紙の鷹が燃え上がり、一〇倍以上に膨れあがった。
紅蓮の名にふさわしい炎を翼で羽撃き、それが飛ぶ。
一目で凶悪な火力だと誰もが理解できる炎の鷹が、一直線に練へと襲いかかる。
「うっわ。あの新入生、死んだわ」
そんな無責任な声が校舎から聞こえたが、練は動揺しない。
迫る炎の鷹の向こう、勝ち誇った道長の顔。その表情がすぐさま一変する。
「起動」
円錐型魔法陣に炎の鷹が入った瞬間に、練はそう一言だけ発した。
カッと視界を奪うほどの閃光を円錐型魔法陣が放ち――
後には何も残らない。
練を焼き尽くすはずの炎の鷹は、火の粉一つ、熱気すらも残さず完全に消失した。
どおっと校舎全体がどよめいた。
「今度こそ何をしやがった、あの新入生!」
「さすがに今のは魔法で対抗したよな!」
「魔力がなくなったんじゃなかったのかよ!」
「信じられない、今の炎を簡単に消すなんて!」
驚いたのは校舎の生徒たちだけはなく、シャーリーもだ。
何が起きたのかわからないらしく「え? え? 何したの?」と目を白黒とさせている。
ただ一人、学院長のマリーだけは様子が違う。
疑念の色を隠さず険しい表情をしていた。
「バカな!?」と道長が見たものが信じられないという表情をし、
(成功か!!)と練の左目の中でグロリアスが快哉を叫ぶ。
「まだだ」練は冷静に、前方の空間に意識を集中した。
目に見えないものを感覚で捉える。
通常の空間には決して存在しない濃密な魔力の塊が、円錐型魔法陣が消えた場所にあるのを確かに感じ取った。
練は道長の魔法を無効化したわけではない。魔法の効果を、魔力に還元したのだ。
魔法効果魔力還元魔法。
魔力を溜められない練が編み出した、強い魔法を行使するために構築した特殊な魔法だ。
目的は魔法を防ぐことではない。還元した魔力を自分で利用することである。